第8話 文明開化都市“東野宮”


 ヒポグリフの背中に乗り、アリッサとウララは空を駆ける。案の定、袴の姿では跨れないため、その間、アリッサは予備の普段着を着て目的地の近くで再度、着替えることになった。

 その後、街の近くに降り立って、ヒポグリフを人気のない森の中で一時的に放し飼いにして、アリッサたちは街に入っていく。相変わらず、街を守護する結界などはなく、関所のようなものも見受けられない。


 アリッサたちが足を踏み入れたのは、“東野宮あずまのみや”と呼ばれている街である。ここは天下泰平を成し遂げた征夷大将軍が住まう城下町であり、最近の目まぐるしいカラクリ……つまりは魔道具開発の中心でもあるらしい。

 アリッサの前世の知識で言えば、東京や神奈川あたりに位置する都であるのだが、やはり、地形や一部の箇所が違っているためあまりあてにはならない。


 街の道路などは、“安寧京”と比べても、多少は整備されているようであり、歩道の一部は石畳になっていた。しかし、それでも西洋風の建物などは見当たらず、ほとんどが区画整理された長屋ばかりであった。

 ただ、それでも街の露店ではアリッサも見たことがない魔道具が売られているようであり、生活様式が変わり始めた兆候も見受けられた。

 そんな街をアリッサとウララは歩きながら、そびえたつ城を目指して歩いていく。


 「それで、主はさぁ……どうやって、将軍様に会うつもりなのさ」

 「大丈夫。天皇からは親書は預かって来たし何とかなる」

 「それならいいけどさ。ま、会ってどうにかなる相手だといいけどね」

 「うーん……私としてはその辺りは今回の訪問の目的ではないかなぁ」

 「というと?」


 アリッサは袴の下に隠したマジックバックから通信水晶を取り出し、状況を確認する。そこにはキサラからの安否確認の文字通信記録が残されており、アリッサも確認した昨日は安堵していた。だからこそ、昨日のうちに、自分も生きていることを既に伝えている。しかし、アリッサの現状については伝えてはいなかった。あくまでも、生きているという情報しか伝えていない。


 「今回の目的は、私の故郷と連絡を取ること」

 「手にもっているそれではダメなのか?」

 「電波塔がないから、通信文がそれはもう、途切れ途切れで判読不可能なレベルなんだよね」

 「でも、主は読めていたじゃん」

 「内容はわかんないよ。でも、日付でわかっただけ……。それに、私が繋げたいのはキサラさんじゃない」

 「主の親友でないとするならば誰なのさ」

 「うーん……ビジネスパートナー?」

 「よくわからないけど、親友ってことなんだね」


 アリッサは大雑把なくくりをするウララに苦笑いを浮かべつつ、通信水晶を元のマジックバックにしまっていく。


 「お城には、転移水晶があるでしょ。それを借りたいの」

 「帰っちゃうの?」

 「こんな状況で帰れないんですが、何か? 半身が引きちぎれる」

 「冗談だよ、主……そんな怖い顔をしなくても……」


 転移水晶……それは、国家間を一瞬のうちに行き来することができる巨大な魔石のことである。使用には膨大な魔力を消費するため、基本的には国が厳重管理していることが多い。また、所持している国もすべてではなく、自然生成で生み出されているそれは、国家威厳の象徴とされることもある。


 「転移水晶を通して、向こうと通信をする。国家間の通信網ならば、通じるし、なんとかなる」

 「それはそうかもしれないけどさぁ……受け取る側に当てはあるの?」

 「もちろん……。でも問題なのはさぁ……それほどの信頼をどう得るのかってところなんだよねぇ」

 「姫巫女だからじゃなダメなの?」

 「いや、今回のことと関係ないじゃん。不正利用しようものなら、一発で私の素性が明かされる。そうなると、国から追われる身だね」

 「そりゃ大変だね」

 「どうして他人事なのかなー、あなたはー」

 「あ、そっか……僕も追われるのかー」


 アリッサが、ウララの頭をふざけながら軽く叩いているその時だった。

 街の内側の方から急に誰かの叫び声が聞こえてくる。それと同時に、慌てるように逃げ惑う人々の群れがアリッサたちを押しのけるように走り去り始めた。直後に起こるのは、誰かが長屋を破壊しているのか、遠くで土煙と木片が飛び散る様子が見える非日常の光景だった。


 「主————————ッ!」

 「抱えて————————ッ!」


 ウララはアリッサと即座に顔を合わせてアイコンタクトを試みると同時に次なる行動に出る。ウララはアリッサを肩で抱きかかえると同時に走り出し、即座に渦中の現場へと乗り込んでいく。



 そこにいたのは、何やら棒切れのようなモノを持った人型の怪異、そしてその横で唸っている腐臭のする犬である。だが、犬は怪異に吠えているというよりはむしろ、それを護っているように思えた。


 「主……あれは……」

 「人外の類……と言いたいところだけど、たぶん、元人間……汚染マナの影響を受け過ぎるとあんな風になる」

 「治す方法は……」

 「————————ない。元より死んでからそうなることが多い。今回も多分、その例に漏れないはず」

 「わかった……だったら僕がやる」


 それだけ言い放ち、ウララはアリッサをゆっくりと降ろし、肩に背負っていた太刀を眼前に向け、ゆっくりと鞘から引き抜いていった。その立ち姿は、幼い容姿ながらも使命感を持った大人に見えた。


 「Ahaaaaaaaaaaaa!!」


 刹那————————

 腐り落ちた人型の怪異は奇怪な叫び声をあげ、こちらに走り寄ってくる。その動きに反応するように、ウララは赤黄色に輝く瞳を静かに動かし、一度地面を蹴り上げる。

 それは壊れた棒切れを振り下ろそうとしていた怪異の先手を潰し、その顎を膝蹴りで叩き割る。怪異はバランスを崩し当然の如く後ろによろめくが、それよりも早く、上段に振り上げていたウララの太刀が深緑色に淡い輝きを放っていた。


 決着は僅か一回の攻防————————


 アリッサが瞬きをしたときには既に、人型の怪異はその体を真っ二つに引き裂かれ、動かない躯と化していた。しかし不思議なことに血液は噴出せず、その死体は緑色の淡い光を放ったかと思うと、光に溶けるように消えていき、やがてそこには怪異が身に纏っていたボロボロの布切れしか残されていなかった。


 だが、これですべて終わったわけではない。ウララが倒したことで、状況は第二場面へと変化していく。それは腐臭を放っていた犬だけではなく、最初にアリッサたちが異変を感知した際の爆発で倒壊した家屋の中から這い出るように、同じような人型の怪異が一体出現したからである。


 「もう一体来るよ! ウララ!」

 「わかってる、主!!」


 アリッサが、神楽鈴の魔術杖を軽く振るいながら『ショット』の魔術で犬の怪異を牽制しつつ、ウララに注意を促した……その時だった————————


 「ちょぉぉぉおっとまったぁぁあああああああああああああああああああ!!!」


 制止を求める甲高い声と共に、ウララの前に誰かが飛び込んでくる。それは、こげ茶色の癖のない長髪をなびかせた女性だった。女性は、黒緑色の丸く幼い瞳を輝かせながら、ウララの前に立ち、何やら棒切れを構えだす。

 その姿は16歳程度の女の子にしか見えないほど、華奢で頼りない。だが、袴の下にひざ下まである革製のロングブーツが見えたため、アリッサは驚きと同時に、困惑を覚えてしまう。

 その女性は、そんなアリッサなんて露知らず、持っていた棒切れを軽く振るい、その刃を出現させる。刀身が全て高密度の魔力で覆われた直剣……

 アリッサの前世の知識で言うのならば、それは宇宙映画でよく見る様なビームサーベルだった。


 女性は、軽く舌なめずりをすると同時に、こちらのことを無視して走り出し、瞬く間にもう一体の人型の怪異の首を落とし、飛び込んで来た犬の怪異も脇腹を引き裂いて絶命させてしまう。

 遅れるようにして赤黒い血液があふれ、飛び込んで来た女性の頬と衣服にシミを作っていく。


 「な……なんだそりゃ……」

 「ちょっと!! 完全に消しちゃったら素材が取れないじゃんか!! やめてよね、そういうの!」


 困惑するアリッサとウララを無視して、その女性は、次にアリッサたちに詰め寄っていく。ウララは困惑しながらも、敵ではないことを認識しているのか、太刀を鞘に納め、アリッサを守るように前に立ってくれる。


 「あのぉ……そう言われましても……」

 「勿体ないとは思わないの! 貴重な素材を!!」

 「こら!! やめなさーい!!」


 アリッサが詰め寄られていると、今度はそれを止めるようにさらにもう一人、女性の声がアリッサの背中から聞こえてきた。

 アリッサが何事かと思って振り返ってみると、そこには、緩いくせ毛を持ち、豪奢な十色の和装を見に纏った女性が、護衛が操る馬の後ろに乗りながらこちらに駆け寄ってきていた。


 アリッサたちのすぐ横で馬から飛び降りた女性は詰め寄っていた方の謎の女性を宥めるようにこちらの前に立つ。よく見ると、大人びた容姿を持つ女性であり、彼女が持つ黒紫色の瞳はとても妖艶に思えた。


 「なんでさ花子!!こいつらが悪いんだよ!」

 「『なんで』じゃありません。どうせ、割り込んだのはあなたなのでしょう?」

 「それは……その……少し出遅れたけどさ」

 「はぁ……どうもすみません。わたくしは紅紫内親王こうしのないしんのうと申します。何かこの方が理不尽なことをされたようならば、わたくしの方から謝罪させていただきます」


 綺麗なお辞儀を見せた紅紫内親王と名乗った女性は、隣の女性の頭を掴んで無理やり下げさせる。


 「いやぁ、こちらは特に……」

 「お見受けしたところ、他国の使者様でございますでしょうか。それならばわたくしたちの城にお招きして一度、正式な謝罪を————————」

 「和装をしていてそれはないでしょ。というか、その色白の肌でその服って……コスプレかよ」

 「ユリ————————ッ! これ以上、事を荒立てるようならば……」

 「あ、あの! 怒ってませんから、その辺で……。っと、それより、内親王殿下ってことは……偶然にしても幸運過ぎた?」

 「————————というと?」


 困惑する紅紫内親王を見ながら、アリッサは懐から親書を取り出し、そのまま彼女に手渡す。彼女は首を傾げながらもその書類を受け取る……がしかし、受け取った瞬間に手を震わせ、大慌てで中身を確認し始めた。

 書類の印は偽造ではなくたしかに皇族のモノであるのだが、それ故にどうやらこちらの立場を察したらしい。


 「も、申し訳ありません————————」


 直後、紅紫内親王は隣の女性の頭ごと大きく首を垂れることになった。


 「大変なご無礼の数々を……まさか、神樹姫とその姫巫女とは知らず……」

 「なにするのさ!」

 「ユリは黙ってて! いくらあなたが征夷大将軍だとしても、このお方はさらにその上の神様に最も近いお方……それぐらいわかるでしょう!」

 「————————え? 神様! このコスプレ女が!」

 「いや、私は姫巫女の方。神様はこっち」


 アリッサは今にも食って掛かりそうなウララの頭を撫でて落ち着かせつつ、状況の成り行きを真顔で見守る。それがさらに相手の神経をすり減らしていることも露知らず……


 「主……斬っていい?」

 「だめだよ……。っとそれよりも、あなた方の名前をもう一度お伺いしても?」

 「は、はい! わたくし紅紫内親王と申します。気軽に、『ハナコ』とお呼びください。こちらに控えますのは、ご存じであります通り、征夷大将軍の任を受けております葛城百合でございます」

 「あれ? 意外と短いね……諱や通称は?」

 「それは……その……彼女が……」

 「そんなの決まってるじゃん。名乗るとかメンドクサイし、そもそも柄じゃないし」

 「じゃあなんで……」

 「なんか、なんやかんやあっていろんなところで暴れてたらいつの間にかこうなってたんだし、困っちゃうよ、まったくもう……」

 「す、すみません。姫巫女に向かってそのような……。あぁ、もう! 申し訳ありませんが、すぐに御者の手配を致しますので、お二方はそのままお待ちください!」


 ハナコは呑気に会話をしているアリッサとユリに困惑しながらも、自分の務めを果たすべく、護衛に叱咤と同時に指示を飛ばしていた。アリッサはそれを見て苦笑いを浮かべつつ、自分の活躍を潰されて不貞腐れているウララを宥めていた。



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