第25話 『死』に抗う力


 「できるわけがないと? ならば、理解できないまま死んで行け————————」


 “即死”の起源魔術。それはイツキに見えるはずもなく、一瞬のうちに、音もなく、イツキの命を刈り取りイツキの体は糸の切れた人形のように唐突に膝から崩れ落ちていく……はずだった————————


 イツキは途中で大地を踏みしめて再び顔を上げると、即座に杖を構え直し、魔術を発動させた。それは赤色の魔方陣を描き、テオドラムの足元で真っ赤な炎の花となり爆ぜた。

 テオドラムは全身の鎧に燻るような白い煙を纏わせながら、遅れて大きく飛び上がり、小高い瓦礫の上に綺麗に両脚から着地した。


 「どういうことだ————————」

 「どうして“即死”が効かないのかって? そりゃあ、そうでしょう。だって今、あたしは“即死無効”の耐性がついてるんだから」

 「バカな……そんなことあるわけがない……」

 「たしかに、現実ならば、そんなことできるわけがない。だから貴方の起源魔術はどんな状況、そしてどんな敵に対しても有効だった。でもさぁ……あたしがいた世界じゃあ、ボス相手にそれは通じないんだよねぇ。だって、大抵、持っているからさ……“即死耐性”———————」

 「そうか……お前か……お前が我の“抑止力”か————————ッ!!」


 イツキの言葉は事実ではなく、ゲームの中の話である。しかし、着想は同じであり、ありとあらゆる体力を無視して殺す力に対しての、システム上の法則を確立させることである。つまるところ、『100%殺すこと』が脅威であるだけであり、それを排除してしまえば、その能力を過度に恐れる必要はなくなるというわけである。そして、それを“実現させる力アンフェアスワップ”をイツキは既に持っていた。


 だが、これはほんの5秒間の持続時間しかない。幸いなことに、瓦礫からでもその効果に変換することができるが、連続的に何度も発動させる必要があるため、それはイツキの魔力が持続する限りという制限が付く。だから、そのリミットまでの間に決着させるために、イツキは地面を蹴り飛ばしていた。


  「“咲き誇れ”————————」


 大きく跳躍したイツキは天へと“アラドミステル”を掲げる。次の瞬間、空中に描かれた巨大な魔方陣から無数の、火炎を纏った鉄の弾丸が降り注いだ。そして、その鉄の弾丸は種子のように芽吹き、一面に薔薇の花園に作り替えた。


 それは周囲を待っていた瓦礫すらも例外ではなく、全て珊瑚色の魔力となって弾け飛び、直後に真っ赤な薔薇の花びらとなって宙を漂う。そしてその中で軽いステップで地上に片足から着地したイツキは、腰のベルトから取り出した弾丸に軽いキスをして“アラドミステルに込め直す。そして杖底で床を軽く叩き、自らの杖へと魔力を込めた。


 「“降り注げ、永久に咲く秩序の炎ヴェスタ・インフェルノ”————————」


 空中に無数の魔方陣が展開され、それらから炎の槍が降り注ぎ、イツキとテオドラムを取り囲むように円錐状のドームを作り出す。直後、まるで薔薇一つ一つが爆発するように爆ぜ始め、連鎖的に火炎旋風を引き起こした。

 それは、中にいたテオドラムの体を絡めとるように炎の薔薇がまとわりつき、回避や防御すらも許さず、超至近距離で爆ぜ散り、世界全ての音と光を奪い去っていた。


 「クハハハハッ!! やはりそうか!! “抑止力”とて、その程度……見誤ったな“管理者”め。待っていろ、すぐにコイツを辿って殺しに行ってやる」


 煙が晴れる。だが、イツキが望んでいたような結果は訪れない。目の前にいるのは、城の一部を消し飛ばすほどの攻撃を受けてなお、平然と地に足をつけているテオドラムの姿……

 確かに、所々で身に着けていたフルプレートの鎧の一部が壊れて、白い煙を上げている。だが、それだけであり、肝心のテオドラム自身には軽いやけど程度のダメージしか与えられていないように見えた。

 それを確認したイツキは、瓦礫の一部を掴み取り、残り僅かな魔力に歯噛みしながらも、“即死無効”の時間を延長していく。


 「安心しろ、貴様は普通には殺さん。貴様の大本を手繰らねばならないからな」

 「あんた、さっきから何をブツブツと独り言を————————」


 イツキが何か反論を言いかける前に、テオドラムは眼前で拳を構えていた。イツキは慌てて、顔を庇うように両手を交差させるが、それを潜り抜けるように、テオドラムの拳がイツキの鳩尾を抉っていた。


 「————————ガッ!」


 短い悲鳴と共に、イツキの体はボールのように吹き飛び、瓦礫を薙ぎ払いながらようやく停止する。肺の中の空気が全て吐き出されたせいで一時的な呼吸困難に陥り、その上、あばらが数本折れたせいもあり、息苦しさが回復しにくかった。口の中は鉄の味で満たされており、吐き出せば多少なりとも楽にはなる。

 もしも、今身に着けているドレスのような“オルレア・ドライ”という防具がなければ、イツキの脇腹には大穴が空いていたかもしれないほどの衝撃……それでも、イツキがまだ立ち上がろうとするのは、亡き友のため————————


 「あたし……は……まだ————————」


 イツキは杖を構え、光の矢を無数に打ち放つ。だが、それよりも早く、テオドラムは接敵しており、イツキが回避行動する暇さえ与えず、顔面に拳を殴り下ろしていた。テオドラムの剛腕を受けたイツキの体は、砕かれた魔術障壁もろともに床をいくつも破壊しながら下層へと落下し、土煙を上げた。

 殴られた鼻先は骨が折れたのか、鼻血が止めどなく溢れ、落下した衝撃で右脚を打ち付けたせいか、太腿の肉の一部が抉れ、まともに立ち上がることすら難しい。なによりも、頭蓋が揺らされたせいもあり、視界が明滅し、音がぼやけて聞こえてしまう。


 そんなイツキにとどめを刺すため、テオドラムが豪快に下層へと降り、倒れて痙攣しながらうめき声を上げているイツキの頭を鷲掴みにしながら強引に立ち上がらせた。


 「お前の記憶を辿り、“管理者”を殺す————————」

 「なに……を……」

 「我の帝国に悲劇を押し付けた小説家気取りの“自称神様”を殺すのだ。お前も会っただろう」

 「残念だけど、記憶にないね」

 「戯言を捲し立てようが無駄な事。その糸を手繰り寄せ、殺すまでだ」

 「————————ッ!!」


 イツキは自身の頭を掻きまわされるような不快感に歯を食いしばりながら、自身の拳を握り締め、テオドラムの腕へと叩きつけた。次の瞬間、自らの指先が爆発で拉げると共に、テオドラムの右腕は大きく跳ね飛ばされ、咄嗟にイツキを手放してしまう。

 だが、それでもテオドラムは少しよろめく程度であり、鎧を砕き、僅かに肉が抉れた右腕以外はほとんど無傷に近かった。対し、イツキは自身を治癒する魔術すらまともに扱えないほど魔力が底をついており、立ち上がることすら怪しかった。その原因は、とてもシンプルであり、イツキが未だに魔術を上手に扱えないが故に、魔力消費をコントロールできていなかったが故の結果だった。


 「————————お前は……なんだ……」


 そんな状態でも、まだ動こうとするイツキを見て、テオドラムは狼狽する。だがそれはイツキに対する単純な疑義だけではない。その程度ではテオドラムが眉をしかめることもなかった。


 「何故————————。記憶が存在しない……。いや、存在こそしているが、所々が虫に食われたように穴だらけ……。記憶喪失ではない……なんだ、お前は————————」

 「あたし……は……あたしは——————。レムちゃんと旅をするために……」

 「くだらない戯言などどうでもいい! お前が“管理者”に繋がっていないとなれば、もはや手加減する必要もあるまい」


 テオドラムは期待していたにもかかわらず手がかりが得られなかったことに憤慨するように、うつ伏せに倒れているイツキの頭を踏みつぶすために、ゆっくりと距離を詰めていく。

 


 刹那————————



 テオドラムの体が唐突に横薙ぎに弾き飛ばされた。

 それはまるで一陣の風のようであり、遅れるように突風が吹き荒れ、音が反芻してこちらへと帰ってきた。そんなあまりにも唐突な光景をイツキは揺らぐ視界で映し続ける。


 そこにいたのは真っ白な髪をなびかせ、薄桃色の瞳を過剰に輝かせたアリッサ……。しかし、その皮膚の一部は、何かに浸食されるかのように放射線状に枝分かれした脈動する赤黒い線が走っていた。


 「ごめん……遅くなった————————」


 そんな姿でも、アリッサは相も変わらず、優し気な口調で倒れているイツキに声をかける。そして、土煙を振り払うようにこちらと相対したテオドラムを真っ直ぐ、自身の瞳で捕えた。

 対し、テオドラムは、アリッサを嘲笑うかのように構えることなく棒立ちで攻撃を誘っているように見えた。


 「いつの間にか逃げていた小娘が戻って来たか……」

 「逃げてたわけじゃないよ……この姿になるのに、ちょーと、時間がかかっただけ」

 「姿が変わろうが同じこと、魔術干渉を阻害する結界が失われた今、お前を殺すことなど容易だ」

 「それって……一度、殺せたから言ってる? だとしたら、クソ腹立つんだけど」

 「忌々しい口だな。お前には用はない。さっさと『死ね』————————」



 テオドラムがまるで呪詛のように、己の起源魔術を行使する。それに込められた『死』という単純な概念は、ありとあらゆる治癒魔術すら受け付けず、反応することも逃げることも許されない。そんな、次元の狭間にすら届き、神すらも一撃で屠る絶対の攻撃を前に、アリッサは動じていなかった。

 素早く左足を引き、肘を張るようにブロードソードである“エツェル”を握り締めると、向かってくる何かを見据えた。


 それはおそらく、コンマ何秒にも満たない神速と言うべき早さだったのだろう。だからこそ、最初の段階で、アリッサは知覚することすら許されず殺された。だが、もっと前に、ブリューナス王国の王都にて、アリッサは先に防護魔術を発動させておくことで一度、その攻撃を防いだことがある。その際は、魔力が大幅に削られ、持っていた金属バットも内側から弾け飛んでしまった。


 だが、今は違う————————


 今は、金属バットという試作品よりも遥かに洗練された武器を手にしている。その上、理すら視界に捕えてしまう“暴走状態”……そのさらに上の“過負荷オーバーロード”の状態にある。

 意図的に“暴走”を制御できるようになったが故に成し遂げられたアリッサの新たな境地……。それは、反動を後ろに押し付ける点こそ変わらないものの、無暗に力を垂れ流すのではなく、重要な部分に割り振ることで、より最適化された暴走状態と言っても過言ではない。


 「な、め、る、なぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 アリッサは咆哮しながら“エツェル”をバッターさながらに振り回す。その瞬間、ジグザグに進んで来た黒い線とエツェルが、剣の芯を捉えるように衝突し、激しい火花を散らした。

 一秒を何千倍も引き伸ばしたようなスローモーションの時間の中、アリッサは自身の両手に握った“エツェル”に魔力を込める。その瞬間、中空になっていた芯の部分が虹色の光で満たされ、刀身が白く輝きだす。そして、その直後、まるで水面のようなエフェクトが連鎖的に弾けた。



 直後————————


 テオドラムの背後の太い支柱が唐突に砕け散った。

 否————————

 テオドラムとアリッサは何が起こったのかを理解している。それは、本来あり得ない出来事であり、テオドラムを数秒ほど放心させるには十分な出来事であった。

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