第三酒 『鳳陽』第三章

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 ー・ー・ー・ー 動画配信中 ー・ー・ー・ー

 

 <<AM 5:00 白蛇さまの神社>>


『こんスミー、皆今日も飲んでる?飲んべえ配信者のスミレだよ。前にSNSで言ってた「廃神社でお酒レビューする企画」のために仙台にきてるよ!』


『こ、こんスミーじゃ、皆も飲んでおるか?あしすたんとの空じゃ。まず最初にお邪魔させてもらう神社の白蛇さまに参拝するぞ』


 湖畔にある鳥居の前で一人と一匹が動画撮影を始めていた。山際が白くなり、大木と神社には曙色の陽が雨の如く降り注いでくる。気温も冷え込んでいて、吸い込む空気が身体を凍わせる。防寒具を着込んだおおかみさまはもこもこしていて元の狼の姿を彷彿させていた。


 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「白蛇さまの姿をSNSで拡散するんです。こんなに素敵な神社と土地神さまなら絶対バズりますよ!動画配信のシナリオも即興ですが考えたので早速撮影しましょう」


 時は少し遡り、紫は二柱に具体的な提案内容を話す。しかし、おおかみさまはその話を聞いて頭を振った。


「残念じゃが紫よ。その提案には一つ大きな問題がある。普通の人間には我ら”神の姿”は視えぬ。必然、汝の『かめら』とやらにも映らんのじゃ」


「え、でも私は最初から視えましたよ?それにおおかみさまは動画にもしっかり映ってます!」


 突然の告白に紫は焦燥し、おおかみさまに今日撮ったop映像を見せる。結局、リテイクしたop映像ではおおかみさまことアシスタントの空ちゃんが初登場したのだが盛大に嚙み嚙みだ。そこには確かに銀髪碧眼の美女が映っていた。


「我が残り僅かな神通力を使って人間に化けておるから普通の人間にも”視えて”おるだけじゃ。狼の姿なら視ることも感じることも叶わぬ。汝の様に稀に神々の存在を知覚できる人間が生まれてくるが、通常の人間は存在に気づく事はない」


「そんな……なら二柱はこのまま忘れられていくのを待つしかないってこと?」


 目の前が暗くなる、自分の考えが如何に甘かったか重い知らされた紫は項垂れた。


「そちは心優しいのう。儂らを思ってくれた事に礼を言うぞ人の子よ。気に病む事はない。儂ら神々も何時かは人びとの記憶から消え去る、いくら信仰された神でもいずれ来たる死から免れる事はできないのだ」


 白蛇は慈愛に満ちた瞳で紫を見つめた。この神様はきっと何百年もこうやって人びとを愛し、見守ってくれていたのだろう。なのに私達人間は何も返せてない。それどころか感謝することさえ忘れている。


 直接私が救って貰った訳じゃない、寧ろどこか神様なんて人が創り出した偶像だと小ばかにしていた。だけど私はおおかみさまと出逢った。


 傍若無人で我儘で食い意地を張っている神様だと思ったけど、人々を思っていたその横顔を美しいと思ったんだ。今はもう思い出せなくなってしまった”誰か”を愛おしく思っているその瞳を美しいと感じたんだ。


 このまま彼らが消えていくのを指を咥えて視てるだけなんて私にはできない。紫は顔を上げて、胸の内をぶちまける。


「気に病みますよ!確かに私は信じても無いのに、ガチャ引く時だけ神頼みする都合の良い女でしたよ。でも今はおおかみさまと出逢って、白蛇さまと美味しいお酒を飲んで、悲しい想いと消えていくしかない現状を知ったんだ。友達になったあなた達を見捨てて帰るなんて私にはできないよ、そんな簡単に諦めきれない!」


「――なんじゃ紫、汝思ったより情に厚い人間だったのじゃな。まさか人間に激を飛ばされる日がくるとは我も焼きが回ったものじゃ」


 茶化すように言った台詞とは裏腹におおかみさまは瞳には感嘆の感情がちらついている。しかも少し鼻声になっていた。


「――感謝する人の子よ、だが気合いだけではどうにもならんのは確かぞ。何か手はあるかのう」


 紫の想いを受けとめ、同様に涙ぐんでいた白蛇さまは、月を眺めながら苦言を呈した。その姿を眺めながら考えていた紫がふと視線を落とした時、解決策に繋がる"それ"が現れていた。





 ー・ー・ー・ー 動画配信中 ー・ー・ー・ー


 ーーーーお供え物は レビューする『大吟醸鳳陽山田錦』です!白蛇さまにもお裾分けです(*´▽`*)ーーー


『祠にこれからレビューする日本酒をお供えしました!今回はおうちにあった切子グラスに注いでみたよ。白蛇さまも気に入ってくれるかな?よし、準備できたし空ちゃん一緒にお参りしよー』


『うむ、我も白蛇さまの祠を掃除できたぞ。見てみよ、ぴかぴかじゃ。では参拝するぞ、皆も一緒に参拝して欲しいのじゃ。準備できたか?いくぞ……2礼、2拍手、1礼じゃ!』


 ーーーー 参拝中 しばらくお待ちください ーーーー


『少しの間お邪魔します、どうぞお召し上がりください』


『――ん?スミレよ、このグラス中身がないではないか?汝、途中で我慢できずに飲んだのか?流石の我も引くぞ……』


『ちょっとなんで私が疑われてるの!だいたい食い意地張ってるのは空ちゃんのほう……ってあれ、ホントだ無くなってる。並々注いだのに気づかない内に溢しちゃった?ちょっと待ってね。注ぎなお……空ちゃん!じ、地面見て!』


『何じゃ、大声出して……え!?』


 ーーーースミレ、空 パニック中ーーーー


『すごいでっかい……へ、蛇?今たしかに映ってたよね?』


『あんな大蛇はりうっどでも見たことがない……きっとここの神様だったんじゃ。さっきの酒も白蛇さまが飲んだに違いない』


『え、なんか衝撃映像撮れちゃったんだけど!どうしたら良いの、お酒レビュー怖くてできないよーーーー!!!』


 ーーーー廃神社で怪奇現象と遭遇!次回、日本酒レビュー編に続く……? To be Continuedーーーー


 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 


「なるほど、これには我も驚かされたぞ紫よ。白蛇の奴も大層喜んでおったし、これはなかなか名演技じゃな」


 白蛇さまと動画撮影し、成功を祝して一人と二柱は一升瓶を開けるまで飲み続けた。体力の限界のため、白蛇さまと再会の約束をしてホテルに戻った頃には既に時計が8時を指していた。


 結局徹夜で宴会したため昼まで睡眠を取り、仙台観光に繰り出した。ニッカウヰスキー仙台工場の見学に向かい、ウイスキーの製法を学びながらお目当てのウイスキーを試し飲みした一人と一匹はご満悦だ。名物の牛タンに舌鼓を打ち、一通りのスイーツを制覇していたらいつの間にか帰りの新幹線に乗っていた。おおかみさまはタブレットで昨日の内にテロップを入れて編集しアップロードしたくだんの動画を観ている。


 アップされた動画の最後には、おおかみさまの言う通り白蛇さまの姿は映っていなかった。しかし、月明かりに照らされて地面に落ちた大蛇の影は鮮明に映っており、その存在を多くの人が知覚することが出来ていた。


「たしかにカメラに白蛇さまは映りませんでしたが、諦めかけてふと地面を見た時ばっちり影が映ってたんですよ。お陰でアップしたこの動画すでに10万再生行ってます!登録者数もちょっと増えてるし、コメントもこんなに来てます。こんなの初めてだから嬉しくて踊り出したい気分です!」


「じゃが、この『どうが』とやらで白蛇の信仰は回復するやも知れぬが、我の参拝者は一向に増えぬと思うぞ」


 高揚してはしゃぐ紫を宥めながらおおかみさまは少し不満げに言う。


「いやそんな事もないみたいですよ。これ見て下さい。コメント欄は白蛇さまの影が本物かCGか疑心暗鬼になってる物が多いですが、空ちゃん可愛い、綺麗ってコメントがかなりきてますよ」


「下賤な人間共に愛でられても不遜としか思わんが、これで我の力が戻るなら致し方無い。しかしよく考えたら我も真の姿になって『どうが』をあっぷした方が手っ取り早いのではないか?」


 勘のいい狼は嫌いだよ。紫は自身の動画の一覧をおおかみさまに見せながら早口で言う。


「駄目ですよ!おおかみさまは私の動画のメインキャストなんですから。見てくださいよこれ、おおかみさまが出る前と今の再生数が天と地ほど違ってます。美女が出なくなったら直ぐに再生数下がっちゃうんですから」


「そんな事を言われても困るんじゃが……。だいたい今回は白蛇の影が映っておるからじゃろう。まあどちらにせよ我の信仰はまだまだ足りぬ。それに記憶を戻すには手掛かりの酒を探しに行く必要があるしのう。我の酒探しに手を貸すなら汝の『はいしん』もまた手伝ってやろう」


「おおかみさま、大好きです!」


「よせ!不遜じゃぞ、ああ抱きついてくるでない!」


 新幹線が仙台から離れて行く。じゃれ合う一人と一匹を乗せて。


 秋風が寒さと共に、神々の想いを運んでいった。

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