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空賊家業初日。
月賦で手に入れた重機関銃は
ディリックが元の職場から失敬してきた材料を、同じく失敬してきた溶接機などの工具を使って加工し作り上げた特製銃架で船内に引き込めるようにしてある。これなら見た目だけは普通の小銭艦を改造した非武装の小型飛行船にしか見えない。
操縦席兼船長席に座り、しっかりシートベルトを締め込んだジョユスは、同じように左後ろに座るアバルに。
「気嚢内濃度上昇値、ヨーソロー」
アバルは「気嚢内濃度上昇値、ヨーソロー」の復唱の後、制御盤の二本のコックに手を掛け、計器を睨みながらゆっくり開放する。
ややあって、船体は金属の軋みを挙げつつ、質量を失い数年ぶりに地面から離れようとする。
着陸脚が宙に浮き、絡まりかけた蔦が引き千切れ、見る見るうちに上昇しついに手放した我が家の屋根を超えた。
船内からディリックやアルネスの歓声が聞こえてくる。船橋の窓には近所のもの見高い連中が口をポカンと明け間抜け面で見上げているのが見える。
アマンデはたぶん、狭いキャビンで縮こまり聖人に祈りを捧げているだろう。
つついてジョユスは右後ろのダラルに。
「エンジン点火、ヨーソロー」
ダラルの穏やかな声で「エンジン点火、ヨーソロー」と応じ、点火レバーを捻り上げエンジンに火を点す。
気化したガソリンが充満するシリンダー内にスパークが飛び、爆発的燃焼を起こす。
鋭く連続する甲高い破裂音と小刻みの振動。
やがてそれらは腹の底を揺さぶる低音を立て始めた。
「前進原速、気嚢内濃度そのまま、高度2000、進路マルーヨンーゴ、ヨーソロー」
三度目のジョユスの指示に後席の二人の復唱が続く。
「前進原速、ヨーソロー」
「気嚢内濃度そのまま、高度2000、ヨーソロー」
ギアが接続されエンジンがふかされ、クランクシャフトの回転運動がプロペラシャフトに伝わり、質量を減じた船体を前進させる。
タンクから放出され気嚢に満たされた浮素ガスは、さらに船の質量を奪い上昇力を増して行く。
乗員の皆は、己が体もスゥっと軽くなるのを感じ、一応に自分の手近な場所にある舷窓の外を見た。
ディリックの興奮しきった叫び声が聞こえる。「すげぇ!家が、村が、あんなに小さい!!」
高度はどんどん増してついに積層雲を突き抜けた。ジョユスの眼前には延々と続く雲海と目に鮮やかな深みのある青空、そして頭上には何も遮る事のない太陽の強烈な輝き。
終戦からこっち、終ぞ味わう事の無かった高揚感と興奮が彼の鼓動を加速させる。
振り返ると、二人がこっちを見て笑っている。妻を亡くし妻子に逃げられこの世から捨てられたことをひしひしと身に染みていた男二人が、まるで子供の様に笑ってる。
さらに子供帰りしていたのは若者二人。
ディリックは「飛んでる!俺たち飛んでる!!」を吠えまくり、左舷や右舷の暴露型銃座を行ったり来たりして、遊園地に来た子供の様にはしゃぎ回る。
あの冷静なアルネスでさえ、船橋後部のかつて7.62ミリ機関銃があった銃座から降りてこようとしない。
高度計を確認し、目標高度まで達したことを確認したジョユス。
「高度2000に到達、気嚢内濃度滞空値、ヨーソロー」
支持を受けたアバルは「気嚢内濃度滞空値、ヨーソロー」と復唱の後、気嚢外部を覆う冷却配管に窒素を流し、温度を下げ、適量の浮素を液化させ濃度を落とす。
この事で船体は周囲の大気と同じ質量を持ち、理論上永遠に滞空し続ける。
ジョユスは背後に親しい人の気配がして振り返る。
そこにはアマンデがいて、まっすぐ空を見つめていた。そして、夫の肩に静かに手を置く。
「ここが、あなたの居た世界なのね。こんなに美しいとは思わなかった」
肩に置かれた手に、操縦桿から放した左手を重ねる。
「ああ、ここが俺たち飛行船乗りの世界だ。そして、俺たち一味がこれから生きる世界だ。もう、地上には俺たちの居場所はない」
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