第四酒 『山崎』第三章

3


 ――気持ち悪い。


 完全な二日酔いの症状を感じながら起き上がった紫は、部屋を見渡す。


 二人でわちゃわちゃ宴会をした余韻がまだ部屋に流れている様だ。鍋をつつきながら仙台で買ってきた日本酒を嗜み、おつまみを肴にウイスキーをたらふく呑んだ。二日酔いになって当然だ。寧ろ部屋を汚さなかっただけせめてもの救いだった。


 ベッドの隣に敷いている来客用の布団から愛らしい寝息が聞こえる。紫が乱れていた掛け布団を直してあげると、おおかみさまは幸せそうな寝顔をしていた。


 真冬になる前に分厚い布団買ってあげないと寒いよね……それにしても黙ってたら美人だなこの神様。睫毛長いし、丸まった身体もすごい細いなあ。昨日は結構遅くまで飲んでたし、もう少し寝かしておいてあげよう……。


 ぼんやりと思いながら紫は忍び足で部屋を出てリビングに向かう。


 大学午前休みにしておいて良かったな。あ、スマホちゃんと充電してるー。昨日の私ナイスプレー!


 一人喜んでいた紫が時計を確認すると授業開始時刻が迫っていた。狼狽し、急いで身仕度を始める。華の女子大生の準備には時間がかかるのだ。


 歯みがきをしながらおおかみさまに書き置きしておこう。今日は大学からバイトに直行だから遅くなるし、また噛みつかれたら一溜まりもない。


 紫は電光石火の如くギリギリ許容範囲のナチュラルメイクを施し、スニーカーを履いて家を飛び出した。




「紫こっち、こっち!」


 三時間目は大講堂での授業だった。小走りで入ってきた紫に二人組の男女が手を降っている。


 教授が入ってくる前の講堂はとても賑やかだ。身内ネタで談笑するグループ、放課後のトレーニングについて話し合うクラブ生、授業前から寝る体勢の男子学生。


 そんな中でも二人の声は他の音を透過して紫の耳に届いた。


「ごめん、二人とも。席とっててくれてありがとう」


「気にするな。絢瀬もさっき駆け込んできたばかりだから」


「ちょっと、春海くんそれは言わない約束でしょ!?」


 言い争いをしている二人を仲裁するかのように紫は真ん中の席に腰を降ろす。


 左隣の晴海 健斗は座っていても解るくらい高身長だ。蒼と同じかそれ以上あるだろう、180cmを越えている。バンドを組んでおりボーカル担当の為か声が良く通る。お陰で紫も二人を直ぐに見つけることができた。爽やかイケメンだからか、優しい雰囲気だからか良く女性に話しかけられては紫たちに助けを求めてくるシャイな友人だ。


「紫、ちょっと飲んじゃったけどフラペチーノ飲む?家から走って来たんでしょ、お疲れ様~」


 もう一人の友人、絢瀬 まなかが笑顔で話しかけてくる。天真爛漫で人当たりが良く、紫たち理系の学部では少ないリケジョのためか彼女を女神と崇める男子学生も多いらしい。確かに同姓の紫から見ても可愛いと思うし、その表裏のない性格は一緒に居て心地よかった。


「どうせまた飲んでたんでしょ~。噂になってるよ『酒豪の麗人』がお洒落なbarからイケメンと出てきたって!」


 悪い笑顔を浮かべた絢瀬が紫に耳打ちしてくる。厚意に甘えフラペチーノを一口飲んでいた紫は盛大にむせてしまい、晴海が軽く眉をひそめた。


「――ごめん、なにその恥ずかしいあだ名。酒豪の……何?」


 紫は息を整えてから絢瀬に聞き返す。


「『酒豪の麗人』だよ。紫が大学近郊の居酒屋やbarにふらりと現れては、バカみたいな量のお酒飲んでるのを目撃されてついたあだ名らしいよ」


「自分でな気づいてないかもしれないがうちの大学で紫は結構有名人だぞ。――というかそのbarで飲んでた男って」


「それにしてもそのニックネームはダサすぎるでしょ……。あとそれ彼氏でもないし、双子の弟だから。大学近くにあるbarで働いてて良く遊びに行くんだ」


 心身共に疲弊してしまった紫が机に突っ伏した。ひんやりとした天板が走って火照っている顔を冷してくれる。よしよし、と絢瀬が頭を撫でてくれているが立ち直れそうにない。


「紫に弟がいたの初耳だ。うちの大学なの?」


 晴海の質問に紫は伏せたまま頭を横に振る。


「高校まで一緒だったけど、蒼は違う大学に進学したの。私は一緒が良かったんだけどなあ……」


「なになに、紫もしかしてブラコンなの?弟くんの写真見せて~」


「ブラコンじゃないやい!ちょっと待って、確かスマホにバイトしてる時の写真あるから。バーテンダーの服全然似合わなくて笑えるよ」


 紫は起き上がってスマホを操作し、二人に見える様に机に置く。画面には紫が蒼に無理やりポーズをとらせて撮影した写真が映っている。


「やっぱり凄いイケメン!紫の双子だから期待はしてたけどここまで双子で差がでるんだ~」


「男の俺から見てもイケてるな。酒飲んでふにゃふにゃした紫より美形だ」


「あれ、二人って私の友達だよね?私の扱い酷くない?」


 拗ねてまた机に伏せる紫に、二人は「冗談だよ」と笑って肩を優しく叩く。蒼にあったら今度こそ関節技決めてやる。密かに逆恨みする紫だった。

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