第三部・やがて一家は『伝説』となった。

 出発後、『イカヅチ号』は南下し赤道洋を目指した。

 獲物となる南北大陸を行き来する貨物船や客船は、この広大な海の上空を大きく南北に蛇行し西から東に向けて吹く『中層貿易風』という恒常的な気流に乗って航行している。

 こちらもその気流に乗ればいつか獲物にぶち当たるし、風に乗るので燃料も節約できると言う訳だ。

 そう言う目論見で船を風に漂わせたが、中々手ごろな大きさの獲物に出会わない。

 大抵見かけるのは6万から10万トンは下らない大型貨物船で、襲った所で持て余すに違いない。

 欲しいのは戦時中にジョユスが追いかけまわした全幅150メートル、排水量1万トン前後の船なのだが戦時中とは事情が変わったのか?

 船に積み込んだ水や食料が気になり始め、若い奴らに苛立ちと焦りが見えてきた。

 そんなある夜の事。

 操縦席で夜食代わりに湿気たショートブレッドを齧り、出がらしの砂糖なしの紅茶を啜っていた時だった。

 突然、右舷檣楼の機銃座に繋がる伝声管からディリックの興奮し上ずった声が飛び出して来た。


「お、親父!ふ、船だ!右斜め下、雲に隠れたが間違いない!たぶん行ける奴だ!」


 ショートブレッドを口に押し込み、紅茶で流し込むと、すぐさま怒鳴り返す。


「右だ下だじゃ解らんだろうが!方位で言え!方位で!それから行ける奴とかじゃ何が何だかはっきりしない!大まかなトン数の見分け方、教えただろ!それにな、ここじゃ親父じゃない!『船長』だ!『せんちょう』!」

「クソ!解ったよ!オヤジ、じゃねぇ船長!方位、マルーサンーゴ、高度2000、距離6000、大体1万2千級の、窓の多数から見て貨物船だ!」


 双眼鏡で確認する。

 数えきれないほどの星空の下、切れ切れに浮かぶ雲の上に、確かにその船の姿が見えた。

 息子の言う通り、手ごろなサイズの貨物船、最初の獲物としては申し分ない。

 物資の残りや皆の士気、何よりも抱えた借金の事を思えば、躊躇などしている間は無い。


「でかした!ディリック!いい獲物だ!よくやったぞ、褒美に金貨一枚だ!」


 我が子を褒めるとキャビンに繋がる伝声管の蓋を開け、警報ベルをせわしなく鳴らしつつ大声で怒鳴る。


「総員起コシ!総員起コシ!戦闘用意!」


 ダラルとアバルがキャビンから飛び出し船橋のそれぞれの席に着く。

 アルネスは右舷檣楼に走りディリックと共に13ミリ重機関銃を銃座に据え付ける。

 ディリックその後、散弾銃を引っ張り出し船に乗り込む支度にかかる。

 アマンデはキャビンの固定できるものを固定し、急激な機動にそなえる。

 各部から伝声管を通して『戦闘用意ヨシ!』の声を聴き、思わず腕の飛行士用時計に目をやる。

 戦闘用意発令から5分、暇に飽かして訓練を積ませて良かったが、まだ短縮できる。


「これより、高度2000、方位マルーサンーゴ、距離6000を航行する1万2千級貨物船と思しき船舶に対し、空賊行為を実行する。右舷機銃座、曳光弾による威嚇射撃用意」


 機銃座のは曳光弾が詰まった巨大な箱型の弾倉を銃の機関部に叩き込み、ボルトを引いて射撃準備の態勢に入る。

 『威嚇射撃準備ヨシ!』とのアルネスの声が返って来るとジョユスは。


「前進第二戦速、気嚢内濃度下降値、高度2100、進路マルーサンーゴ、ヨーソロー」


 ダラル、アバルは復唱共に操作を開始、『イカヅチ号』は急速なスピードで目標との距離を詰めてゆく。

 双眼鏡で船名が『フォルテーン号』と読める位置まで接近できた。おそらくイクスターヌ共和国に船籍を置く船だろう。

 流線型の中央檣楼の左右にのびやかな船体を展開させ、葉巻型の左右弦檣楼を付属させたスマートなデザインのモダンな船。

 美しい船だ。最初の獲物に相応しい。そう思いつつジョユスは命じた。


「機銃座、目標、貨物船先端の船橋左舷。撃ち方ヨーイ、撃てー!」


 13ミリ重機関銃から夜目にも鮮やかに輝く曳光弾が夜空に放たれる。

 文字通り暗闇を切り裂き、数条の光の線が『フォルテーン号』のすぐ左側を通過してゆく。

 しかし、その内の一本が中央檣楼上部に命中、左斜め上に跳ね返り星空に消える。

『すまん!船長!当ててしまった!』そう詫びるアルネスの声が伝声管から響く。


「構わん!命中しても貫通してない。船の中は大騒ぎだろうがな!」


 そう答えつつジョユスはキャビンにいるディリックに命じる。『旗竿展開!空賊旗を掲げよ!』

 中央檣楼の上部甲板に収納されている本来信号旗を掲げるための竿が展開され、そこにあのアマンデが作った髑髏の旗が翻る。

 そして発行信号機を『フォルテーン号』に向け信号を送る。


『貴船ニツグ、直チニ減速シ、我ラノ乗船受ケ入レヨ、サモナクバ、船橋、及ビ、エンジンヲ、重機関銃ニテ破壊スル』


 しばらくして相手から返信の発行信号が有った。

 

『貴殿ノ指示ニ従ウ。当方ニ抵抗ノ意図ナシ』


 戦争が終わって二年、まさか突然臨検を受けるなんて考えても居なかったろう。相当のパニックの末の降伏宣言。

 ジョユスは自分の頬が笑みで引きつるのを感じつつ。


「銃座、撃ち方止め!警戒態勢は維持、相手の船上部甲板に着船し乗船する。前進原速、気嚢内濃度下降値、高度2000、進路そのまま、ヨーソロー!」


 ジョユスは自分の操船とダラルのエンジンの出力調整、アバルの気嚢内濃度調整を、まるでオーケストラの楽器演奏の様に絶妙なタイミングで指揮し、『イカヅチ号』をゆっくりと『フォルテーン号』の船橋すぐ横の平たい船体上部の甲板に着船させる。

 操縦桿を今の所仕事の無いアバルに託し、船橋をはなれキャビンへ、そこで相手の船に乗り込む支度を手早く済ませる。

 フラトジャケットの上から転落防止のハーネスを付け、そこにあらかじめ吊るしたホルスターに戦時中から持ち続けている拳銃を仕舞う。

 ディロニス自由国製の『マッキーン11』11ミリ口径の大口径自動拳銃で、一発で大の男を倒せる力を秘める。これと、祖父から受け継いだ狩猟用のナイフも持ってゆく。

 息子二人はすでに準備を終えて待っていた。

 ディリックは何時もの作業着にハーネスを付け、手には家から持ちだした水平二連の散弾銃。いつの間にか銃身を短く切り詰めている。

 アルネスは、大学入学の祝いに買ってやったコートの上にハーネスを付け、首元にはなぜかネクタイを締めている。肩からはイーリスが開業祝いにおまけでつけてくれたボルトアクション式のカービン銃がぶら下がる。

 この格好で機銃座に尽き、13ミリをぶっ放したのかと思うと滑稽に思えるが、今から押し込みに入ると言うのにセールスマンみたいな姿は更に笑える。

 父と兄に半笑いで見られていること気が付くと、彼は憮然とした顔で。


「これから無礼を働きに行くんだ。せめて格好だけでも失礼のない様にしようと思ってね」

 

 と、カービン銃のボルトを操作し、薬室に初弾を送り込んだ。

 キャビンから船外に出るハッチのノブに手を掛けたとの時、三人をアマンデが呼び止め、それぞれに黒い布製品を押し付けた。

 広げてみると手編みの黒い毛糸の目出し帽。


「これから押し込み強盗に行くんでしょ?顔を隠すのは悪党の嗜みじゃない?被っていきなさい」


 軍帽を脱いで目出し帽を被っり、その上に軍帽を載せる。

 三人とも顔を見合わせる。いい具合の悪党ぶりだ。

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