皆の視線が一斉にジョユスに注がれる。

 しばしの沈黙の後。「父さん、本気か?」とアルネス。


「冗談を言ってる余裕はもう無いぞ、再来月の今頃は下手すりゃ一家全員飢え死にだ。もし仕事が見つかっても、そんなのいつまで雇ってもらえるか解らん。すぐまたディリックみたいに勤め先が無くなるかもしれんし、俺みたいにクビに成るかもしれん。そしたらまた飢え死にの恐怖に怯え続けることになる。犯罪を働き捕まる恐怖に怯え続けるのとどこが違う?もう誰かを信用するのは危険な時代だ。会社も軍も国も国王も教皇も何もかもだ」


 そして家族全員を見渡し。


「当然、お前たちを道ずれって事は考えてない。昔の仲間に声をかけてクルーを集める。前たちには捕まって縛り首にでもなる間に残せるもんは残してやる」

「親父、俺にもいっちょ噛ませろ、親父だけに貧乏くじ引かせるわけには行かねぇ!」


 ディリックそう言って立ち上がると、アルネスも半ばやけくそ気味に笑いながら。

 

「空の海賊、空賊か。これは面白いな。航空大量輸送時代に相応しい新しい犯罪だ。正義で食えないなら悪で食うか。父さん、俺も乗るよその話」


 ジョユスは皆に問う「お前ら、本気だろうな」

 答えは沈黙と頷き。


 アマンデは呆れたように頭を横に幾つか振ると、黙って立ち上がり夫婦の寝室に引き込んでしまった。


「こう言うことは、野郎だけでやるのが普通だろうな、あいつには嫌な思いをさせてしまった」

 

 ぴしゃりと締められた寝室のドアを眺めながらジョユスはつぶやく。


「父さん、やるならまずなすべきかを洗い出そう。まず設備投資、船はある。無いのは?」


 アルネスの問いに。


「まず浮素、なんの整備もせずに野ざらしにしている間にかなり抜けてるだろう。浮上させるには補充しなきゃならない。それに浮素を冷やして液化させ、浮力を調整させるのに必要な液体窒素も手に入れなきゃだめだ。あと燃料も必要だ。浮素だけじゃ上に浮くだけ、前に進むにはエンジンから推進力を得る必要ある。次に武器弾薬、飛行船を襲うなら拳銃や散弾銃だけじゃどうにもならん。最低でも重機関銃は欲しい。あとクルー、俺の部下たちも困窮しているはずだ。声を掛けたたらついて来そうなやつが何人かいる」

「俺だって飛行船の扱いは心得てる」


 そう言うディリックの肩を叩きジョユスは。


「そうだな、しかしお前の経験じゃ一人前として扱うのは難しい、どちらにしろエンジンの面倒を見る機関士と、浮力を調節する浮素の専門家である気嚢士きのうしは必須だ。お前にはしばらくその二人の助手をしてもらう事になるだろうな」


 不意に寝室のドアが開き、思いつめた顔のアマンデが、小脇にシーツと思しき白い布を抱え現れた。顔と手は黒いインクで汚れている。

 そのまま台所へ向かい、調味料棚に隠したジンの瓶を持ちだしまたリビングに戻って来る。

 そして、おもむろに蓋を開け、一口煽った。

 まだ五分の二ほど残ったそれをジョユスに押し付けると、ネズ臭い息を吐きながらアマンデは。


「空賊に成るんなら、コレがいるでしょ」


 小脇の布を一気にテーブルに広げる。

 いっぱいに広がった若干黄ばんだ使い古しのシーツには、一面、黒々とインキで巨大な髑髏が描かれていた。

 それは明らかに海賊旗だった。

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