第9話 征夷大将軍 葛城百合
「へー……つまり、姫巫女っていうのは、やっぱり普通の人間がなるんだね」
「まぁ……否定はできないかな」
アリッサは来賓として城に招かれ、今は征夷大将軍であるユリと会食をしていた。アリッサはそれなりに食べる部類に入るのだが、それでも余してしまうほどの豪華な食事達……その味わいはここに来てからどうにも懐かしさを感じてついつい箸が止まらなくなってしまう。
現在、広い畳張りの室内には、介添え以外にはアリッサとユリしかいない。
ウララは、ハナコと名乗った内親王と共に別の部屋で会談をしている。だからこそ、この場では、少し踏み込んだ話題も気軽にできていた。
「アリッサさんってさぁ……外人さんでしょ? どこから来たの? まさか、人間じゃなくて亜人とか?」
「人間だよ。それに、普通に海を渡ってここまで来た。まぁ、気が付いたら神様の世話役として目覚めてたんだけどね」
「なにそれ、ウケる……じゃあ、つい最近まで生きてたって事じゃん」
「今も生きてるよ、間違いなくね」
アリッサは自分の五感が正常に作動していることを肌身で感じつつ、冬の味覚を頬張りながら笑って見せる。
「ユリさんはさぁ……」
「ユリでいいよ。その方がわたしも楽だから」
「じゃあ、ユリは、どうやって将軍にまでなったの? というか、その年でどうやって天下統一を?」
「まぁ……なんていうか……成り行き?」
「その成り行きが知りたいんだけど」
「うーん……どこから話せばいいのかわかんないんだけど……」
ユリは腕を組みながら少しだけ考える様な素振りを見せ、少しした後に再び口火を切り直した。
「わたしの父親はこの辺りでちょっと小さな武家の生まれだったんだけど、ある時、一緒に安寧京にいってねー。それで、その時にハナコを拉致ったのが全部の始まり」
「すっごい物騒な始まりなんですけど……」
「なんか、肩身を狭そうにしててほっとけなくてさー。つい、誘拐しちゃった、テヘッ」
「いやだから、笑ってごまかすレベルの犯罪じゃない。それは国家反逆の大罪じゃん」
「うーん。まぁ、たしかにそのせいで両親は殺されるし、大変だったんだけど、最終的にはこうなってるし、結果オーライかなって感じ」
「おいおい、端折るな端折るな……。鶏の卵から急に白鳥が大空に飛び立ったレベルでわけがわからないから」
「あはは、その例え面白いね。今度、臣下の前でも使ってみる」
楽しげに笑うユリの姿は年相応であり、知性はあまり感じ取れない。でも、アリッサには彼女の眼の下にある隈や、荒れた指先を見れば、それは単なる間違いであることはすぐに分かった。
「わたしね……魔法が使えないんだ……。なんか、体の中の……妖力? みたいなやつを知覚できなくて、それで色々試行錯誤してきたんだー」
「それとさっきの話に何の因果が?」
「まぁ、最後まで聞きなって……。国から反逆者として追い立てられる前々から、わたしは父の金で色々試していたわけよ。そりゃあ、もう、ありとあらゆる怪異を狩りまっくて、結果的に戦闘で使えるカラクリを生み出したりしてさぁ」
「あぁ、なるほど、それを使って追跡者から逃げのびた……と……」
「ごじってーん! それらを使って向かってくる敵を叩きのめしながらハナと旅してたら、いつの間にか、いろんなとこが軍門に下ってたんだよね」
「一体どれだけの武士を食ったんだ……」
「そりゃもう、沢山! ま、途中からは、わたしが作ったカラクリで勝手にドンパチやってたみたいだけど……」
「じゃあ、あなたは……政治をしてないってこと?」
アリッサが真面目な質問をすると、ユリは少しだけ呆気にとられたような表情を見せた。しかし、それはすぐに収まり、徳利から酒坏に注がれたお酒を飲みながら得気な笑みに変わっていた。
「ハナが全部やってるよー。おかげでわたしはカラクリを作ることに熱中できてる」
「それでよく、寝首をかかれないね」
「ま、ハナが優秀だからね。わたしの見立てに間違いはなかった」
「すっごい他力本願……」
「そうでもないよ。『魔法でみんなを幸せにする』っていう夢だけは確実に自分のものだって言えるから」
「それでどうするのさ」
「うーん……簡単に言うならば、わたしと同じように魔法が使えない人に対しての新しい道を開きたい。まあぁそれだけじゃなくて、その過程で、使える人も使えない人もみーんな幸せになればそれでいいかなあって……。それが理由で、カラクリを作ってるんだー」
「本当にそれだけ? というか、あなた自身はそのカラクリで最終的に何がしたいの?」
「いろんなことをしてみたい。マシュマロ焼いたり……えーと、それから……」
「急にスケールが小さくなったな、オイ……」
アリッサのとっさの返しに、ユリは膝を叩いて笑い、灯篭に似た魔道具の炎がわずかに揺れる。それはしばしの静寂を作り出し、二人の距離を埋めていく。
「モンスターを狩るときには使わないの?」
「カラクリは使ってるよ。でも、わたしが使いたいのは仮初めの力じゃなくて、ファンタジーみたいな魔法なんだー。だからこそ憧れるままに、必死にカラクリを開発しているわけだし……」
「やっぱり、使える人は羨ましい?」
「まぁねぇ……妬みはそれなりにあるかなー。あのいけ好かない陰陽師とかの鼻を明かしてやりたいし」
「それが誰だがわからないけど……どうしてそんなに魔術に憧れるの?」
「あー、そっか……そこも説明しなきゃだよね……」
「その理由、当ててあげようか?」
「えー、会って数時間の人にわかるのー? ハナでさえ、わからなかったのに?」
「そりゃあ、わかるよ。だって、あなたは転生者でしょ?」
アリッサの何気ない一言に、ユリは目を丸くしてこちらを見て来る。しかし、アリッサの得気な表情を見て、何かを察したのか、すぐさま諦めたように木目の天井を仰ぎ見た。
「いつから気付いてた?」
「何となくだけど、出会ってすぐのあたりかな……まぁ、まず、言葉遣いとか単語とかが違い過ぎてわかりやすかった」
「ふーん……そういう、アリッサはさぁ……いったい何者なのさ……」
「さぁ? 今はただの神様の付添人だよ。それ以外でもそれ以下でもない」
「そっか……まぁ、ファンタジー世界で魔法を使いたいっていう夢が分かる時点で、おおよその想像はついちゃうけどね……。それでー、その姫巫女様は事実を知ってどうするつもりなのさ」
「うーん……色々と考え中かな……どうすれば穏便に事を済ませられるのか、どうすればあなたを救えるのか……そういう風な事」
「あのちっこい神様より、随分と優しいじゃん」
「まぁ、人間だからね。それなりの善意はあるよ……」
「人間はもっと狡猾だよ」
「じゃあ、狡猾ついでにお願いしたいことがあるんだけどいい?」
アリッサが持っていた箸を一度置き、静かに相手を真っ直ぐ見る。すると、ユリは続きを促すように酒の入った酒坏を片手にこちらに微笑み返してきた。
「この都にある“転移結晶”を貸してほしい」
「“転移結晶”って言ったら、あの大きな魔性石のこと?」
「それがどれだかわからないけど、いろんな国と連絡を取れるやつっていう認識ならば間違いない」
「あってるよ。まぁ、ほとんどがハナに任せているけど、口利きぐらいはできる。アリッサが一体それで何をするのかわからないけど、それぐらいはしてあげるよ」
「なんか、含みのある言い方だね」
「もちろん……。言ったでしょう? わたしは『魔法が使いたい』って……。だから、教えてくれないかな……色々な事……」
少しだけ恥ずかしがるようなユリの様子を見て、アリッサは少しだけおかしくて笑ってしまう。だが、それが失礼なことであると自覚しているため、すぐに咳払いをして誤魔化した。
「それは知識? それとも魔力の使い方そのもの?」
「後者の方をお願いしたいところだけど……ダメなんだよね……。なんか、生まれながらの呪いっていうかなんて言うかで……」
「諦めているの?」
「ううん……だけど、さっきのいけ好かない陰陽師に言われたんだ……。『これは、あなたの魂と深く結びついた呪いです。だから、絶対に解けません』って……皮肉なことに……」
アリッサにはユリの言葉に心当たりがあった。
それは、“起源魔術”と呼ばれる特異的な魔法である。一人の人間がたった一つだけ持つと言われている起源を利用した超常現象の魔術。それは、レベルを一定以上上げた状態の肉体でしか安定的に発動できないと言われているが、アリッサのような転生者は例外である。
アリッサは記憶を引き継いで以降、『虫の知らせ』という起源魔術を既に扱えていた。そして、それはあくまでも前世としての起源であり、アリッサ自身の起源も後々に扱えるようになっていった。
ユリはアリッサの推定ではレベル100を優に超えている……。だが、その前から魔術が使えないことを知っていたとなると、それは、ユリの前世の魂が持つ起源であり、そして転生者としての特典でもある。
それらの事実は、ユリが語った過去の言葉と同じように、『絶対に解けない呪い』という現実を嫌でも理解させてくる。
それでも————————
と、ユリはアリッサの目の前で自分の心の内を打ち明けた。
だというのであれば、アリッサがそれを阻む理由にはならない。なにより、現時点では、アリッサにユリを裁くような理由はない。だからこそ、アリッサは揺らめく様な灯りの元で、静かに笑った。
「いいよ……。あなたの願い……叶えてあげる」
そう語ったアリッサの姿は、ユリにとって天使に見えたのか、それとも地獄へと誘う悪魔に見えたのか……。事実は呆気にとられるように口を開けてアリッサを見続けていたユリ本人にしかわからなかった。
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