第14話 『 』を斬る


 また————————


 前回も……今回も自分は結局何もできていないと悔しさに奥歯を噛みしめる。いつもいつも、大事な場面では誰かを救うことはできない。ニードルベアーと最初に邂逅した時から何も変わっていない。


 怯えて、逃げて、それで、何ができたというのだろうか……


 立ち向かって、周りが見えなくなって、誰かを護れたのだろうか……


 前を向いて、強くなって、友を護れたのだろうか……


 結局、自身は何もできていないと憤慨する。いつも、アリッサやフローラに助けられてばかりで、自分ではなにも為せていないと怒りを露わにする。己が信念に基づいて剣を振るってきたつもりで、その実、自分を裏切り続けてきた。

 我慢して、我慢して、我慢して、全てを押し込めてきた————————


 それなのに、結果はこれである。何もない凡人のまま、終わりを迎える。アリッサの隣に立つことも、支えることも、引っ張ることもできていない。吐出した才能のない自身が嫌になる。何もできない自分が嫌になる……


 じゃあ、この“我慢”に意味はあるのだろうか————————


 燃え滾る自身の過去に蓋をして、平和を謳い、明るい部分を表に出し続けることに意味はあるのだろうか。結局、何もなせないのなら、そんな“我慢”は無意味ではなかろうか。

 そう思ったとき、何か大切なものが音を立てて切れた気がした————————


 

 ◆◆


 腹部に受けた一撃……それはキサラの内臓を完全に刺し貫き、血液をとめどなく体外へ溢れさせていく。キサラは燃え盛る炎の中、焼け焦げていく肌とは正反対に冷たくなっていく体温を自覚しながら、霞む視界をどうにか繋げようと歯を食いしばっていた。


 例え、思考を巡らせようとも、最後にサラドレアが放った一撃を読み解くことはできなかった。気が付いたら、相手が視界から消えていて、同時に背中を刺し貫かれていた。反応することすら敵わない神速の一撃とでもいうのだろう。

 いずれにしても、致命傷を受けてしまえば、あとはどうということはなく、薄れゆく意識の中で静かな死を迎えるだけであった。











 大きく息を吸い込む————————



 肺が燃え盛る空気で焼ける感覚と共に、全身に刺すような痛みが走り、一時的に意識が引き戻される。その僅かな隙を見逃さず、キサラはとめどなく溢れている血液を止め、最低限の動きができるように回復魔術を発動させた。


 「ほぉ……まだ生きているか……。ワシの奥の手を受けて、生きていられた敵は久方ぶりだぞ。ギリギリのところで身を捻ったのか?」

 「殺し損ねた……殺し損ねたのなら……まだ……」


 キサラは自身の刀を支えにして、ゆっくりと立ち上がり、口元の血液を服の裾で拭う。そして、平衡感覚が定まらないふらつく手足で、不敵な笑みを浮かべた。

 そのあまりの異常さに、サラドレアは思わず息を飲んでしまう。何故ならば、今のキサラの姿はあまりにも優雅さに欠けていたからである。先ほどまでは型に忠実な美しさがあったが、今はどちらかと言えば————————


 「ワシは……なにを……みているんだ」


 サラドレアは遠くにいるはずのキサラを見て、僅かながら幻覚を見てしまう。それは、キサラの後ろに大きな翼が見え、そして、自分が飛び掛かろうとすると斬り捨てられてしまう、という恐怖が生んだ単なる妄想……。

 しかしそれ故に、千鳥足で立っている今のキサラとの乖離が顕著であり、どうして自身がキサラに恐怖を憶えているのか、理解できなかった。


 「首だけでいい……首を落とすだけ……首を————————」


 まるで譫言うわごとのようにつぶやくキサラは正気には見えず、明らかに意識が堕ちていた。だがしかし、真っ赤に染まった両手で刀を握り締める力は衰えておらず、むしろ、余計な邪念が消えたことにより、キサラの中に眠る漆黒の炎が体の自由を支配していた。

 それは、キサラのいつもの不愛想な表情を歪め、見せるはずのない壊れた満面の笑みを浮かべさせていた。


 「————クヒッ……クヒヒっ……その首……置いていってもらいますよぉ!!」


 キサラが力任せに地面を蹴り上げたことにより、街のレンガは大きく抉れ、後方へ全て弾け飛ぶ。しかしその反作用により小さなキサラの体は大きく跳ね飛び、そして、瞬く間にサラドレアとの距離が詰まった。


 「良かろう!! もう少し遊んでやろうではないか!!」


 サラドレアは奇声を上げながら飛び掛かってくるキサラの大振りの斬撃を真正面から受けるために大太刀を振り上げた。衝突の瞬間、キサラの手にある華烏が黒炎を伴い、サラドレアの漆黒の大太刀の紫電と激しくぶつかる。

 パワーは当然のことながら未だにサラドレアの方が上、故に打ち合えば必然的にキサラが弾き飛ばされる……はずだった。


 それはまるでバターを切るかのように滑らかに、そして何の抵抗もなく、大太刀に纏う紫電ごと、武器が切断されていった。そのあまりの非常識な光景に、サラドレアは驚愕するが、経験故に、即座に武器を手放し、短剣を新たに生み出して、キサラの攻撃を無理矢理に逸らした。

 そして、もう一度距離を取り直すためにキサラの体を横薙ぎに蹴り飛ばし、何が起きたのかを確認するために、大きく後ろにさがった。



 サラドレアは自身の右手に握られた漆黒の短剣を確認する。するとそこには、やはり、非常識染みた現象が起こっていた。


 魔力で造られた武器が文字通り、斬られていた————————


 通常の場合、魔力で武器を作って破壊されると、その魔力は形を保つことができずバラバラに砕けるか、もしくは空気に溶けるように消えるとされている。しかし、手の中の短剣はそうではなく、斬れた状態が当然であるかのように、形を保ち続けていた。

 そのあまりに奇妙な現象に、サラドレアは思わず怪訝な顔を浮かべ、そして土煙が晴れた先にいるキサラを睨んでしまった。


 「そうか……それがお前の奥の手……。お前の起源魔術か————————」

 「『壱ノ太刀死ね』————————」


 サラドレアは突然姿が掻き消えたキサラを迎撃するために地面から無数の雷の槍を生み出し、その上で、陰で生み出した戦斧を振り回した。

 刹那的に、キサラの姿が眼前に現れる。それは武器を振り下ろそうとしたサラドレアよりも圧倒的に速く、そして迷いの一切ない横薙ぎの一閃。


 音が遅れるようにしてサラドレアが生み出した雷槍が轟き、重低音を響かせる。だが、それは不自然に途切れ、次の瞬間には雷すらも横薙ぎに打ち払われていた。遅れて、サラドレアの右ひじから先が宙を舞い、軽い音を立てて石畳の上に落ちた。

 落ちた右腕の切断面は、漆黒の炎がわずかに燻り、そして、それを鎮火させるように血液があふれ出す。その斬撃は、サラドレアがつけていた金属製の籠手すら無意味とでもいうように切断し、綺麗な断面を残していた。


 「面白い!! 面白いぞ、お前はッ!!」

 「『参ノ太刀次は首だ』——————」


 サラドレアが左腕を前に構えて魔術を発動すると、無数の矢がキサラに向けて降り注いだ。キサラはそれらを一切避けることなく、刀一本で何度も叩き落としていく。しかし、数が多すぎて対処できず、キサラの防具に突き刺さりながらキサラの体を後ろに弾き飛ばした。


 「致命傷のみを落とすとは、器用なやつだ! 腕一本くれてやるに相応しい!!」


 サラドレアは弾き飛ばされたキサラを漆黒の鞭にて空中で掴み取り、そして振り回しながら建物に激突させる。その後、漆黒の鞭は、ゴムのように小さくサラドレアの元に戻ってくると、彼女の切り落とされた右腕を形作り、自在に動き出す。


 直後、キサラを跳ね飛ばした建物が閃光を伴って粉微塵にバラバラになっていく。そして、その中心から、体の至る所から流血しているキサラが現れ、崩れゆく瓦礫を踏み越えながらゆっくりと石畳の上でブーツの音を鳴らした。



 キサラは微睡のような意識の中、体だけは動き続け、精神は堕ちるところまで堕ちていっていた。気が付けば戻れないところまで堕ちていっているような不快感。

 けれども、それとは正反対の清々しさがあり、心の中で自らの顔を覆った両手の下はどうしようもなく不気味に笑っていた。

 心臓が破裂してしまうかというほど鼓動を刻み、全身が焼けるように痛かった。そして、その痛みと共に揺らめく炎のように体の熱は収まらない。だが、我慢せずにその痛みに身を任せると、痛みは自然と引いていき、次第に快感へと昇華されていく。




 キサラの全身の防具はいたるところが砕け、インナーすら破けて、露わになった柔肌には裂傷や火傷が目立つ。しかし、動くことに支障はないのか、キサラは軽く体の骨を鳴らすと、肘を前に突き出すような車の構えを取った。


 「ウヒヒ……帝国4騎士サラドレアの首———————他はなーんもいらないやー」


 キサラが再び大地を蹴り上げる。その瞬間、幻覚ではなく、紛れもなく現実で、キサラの背中に真っ黒な炎が吹き上がり、キサラの体を爆発的に前へと進ませた。サラドレアはそんなキサラに対して、大太刀を腰元に運び、体勢を低く保つような構えを取った。


 「キサラよ。お前との死合い……楽しかったぞ」


 サラドレアが抜き身の刀身を抜き放ち、見えるはずもない神速の刃を振るう。だがその動きよりも明らかにキサラの方が早く、そして、キサラがサラドレアの心臓を穿つことは確実であった。



 ————————が、ここで奇妙なことが起こる。



 それはまるで、『結果が先に来る因果の逆転』のように、先に命中するはずであるキサラの突きよりも、後から動いたサラドレアの抜刀が命中するという奇天烈な事象。

 サラドレアが致命傷を受けた未来が巻き戻り、今度はサラドレアの横薙ぎの抜刀がキサラの首を刎ねる。その事象の交錯こそがサラドレアの起源魔術であった。

 つまり、『因果の逆転』という強力かつそして、奥義同士のぶつかり合いにおいては、確実に勝利できるという後だしジャンケンのような不合理を併せ持つ強者の証……。その魔術現象を前に、キサラは当然のことながら死に至る。それをサラドレアは巻き戻っていく時空の中で確信していた。




 割れる————————




 唐突に、巻き戻っていた白黒の映像に亀裂が走る。否、亀裂が走っているのではない。それは枝割れしたような痕などは一切なく、楕円形にくり抜かれた奇妙な亀裂。普通ならば、これが一体何の前触れであるのか予測はつかない。しかし、何度も眼前でそれを見せられたサラドレアだからこそ、これが何であるのか理解できた。そう……理解できてしまったのである。



 「バカな……まさか……因果を……“『 くう』を斬った“というのか————————ッ!!」


 サラドレアが気づいたときにはもう遅い。気が付いたときには現実世界に引き戻され、眼前にはキサラが武器を構えて剣先をこちらに向けていた。


 「『伍ノ太刀』————————ッ!!」


 だが、これで終わるほど、サラドレアは弱くはない。下から上へ、垂直に振り上げる様な斬撃に対し、サラドレアは自らの右腕に擬態させていた漆黒の腕で迎え撃つ。しかし、それだけでは当然のことながらキサラに“斬られて”しまう。

 だからこそ、コンマ何秒にも満たない最中に魔術を暴発させ、右腕に纏わりついた紫電を残された魔力ごと全て解き放った。



 音と光が一瞬のうちに消える————————



 何かを引き裂いたような軽い音は、不自然に途切れた音になり、そして弱々しく消えていく。遅れて地面や燃え盛る炎を薙ぎ払うような轟音と爆風が吹き荒れ、残されていた者を無差別に薙ぎ払っていく。

 土煙が周囲を舞い、そして瓦礫が弾丸となり、至る所に穴をあける。そんな最後のうねりから弾き飛ばされるように、キサラの体は跳ね飛ばされ、地面を何度もバウンドしながらようやく停止した。

 地面に仰向けに倒れ、土ぼこりが降り注いだキサラの体には、防具などはほとんどなく、腕の一部が折れ曲がっているのか、不自然な方向を向いていた。そして、体の至る所に血の跡と火傷があり、気絶しているためか、浅い呼吸のまま指一本動くことはなかった。

 そんなキサラの体の方へ、遅れるようにして愛刀“華烏”が欠けた刃のまま地面へと突き刺さり、キサラ自身の敗北を決定づけた。



 しかし、とどめの一撃は訪れない——————



 なぜならば、至近距離で街の一部を抉り取るような爆発を受けたのはキサラだけではないからである。それは、魔力が底をついたうえで、命をどうにか繋ぎとめていたサラドレアも同じである。

 サラドレアはふらつく足で、瓦礫からゆっくりと起き上がるが、胸元にはキサラにつけられた浅い切り傷があり、切り裂かれた右腕は未だに繋がっていない。回復魔術をかけてもらえば十二分に復活できるレベルの怪我であるのだが、継戦は困難に近かった。

 それはサラドレアの魔力がもうないこともあるが、キサラとサラドレアの無差別な戦闘に巻き込まれ、東門で奮闘していた帝国兵のほとんどが喪失していたからである。この状態で深追いするリスクは、自らの死に直結してしまう。


 そう判断したサラドレアは残された仲間を集め、その肩を借りながら、静かに撤退していくのであった。

 あとに残されたのは、激しい戦闘の爪痕が残る冬の街と、死の臭いが充満した中で深手を負ったキサラたち反乱軍……。この一連のサラドレアの襲撃により、反乱軍は、計画の大幅な変更を余儀なくされるのであった。



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