第13話 相模竜神樹姫


 アリッサが東門にたどり着くと、そこには数人で、物見台の上でマシンガンタレットのような魔道具を使いながら応戦している兵士がいた。だが、使用しているのは銃弾ではなく、丸い石であるため、どちらかと言えば火縄銃に近いのかもしれない。


 アリッサはそれを一瞥しながら近くの背の高い家屋から様子を伺っていると、相手も黙ってはいないのか、何やら大砲のようなものを取り出しこちらに向けて撃ち込んでくる。だが、出てくるのは通常の大砲の火薬玉ではなく、炎にまみれたイシツブテでであり、木造家屋が多いこの街の被害を甚大にさせるものであった。


 アリッサが肌で感じるのは、確かに戦争の緊張感であるのだが、それに混じり、奇妙な違和感を覚える。それはアリッサが予見した通り、急激に周囲のマナ濃度が変化していることである。通常の綺麗なマナが薄れていき、そして汚染マナが増大していく……。

 それはまるで、アリッサが一年前にケンヤという少年と闘った状況と酷似していた。


 「やっぱり……汚染マナが増大してる……あの魔道具が原因だと思うけど……」


 アリッサは二つを強制的に止めることはできる。だが、それをすれば、負けるのはユリたちの軍であり、この街は火の手に包まれる。だからこそ、そうさせないために、アリッサができる行動と言えば一つだけだった。



 アリッサは屋根瓦の上で神楽鈴を門向こうの敵軍に向けて構える。するとシャランという小気味よい音を奏で、そしてアリッサが発動した魔方陣が展開された。

 用意された魔道具の耐久性は把握している。それに対してアリッサが全力で魔力を通せば、有無を言わさず暴走して、折角の魔石が壊れてしまう。だからこそ、出力を抑え、そして魔術を発動させる。


 「レイン……ショット————————ッ!!」


 神楽鈴の先端が淡く輝き、そこから巨大な球体が打ち出される。一瞬だけ神楽鈴が赤熱して、赤く染め上げられるが、すぐに白い煙を吐きながらも放熱し、なんとか形状を保つ。

 そして、肝心の魔術の方はというと、白い魔力球体が天高く打ち上げられると同時に、敵陣の真っただ中で弾け、無数の礫となって降り注いでいた。その礫を受け、体の一部を負傷し、悶えながらその場に留まる人物が多数生まれる。

 命こそほとんど奪っていないが、敵軍の戦力を削ぐには十分すぎる程の威力……それをアリッサは今の肉体で行った。



 アリッサの肉体は、現在、レベル15ぐらいまで弱体化している。だが、それと魔術知識や技術は別である。肉体が弱体化したとしても、それまでに培ったものは何も失われてはいない。だからこそ、ニードルベアーに対して手を焼いていたあの頃とはまるで違っていた。

 そうして、自身を胸に、肩で軽い息を吐きながらアリッサは神楽鈴に燻る白い煙を振り払う……その時だった。


 土づくりの城壁の一部が弾け飛び、その瓦礫を市街地の方へと吹き飛ばす。遅れるようにして、長屋の一部が倒壊し、土煙を上げる様な衝撃がアリッサの近くで巻き起こった。

 アリッサが慌てて、そちらの方を見ると、長屋の瓦礫の上でうめき声を上げながら強引に立ち上がろうとしている人物がいた。それは、アリッサが数日前に城の中で顔を合わせたクラレットであることはすぐにわかった。

 だが、天使族の特徴を表すように、その頭の上には幾何学模様を描いた光輪があり、背中にも、平面的な光の羽が2枚ついていた。しかし、体の方は痛々しく、頭部や腹部の裂傷から流血をしており、とても無事のようには見えない。


 「あらら、壁を壊してもうた。まぁ、どうせ壊されることやし構わへんよなあ」


 はんなりとした流暢な言葉、それはクラレットが見据えた土煙の先……そこには、頭に二本の双角を付けた小さな子供がいた。だが、その体格に似合わず、巨大な斧を片手で振り回しており、ただものではないことがすぐにでも分かった。


 「逃げてください!! 彼女の周囲には————————ッ!」


 アリッサはクラレットが何かを言い終える前に走り出していた。だが、アリッサがクラレットと鬼の怪異の間に割って入る前に、鬼の怪異からどす黒い煙があふれ出し、街の一角を染め上げていった。

 アリッサは慌てて、口と鼻を服の袖で覆うがもう遅かった。それらは周囲を包み込むと同時に、煙に巻き込まれた兵士たちは敵味方問わずに、次々と倒れていく。その凄惨さは見るに堪えるものではなく、肌が紫色に膨張していくと同時に内部からドロドロに溶かされて行ってるようであった。


 ————————が、アリッサはそうはならなかった。


 それは、アリッサが特別何かをしたわけではない。単純に、身に纏っていた防具である振袖に刻まれた魔術式が無事に発動し、煙の毒を周囲だけ無害化しているからであった。煙は非常に強力な毒物であり、アリッサの持つ『ホライゾン』という軽装鎧でも同じことはできるが、完全に防げるかどうかはわからなかった。しかし、この振袖が完全に無害化している事実を見るに、この作成者は彼女の存在を認知いるかのように思えた。


 「おや?残らず食べた思たのに、立ってる小娘がおるなんて……」

 「あなたは……いったい……」

 「ふーん……同類の臭いがする思たらそんなんか……あんたが新しゅう生まれた枝の姫巫女か。ご機嫌麗しゅう。うちの名前は相模竜神樹姫サガミリュウノヒメどす。よろしゅうなぁ———————」

 「逃げなさいと言ったはずです———————ッ!!」


 サガミヒメがアリッサに対して笑いかけている最中であった。クラレットが大筒のガンロッドを手にサガミヒメの声を遮るように咆哮し、そして走りながら引き金を引く。だが、サガミヒメが軽く腕を振るうとそれらは弾き飛ばされ、家屋のがれきを舞い上げるだけで終わってしまう。


 「そういうたらこっちにもうちの毒効かへんネズミがおったんやったなぁ」


 クラレットは毒の煙の中でも動き続けている。恐らくそれは、アリッサと同じように彼女が身に纏っている衣服に施された魔術式のおかげである。これがなければ彼女も同じようにドロドロに溶かされている。


 アリッサは大斧を振り下ろそうとしているサガミヒメに向けて魔術弾を打ち放ち牽制する。今現在、どちらが敵でどちらが味方か、というのは考えずともわかる。同時に、目の前の怪物を退けないと街に甚大な被害が出ることもすぐに理解できる。


 「あなたを置いて逃げられるわけないでしょ!!」


 アリッサはサガミヒメの周りを反時計回りに回りながら神楽鈴を振り続ける。鈴の音が奏でられると度に、アリッサが生み出した『ブラスト』が弾け飛ぶが、サガミヒメはそれらを軽くあしらうだけであり、僅かながらの火傷こそしているが、大したダメージにはなっていなかった。

 それは大筒ショットガン型のガンロッドから黒色の魔力弾を撃ち出すクラレットも同様であり、サガミヒメにはかすり傷程度しか与えられていない。


 対し、サガミヒメは、アリッサの代わりに前線に立っているクラレットを弄ぶように、大斧を振り回し、闘いを楽しんでいた。

 アリッサの見立てでは、クラレットはレベル100を超えている。それは彼女が、俊敏な動きを見せ、ちょっと飛び石程度では動じていないことから明らかであった。だからこそ、そのさらに上を行くサガミヒメはアリッサにとってしてみても怪物のように思えた。


 元のアリッサならばどうにかできたのかもしれないが、今のアリッサには前線に立つことはおろか、真正面から打ち合うこともできない。そして、元々、狙いが雑なアリッサにとっては後方支援も十全ではない。的が小さい今回のような場合は不向きなのである。


 「アリッサさん。少しは合わせてください!」

 「やってるって! そっちもちょこまか動かれると、巻き込んじゃうから!」

 「無茶を言わないでください! 当たっただけで死ぬんですよ!」

 「おや、仲間割れどすか?」

 「「してません————————ッ!!」」


 アリッサは後退するクラレットと入れ替わるようにサガミヒメの眼前に躍り出る。だがその瞬間、背中に嫌な汗が伝い、自らの死の予告である“虫の知らせ”が、「死ぬぞ」と警鐘を鳴らし続けた。しかし、それでも彼女が攻撃を加える隙を作らなければ、こちらの体力が削られてやがては死に至る。

 だからこそ、そうなる前に決定打を打つ————————



 「そんな貧相な体で何をしてはるん?」


 サガミヒメの戦斧が振り下ろされる。それは弱体化により俊敏に動けないアリッサにとっては致命的であり、回避もままならない。


 だからこそ打ち返した————————


 アリッサは振り下ろされる戦斧の刃に合わせて神楽鈴を横薙ぎに叩きつける。すると、衝突の瞬間、水面のようなエフェクトが弾け、戦斧が弾き飛ばされ、そして、サガミヒメが後ろによろけるように体勢を崩した。

 一か八かの“ベクトル操作”の魔術。遅くとも早くともNGであり、タイミングを予測して合わせなければアリッサの胴体は真っ二つになっていたのだろう。だが、アリッサには今まで数多くの戦闘をした経験がある。だからこそ、このタイミングを外すわけがなかった。


 そして、生み出した隙をアリッサは見逃さない。


 相手が体勢を整えるよりも早く、大地を踏みしめて腰を落とし、そして懐に仕込ませていたナイフを引き抜く。その動作は、まるで抜刀をするようであり、腰元から抜かれたナイフはアリッサの手をするりと離れ、サガミヒメの心臓に向けて投げられた。


 「“ドラゴンスピア”————————」


 アリッサが短く何かをつぶやく。その瞬間、投擲されたナイフの柄の部分で魔方陣が弾け、同時に水面のようなエフェクトと共に一瞬のうちに取り付けられていた魔石が砕け散る。


 刹那————————音と光が一瞬のうちに爆ぜ消えた

 

 アリッサの放ったナイフは摩擦熱により一瞬で光の槍となり、莫大なエネルギーを持ってサガミヒメに襲い掛かった。だが、サガミヒメもこれに反応し、身を捻るように回避しようとする。だが、投擲されたナイフの速度があまりにも早く、避けきれずに脇腹を刺し穿たれた。その直後、遅れるようにしてアリッサとサガミヒメの間に衝撃波が走り抜け、そのあおりを受けたアリッサは後方に弾き飛ばされてしまった。


 念のため、戦闘前に張っていた『シールド』の魔術のおかげで大事には至らなかったが、アリッサは自分の攻撃の余波で地面に何度も叩きつけられ、僅かな間意識が飛びかけていた。

 だが、その犠牲の成果もあり、サガミヒメの生み出した毒の霧は一瞬のうちに吹き飛ばされ、そしてサガミヒメ自身も脇腹に穿たれた刺し傷を負っていた。


 「えらいなことやりますやん。そやけどそのおかげさんで、もう少し遊べそうどす」


 サガミヒメは自分の脇腹からあふれている血液を手にべっとりと付け、そしてそれを長い舌で舐めとる。ダメージは確かに入った……だがしかし、それで相手の戦意を削ぐことができたのかと言われればそうではない。


 「いいえ、あなたはこれで仕留めます————————」


 一時的に昏倒しているアリッサと入れ替わるように、今度はクラレットがサガミヒメの前に立ちふさがる。クラレットはガンロッドを構えながら突進し、サガミヒメとの距離を一気に詰める。

 それに反応し、サガミヒメは怪我をしていることなど感じさせないほどの動きで、突っ込んでくるクラレットの顔面を掴むように鋭い爪が付いた右手を前に突き出した。



 瞬間————————



 サガミヒメの傷口で弾薬が爆ぜた。圧倒的熱量を持ったその弾丸はサガミヒメの傷口を焼き固めるが、同時に貫通した熱量で内臓にダメージを与えていく。それを成したクラレットはいつの間にかサガミヒメの背後に立っており、口元の血液を拭いながら片手でガンロット構えていた。


 「目の前から消えた?」

 「あなたの視界にはそう映っているのでしょうね」


 サガミヒメが背後に立つクラレットを振り払うように、振り向きながら戦斧を振るう。だが、その直後、サガミヒメの額で弾薬が爆ぜとび、サガミヒメの頭部に僅かな裂傷を作り出し、体勢を崩す。

 そして、当たらずとも戦斧の風圧を受けたクラレットはガンロッドを構えたまま、空中に弾き飛ばされている……そのはずだった。


 「“刻刻静犯フラワーダイヤル”————————」


 クラレットが誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟く。その瞬間、世界は音と色をなくし、全てが静止する。その空間で、クラレットは身を翻しながら着地し、同時に地面を蹴り飛ばす。


 そして、走りながら、まず1回

 次に接敵してた瞬間にもう1回

 最後に股下をスライディングで潜り抜け、振り向きざまにもう1回


 合計3回、ガンロッドの引き金を引いた。そしてそれを終えた直後、世界は音と色を急速に取り戻し、それと同時に、サガミヒメの体が同時に三度爆ぜた。その爆発の余波を受けながら、クラレットは片手を地面につきながら身を翻し、もう一度ガンロッドを構え直す。


 時間停止————————


 それが、クラレットの使用した魔術……その領域内では、ありとあらゆるものが静止する。それはサガミヒメも例外ではない。知覚することができなければ、その空間内で意識を保つことすらできない。

 その強力な魔術を受け、サガミヒメの体がようやくよろめく……



 ————————が、その表情は先ほどよりも増して笑っており、鋭い犬歯を覗かせたその不気味な笑顔は、まさに“鬼”そのものだった。



 「ええ気分……。お礼に、骨まで残らず溶かし尽くしたる」


 サガミヒメが、戦斧を手放し、そして両手を組み、まるで呪法のように手で三角の形を作り出す。その瞬間、倒れていたアリッサの背中には嫌な汗が伝った。だからこそ、咆哮混じりに立ち上がり、そして、再度突進しようとする。クラレットを押しのけるようにショルダータックルをして、そのまま大地を蹴り上げた。


 「“鬼酒恢恢きしゅかいかい”————————。みーんな、うちのものや」


 アリッサが動揺するクラレット抱えて空中に飛び退いたその直後だった。サガミヒメを中心として紫色の液体が瞬く間に広がっていた。それは、街の家屋や、倒れた兵士を全てのみ込み、即座にドロドロに溶かしていく。

 もしも、アリッサたちがあそこにいたのならば、例え防具があろうとも無事では済まなかっただろう。


 現在はアリッサのベクトル操作により空中に足場を作って、立っていられるが、それはアリッサの魔力が持続する限りとなっている。

 そして、アリッサたちにとって地上が地獄に変わった今、できることは限られている。対し、相手はいつでもこちらを地面に叩き落とすことができる……

 この状況はまさに、死亡を回避したようでいて、その実、完全な詰みの状態に陥っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る