第15話 悪を滅すればすべてが収束する



 同日夜————————



 アリッサは破壊後が残される城下町を階下に再び城に戻ってきていた。あの砲撃の最中、魔術障壁とベクトル操作にてどうにか生き残ることはできたのだが、一緒に戦っていたクラレットの生死は不明であった。

 しかしながら、アリッサたちが手も足も出なかったサガミヒメを撃退することができたため、アリッサに不満はなかった。問題なのは、それにより、東門が粉微塵粉砕され、今は防波堤としての役割を果たしていないことである。


 東野宮の周囲には未だに敵軍が未だに展開しており、いつ襲撃されてもおかしくない状況にある。加えて、先の防衛線により、こちらの戦力は大幅に削られ、もはや籠城しか選択肢が残されてはいなかった。


 その事実に気づいているユリとハナコは、現場指揮官と共に事態の再整理に奮闘している。そんな二人をアリッサは壁際で静かに見守ることしかできなかった。それは、アリッサの能力の大半を持っていったウララとの連絡が取れないからである。

 おそらくは無事であるのだろうが、ここへと帰還できない状況を鑑みるに、周囲の汚染マナの濃度が異常な数値を示していることは明白であり、この戦闘が長引けば、それが取り返しのつかないほど全国に波及していくことも考えられた。


 「これ以上、血を流さないための方法は一つしかない……」

 「ユリ……それはダメです」

 「けど、こうでもしないとこの城に住む皆は助からない。みんな、わたしの大切な家族だから……わたしは見捨てられない」


 アリッサはユリの考えていることが大まかに予測できた。

 おそらく、ユリは大政を放棄するつもりなのである。そうして、敵軍に対して全面的な白旗を上げる。こうすることで、これ以上の争いがなく、開城……そして終戦へと導ける。

 だが、それでユリ自身が助かるわけではない。その事実は過去の……アリッサが良く知る歴史が物語っている。


 確かに、討幕を狙う相手に先んじて政権を放棄するのは一つの手である。だが、それは引き継ぎに長い時間を要し、それを相手方は良く思わない。なぜなら、相手は一刻も早く、権力を手に入れたいという思惑が透けて見えるからである。

 だからこそ、結果的にはクーデターを起こされ、ユリは大罪人として討ち取られることが目に見えている。つまりは、単なる引き延ばしなのである。

 それの事実に対し、ユリを大切に思うハナコが許すはずもなく、当然のように首を横に振った。


 「奥州にある藩の一部はこちらを指示しています。ならば、まだ希望はあるはずです」

 「時間を稼げれば……っていう話でしょ。その間に、どれぐらいの犠牲が出る? ハナコはわかってて言ってるんだよね?」

 「こちらには大型魔装砲があります。幾らでも戦えるはずです」

 「確かに、そうだけど……これ以上は……もう……」


 ユリは苦々しい顔をしながら目線を逸らす。自身の生み出した魔道具をこれ以上使用すれば、この街がどうなるのか薄々感づいているのだろう。


 「それでも、命には代えられないはずです!」

 「免罪符を持てるほど、わたしは残酷じゃない。それに……謀反を起こされたということは、裏を返せばこちらにも非があったということだし……」

 「なんですかそれは!いつものあなたらしくもない!」


 内気になっているユリに対し、ハナコが激昂する理由は先ほどの理由に帰結する。ハナコはユリを助けるために必死になっているだけなのである。


 「何を言われようとわたしの決断は変わらない。話は以上だよ……。みんなも今まで尽くしてくれてありがとう。明後日には、わたしは安寧京にて直接、書簡を届けている。だからそれまでの間に、ここから離れてほしい」

 「それをできると思っているのですか!」


 激昂するハナコの声に呼応するかのように、家臣たちの表情が皆険しくなる。誰もが、ここから離れるつもりはないらしい。


 「我ら一同、将軍様と共にあります。それに……ここをその書簡を届けるまでの間、誰がここを死守するというのですか」


 家臣の一人が訴えかけるのを見て、ユリは言葉を失いながら少しだけ放心する。それでも、すぐにすぐに唇をかみしめながら声を絞り出した。


 「なら、その任を解く……。あなたたちは今この瞬間から、わたしの家臣ではなくなる。だから、その最後は各々……自分たちで決めてほしい」

 「ユリ……あなたは……」


 おそらくは、ユリの最大限の譲歩だったのだろう。エルドラ地方の価値観で言えば、家臣たちの謙信は稀有なものである。だが、ことヤマト国においては、死生観が違い過ぎるため、ユリのこの命令は、逃げることではなく、共に心中することを意味していた。

 それを理解していながら、ユリは各々の選択に委ねた。それぞれの矜持を腐らせないために……


 アリッサはそれらの選択を見送って、静かに部屋を後にする。

 この都の落城など、アリッサには本来、関係ない。だからこそ、彼らの決死にこれ以上付き合う必要などなかったのである。昼間の闘いは、住人を逃がすためのもの……でも、ここから先は、逃げることのできなかった頑固者たちの死に場所探しである。


 それに、アリッサは付き合うことはできない————————


 籠城して奮闘したところで、長くは持たないだろう。それよりも前に、アリッサはこの城から脱出しなければならない。その事実から逆算すると、アリッサが出立すべき時間が見えてくる。

 未だにキサラからの返答はないが、まずは明日の早朝にここを発つ。話はそれからである。





 これで、ヤマト国の異常は収束する————————




 魔道具によってこの国を危機晒した魔女が討ち取られ、平和を取り戻す……

 それだけのこと……それだけのことであるのだが……アリッサはいつの間にか拳を強く握りしめていた。




 ◆◆◆



 数日前————————



 各地の藩が蜂起し、東野宮に押し寄せる少し前の夜の出来事……

 厳重な警備がされているはずの安寧京内の皇居神宮……その中心部、そこである男は、口に手を当てながら手紙に書かれている事実に頭を悩ませていた。

 きっかけは数刻前、自室に忍び込んでいた密偵を名乗る忍びに渡された密書である。その密偵は姫巫女の使いを名乗り、こちらに敵意は一切なかった。その上、手紙を置いていくと同時に即座にこの場を去ったため、ある男……大竹宮親王はその内容を自然と読まざる負えなくなっていた。



 密書に記された内容をまとめると、以下の通りであった。

 第一に、異変の原因が、征夷大将軍の作り出したカラクリであること

 第二に、それらを利用して天皇家側で意図的に戦乱を起こそうと画策しているものがいること

 第三に、更なる調査をするために、もう少し征夷大将軍の傍で動向を監視すること


 大竹宮親王はそれらの内容をまったくと言い程、把握していなかった。それは、手紙の内容が物語るように、意図的にこちらに情報を流していない誰かの存在を如実に示しているようであった。


 あまりにも一方的すぎる情報……だからこそ、アリッサからの密書を彼は全て信じることができなかった。けれども、軽く一蹴するにはあまりにも早計に思えた。

 そして、その予想を裏付けるように翌日に動きがあった。それは、臣下でありこの街の警備についているとある男が挙兵を進言したからである。それも、政務を代行している自身を通り過ぎ、病に伏せている父の名を借りる形で……


 これには大慌てで、大竹宮親王は行動を開始し、その日のうちに、状況を整理するために……そして、事態を収束するために彼なりの一手を打ち始めるのであった。



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