第5話 神樹姫と姫巫女


 アリッサが破壊したツタの檻からウララと共に這い出てくると、宮司と思しき人物が驚きながら駆け寄ってくる。しかし、それは明らかに男性であったため、アリッサは自分が全裸であることに羞恥心を覚え、即座にウララの赤い羽織を奪い去り、自分に羽織って誤魔化した。


 「姫巫女様だ!! 神樹姫様と共にお目覚めになられたぞ!」


 宮司はそんなアリッサを他所に大慌てで駆け出していく。それは恐れているというよりはむしろ、吉報を皆に知らせるようでもあった。それを見たウララは飽きれたような表情をしながらアリッサの方を見てきたため、アリッサは思わず、ウララの頭を軽く叩いてしまう。


 「いや、そんな『ね、なったでしょ?』みたいな表情をされても困るんだが?」

 「だって、僕の言った通りになったじゃん」

 「あなたは私の半身なんでしょ。なのになんで神様扱いなのさ」

 「そりゃあ、半身でもあるけど、同時に神様でもあるからだよ」

 「えーっと、つまり……私の半身と、神様が融合している感じ?」

 「正解————————ッ!」


 嬉しそうに笑うウララを他所に、アリッサは深いため息をしながら、部屋の外に向けて歩き出す。部屋は畳が敷き詰められており、廊下に出れば木製の床が続いている。ただ、古式な木造建築の建物には似つかわしくないほど、無数に緑のツタが張り巡らされており、それらが建物の床や壁を貫通していた。


 風でなびく髪を抑えながらさらにもう一歩前へ踏み出してみれば、木製の手すりの先には城下町が広がっていた。

 しっかりと区画分けされた真っ直ぐな石畳の道路……そして長屋が多いこの街並みにアリッサは憶えがある……。というよりも、実際に見たわけではないが、前世の知識でいうような江戸の末期から明治にかけての街並みと酷似していたが故に、そんな感想を覚えたのである。

 しかし、それらと違う点はやはり存在する。


 それは、街に溶け込むように張り巡らされている巨大な樹木の根っこである。

 少し移動して視点を変えてみれば、見上げる程巨大な広葉樹が街の中心に鎮座しており、その間近にいるアリッサは思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。樹木の大きさからすれば、街一つを丸ごと覆い隠せるほどに大きい。


 だが、その巨大な樹木の右側一部は不自然なまでに抉り取られていた。地面を見てみれば巨大なクレーターができており、最近に焼け焦げたような痕も散見された。その惨状を見て、アリッサが小首をかしげていると、ウララがアリッサの隣に立ち、わざとらしくアリッサの手を握ってくる。


 「あれ、なんだと思う?」

 「隕石でも降ってきた……とか?」

 「それだったらいいんだけどさぁ……もしかしてキミ、記憶とかなくしてない?」

 「いやぁ? 全部覚えてるけど?」

 「じゃあさ、キミがここで目覚める前、何をしたか覚えてる?」

 「夢の中での話?」

 「いいやそれより前……」


 アリッサは少しだけ考え込むように顎に手を当てて顔をしかめる。

 アリッサの最後の記憶。それは巨大な緑色の光線がアリッサの元に飛来し、アリッサは生き残るべく、それに抗ったことぐらいである。そして、その時、咄嗟に魔術を放った……


 「あ、思い出した。確か、『ベクトル操作』を無理矢理発動させたんだっけ?」

 「そうそう、そのせいで、大樹の一部が破損してねー」

 「————————って、私のせいかーい!」

 「あ、ようやく気付いた? それで今の君は神様に目をつけられた大罪人ってわけよ。どうして力を奪われたかわかったでしょ」

 「いや、それは納得いかない。元はと言えば攻撃されたから跳ね返しただけだし」

 「その大本を辿れば、キミたちがこちらに真っ直ぐに飛んできたからだよね?」

 「なるほど、領空侵犯という奴か……って『こちら』?」


 アリッサはウララの会話の中の不自然な点を指摘する。するとウララは不貞腐れたように笑い、そして満面の笑みで微笑んだ。


 「ボクはこの大樹とキミの半身が融合したもの。こういえばわかりやすい?」

 「あぁ、成る程……って、そうしたら今は、この大樹は空っぽってこと?」

 「いや、キミが見事に引き裂いてくれたおかげで、僕は全くの別存在……」

 「自分の攻撃で自分の意識が分断されてやんの」

 「自分の妖術で魂を奪われた主には言われたくない」


 互いに互いを睨みつけ、数秒後には喧嘩をするようにお互いの頬を引っ張り合う。だが、それは無意味であるのか、特に決着もつかず、すぐにどちらも飽きて手を放して、憐れむようなため息を吐いてしまった。


 「それで……戻るためにはどうしたらいいのさ」

 「わかんない……けど、探すしかないと思う」

 「じゃあ、あなたは何のために私の半身を奪ったのさ」

 「それも……わかんない……」

 「本体からの連絡はないってこと?」

 「うーん、あるにはあるんだけど……なんか、緊急信号を出し続けているみたいだからうるさくて切っちゃった」

 「おいこら、ポンコツ」

 「キミの半身だぞ! 言ってて悲しくならないのか!?」

 「うぐ……たしかに言われてみれば……」

 「まぁまずは、兎にも角にも、身支度を整えるべきだよ。今の主は僕から奪い取った羽織りだけなんだからさ」


 ウララの指摘を受けて、アリッサも状況を理解しながらため息をもう一度吐く。どうにもこの羽織だけでは肌寒く、思わず凍えそうになってしまう。

 雪は降っていないが、今の季節は冬であり、この布切れ一枚では確かにどうにもならない。それどころか、今、階下で慌ただしくしている宮司たちに見られるだけで恥ずかしいというものである。


 「あ、そう言えば……ここってどこなの?」

 「言ってなかったっけ? ここは“大樹の都”だよ。人間たちの言葉を借りるならば、『安寧京』と呼ばれている場所さ」


 そう、侘しそうに微笑むウララの顔はどうにも他人事のようには思えず、アリッサは思わず握っていたウララの手を強く握り返してしまった。

 アリッサとしてもこれからのことに不安はある。だが、どうにかしなければならないのは、半身であるウララとも同意見であり、そのためにウララの言う通り身支度を整えなければならないということもまた、事実だった。

 今、アリッサに取れる行動は一つだけ……生きて、キサラと合流するためにも利用できるものはとことん利用すること……だからこそ、アリッサは、“姫巫女”として顔を上げるしかなかった————————



 ◆◆◆



 アリッサは駆け付けた女性たちに囲まれ、そのまま別室に連行され、今現在は艶やかな装いに身を包み、静かに座っていた。だが、待てども待てども、部屋に来客はなく、次第に足がしびれて座り直し、畳の上で遊んでいるウララを横目に、今の状況を頭の中で再整理していた。


 今現在、アリッサがいるのは、“安寧京”という場所で、街一つ分を覆い隠すほどの大樹が中心にそびえたつ街である。アリッサの前世で言う地理的な知識で言うのならば『京都』のあたりに位置するのだが、バカでかい大樹が生えている時点で地形情報はあてにならないとアリッサは考え、とにかく情報を欲していた。


 ただ、案内されている過程でいくつか得られた情報もあった。それは、アリッサが危惧していた文明の発展具合である。

 前時代的な灯篭や木材を使うかまど等……生活レベルに入り込んでいる魔道具はかなり少ない。だが、それでも確かに魔道具らしきものはあるようで、今はそれが徐々に広まりつつある過程であるかもしれないとアリッサは推察していた。ただ、いずれにしても、生活様式で言えば幕末から明治初期がいいところであり、アリッサの住んでいたエルドラ地方と比べても遅れている印象を受ける。


 ただし、それと個々の戦闘能力が劣っているのか、という点は別物であり、長く続く戦乱の時代が最近まであったこともあり、どうにも猛者が数多くいそうな気配はしていた。当然のことながら、それらに裏打ちされた治安維持により、モンスター……つまりは怪異に対して一方的な平和を勝ち取れている。ただ、最近はその怪異の出現率が異様に高いらしく、文官の間では噂になっていた。


 果たして外はどのようになっているのかと、アリッサは疑問を抱かずにいられなかったが、同行したキサラに連絡を取ろうにも、荷物の全ロストという現状ではそれが叶うこともなく、今は状況の変化を見極めながら上手に立ち振舞うしかない状況に立たされていた。


 その状況に楽観的なまでに畳の上で柄にもなく寝転がっているウララに、アリッサは深いため息を吐く。だが、その心配を知ってか知らないでか、こちらに近づいてくる足音が聞こえたため、アリッサは慌てて姿勢を正し、来客を出迎える姿勢を取る……が、しかし、ウララは気づいている二も関わらず、寝そべっている姿勢を変えようとはしなかった。


 「ちょいちょい!! もう少し威厳ってやつをだなぁ!!」


 アリッサは大慌てでウララの元に歩み寄りそして姿勢を正そうとする……だが、着込んだ十色の着物が重しとなったのか、裾を踏みつけて盛大に転び、畳の上に頭を打ち付けてしまう。


 「失礼いたします」


 そんなアリッサのことを知る由もなく、来客はふすまを開いてしまう。結果的に来客の視界に映ったのは、畳で擦った鼻先をさすっている無様な女性と、だらしなく寝そべっている若い女の子の姿だった。


 「ごほんっ……お寛ぎのところ失礼いたしました」

 「あ、ちょっとまって! 今のなしなし!」

 「あ、いえ……神々は気ままものと言います故、そのようなこともあるのかと……。それに、ごくつろぎ頂けるのならばもてなしの甲斐がございますというもの」

 「おぉ! 気が利くじゃないか! 酒はないのか?」

 「おい、お前はもう少し威厳というものを……」

 「姫巫女様と神樹姫様は随分と仲がよろしいようで……」


 来客である若い男性が、若干、顔が引きつっていることにアリッサは気づき、大慌てでウララの姿勢を正し、自分も笑って見せる。しかしながら、アリッサにこの国のマナーなどわかるわけもなく、相手も困惑してしまう。

 礼節を受ける側が受ける態度でないが故に困惑してしまったのである。


 「あー、えーっと、どのような御用ですか?」

 「ごほんっ……申し遅れました。わたくしは大竹宮親王と申します。姫巫女様に置かれましても、この度は一千年ぶりのお目覚め————————」

 「親王……親王ってことは皇太子か。わーお……」

 「主……キミが一番、馴染めてないと思うんだけどそこのところどうかな」

 「あーたしかに……って、ごめんなさい。続きをどうぞ」

 「あ、はい……本来であれば大王おおきみみずから出向くのが礼儀とはございますが、我が父は床に臥せており、このような形となってしまったこと、深くお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げられるアリッサだが、目の前にいるのが前世ではテレビとかでしか見たことがないような人物であったため、若干冷や汗をにじませてしまう。

 しかし、細身の顔を持つ黒髪黒目の20代の若い男性。それ以上のことを読み取れないが故に、人間らしさを感じられ、アリッサの緊張は徐々に解けていく。


 「通例はいらない。僕が姫巫女と共に現界したということは、何らかの理由がある。そうじゃないのかい?」

 「神樹様のおっしゃる通りでございます」


 天皇家相手にその態度はいいのかとアリッサは疑念を抱きつつも、今は威厳を見せているウララに任せる。自分だと威厳そのものがない故に……


 「つい先日、御身の一部を御守りすることができず……」

 「あー、その件についてはいい。それは時間をかければ治るものだ。それ以外はないのか」


 大樹の一部を破損させたのは紛れもなくアリッサであり、ここにいる姫巫女と呼ばれている人物であることを彼らは知らない。アリッサは精々、このウララの付き人程度に思われているのだろう。


 「はて……それ以外というと、特には……」

 「いいや、何かあるはずだ。でなければ……」


 ウララは自分の本体が危険信号を発し続けていることを言及しようとしたが、すぐに言葉を止める。それは、大竹宮親王が本当に何も知らない、というようなおどけた表情をしていたからである。

 これには流石のアリッサも気づいて、言葉を止めてしまったウララをフォローするように割って入った。


 「あの! それって殿下もご存知ではない問題が発生しているということではないでしょうか!」

 「おぉ……姫巫女様……ご助言、感謝いたします」

 「まぁ、その可能性もあるな。なにか気になることは……」

 「いえ、これと言って特には……」


 大竹宮親王は何も知らない。そう、アリッサは結論付けた。当事者が『当たり前』と思っているが故に、小さな異変に気付かないのことは、往々にしてよくあることであり、現代社会でも散見される問題である。

 つまり、それが『異常』であると知らなければ『気づかない』のである。


 「なるほど……じゃあ、色々調べるところからですね」

 「しかし、主。調べると言っても何を……」

 「目星はつけなきゃいけない……。だからすべきことは……」


 アリッサは思考を巡らせる。それは、ウララが危惧する何らかの異常事態に対してではない。『どうやったら、ここから出て自由になれるのか』というものである。


 「すみませんが、身分証と旅の衣服などを頂けないでしょうか」

 「姫巫女様自ら出向くというのですか!」

 「おい、僕は嫌だぞ」

 「だまらっしゃい! 大体、ここに閉じこもっても何も得られないでしょうが!」

 「失礼ですが、姫巫女様……こちらにも立場というものが」

 「いえ、そういうのはいりません。私たちがこの目で見て、この耳で聞いたことが真実であり事実です。そうしなければ、此度の問題は解決しない」

 「しかしながら……」

 「異変は現場で起きているのです。それを見なければ対処のしようがない。そうでしょう、ウララ!」

 「あーまぁそうだけどさぁ……」


 アリッサは立ち上がりながら笑い、そしてふすまの先に広がっている城下町に目線を移す。今は夜にも関わらず、明るく照らされており、その部分は発展しているのだとアリッサは関心を覚えつつ、相槌を打つ。


 「護衛はお付けいたします」

 「不要です。こちらには神樹様がおられます。半端な護衛などむしろ足手まといです」

 「そうだぞ!」

 「左様ですか……」

 「どれぐらいで準備できますか? 早ければ、明日にでも」

 「申し訳ございませんが、最高級品を見繕わせていただきます故、三日ほどはお願いいたします」


 アリッサは少しだけ否定しようとしたが、彼が頭を下げてまで心配してくれているのを無碍にすることはできず、その内容で了承する。こうして、結果的にだが、アリッサたちは自由に外に出る権利を得たのである。

 化けの皮がはがれる前に……


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