第6話 人類の咎

 自分たちのために旅支度を行ってくれている間に、アリッサとウララは、原因調査の名目で宮中を抜け出し、城下町に足を運んでいた。お金は大量に渡されそうになったが、申し訳なく思い、ある程度だけ受け取った。衣服などは目立たないように柄の少ない庶民的な振袖に袴姿と言った目立たない衣服を身に纏った。

 それでも、色白のアリッサが着れば、それなりに目立ってしまうため、和傘を日よけにさしつつ、ウララと手を繋ぐことである程度の誤魔化しをしていた。

 ただやはり、ぱっちりとした薄桃色の目は誤魔化しきれないため、所々で視線を感じてはしまっていた。


 「主から見て、この都はどう映る?」

 「どうしたの、藪から棒に……」

 「深い意味はないんだけど、僕はこの数千年、ずっと見てきたから新鮮味に欠けていて、よくわからないんだ。だから、主からは、この都の評価を聞きたくて……」

 「それって、私に、街を評価してほしいってこと?」


 アリッサは傘を持っていない方の手を小さなウララと繋ぎながら整備された土の上を歩く。


 「そうだなぁ……率直な感想だけを言うのならば、別段、悪い部分は見つからないかな……。活気はあるし、子供は元気に過ごしている。そりゃあ、私の記憶と比較すると見劣りするかもしれないけど、質を求めてもきりがない。だったら、この街の人が幸せなら、私は特に言うことはない」

 「そっか……ならよかった……」

 「まぁでも……この街の外がどうなっているのかわからないから何とも言えないけど……。もしかしたら、栄えているのはこの街だけで、他はそうでもないこともあるかもしれないし……」

 「うぐっ……それは……事実かも……。僕の影響はあくまでもこの都に限定されているから」

 「————————影響?」

 「主の記憶の中の言葉を借りるのならば、『都市結界』というものに近い」


 アリッサはウララの言葉を受けて納得するように相槌を打った。


 「なるほど……。ということは、他の村や街では、堀や塀で、凌いでいるわけか」

 「うん……それらがなく、木々に囲まれているのは、この都だけ……。天下泰平を成し遂げたあの子が住んでいる“東野宮あずまのみや”ですら、塀と堀に囲まれている」

 「自然と調和することはいいことだよ。結果的にそれは、遠い目で良いことだから」

 「————————どういうこと?」


 アリッサの顔をのぞき込むようなウララに対し、アリッサは歩く速度を緩めることなく、長屋の続く一本道を進み続ける。


 「私の記憶を見たのならわかるけど、生活を便利にした魔道具というものは、結果的に自分たちの首を絞めている。魔道具により消費されたマナは、汚染マナとなり、やがてはモンスターとなって自分に返ってくる」

 「なるほど、カラクリにはそのようなリスクが伴うっていうことか……」

 「でも、やっぱり便利さを覚えればそれは手放せなくなる。だからこそ、私たちは皆で知恵を絞った……。結果的に、色々なものが禁止されたり、制限をかけられることもあるけど、それらを乗り越えるために、人類は日夜、研究を重ねている」

 「それが、主の持っていた魔道具の数々なんだね……」

 「まぁ、すべてお亡くなりになりましたが……。誰のせいとは言いませんがね」

 「お互い様だよ————————」


 アリッサとウララは自分たちの失態を鼻で笑い飛ばしながら、活気の溢れた街並みを眺めていく。その最中、アリッサは行商人の前で足を止め、露店の前で腰を下ろした。


 「うーん……まさか、この寒い季節で雪中行軍する羽目になるとは……」

 「やっぱり、魔道具がなければ辛い?」

 「正直に言えば辛い。たぶん、ウララに力を奪われている関係上、今の私の肉体は精々、レベル15がいいところ……。外の世界次第では、吹けば簡単に死ぬ」

 「何とかならない?」


 ウララの言葉を聞きながら、アリッサは露店の商品を手に取る。それは、灯篭のように見えるのだが、魔石らしきものが埋め込まれており、似たようなものであることがすぐにでもわかる。


 「互換品があるのならば……ね?」

 「手に持つそれは、『ごかんひん』ではないの?」

 「そうだね。性能こそ劣るけど、使えないことはない」

 「おい、嬢ちゃん……こいつが偽物だっていいてぇのか!?」


 アリッサがウララに解説をしていると、強面の店主がアリッサを睨みつけて、道具を強引に奪い去った。


 「ごめんなさい。そういうつもりじゃあなかったです」

 「コイツは“東野宮あずまのみや”から直接買い付けた一級品だ。そこら辺の粗悪品と一緒にすんじゃねぇ」

 「気分を害したのならごめんなさい。たしかにこれらは素晴らしい品ですね。あぁ、このお花の髪飾りをいただけますでしょうか」

 「金を払うならば売ってやらないこともない」


 アリッサは今にも食って掛かりそうなウララを抑えつつ、懐から金銭を取り出して、露天商の店主に手渡す。すると、店主はおつりを強引にアリッサに手渡し、それを持ってさっさと消え去るように促す。手を払うようなその動作は完全にこちらを毛嫌いしている様子が見て取れた。


 そのためアリッサは購入した商品を手に取り、軽く会釈をして、噛みつこうとするウララを引きずるように再び歩き出す。ウララはしばらく文句を言っていたが、アリッサが適当な返答で流しているとそのうちに飽きてそれ以上のことは言わなくなった。


 そうして二人は、いつの間にか、都の外れギリギリまで歩いていた。

 塀や堀がないため、木々に囲まれた場所で、都の境界線はわからない。だからこそ、アリッサはウララの言うような『都市結界』を出たとしても気づくことはなかった。しかしながら、すぐにモンスターに襲われるほど治安が悪いわけではないため、二人に何か起こることはない。


 「こんなところまできて、どうするつもり?」

 「うーん。さっき購入したものの検品」

 「粗悪品だと自分で言ってたじゃん!」

 「私は言ってない。店主の被害妄想……」


 そう言いながら、アリッサは適当な枝を探してきて、花形のブローチの中心にある光る石を弄り始める。だが、流石に簡単には外れず、仕方なく、ため息を吐きながら適当な石に腰かけて軽く石を撫でた。


 「その花飾り……見た目の割にかなりの値段がしたが、それほどまでのモノ?」

 「いや、ブローチのデザインとかは至極どうでもいい。欲しかったのは、この中心の魔石だけ」

 「それが魔石というやつ? 主の記憶の中のものと少々違うようだけど……」

 「精錬がされていない原石だからこんなものだよ。まぁ、見てて……」


 そう言いながら、アリッサは一度立ち上がり、石の上にブローチを置く。そして、軽く手をかざし、魔術を発動する。

 使用するのは、金属バットを使用していた時に何度も発動していた簡易精錬術式……。だが、魔術杖なしの現状では出力の安定は難しく、そして冷却術式を同時展開できないことから、ブローチは眩い光を放つと共に、飴細工のようにドロドロに溶けていった。

 小規模な爆発が起こり、眩い光が起こると、台座としていた石の一部が真っ赤に染まり、異臭を放つ白い煙が立ち込める。


 だが、そんな環境下でも、魔石だけは無事らしく、先ほどよりもわずかに澄んだ色合いを保ちながら、拉げたブローチの固定具とともに赤熱した石の上に鎮座していた。


 「ゴホっ、ゴホっ……よかったぁ……成功してる」

 「主ぃ……これのどこが成功なの……」

 「粗悪品から流通品ぐらいにはなったよ。魔石のランクで言うとEからDぐらいには……」

 「大して変わらないじゃん!」

 「いいや、魔力消費量とか全然違うし、これで色々術式を入れられる」


 そう言いながら、未だに煙を放っている魔石を熱がりながらも、アリッサは再び手をかざす。すると、アリッサも見たことがない幾何学模様が映し出され、元々込められていた術式を白日の下に晒した。


 「これは……」

 「どうしたの、主……」

 「未知の魔術言語だから正確なことは言えないけど……原因わかっちゃったかも……」

 「もー、なんだっていうのさ。失敗の原因?」

 「違う、そっちじゃない。ウララの言ってた異変の原因……」

 「————————え!?」


 ウララは驚きながらもアリッサに飛びついた。アリッサはそれを受けて僅かによろめくが転ぶほどではなかった。


 「————————主! 何が原因! 教えて!」

 「そんなに詰め寄らなくても教えるよ……。えっーと、簡単に言えば、汚染マナのせい」

 「汚染……マナ?」

 「私の記憶を見たのならわかるでしょ」

 「マナってあれだよね。大気中の“妖力”のことだよね。それがなんだっていうのさ……。そんなものは何にも影響しないよ?」


 アリッサはここで、ようやく見逃していた事実に気づく。それは魔道具の発展云々の話ではない。もっと根本的な基礎部分の理論の話である。

 アリッサは学院などで、常識的にマナに関する循環理論を学んでいる。それは、魔術などで消費された魔力が、汚染マナとして大気に拡散し、動植物に影響を及ぼすというものである。汚染マナがごく少数であれば、人間を含む動植物が吸収し、再度魔力に変換し直すが、その汚染マナが大量にある場合は、分解しきれずに死体やそれを食べた動植物がモンスターとなることがある。


 アリッサの住んでいた地方では一般常識————————


 でも、遠く隔てたこの国ではどうだろうか……。物理現象として起こっている事象は同じだが、理論の常識は明らかに違う。

 思えば、ヤマト国では、理性を失った動植物を『怪異』と呼称するのではなく、人間ではない異形を一緒くたに『怪異』と呼んでいた。それらはまるで、2000年前に“リタ”として過ごしていた頃の街の常識と同じである。そこでも、全て一まとめで『モンスター』と呼称していた。後の世で、理性の有無により、キサラのオオカミやアリッサのヒポグリフのように『幻獣』や『魔物』と定義される、『モンスター』とは別枠のカテゴライズがされたが、昔はそうではなかった。


 マナに関しても同様に、遥か昔では、魔力もマナも同じ『エーテル』として扱われていた経緯がある。現在では、体内にあるモノを『魔力』、大気にあるモノを『マナ』と区分している。そして、その区分はウララの反応を見るにヤマト国では存在しない。同じ『妖力』として扱われている。


 「ううん……違うんだよ……。さっき、汚染マナについて話したよね」

 「話したけど、それがどうだっていうのさ」

 「粗悪品の魔石に、中途半端な術式。しかも、おそらく不足する魔力を補うために、周囲からマナを……適量のマナを吸収する術式が組み込まれているかもしれない」

 「それが起こるとどうなるの?」

 「爆発的に大気中のマナを汚染し続ける」

 「それって、つまり……」

 「————————うん。“公害”だよ、これは……」


 アリッサの前世の知識では、この些細な常識の不足により、様々な公害が引き起こされた。誰もが適量を考えずに、『これぐらい大丈夫』と流出させた結果、そうなった事例があまりにも多いのである。


 「じゃ、じゃあ今すぐ止めなきゃ!」

 「————————確証が得られたわけじゃない。製作者に直接聞かなきゃ、わからないこともある。ここに込められた術式の言語の完全解読が私にはできない……」

 「主……」

 「ごめん……もうちょい勉強してればと今激しく後悔してる……」


 別段、アリッサがサボっていたわけではない。ただ、アリッサは術式構築のプロというわけではなく、読み取る天才でもなかっただけのことである。アリッサには、拙い術式を書き込むことしかできないのである。それを、数百にも及ぶアップデートして、ようやく見せられるような形になっていく。

 だから、確証は得られないし、まだ、憶測の域を出ていない。


 「主が謝ることはない。だったら、“東野宮あずまのみや”に赴いて、直接問いただせばいいだけのこと」

 「そうだね……ウララの言う通りだ……。ごめん、少し悲壮的になってた」

 「そう決まれば、旅支度が終われば、さっそく出発だね、主!」

 「元気だなー、ウララは……」


 アリッサは自らの胸の内にあるモヤモヤを、首を振ることで振り払いつつ、折角精錬した魔石に新しく術式を込め直す。ただ、ランクの低い魔石では、精々、初級魔術程度のものしか組み込めない。

 そのため、アリッサは悩みながらも、アリッサを見た人の印象をわずかに薄くさせるための術式を組み込むことにした。ただ、これも初級魔術であるため、精々『遠目から見てアリッサの薄桃色の瞳が気にならない』程度の弱い魔術でしかない。


 しかしながら、これのおかげで調査の帰り道では、奇異の眼差しを向けられることが減ったため、アリッサは帰宅してから、魔石を首から下げるために夜な夜な、木枠の固定具と紐を通すための穴などを借りた道具で自作するのであった。


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