第四酒 『山崎』第二章



「なぜわえも連れて行かなかったのじゃ、我もお高いういすきー飲みたかったのに!」


「痛い、痛いですおおかみさま!牙、牙刺さってます!」


 自宅の扉を開けるや否や腹ペコおおかみが襲いかかってきた。『響』を飲みに御山を降りてきて以来、おおかみさまは勝手に紫の家に居着いている。


 おおかみさま曰く、神様が居着く家には幸福が訪れるのだから感謝するが良いとの事だったが今のところ食費と飲み代が二倍になっただけだった。+どころか-……。


「というかなんで私がウイスキー飲んだこと分かるの?何も言ってないですよね?」


「汝がなかなか帰ってこぬから、ちらっと「視た」だけじゃ。そしたら我をないがしろにして一人でういすきーを飲んでおった!」


 涙目になりながら手をさすっている紫に向けて、未だ牙をちらつかせ威嚇混じりに話すおおかみさまはご立腹だ。


「謝るからもう噛まないで下さい……「視た」ってもしかして神通力が戻ってきたんですか!?」


「僅かな力ではあるが、遠くを視ることができる千里眼の力が戻ったようじゃな。白蛇の動画で我への『信仰ぽいんと』もそれなりに集まってきておる」


「なら少しは感謝して下さいよ、凄い歯形付いたんだけど。でも良かったです、お二柱の力になれたみたいで」


 心から出た紫の笑顔をみて、まだ怒っていたおおかみさまは拗ねた様にそっぽを向く。しかし、紫はおおかみさまの頬が薄桃色に染まっていたのを見逃さなかった。


「素直じゃないですね、うりうり。今日は神様の力戻った記念でお祝いしましょ。お高いウイスキー解禁しますよ」


「指でつんつんするでない、不遜じゃぞ!何、宴会か?宴会じゃな?良し我が許す、疾く準備せよ紫」


「料理するんでお皿出したりして下さい。紫家では神様も手伝う決まりなんです」


「なんじゃと、紫やはり汝は不遜じゃ!」


 紫はbarの帰り道で買ってきた食材を並べながらエプロンをつける。肌寒くなり始めた初秋のこの頃、鍋が美味しくなる季節だ。スーパーで旬が来ている白菜を購入してきた。冷蔵庫には、豚バラスライスが入っている。


 ”あれ”を作ろう。後は既製品だけどポテトサラダもあったな。


 紫は手際よく白菜を洗い、適度の大きさに切っていく。白菜、豚バラスライスの順番で段々と重ねて鍋に入れる。軽くコンソメとだしで味付けをしてミルで黒こしょうを挽く。


 所謂ミルフィーユ鍋だ。実家にいた時、母が良く作ってくれた。ポン酢や醤油、通の人なら岩塩など自分好みの調味料を後掛けしながら食べると飽きることなく食べれてしまう。


 鍋を火にかけてポテトサラダを皿に盛り付ける。アクセントを加えたいのでいぶりがっこを刻んで混ぜ合わせる。ウイスキーのつまみに燻製チーズと鴨肉ローストを切り分け盛り付けた。


「紫、出来たかの?我はもうぺこぺこじゃ」


 テーブルに皿や箸、グラスを用意したおおかみさまがキッチンに入ってくる。空腹の限界なのか耳と尻尾が力なく萎れていた。


「もうすぐできますよ。ごめんなさい、鍋以外出来合いの物になっちゃいます……おおかみさまは神様だしもっと高級な物じゃないと口に合わないですよね」


「ん?なぜそんな顔をする。確かに我は数多の高級料理を貢がれてきたが、紫が作る飯も好きじゃぞ。例えそれがすーぱーとやらが作っていたとしても気にするでない、用意してくれたのはなれであろう。それよりこれ食べて良いかの?」


 申し訳なさそうにする紫にあっけらかんと返事したおおかみさまは完全に鴨肉ローストに心を奪われていた。


 絶世の美女に空色の瞳で見つめられながらかっこいいセリフ言われるの心臓に悪いんだけど……。落ち着け紫……この神様食い意地はってるだけだから!騙されるな私!!


 紫はそろりそろり鴨肉に手を伸ばしてるおおかみさまの手を掴み言う。


「こら、つまみ食いやめて下さい。鍋も出来ましたから料理並べて」


「うむ……仕方ないのう」


 先ほどのキリッとしていたおおかみさまとは裏腹に不満そうに尻尾を揺らしているのを見て、紫は苦笑いするのであった。

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