第7話 寝床は慣れ親しんだものがいい


 アリッサたちは世話をしてくれていた宮司や他の神職の方々にお願いして、各地で起こってこちらに届いている異変の情報を片っ端から集めてもらった。結果的に分かったことは、やはり、『怪異』と呼ばれている異形襲撃の増加だった。

 今現在は各地の戦力で抑え込めているが、徐々に疲弊し始めているという状態であり、芳しくはない。だが、それを原因と結論付けるほどの決定的証拠はまだない。というのも、モンスターの増加の根本的原因である魔道具の術式について、やはりアリッサには解読ができなかったからである。

 術式に描かれていたのは、日本語ではない古語らしきものであり、それらの言語を理解する知識がアリッサにはなかったのである。



 故に、旅支度を用意してもらい、新たに造られた装いに袖を通しつつ、ウララと共に明日の出立を試案することとなっていた。

 アリッサに用意されたのは白を基調とした紺と金色のラインが入った振袖だった。描かれている模様は菊花と竹であり、これが天皇家からの贈り物であることを示している。ただ、一応は動きやすい装いになっているらしく、袴裾は足首の上で切りそろえられ、腕袖口はあまり広くはない。

 そして、天然に精錬された魔石を使っていることから、防具としての機能を果たしているらしく、アリッサが読み取れた範囲の術式では、『守護』と『消費抑制』の2種類であった。これが、どこまでの性能を発揮するかは未知数であるのだが、無いよりは当然の如くあったほうがいい。


 「主ぃ……それはどうして鳴らないの?」

 「あぁ、これ? 魔力を通さないと鳴らないようになっているみたい」


 アリッサは手にもっている神楽鈴を軽く振るう。アリッサが魔力を込めて振ると、シャラン、という澄み渡るような音色が響き、僅かながらの光が鈴から漏れた。


 「支援系に特化している魔術式っぽいから、このままの状態だと耐久性は難ありかも」

 「さすがにそれで殴ることを想定してないと思うけど、どうなのさ」

 「こう見えても、そっちに力を奪われる前は、どちらかと言えば白兵の方が得意だったんだよ」

 「それは主の記憶を見て知ってるけどさぁ」

 「まぁ、現代魔術師なんて、遠近の両方できて当たり前だし、出来なきゃそれ以外の仕事に着けと言われるぐらい厳しい世界だよ」

 「それは、この国が劣っているってこと?」

 「いいや、この国があなたのような神様がいたおかげで平和だったと言いたいだけだよ。羨ましい限りにね」


 アリッサは皮肉交じりに笑って見せる。だが、ウララは、腰に下げている太刀を手に取り、刃の状態を確認するなどして、こちらを見てはいなかった。

 ウララに与えられたのはこの太刀のみであり、防具は、本人の希望により受け取らなかった。それもそのはずであり、彼女が最初から身に纏っていた着物は、今のアリッサの防具をはるかに凌ぐ、神仏由来のものであるからである。だからこそ、結論から言えば、人間の作ったものなど必要ないのである。


 「でも今はそうじゃない。本当に護衛をつけずによかったの? 僕は主の命に従うけどさ」

 「最初は少し後悔したけど、今は考え方が変わったかな」

 「それってどういうこと?」

 「百聞は一見に如かずってね……。ウララ、都の外側まで私を連れて跳べる?」


 アリッサが手を差し出すと、ウララは『出来る』という言わんばかりに小さな体でアリッサを抱きかかえた。


 「あぁ、そうそう。ここにはもう戻ってこないから忘れ物はない?」

 「あれ? 出立は明日の朝では?」

 「いや、なんか式典みたいなものをやるらしいから、面倒なんだよね」

 「なんだよ、それ……主らしいけどさ……」

 「大丈夫、寝台の上に書置きは残してきた」


 そう言いながらアリッサは寝台の傍に置かれた手紙に目を配りつつ、軽く神楽鈴を振るって蝋燭の灯りを消した。すると、雲のない月明りだけがふすまの隙間から差し込み、一瞬のうちに部屋を静寂に支配させた。

 なびく髪を抑えながら、ウララに抱きかかえられた状態でふすまの先を見ると、冷たい夜風が吹き、僅かに体の体温を下げる。しかし、風邪を引くというほどのものでもないため、アリッサは再びウララに指示を出して、渡り廊下の先から跳躍するように促す。


 ウララもそれを了承し、今いる階層の高い部屋の廊下に出ると同時に、絡みついた大樹の巨大な根を蹴り飛ばし、大きく跳躍した。

 夜空を駆けるその姿は、きっと、灯りの消えた夜では誰の目にも映ることはない。だからこそ、誰かがアリッサたちの出立を気取ることはなかった。


 ◆◆


 やがて辿り着いたのは、都の外周部にある街道から僅かに外れた森の中。

 アリッサはこの生い茂る森の中で、ウララから降りると、すぐに軽く口笛を鳴らした。夜にこんなことをすれば当然の如く、怪異たちが近づいてくる……だが、単純に都の近くであったが故に、そうはならなかった。

 代わりに、アリッサたちの傍に降り立ったのは、一匹の幻獣……そう、アリッサが『クリフ』と呼んでいたヒポグリフであった。


 鷹の顔立ちをした下半身が馬のその幻獣は、背中の大きな翼をはためかせ、アリッサたちの前に降り立つと同時にアリッサに駆け寄るように走り出し、急ブレーキをかけると同時に、顔を舐めだした。

 アリッサはそれを笑いながら受け入れつつ、ヒポグリフの首筋を軽く撫でて落ち着かせる。


 「主ぃ……その子は、倒していい怪異?」

 「ダメだよ。仲間なんだから」

 「ズルいぞ。主に撫でてもらって」


 なんだか張り合っている二人を横目に、アリッサは微笑ましく思い、顔が綻んだ。

 アリッサがヒポグリフの生存を確認したのはつい先日。挙げられた情報の中に、この“安寧京”の付近に現れた怪異のことが書き記されていたからである。特徴などが一致したことから、アリッサが振り落とされた後に生きていたヒポグリフであることを断定した。

 あとは、その付近に出向き、調教する際に教え込んだ合図を出せば向こうから飛び込んでくる。ただ一つ問題なのは、大樹の加護の影響により、幻獣であるヒポグリフが近づけないことであったため、確認ができなかったことである。だがそれも今となっては些末なことである。


 「あ、これ……私のマジックバック!」


 アリッサがヒポグリフを落ち着かせるように撫でていると、その背中に引っかかっているバッグを発見することができた。どうやら、初撃で振り落とされた際に偶然にも紐が千切れ、落下していたらしい。それをヒポグリフが臭いか何かで見つけて回収していたようである。

 だが、その幸運のおかげで、アリッサは大喜びして、ヒポグリフの背中を撫でまわすことになった。


 「やった! マジでありがとー!」

 「何がそんなにいいのさ……」


 そんなハイテンションなアリッサを見て、嫉妬するようなまなざしを向けるウララは憎まれ口を叩く。


 「大損失せずに済んだってこと……色々、魔道具が使える」

 「その体で?」

 「あ————————っ……」


 アリッサはここで重要な事実に気づく。それは、アリッサの体が以前よりも格段に弱体化しているということである。それはつまり、元のアリッサの状態に調整された防具や武器が現状に合わないことを意味している。

 白兵戦をメインに造られた“エツェル”や“ホライゾン”は今の虚弱なアリッサには扱えない。その他の武器などは、遠征を行う関係上、家に置いてきたため、ここにはない。

 ただし、サバイバル道具や着替えなどはあるため、アリッサはそれでも満足していた。


 「まぁ、とりあえず、野宿とかが楽になるから助かるけどね」

 「まさか、こんなところで寝泊まりする気か!」

 「そういうときのためのテントもある。驚くなかれ、宮殿の部屋よりも暖かいから」

 「またまたー、冗談を……」

 「私は嘘を言わないよ。出立だって本当に早朝だし……ま、場所は違うけどねー」


 アリッサは会話をしながら森の中の適当な地面に設営をはじめ、10分足らずで手際よく準備を整える。そうして、ウララを招いた瞬間、ウララ、驚愕のあまり、アリッサの寝袋を掴み取り、テント内で転がることになった。どうやら、それなりに気に入ったらしい。


 アリッサはその間に魔道具で魔よけの結界を張りつつ、興奮しているヒポグリフを寝かしつける。その後、テントの中に入り荷物整理を始めていた。


 宮殿から持ち出したのは、地図や自らのメモなど、こちらでしか手に入らない情報の数々。食料等はヒポグリフのスピードならば一日足らずでたどり着けるため、用意はしなかった。それらをマジックバックにしまい込むと代わりに、予備の何の変哲もない普段使っている登山用のブーツと靴下、そして下着を取り出し、今身に着けているものと入れ替える。

 アリッサにとってしてみれば、サラシ等の下着が合わずに難儀していたところであったため、これらの衣服を得られたことは非常に大きい。靴に関してはやはり、以前から愛用してるブーツの方が動きやすいためこちらを採用。あとは、テント内に振袖袴を干して寝巻に着替え、寝床に入る。


 この夜は、何もかもが体に合っていなかった故に溜まっていた疲労がとけていき、アリッサはヤマト国に来てから一番の熟睡をすることができた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る