ハッチを開けると思った通り身を切るような突風がキャビンに流れ込む。

 ジョユスを先頭に三人は船外に出て『フォルテーン号』の甲板をあちこちに着けたられた点検用の手すりに、ハーネスに繋がったロープをカラビナで固定し吹き飛ばされない様に体を固定しながら、目指す相手の船のハッチを目指す。

 出発前、夜中に『イカヅチ号』を使って練習をしておいてよかった。あまりまごつくことなくハッチにたどり着く。

 ノブに手をかけ引っ張ると、すんなり空いた。顔を半分突っ込んで中を伺うと、若い船員が顔を引きつらせ悲鳴を上げて逃げてゆく。

 遠慮なくお邪魔し、マッキーン11を構え戦時中に覚えたファリクス語で「抵抗するな!大人しく引っ込んでろ!」と大声で叫びながら、後ろから息子二人が着いて行くのを確認しつつ、まっすぐ船橋を目指す。大体、この手の貨物船の構造はよく似ている。

 目的の場所に到着し、ドアを開けると、突然銃声が鳴り響きジョユスの右頬を銃弾が掠め、後ろの壁に当たりあらぬ方向に飛んで行った。

 ドアを締めながら射手をチラリと確認する。粋な背広姿の小太りの男が見えた。

「親父!じゃ、無かった船長!大丈夫か!?」「怪我は!?」息子二人が駆け寄るが、大丈夫だの代わりにディリックの目を見て。「散弾銃をよこせ、それからゴム弾も!」

 それぞれを受け取り薬室後部のトップレバーを動かし、銃を折り装填されていた鹿撃ち用の九粒弾を一発だけ引っ張り出すと、空いた薬室にゴム弾を装填する。

 そして。


「ディリック、お前は俺が鍵を吹っ飛ばしたらドアを開けろ!アルネス!お前は俺の後ろでカービン銃で船橋内を狙え!いいか!?やるぞ!」


 強烈な威力の鹿撃ち弾をドアの鍵めがけて撃ち込む。狙い通り首尾よく施錠装置部分がしっかりと破壊できた。

 ディリックがドアを蹴り空けると、さっきの小太り男がまた拳銃を構え狙いを付けて来た。

 反射的に腹のあたり目掛けゴム弾を撃ち込む。

 一瞬で相手は体をくの字に折り曲げ、そのままの姿勢で船橋の奥、操縦席のあたりまで吹っ飛んで行く。皮下脂肪多めの腹でも効き目は十分だったようだ。

 その手前で勢いはそがれ、顔を引きつらせる操舵士の足元に転がり込み、辺りに吐しゃ物を撒き散らして気を失った。

 散弾銃をディリックに返し、ホルスターからマッキーン11を引き抜くとダブルの前合わせのコートを着た、年配の男性に銃口を向ける。

 席の配置、見た目の風格から彼が船長だろうと目星をつけたからだ。


「一応、最初だから命は取らなかったが、次はこうは行かんぞ、船長。大人しく金目の積み荷を渡せ、全部とは言わん。なんせ船が小さいかなら」


 船長は、やれやれと言う風に首を横に振ると。


「無駄な抵抗をして命を落とすのはバカバカしい、甲板長、彼らを船倉に案内してこの海賊共にあの積み荷をくれてやれ、いや、空だから空賊か」


 熊みたいな成りの男が立ち上がると、ジョユスらが突きつける銃口を凝視しつつ「ついてこい」

 ディリックとアルネスに顎で指示し甲板長について行かせると、一人になったジョユスは、ズボンの腿のポケットからもう一つの武器を取り出した。手榴弾だ。

 安全ピンを引き抜き、左手で第二安全装置を握込み、右手のマッキーン11と共に乗組員に突きつける。


「変な真似をすると、全員仲良く寒い夜空に放り出されることになるぞ、無事家に帰りたいだろ?操舵士さん、足元の政治将校の銃をこっちに滑らせてくれないかね?」


 操縦かんを握りつつ、指示通りジョユスに向かって銃を滑らせる。象牙のグリップをはめた金メッキの護身用小型自動拳銃だった。

 

「安心したまえ空賊船長、抵抗はしない。なぜならここにい居る全員、そこで気持ちよさそうに伸びてる船主のために、死のうと思う忠誠心を持てるほどの給料を貰っていないからね、それに君らが持ってゆく積荷には保険がかかってる。彼は損せんよ」


 どうせ不況を理由に薄給でこき使ってるんだろう。本人は上手くやってるつもりかもしれないが、やがてこういう形でしっぺ返しを食らう。

 などと思っている内にディリックとアルネスが帰って来た。目出し帽から見える目は興奮の色が写り、二人とも重たそうな麻袋を小脇に抱えている。

「見てくれ船長」珍しく上ずった声でアルネスは袋の中身を取り出す。

 彼の手には、イクスターヌ共和国造幣局の紋章が打刻された1キログラムの金の延べ板が握られてた。純度は99.99%


「二人合わせてこんなのが10枚以上はある。船倉の木箱にはもっとあるぜ、どるする?もっと持って来るか?ええ?」


 ディリックはもう完全に有頂天になっていた。

 今金の相場はいくらだ?必死で思い出そうとするが頭に浮かばない。それもそうだ。今までそんな物とは無縁な世界に生きて来たのだから。

 伝染しそうな興奮を必死で抑え。


「いや、稼ぎとしては上々だ。これ以上欲を掻けばろくなことはない。大体、10キロでもここからが運び出すのは至難の業だ。エッチラオッチラ運んでる真に、どこかの空軍か航空軍につかまってしまう。たぶん、救難信号位は出してるだろからな」


 アルネスは納得したようだがディリックはまだ未練があるようで、目出し帽の下で「でもよぉ!」と唸るのが聞こえたが「船長の命令は絶対だ」と押し切り撤収を命じた。


「そう言う訳で失敬する。まさかそんな気は起こさんと思うが、追いかけてきたりすれば容赦なくここに重機関銃の弾を撃ち込む。今度は実弾をちゃんと当てるからな」


 ジョユスの宣言に船長は拍子抜けするほどの冷静さで。


「そんな気はさらさらない。ああ、そうだ、君たち一味に名前があるなら教えてくれまいか?被害届を出すときに有ると文章が書きやすいんでね」


 そう言えば決めてなかったなと思い、まさか『オトゥナー一味』と名乗るわけにもいかず、咄嗟に思いついた言葉を口にした。


「『イカヅチ』だ。『イカヅチ空賊団』そう名乗っておこう」


 重荷でよたつきながら突風吹きすさぶ甲板を移動し『イカヅチ号』に戻ると、ジョユスすぐさま操縦席に着き目出し帽を脱いでアバルの気嚢内濃度上昇値を、ダラルに第二戦速を命じ『フォルテーン号』からの急速離脱を開始する。

 あの細身の船体が雲の波間に消えてしばらくすると、船橋に乗組員全員を集めて初めての空賊行為の獲物を皆で確認した。

 純度99.99%の金の延べ板13枚、金メッキの護身用拳銃一丁。

 アルネスがまだ興奮冷めやらぬ震える声で言う。


「僕が知ってる相場で、金1グラムが26ペルシ(6500円)。それで、ここにあるのはぜんぶで13キログラムだから、ざっと、3380ポルド(8450万円)」


 ダラルは何度も何度もゴマ塩鬚の生えた顎を摩り、アバルは震える手でずれても無い眼鏡を直し、ディリックはそのまま右舷檣楼の機銃座に駆け込み訳の分からないことを大声で星空に向かって叫ぶ。

 アマンデは金色に輝く金の延べ板を目を細めぼんやりと見つめつ、つぶやいた。


「どうしようかしら?お祝いに食べる様な物を、何も積んでこなかったわ」

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