第14話 巨砲は全てを制す


 アリッサはクラレットを強引に引っ張り、ベクトル操作をしながら空中にどうにか退避する。直後、地面を覆いつくすほどの紫色の液体が広がっていき、家屋や、死体を残さず喰らい尽くしていく。その泥水は、飲み込んだものを文字通り泥の中へと沈めていき、更地を作り出していく。

 もしも、あの場にアリッサたちが残っていたとしたら、防具があったとしても対処は難しそうに思えた。故に、地上に降り立つとしても、離れた位置で降り立ち、逃げるしか選択肢は残されていない。まさに、完全な詰みの状態にアリッサたちは陥っていた。


 「はは……ははは……これは流石にどうしようもないかも……」

 「アリッサさん。笑ってないで対処法を考えてください」

 「空中で戦えないのにどうしろと? 私は、あなたみたいに翼はないんですけど……」

 「ならば、アシストしてください。私がやります……」

 「勝算はあるの?」

 「どのみち、やらなければこちらが死にます。あれは命乞いをして助けてもらえるような性格には思えません」

 「同感かも————————」


 アリッサが意を決して、背中の幾何学模様の翼で自立飛行できるクラレットを放したその時だった。

 再び、アリッサの背中に嫌な汗が伝う。だがそれは、地上で退屈そうに欠伸をしているサガミヒメではなかった。アリッサはそれを即座に理解し、大慌てで周囲の状況を再確認する。


 そして、すぐにわかる————————


 アリッサたちの背後……そこにそびえたつ落とされかけている城。その一部が開閉し、巨大な砲台が露わになっているという事実に……。

 それとほぼ同時に、周囲のマナが急激に枯渇していく感覚をアリッサは肌で感じ、城から露出した漆黒の砲身が徐々に明るみを帯び始めていることが見て取れた。それは紛れもなくこちら……つまりはサガミヒメの方へと向いていた。


 砲撃対象はこちらではないにせよ、明らかにまだ戦闘中であるという認識がされていない。それは、こちらもろともに吹き飛ばすという意味合いであるため、アリッサは短い悲鳴と共に即座に回避運動を迫られる。

 それは相手に突撃をしようとしたクラレットも、アリッサの異常な様子で気づいており、二人はほぼ同時に、自分を衝撃から護るための魔術障壁を多重展開していた。



 刹那————————


 アリッサの視界は、遅れて来る轟音と共に一瞬のうちに真っ白に爆ぜ消えた。



 ◆◆◆



 アリッサと正反対の位置にある西門……そこでは全く別の激闘が繰り広げられていた。

 設置された魔道具は既に破壊され、西門は突破……既に市街地戦に移行していた。それに伴い、逃げ惑う市民と共に、両軍が乱戦の様相を呈していた。


 そんな地獄の中を駆けるのは、背中の腰部分に専用の魔道具を下げたユリであった。彼女は現場の指揮を完全にハナコに預け、自らは先陣を切って、西門を突破してきた勢力を追い返すために打って出たのである。


 そんなユリの視界にまず映ったのは、敵軍の中心で太刀を片手に誰よりも首を刈り取っている甲冑姿の大男だった。男は、体格に似合わない俊敏な動きでこちらの兵士を翻弄し、次々に首を落として回っていた。

 それを見て、ユリは男がかなりの手練れだということが即座に見て取れた。


 だからこそ、あえて、彼に気づかせるように……そして、少しでも味方の負担を減らすために、声を張り上げて、こちらの存在を知らしめる。


 「私こそが、葛城百合————————ッ!! この地を統べる征夷大将軍だ!! 死にたい奴からかかかってこい!!」


 ユリの甲高い声は戦場を駆け抜け、全ての兵士に伝わっていく。それは味方ならば瞳に戦意を取り戻し、敵ならばその首を取るために目が血走りだす。

 その声に反応し、先陣を切っていた男もユリの狙い通りにこちらに振り向く。だが、それよりも早く、まったく違う敵軍の兵士がユリの元に太刀を構えて突っ込んで来たため、ユリは腰の魔道具の一部を取り外し、即座に純粋な魔力で出来た光の剣を作り出す。そして、突っ込んで来た兵士を音もなく容易く引き裂いた。


 ユリの華奢な体からは想像もできないぐらいにあっさりと断ち切られたその兵士を見て、誰もが怖気づく。その恐怖を肌で感じながら、ユリは黒緑色の瞳をゆっくりと開き、血まみれになった頬を裾で軽く拭った。

 そんなユリを賞賛するように、はたまたユリの狙い通りに、先ほどまで味方を撫で切りにしていた男がこちらに向かって走り込んでくる。


 「黒島薩摩守三郎東造、推参!! 大将首もらい受ける!!」

 「かかってこい!!」


 トウゾウと名乗った男が振り下ろした太刀とユリの光の剣がぶつかり合う。それは、まるで本物の金属同士がこすれ合うように甲高い衝突音が鳴り響き、圧縮された空気が弾け飛ぶように家屋の隙間を駆け抜けていった。


 「なんじゃ!! 女子じゃあ! 手柄にならんぞ!」

 「そんなもの、わたしには関係ない!! お前たちから仕掛けたことを忘れたか!」

 「そんた、将軍が奇怪なカラクリで人を化け物に変えちょるでじゃろ」

 「それは————————ッ」


 ユリの剣戟が一時的に揺らぐ。それは、自らの過ちを指摘され、精神の揺らぎと共に生まれた僅かな隙。それをトウゾウは見逃さず、ユリの華奢な首を掴みそのまま押し倒すように地面に叩きつけようとする。


 だが、ユリも即座に反応し、余っている左手で、腰の魔道具から柄を取り出し、生み出したもう一本の光の剣でトウゾウの胴体を引き裂こうと迫った。これには大慌てでトウゾウは腕を手放し、もう一度距離を取り直す。

 ユリは身を捻りながら体勢を立て直すと、左右それぞれに持つ光の剣を一度振り、相手に合わせるように構え直した。


 「こりゃ驚いた。まるで烏天狗かなんかか」

 「何でもいい……ただ、わたしがどんな罪を犯していようと、お前らが何の交渉もなしに攻め込んでくるのはやっぱりおかしい!」

 「しらん。おいは最初から最後までこれしかしらんからの……。ただ一つ知っちょるんわ、今、こん国はカラクリにより変わっ時期じゃちゅうこっだけじゃ」

 「わたしだって、わたしが追い求める先に、国の発展があればこそと思っている」

 「そいよりも先に、こん国は外から学ばんにゃならん。遅れちょっど、こん国は————————っ!!」


 トウゾウは海向こうよりやってきたとある女性に見せられたカラクリのことを思い出し、思いを馳せる。それは、この国の技術の一歩先をいき、明らかに異質であった。


 「だからこそわたしは、他の国に食い物にされる前にこの国だけで前に進もうと!」

 「結果が伴うちょらんじゃろ。結果が出せんなそんたぁくそじゃぁ」

 「だから、わたしを討ち取らなければならない、と————————。 あほらしい……あまりにも……あほらしい……。だったら……わたしは容赦しない……。お前たちがわたしの大切なものを奪っていくというのなら、前と同じように真正面から全部叩き潰してやる」

 「よか……存分に死合おうど」


 ユリの表情が先ほどから完全に打って変わる。それは、先ほどまでの動揺と交渉の姿勢が消え去り、純粋に敵を屠るだけの殺戮兵器に変わったことを意味していた。

 それを見て、トウゾウは少しだけ嬉しそうに口角を上げた。そんな時であった————————


 トウゾウの動きを援護するように、家屋の上から放たれた一矢がユリの顔面を捉える。だが、ユリは、それに気が付いていなかったにも関わらず、ほんの一瞬の判断で飛来した矢を斬り伏せ弾き飛ばす。


 そして、もう片方の光の剣の柄を一度、腰の魔道具に叩きつける。するとその瞬間、光の剣は揺らめく炎のように鈍色に輝き、それとほぼ同時にユリは地面を抉れるほど蹴り飛ばした。


 後ろに衝撃波を生み出し、一気に加速したユリは、先ほど割り込むように不意打ちしてきた弓兵の元に一瞬でたどり着き、鈍色に輝く光の剣を振り下ろす。だが、それを防ぐようにトウゾウが割って入り、太刀を盾にして強引に受け止めた。

 しかし、あまりの衝撃に堪えることができず、背中の弓兵ごと弾き飛ばされ、太刀が砕け散ると同時に家屋を薙ぎ払いながら弾き飛ばされる。


 土煙と衝撃波が遅れるようにして訪れ、戦場に一瞬のうちに静寂を作り出す。それを目撃した敵は完全に戦意が削がれていく。なぜなら、たった一度で、それだけのことを成し遂げたユリが単なる化け物に見えたからである。


 それでも、その化け物を討ち取るために飛び込んで来た愚か者もいる。ただ、それらはただ一つの例外なく、同じように斬り伏せられ、血しぶきと共に、一瞬のうちに肉片に変えられていく。

 ユリが剣を振るえば、それは『斬る』というよりは、もはや空間そのものを『抉る』という方が正しいような状況になっていた。レベルの伴っていない兵士には、ユリが振るった剣戟だけで肉体が砕け、肉片に変わり果てるからである。


 血の雨が降る————————


 それはユリの着物を真っ赤に染め上げていき、光彩の消えた瞳を覆い隠すように前髪を濡らしていく。それとほぼ同時に城を挟んだ東門で爆発が起こり、こちらにも爆風が届いてくる。それを背中に受け、袴と袖口をはためかせながら、ユリは静かに笑う。


 「ハナコ……使っちゃダメって言ったのに……」

 「なんじゃあやぁ……あげんカラクリ聞いちょらんぞ……」


 家屋の残骸から弓兵の従者と共に顔を出したトウゾウは戦慄する。トウゾウが見たのは、城に内蔵された巨大な砲門だった……。そしてそれが、先の爆発を引き起こし、文字通り東門を粉微塵に粉砕したのである。

 そのあまりの威力に戦慄しているトウゾウを笑うようにユリは静かに武器を構える。


 「60口径魔装砲だよ……あなたたちが使っている、わたしたちからパクったその大砲の進化系ってところ……」

 「進化系どころじゃなかじゃろ。あや……神ん光じゃあ」

 「でもその代わり……妖力を大量に消費する。環境が悪くなるから、使ってほしくはなかったんだけど……ハナコが使用したってことは、東門が危機的状況に陥ったってことかな」


 ユリの自虐のような笑みにトウゾウは困惑する。よく考えれば、東門が落とされたという吉報であるのだが、同時に、立った一発でその落としたはずの東門の部隊が壊滅したという裏返しでもある。

 爆風や目視での威力から鑑みるに、城に据え付けられたそれは、たった一発で他の城塞を倒壊させるほどに思える。その証拠に、ここからでも見える程、大地が抉れ、大きな轍が形作られていた。


 「さてどうする? 武器を捨てて逃げるのならば深追いはしないけど?」

 「あまっちょっとか。大将首を前に背中を見せられるっわけがなかじゃろ!」

 「このバカ主!! ここは退くべき時です!!」


 全身裂傷だらけで咆哮するトウゾウを引きずるように弓兵の従者は即座に自分の愛弓を投げ捨て、この場から離脱するように走り出す。それは小柄な体でトウゾウを担いでいるが故にあまりにも鈍重であったのだが、ユリはその背中を斬ることはしなかった。


 代わりに、未だに市街地で暴れ続けている敵軍に目を向ける。

 先の砲撃でまだこちらに敵意があるものに対して、ユリは容赦をしなかった。残っているものは、逃げることができない、もしくは逃げることを止めた愚か者である。故に、こちらの勧告をしようとも無意味だった。

 だからこそ、両手の光の剣を振り回しながらユリは疾駆する。そして、街を駆けるように殺戮を続けていく。突破された西門に侵入した兵士が全て肉片に変わるまで……




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