第13話 帝国4騎士サラドレア
キサラが東門付近にたどり着くと、そこは予想通りに地獄の戦場と化していた。多数の帝国兵とガリツィア伯爵の兵が戦闘を繰り広げており、横たわった遺体から発せられた肉の焼ける様な臭いが常に漂い続けている。
戦況はガリツィア伯爵軍が圧倒的不利であり、総崩れを起こしてなお、最後まで奮闘している姿が目に見えてわかった。
そんな中、キサラは真っ赤に染まった雪を踏みしめながら武器を抜き放つ。向かう先は、ガリツィア伯爵軍を軽くひねるように蹴散らし続けている長身の女性……。ヴァイオレットの癖のない長く艶やかな髪、そして、同色で力強い瞳。細身でグラマラスな体型や顔立ちに似合わず、紫電を帯びた真っ黒な太刀を振り回している姿は、彼女が帝国4騎士のサラドレアであることを示している。
少し立ち止まり観察してみると、サラドレアは太刀だけでなく、大きな戦斧、長槍、そしてモーニングスターや西洋弓など、様々な武器を影で生み出しては、戦況に合わせて素早く切り替えて戦っていることが分かった。加えて、それらを操る彼女はまさに万能と言って差し支えない程、全ての暗器を自在に使いこなし、一部の隙すら見受けられない。
そうして観察しているうちに、彼女の周囲のガリツィア伯爵軍は殲滅され、キサラ以外は誰もいなくなってしまう。キサラはそのあまりの圧倒的な姿に、武者震いをしてしまうが、生唾を飲み込むようにして抑え込み、相手と視線を交差させた。
「おやおや、ガリツィア伯爵軍以外に武器を抜いた人間がいたとは驚きだ」
「お初にお目にかかります。わたしの名はキサラ……貴女は帝国4騎士サラドレア様とお見受け致しました」
「如何にも……。ワシがサラドレアと呼ばれているものだ。して、武器を取っているということは、ここで死ぬ覚悟ができておるのであろうな」
「そうですね……。最初は、様子見程度に遅滞戦闘に努めるつもりでしたが、事情が変わりました。この機会を逃すのはあまりに勿体ない……。であれば、一手御指南を賜りたい」
「面白いやつだな。ならば、どこまで耐えられるか、試してみてやろうではないか」
サラドレアは紫電を伴った黒い大太刀を軽く振り、キサラに向かってくるように促す。キサラはその動きに反応し、肘を前に突き出すような車の構えを取ったと同時に、地面を強く蹴り飛ばしていた。
しかし、相手に肉薄したその瞬間、キサラは自身の首が落とされ、そして血しぶきが舞うような光景を目にしてしまう。暗転する視界で見たのは、サラドレアの勝ち誇ったような余裕の表情……
刹那————————
甲高い音が鳴り響き、周囲に旋風を轟かせた。前に突き出したキサラの華烏は正確にサラドレアの心臓を捉えていた。しかし、サラドレアはそれを寸でのところで大太刀の腹で受け止め、無理矢理に制止させていた。
キサラは一刻前に首を落とされるような幻術を見せられたことなど気にも留めていない表情で身を翻すようにもう一度距離を取り直す。そして、自分の首が繋がっていることを確認するために、軽く首元を撫でた。
「幻術の類ですか……。魔術の発動兆候はなかったとなれば、純粋な殺気でしょうか……」
「フハハハハハ!! 一太刀の間にそれほどまで冷静に分析するか! これは、本腰を入れて立ち向かわねば、もしかしたらもしかするやもしれんな……。いやはや、それにしても、ワシの殺意を受けて気を失わないとは……それほどの覚悟か? それとも死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬのはもちろん怖いですよ。ですが—————師匠に、『相手の首は死んでも落とせ』と教わりましたので」
「成る程……気に入った。キサラよ……もっとお前をワシに見せてくれ。共に死合おうぞ!」
今度は先にサラドレアの方が動き出す。陰で生み出した長槍を手に持ち、突進するその姿はまるで弾丸のようであり、キサラとの間合いは一瞬のうちに埋まってしまう。そして先ほどのキサラを真似るようにして放たれた正確な突きはキサラの心臓を捉えて離さなかった。
キサラは槍を弾くようにして剣を振るい、軌道を逸らし、即座に反撃に転じる。そして、相手の胴を断ち切るように流麗な剣裁きを見せ、サラドレアに引けを取らない動きを見せる。しかし、サラドレアはさらにその上を行き、陰で生み出した短剣でキサラの剣戟を全て叩き落していく。
その度に甲高い音と共にまるでマズルフラッシュのように電撃が弾けとび、そして鼓膜が破れたと錯覚するほどの轟音が鳴り響く。打ち合うたびに、周囲の建物は衝撃のみで壊れていくが、二人はそんなこと気にも留めずに、ひたすらに刃を重ね合わせ続けた。
だが、それも唐突な終わりを迎える。それはキサラが一度、体勢を立て直すために構え直した僅かな隙に振るわれた大太刀がキサラの胴体に直撃してしまったからである。幸いにして、チェストプレートで受けたおかげで切断までには至らないが、キサラの体は弾き飛ばされ、東門の周囲の壁を崩壊させながら地面を転がることになる。
肺の中の空気が全て吐き出され、口の中が砂利と血液が入り混じる。キサラはその不快さを振り払うように口から血液を吐きだすが、あばら骨が数本折れたせいもあり、息苦しさだけは拭えなかった。
チェストプレートには焼け焦げたような線の痕ができており、まるで溶かし込むように抉れた痕がある。キサラはそれに気づいて即座に自分の武器である華烏を見るが、案の定、最悪なことに、刃の部分が焼け焦げて一部が丸まっていた。
原因は既にわかっている。それは、相手の武器によるものであり、キサラが手入れを怠ったからではない。まるで、キサラの武器を溶かすように電撃が放たれたのである。
同じように温度で相手の武器を破壊する剣をキサラは知っているため、すぐに合点がいった。理解できたからこそ、こちらへとゆっくりと歩いて向かってくる紫電を身に纏うサラドレアを睨みつけ、キサラは再び立ち上がる。
「ここまで打ち合える相手は久方ぶりだ。楽しいぞ、キサラよ」
「こちらは、大事な武器を傷つけられて、最悪の気分です」
「武器などいくらでも補充すればいいではないか」
「そうもいかないのですよ。なぜならば、この剣は……友からの贈り物なのですから」
キサラは思考を澄み渡らせ、華烏に魔力を巡らせる。すると、刀身に揺らめく虹色の炎がまとわりつき、壊れたはずの刃が再び輝きを取り戻し始める。
行ったのは至極単純な事であり、土属性魔術と水属性魔術、そして火属性魔術を駆使して刀身の再構築をしただけのことであるのだが、その繊細な魔術はキサラでなければ為せないほどの領域でもあった。だからこそ、それをみたサラドレアは楽しそうに笑い、再び地面を蹴り上げてキサラに肉薄する。
「それほどまでに大事か? その友が————————」
「無論————————。そこは、わたしの帰る場所です」
「ならば、お前を殺した後、そやつらもなぶり殺してやろうではないか」
幾たびにも及ぶ剣戟の邂逅の最後、キサラが振るった大振りの斬撃を受け止めたサラドレアの大太刀が、魔力同士がぶつかり合うような小規模な爆発と共に折れて弾け飛ぶ。サラドレアは即座に後ろに飛び退き、それと同時に弓を打ち放ち、キサラをその場に繋ぎとめる。
当然のことながらこれらはキサラが剣を一瞬の間に数回振るうと、弾き飛ばされ木々をなぎ倒しながら消えていく。
「あなたに……それができるとでも?」
「怒りか? いやそれとも……」
「どちらでも構いません。あなたがそう思う方が正しいのですから」
「ふむ……成程……いや、しかし……お前の剣からは……」
「なにが言いたいのでしょうか」
「いやなに……お前にも感覚があるであろうことだ。武器を打ち合えば相手の感情が否応にでも流れ込んでくるという感覚だ。今、お前がワシの愉悦を感じ取っているようにな」
キサラは生唾を飲み込み、武器を強く握り直す。たしかに、サラドレアが言うことは事実であり、キサラは先ほどからサラドレアが戦いと殺戮を愉しんでいることがわかっていた。
「わたしの剣から感じ取れる感覚……それが貴女の予想と……わたしの姿とあまりにも違いがありすぎる……。疑問としてはこんなところですか?」
「ウム……。お前の剣からは言葉で言うような『友を大切に思う気持ち』ともう一つ……なんなのだ、これは……表現しにくいものだ……」
悩むサラドレアを見てキサラは笑い飛ばすように鼻を鳴らした。サラドレアはそんな侮るようなキサラの態度を見てわずかに眉を動かしたように見えた。
「あなたは……恨まれたことがないのですか?」
「恨まれる? そんなことは日常茶飯事であるがそれがどうした?」
「そりゃあそうでしょうね……。でも、恨まれたところで、殺意をあなたに向けることなどできはしない」
「——————で、あろうな。その瞬間、そやつの首が飛んでおる」
「それが、あなたが悩む感情の正体ですよ」
キサラは自分の顔の片側を泥のついた手で覆い、指の隙間から見開いた瞳でサラドレアを捉える。そのあまりにも奇天烈な行動に、サラドレアは思わず息を飲み、その恐怖を押し殺すように戦斧を生み出し、そして強く握り直した。
「ハハ……ハハハ……。そうか……そういうことか……それがお前の正体か……」
「残念ながら、全てわたしです。正体もなにもありませんよ」
「正義を振りかざす小娘と思いきや……こやつは……何のことはない……狂った“復讐者”ではな————————」
サラドレアが何かを言い終えるよりも先に、地面を蹴り飛ばして肉薄したキサラの太刀がサラドレアの首筋に迫っていた。サラドレアはその一太刀を、身を捻るように回避し、反撃をするために戦斧を振るう。
しかし、キサラはその戦斧を真正面から太刀で受け止め、そして薙ぎ払うように逆袈裟に振り抜いた。その瞬間、魔力同士がぶつかるような小規模な爆発は起きず、まるで空間そのものを断ち切ったかのように戦斧が刃から断ち切られた。
破壊音などは一切ない————————
滑らかに、そして何の抵抗もなく、柔らかいものを切るように切断されたその戦斧の刃は、数秒の時を経て、雪の上に落下し、弾け飛ぶように黒い魔力へと戻って消えていく。
その落下までの僅かな間、キサラとサラドレアの瞳が重なり、互いの動きをけん制し合うように制止する。そして、落下音が響き渡ると同時に、再び、剣戟同士がぶつかり合うような音が、幾度となく鳴り響き始めた。
「その復讐……ワシに対してではないな……。もっと大きな……そうだ、国そのものに対する————————」
「一個人に怨みなど在りません。わたしが取り戻したいのは————————」
「故郷だな。それも帝国ではない、ワシの知らない土地だ」
「ならば、あなたはわたしに問いますか? 『どうして、関係のないのに闘うのかと』」
「いいや、問わんさ。その理由は既に知っている……“武力”だ————————」
二人の振るった武器がぶつかり合い、互いの体を正反対の方角へ弾き飛ばす。二人は鏡合わせのように雪と泥を足で抉りながら衝撃を殺し、そして、ほぼ同時にゆっくりと立ち上がった。
「何事においても“武力”は必要だ。交渉も、復讐も、そして何より戦いにおいては言うまでもなかろう」
「あなたには、わたしが孤独な小鳥に見えますか?」
「戯言を……。己が身一つで国を落とそうという奴をどうして笑えようか」
「そうですか。それは良かった……。もし笑うのであれば、うっかり、首を刎ねてしまいそうでしたから」
「面白いこと言う————————」
肩で息をしているキサラに飛び掛かるように、サラドレアが長槍を振るう。キサラはそれを冷静にサイドステップで回避し、そして、反撃に転じて剣を真っ直ぐ振り下ろした。
だがそれはまるで幻術を見せられているかのように、サラドレアが目の前から消えたことにより、当然のことながら空を切る。その衝撃波のみが前方へと駆け抜け、虚しい音を響かせた。
「調子に乗るなよ、小娘が————————」
見開いたキサラの瞳が捕らえたのは、自身の後方で長槍を構えたサラドレアの姿。それは完全にキサラの死角からの攻撃であり、武器を振るった直後の硬直が残っているキサラには避けられないものであった。
直後、キサラの体は背中から大きくのけぞるように弾き飛ばされ、再び街の方へと強引に引き戻される。キサラは建物をいくつもなぎ倒し、そして最後に燃え盛る死体の上を転がり、ようやく停止した。
咄嗟に展開した魔術障壁のおかげで致命傷には至らなかったが、障壁を貫通した槍が内臓を刺し貫き、そして開いた腹部の傷口からは夥しい量の血液が流れ出ていた。その血の海に、キサラはうつ伏せに倒れ、静かに意識を闇の中へと落としていった。
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