とりあえず二人ともリビングに引き入れアマンデに引きわせる。

 突然の話に、しかし彼女は狼狽えもせずにとりあえずポットに湯を沸かし四人分の紅茶を淹れる。

 久々に家族四人顔を合わせたが、その表情は当然ながら暗く陰鬱で覇気が無かった。


「昼休みが終わった後、社長が造船所の皆を集めて『銀行が突然融資を打ち切って、今まで貸した金もすぐ返せ、返せないなら造船所を差し押さえると言って来た。当然返せないからここは差し押さえられる。何もかも取られる前に皆に今ある金を分けるから、今日でここは解散だ』って。それでこれを貰って帰って来た」


 そういってテーブルに置かれた封筒には5ポルド(12万5千円)ほどの現金、半分は硬貨だ。


「所長はいい人だった。親子三代続いた造船所を守り抜いた。自分の代で飛行船の製造も始めるほどの頑張り屋だった。でも、それも今日でおしまいだ。銀行の畜生め!戦時中は国の尻馬に乗ってホイホイ金を貸して船をジャンジャン飛行船を作らせて、用が無くなったら造船所を渡せって来やがった!」


 ディリックはそう忌々し気に吠える。アルネスが続けた。


「取り上げた造船所は、間違いなく銀行の系列の造船会社に売却されて、南方大陸から連れて来られた超安価な労働者を使って操業するんだろうさ。金融機関の債権回収の規制を緩くする法律が去年の王国議会で通ったのが嚆矢ってヤツさ、すでにあちこちで貸しはがしが始まってる。しかし、まさか奨学金まで貸しはがしの対象になるとはね」

「そいう訳で親父、すまない、もうこの家は親父の軍人恩給しか収入が無くなっちまった。何とか新しい仕事を探すから、しばらく厄介させてくれ」


 と、すまなさそうにディリック。アルネスも。


「もう国のやり方には我慢ならない。弁護士になりかかったけど諦めた。そもそもこんな不正義がまかり通る国で法に従って弁護士をやってたって意味が無い。僕も働く、それまではすまない、しばらく養ってくれ父さん」

 

 二人とも男としての面子を犠牲にして親に懇願しているのが丸わかりだった。悔しそうな顔を見ればわかる。

 しかし、その二人に父親たるジョユスが言うべき言葉がこれである。


「すまん、俺の軍人恩給も打ち切りになった。今月末に入って来る3ポルドでオシマイだ」


 息子たちの魂が抜けきったような顔を、彼はとても見ては居られなかった。

 アマンデは腰のエプロンを取り、自分が何時も座る椅子の背もたれに掛けると、その大きな尻で腰かけ。


「イエテバラにでも行って、街角でにでも立とうかしら。こんなおばさんでも買い手があるでしょ」


 間違いなくやけくそな発言とは思うが、事実、大都会の貧民窟ではアマンデ位の歳の街娼はまだ若い方で、歯の無い白髪頭のご遺骨みたいな祖母さんでも夜な夜な辻に立つと聞いたことがあるし、髭を生やした大男がドレスにストッキング姿、口紅を差し白粉をはたき込んで客を引いているという話もある。

 冗談ではない、冗談ではないが、あと数か月もすれば冗談では無くなる。

 飢え死にするか?闇に落ちるか?選択肢はあまりにも少ない。


「おまえ、バカなこと言うなよ。土地はあるんだし、畑でも耕すか?」


 できっこないのを承知でジョユス。

 確かに爺さんの代までは農業をしていたが、親父が工場勤めを始めその息子のジョユスが飛行船乗りになると農家は廃業した。

 今さらカチコチになった農地を耕すなんてできっこない。

 思いつめた顔でディリックが口を開く。


「親父、鴨撃ちで使ってた散弾銃、まだ有んだろ?それに軍隊で使ってた拳銃も、強盗でもしようぜ、手始めに銀行を襲うんだ」


 すぐさまアルネスが口を挿む。


「それこそ馬鹿を言うなよ兄さん、銀行強盗なんてプロのやる事だ。素人の俺たちが今さら参入しても成功するはずがない。軍人上がりの警備員に返り討ちされるのがオチさ」


 あ、そう言う論法で反対なのか?『法は犯しちゃダメだ』じゃなく?と半ば驚きつつも、次男の言う事をジョユスを聞いていた。

 確かに、不景気とダブついて世間に溢れた銃器のお陰で極端に治安が悪化している。今さら強盗業に転身では出遅れだ。

 ここでジョユスは、自分も犯罪を生き残る手段の一つとして排除しないでいる事に気が付いた。

 妻が自分の体を売ることをやけくそ気味に言い出したことも在るだろうが、自分の中で何かが変わりつつあるとを彼は感じていた。

 ふと、窓に目が行く。

 それこそ、妻に愛想をつかされ出ていかれた旦那の様に、寂しく寒風に身を晒す、錆だらけのかつての愛艦が目に入る。

 その言葉は、自然に口から出ていた。


「なぁ、あれに乗って、貨物船とか客船とか襲って金を巻き上げようか?空の海賊だ」

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