第24話 『死』に挑む


 キサラが帝都を覆い隠す結界を改変し、帝城の中からの衝撃を逃がさない戦闘結界に変えたその時、アリッサとイツキは隠れていた物陰からようやく姿を現す。そして、自らの魔力やそれに付随するありとあらゆる情報を遮断していたローブを脱ぎ、マジックバックにしまい込んだ。

 互いに、新調した装備を確かめ、準備が整っていることを再確認すると、二人はアイコンタクトをして、廊下に出て、一直線である場所を目指す。それは破壊されたのちに、修理復元された城の最奥……帝と顔を合わすことのできる謁見の間……


 警備のいない城は苦労することなく簡単に動くことができ、すぐにその部屋の大扉の前へと辿り着くことができた。二人は最後にもう一度顔を合わせ、左右それぞれの扉に手をかけると、同時に押しながらゆっくりと内部へと足を踏み入れた。


 レッドカーペットが続く先にある小さな階段の先……たった一つの玉座に、二人が相対する敵がいる。その男は、アリッサたちに臆することなく、玉座にゆったりと座って、鋭い視線でこちらを睨んでいた。

 そこにいたのは、少々癖のある燃えるような赤い髪に伸びた立派な髭を携え、青白く相手を威圧するような鋭い瞳を持つ中年の男。だが、フルプレートの漆黒の鎧の上からでもわかるように体格は非常によく、筋肉質であることが伺えた。


 「侵入者がいるかと思えば……いつぞやの無能なハエどもか……」

 「皇帝テオドラム・エルドライヒ……。もう、帝国は終わり……大人しく降伏して首を差し出せば、それで終わる」

 「しれたことを……帝国の滅びなど遠の昔にわかっている。だが、己が終わりを他人に任せる程、オレは器用ではないのでな」

 「武器を取って戦うの?」

 「お前の隣のやつは今すぐにでも殺したくてウズウズしているようだがな」


 アリッサはテオドラムの言葉を聞いて、慌てて隣のイツキを腕で制する。


 「だがまぁ……オートカウンターが発動しないところを見るに、先ほど改変された結界を利用して、我を殺すつもりというのは揺るがないか……」

 「わかっているのならば尚更……」

 「ありとあらゆる魔術を遮断する空間を作り上げたか……成程、これならば確かに我の“即死”は届かない。使えるのはおおよそ、自己完結する魔術のみか……。しかし、この結界にはデメリットも存在するのではないか?」

 「————————ッ」

 「そうであろうな……。自己完結する魔術しか使えないのは、何も我だけではない。同じ結界内にいるお前たちも同じこと……」

 「素の実力勝負でなら、自分は負けないと思っているわけ?」

 「無論————————。起源魔術などなくとも、お前たちに負けることはない」

 「交渉は無理か……なら、お望み通り、私たちで、あなたを打ち負かす」


 その言葉を合図に、アリッサとイツキは互いの武器を構える。アリッサはイツキの前に立ち、イツキはそれを援護するように後ろからガンロッドの弾倉を入れ替えた。

 完全なる魔力依存の弾丸は使えない。使用できるのは実弾に魔力を込めた魔術弾のみ……この結界はそのデメリットを受け入れなければ始まらない。

 それを理解しているからこそ、テオドラムは眉一つ動かさずゆっくりと立ち上がり、自らの玉座の横に飾られていた漆黒の大剣を掴み取る。そして、玉座の上からアリッサたちを見下ろし、静かに開戦の狼煙を上げた。


 「来るがいい、愚かな羽虫共……貴様らの命運など握り潰してやろう————————」


 その言葉を、合図に、アリッサたちは咆哮しながら、床を勢いよく蹴り上げる。最初に動いたアリッサは新しく託されたブロードソードの“エツェル”を大きく振り上げ、真正面からテオドラムと相対する。

 しかし、テオドラムがアリッサのパワーにも動じることなく、漆黒の大剣を手足のように扱い、幾度となく繰り出される連撃を難なく弾いていく。その剣戟たるや、アリッサと共に走り出したイツキが攻撃するタイミングを伺いかねる程の打ち合いとなっていた。

 状況だけ見れば、力負けしているアリッサが不利であり、それでもギリギリのところで踏みとどまっているように見える……だが裏を返せば、レベル200を超えるテオドラムに追いすがっているということになる。



 甲高い音が鳴り響く————————



 テオドラムが振り回した大剣に、武器で防いだアリッサの体が弾き飛ばされ、のけ反るような大きな隙を作ってしまう。その隙を逃すことなく、テオドラムは左手に漆黒の炎を纏わせ、アリッサの頭部に向けて拳を振り下ろす。

 だが、それに割って入るようにイツキがショットガン形態のガンロッド“アラドミステル”を構え、拳に向けて真正面から引き金を引き絞った。通常ならば、どんな魔術を込めようとテオドラムの魔力に押され、撃ち負ける……。しかし、そうならないのはイツキであるが故に理由があった。


 “アンフェアスワップ”————————


 等価交換の成り立たない、自分にとって有利なものへと何かを交換するイツキの起源魔術。生物に対しては使用できない等の制限こそあるが、実弾を『必ず貫通する弾丸』に変えれば、テオドラムの拳はその法則に負けて腕ごと大きく弾き飛ばされる結果が導かれる。

 イツキの弾丸はテオドラムの漆黒のガントレットに大穴を空け、肘から体外に排出され消えていく。当然のことながらテオドラムの腕から血液が噴出し、体は大きくのけ反る。だが、これはほんの一瞬だけのことであり、イツキがさらに攻撃を加えようとしたその時には、テオドラムの左腕の傷は治癒魔術で跡形もなく塞がり、気が付けば、片手で漆黒の大剣を振り下ろさんとしていた。


 「しゃがんで————————ッ!!」


 アリッサの掛け声を聞き、イツキが咄嗟に膝を折る。すると、刹那の時を経て、甲高い音が鳴り響き、目の前で、アリッサとテオドラムが鍔迫り合いを繰り広げていた。だが、これもやはり、テオドラムが力で優り、アリッサとイツキは振り回された剣圧に弾かれ、後ろに跳ね飛ばされ、床をブーツで擦りながらようやく停止した。


 「少しの間だけ……時間を稼げる?」

 「なにか策が?」

 「ギアを上げる……。アイツに追いつくために……」

 「わかりました……3分だけです」


 アリッサの言葉を聞き届け、イツキはガンロッドを握り締めてゆっくりと立ち上がる。反対に、アリッサはテオドラムから離れるようにさらに後ろに後退し、物陰に一度、身を隠した。


 「我と一対一で打ち合おうというのか? たしかに、最初の一撃は驚きこそしたが、その程度だ。造作もない」

 「別に……そんなつもりはないですよ。ただほんの少しだけ、レムちゃんを殺した貴方を殴りたくなっただけです」

 「あの娘か……愚かなことを———————」


 イツキは先ほどまでの攻防で崩壊しかけた穴だらけの床を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。そして、“アラドミステル”を銃形態から杖形態へと切り替え、テオドラムの体を突こうとする。

 だが、テオドラムはこれを掻き消えるように回避し、いつの間にかイツキの背後に回り、大剣を横薙ぎに振るう準備をしていた。対し、イツキは冷静にしゃがんで回避し、杖を弧状にまわして相手を弾き飛ばす。しかし、漆黒のチェストプレートに阻まれ、ダメージにはならず、再び距離が開くだけの結果となった。


 テオドラムは煙が燻るチェストプレートを軽く払い、表情を一切崩さないまま、大剣を床に刺し、一度動きを止める。


 「なるほど……お前たちの実力はよくわかった」

 「そうですか。あたしは、貴方の強さが嫌というほど理解できて不快ですが……」

 「ならば、何故、立ち向かう?」

 「無論————————。レムちゃんの為に……」

 「そうか……。興覚めだな……」

 「勝手に醒められても————————」

 「余興は終わりだ————————」


 イツキの言葉を遮るように、テオドラムが軽く大剣を振るう。その瞬間、一瞬のうちに結界の性質が変質した。変化点はすぐにでも理解できる……。それは、アリッサたちが施していた、ありとあらゆる魔術を遮断する術式……。それがほんの一瞬のうちに破壊されたのである。


 「な……なんで……結界を————————」

 「愚問だな……。この体が結界内にいるのだ。つまりそれは、どこに居ようとも我が結界に触れている状態と同じこと……ならば、お前たちが施した対策を“即死ころせ”ばいい」

 「そんなこと————————」

 「できるわけがないと? ならば、理解できないまま死んで行け————————」


 “即死”の起源魔術。それはイツキに見えるはずもなく、一瞬のうちに、音もなく、イツキの命を刈り取っていった。イツキの体は糸の切れた人形のように唐突に膝から崩れ落ちていった。



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