次に新しい仲間、機関士のダラルと気嚢士のアバルを自宅に招いたジョユスは、自分の家族、つまりこれから徒党を組む仲間に引き合わせると、空賊団立ち上げの本格的な準備に入った。

 まず準備資金は家と土地を抵当に入れ、何とか80ポルドを高利貸しから借りる事が出来た。その他、ジョユス、ダラルの最後の軍人恩給、おなじくアバルのそれと浮素液化工場の最後の給料、ディリックの退職金をかき集める。

 それで最初に入手すべきは液化浮素や窒素、燃料だ。

 小口運送業を始めると言って業者を手配し、次の日にはタンク車二台とボンベを積んだトラックが一台やって来て「景気のいい話ですなぁ」とか嫌みを言いながらそれぞれを飛行船に積み込んでいった。

 他に船の点検と整備が必要だったが、これはかつての乗組員三人とディリック、そしてアルネスも手伝って行った。

 徹底的な点検の結果、相当数の部品の交換が必要だったがディリックの元勤め先に忍び込むことで解決し、今後必要そうな予備の部品まで資金なしで手に入った。

 これから飛行船を襲おうと言うのだ。コソ泥位へでもない。もはや皆のモラルは吹っ飛んでいた。

 急ピッチで準備は進み、何時でも飛び立てるところまで何とか持って行けた。あと足りないのは武器のみだ。

 これについてはダラルが「心当たりがある」とジョユスを案内したのは、内陸の工業都市、レンフィードの外れに解体工場が立ち並ぶ一角だった。

 寒風に交じって重油と錆の臭いが漂う界隈を歩きながら、ぼそぼそとダラルは話す。


「この辺りの解体工場じゃあ、そればっかりじゃ食えないって言うんで、如何わしい商売に手を染めてる輩も多いんですわ。色々小細工して員数外にした部品や武器弾薬を横流ししとる上官が何人か居りましてな、陸軍の航空隊で整備をしとった時分に、その手伝いをしに時々ここに・・・・・・もう、時効ですが」


 ジョユスも噂としては聞いていたし、実際、階級も変わらないのにやたらと羽振りの良い士官は確かに何人か空軍にもいて、そいつらの周りには常に横流しとか、帝国への情報漏洩とかの噂は流れていた。

 ナルホド、俺たちが命を削っていたその間にも、やることをやる奴はやっていたのか。

 益々空賊行為への障壁が低くなってゆく。


 一軒の工場の前に立ち止まり、ダラルが変な調子で呼び鈴を押すと、油や錆び塗れのつなぎ服の上に、同じく汚れに汚れた陸軍放出の防寒外套を着こんだ女が現れた。

 二十歳の終わりごろか三十の入り口か?頭の後ろで無造作に束ねた長く真っ赤な髪に青い瞳、顔は油や錆で汚れているがちょっと目を引く整い具合の容貌。

「久しぶりじゃな、イーリス」いかにも顔見知り風にダラルが声を掛けると彼女も「ご無沙汰、今度のはそっちの大将がなんか売りに来たの?」とこともなげに答える。

「いや、今回は、そのぉ」と口ごもるダラル。仕方なくジョユスが代わった。


「失礼、私は彼の昔の上官でジョユス・オトゥナー元空軍大尉。こんど彼と新しい『仕事』を始めようと計画してるんだが、その件で相談に乗って欲しい」 


 彼女の青い目が訝し気にジョユスを観察する。その間、防寒外套の下で何かが蠢いた。たぶん、短く切り詰めた散弾銃あたりだろうと辺りを付ける。

 しばらくの間、彼女の視線はダラルとジョユス行ったり来たりしていたが、思い立ったようで「立ち話もなんだから」と工場内に入れてくれた。

 雑然と書類や様々な機械部品が転がされた事務所で、綿の飛び出たソファーに座る様に進められ、石炭ストーブの上のヤカンから三つのホーローのマグカップに紅茶を注ぎ、二つを客らに差し出す。

 その後、彼女は自分の分のカップを手に取ると、自分用の事務机に向かい外套を脱いで椅子に引っ掛け腰かける。

 そこで肩から掛けていた武器が見えたが、短く切り詰めた散弾銃と言うのジョユスの見立ては外れていた。ストックを取り去った短機関銃。一分間に600発の11ミリ弾拳銃弾をばら撒く奴だ。

 嘘、ハッタリ、誤魔化し、ケレン、そんなもんが一切通用しそうにない人種だ。そう履んだジョユスは、ダラルがオロオロするのも構わず今進行中の話を包み隠さずすべて話した。

 そして、聞き終えた彼女は自分の飲んでいた紅茶を派手に吹き出し、椅子から転げ落ちそうなほどの愉快気な大笑いをしばらく続けた後「ご、ごめんなさい」と言いつつ目じりに溜まった涙を油まみれの袖で拭いつつ。


「戦争が終わってからコッチ、不景気のせいで頭のネジが五、六個吹っ飛んだようなイカレポンチが武器の売り買いで何人か来たけど、大尉殿は本物ね。空飛ぶ海賊、空賊とは恐れ入ったわ」


 それから立ち上がるとまた外套を着こんで。


「イカレポンチの空賊さん、付いて来てよ。私の大切な『お菓子の家』に案内してあげるわ」

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