第20話 第三皇女テロメア
「『死ね』————————」
たった一言……。そのたった一言でありとあらゆる生物が抵抗することすら許さず即座に息絶える。テオドラム・エルドライヒが勝ちとった、ありとあらゆる万物に対する優位能力……。その起源魔術がレムナントに襲い掛かった。
だが、レムナントはその絶対的な死に臆することはない。むしろ更にもう一歩、奥に踏み込み、両手に持つ漆黒の大鎌を振るって見せた。
甲高い音が鳴り響く————————
それはまるで、金属同士を叩き合わせるかの音。衝突を起こしたのは、レムナントが振るった鎌の刃と、テオドラムの胴体……。弧状の刃に引っかけるように、漆黒の大鎌がテオドラムの胴体を切り裂いたかと思われたが、切り裂けたのは彼の衣服の一部のみであり、胴体には傷一つついてはいなかった。
「————————退け」
テオドラムの横薙ぎの蹴りが放たれる。それは、蹴りというよりはむしろ弾丸のようであり、レムナントは反応することすら敵わず、腹部を蹴り飛ばされ、そのまま横薙ぎに弾き飛ばされた。
小さなレムナントの体は、まるでボールのように弾き飛ばされ、ノーバウンドで大理石の大柱を一つ破壊してようやく停止した。レムナントは叩きつけられた衝撃で口から血を吐き出す。潰れた肺は当然のことながら呼吸することを許さず、ほんのわずかな間、レムナントの視界はブラックアウトしていった。
圧倒的なまでの実力差……。技術など鼻で嘲笑うかのような天賦の肉体がテオドラムという人間だった。レベルというスペックの差は、ダブルスコアが付いているのではないかと勘違いさせるほどの怪物……。だが、その怪物は、蹴り飛ばしたレムナントのいる土煙を見ながら怪訝な顔を浮かべていた。
「“即死”が……効いていない……。いや、ほんのわずかに動きは止まっていた。王国で見たあの女ではないはずだ……。ならなぜ……」
「知り尽くしている……と、言ったはずデス。お前の起源魔術など、レムナントの体には効果を成しません」
土煙が薙ぎ払われるように晴れていく。
テオドラム視線の先……そこには、よろめきながらも立ち上がり、両手それぞれに、漆黒の脇差を持つレムナントが立っていた。
吐き出した血液や、抉れた腹部は、まるで傷そのものが復元しているかのように白煙をたてながらゆっくりと元に戻っていっている。
「例外は少ないと思っていたが……。まぁいいか……こんなのは虫をすりつぶすだけの作業だ……」
「作業デス……か……。あぁ……少しだけ吹っ切れたような気がしマス……」
「どうでもいい。お前ごときに建物を破壊される方が不愉快だ」
「あっははは!! レムナントよりも建物の方が重要と来マシたか。本当に、ほんの少しでもお前の良心を信じたワタシが馬鹿デシた」
「何に期待していたのか知らないが、そろそろ黙れ」
瞬間————————レムナントは何らかの魔術攻撃を受け、ほんの数拍だけ心臓が完全停止して、再び意識が飛びかける。だが、即座に瞳に生気が戻り、荒い息と共に再び地面を踏みしめていた。
「“即死”という名の起源魔術……ありとあらゆるモノを殺し、蘇生させることすら許さない最強の力……。その力さえあれば、どんなものも恐れることはなかったのでショウね」
「————————やはり、“即死”が効いていないか……」
「相変わらず、人の話を聞かない。傲慢で、盲目的で、自己中心的……。お前みたいなものが王となったから、この国は————————」
まるで会話が成立しないやり取り。互いが互いの話を一切耳に入れないような、鏡合わせの問答が続く。
「国など、目的を達せられれば些末な事……」
「そのために、より多くの帝国臣民を犠牲にしたのデスか……」
「我に逆らうものなどいなかった。正しさは常に我にある」
「それは、お前が恐怖で押しつぶしていただけデス!!」
レムナントの吠える様な声に、テオドラムは怪訝な顔をしながら睨みつける。しかし、レムナントは臆することなく、地面を前へと一歩踏みしめた。
「先ほどから頭が高いぞ。キサマのような薄汚れたものの話など聞くに値しない」
「なら、誰の意見ならば耳を貸すというのデスか……。親族すら手にかけるお前に—————」
「戯言を————————」
「ならば、改めて名乗らせてもらうのデス」
レムナントは剣先を見上げるように離れたテオドラムの喉元へと向け、挑みかかるように声を張り上げた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、帝国第三皇女にして、新たな帝国を築くモノなり! その地獄のとおりゃんせ、テロメア・エルドライヒが今、まかり通る————————ッ!!」
床が抉れるほど強く蹴り上げられる。後ろに破片をまき散らし、空気の壁を突き破るように加速したレムナントは両手それぞれの脇差を袈裟に振るい、刃を振り下ろす。しかし、テオドラムは素早く身を翻し、玉座から飛び降りるように横へ飛びのくことでこれを回避した。
直後、遅れるようにして振り下ろした衝撃が駆け抜け、玉座はその風圧だけで粉微塵になり、切断面から漆黒の魔力光が噴出した。
それを成したレムナントは、振り下ろした刃の先を見つめながらゆっくりと立ち上がり、今度は自身が玉座から見下ろすように、テオドラムの方へと振り返った。
「成る程……見たときから何かが気にくわないと思っていたが……そういうことか……。通りで似ていると思っていた……あの娼婦女の忌子とはな……」
「殺したはずの相手が未だに生きていることに驚きマシたか?」
「そうだな……。過去の我に忠告してやりたいものだ……。『きちんと殺しておけ』と————————」
「なら、その過去の自分にさらに一言付け加えるべきデスね。『死ぬべきお前だ』と————————」
テオドラムの表情がわずかにほころぶ。それは、喜んでいるというよりは、レムナントのことを憐れんでいるようにも見え、それを見たレムナントの冷ややかな表情と重なることで二人の間にわずかながらの静寂を生み出した。
しかし、それは長くは続かない。切断された玉座の残骸が床に落下する小さな音と共に、まるで泡の如く弾け飛んだ。
テオドラムの手の中に魔力で白色のロングソードが生み出され、そこに吸い込まれるように、レムナントの両手の脇差がぶつかり合う。互いの武器はどちらも魔力で形作られているが故に、まるで、火花がぶつかり合うような爆発音にも似た破裂音が響き渡り、部屋全体を振動させていく。
「今更、何をするというのだ。お前がいることで、国は否応なく壊れていくというのに」
「壊しているのはお前の方デス。本当は、国なんてどうでもいい癖に————————ッ!!」
「何故そう思う。我は片時も国の繁栄を願わないことなどない」
「上辺だけを見て、何が繁栄デスか! 足元から腐り落ちていることにすら気づかず、挙句には侵略戦争。偽善だらけデス」
「いずれ必要な事なのだ。レールから逸脱しなければ、この国は終わってしまうのだから」
「お前が敷いたレールに、なんの価値があるのデス!!」
断続的に武器同士がぶつかり合う破裂音が鳴り続け、打ち合うたびに閃光や爆風が生まれ、謁見の間は、形がおぼつかないほどに崩落し、壁や床が抉られていく。その物音に反応し、兵士たちが駆け付けるが、あまりの苛烈さに、部屋に入ることすら敵わない。部屋の外から攻撃や支援を仕掛けようとしても、縦横無尽に動き回る二人の姿を捉えることができず、逸れた攻撃の余波だけで、命すらも危うくなっていた。
そんな中、テオドラムは違和感を覚えていた。
それは、レムナントの戦闘力の変化という至極単純なものである。最初に打ち合ったときは、それこそ、短期決戦ですべてが決まると高を括っていた。しかし、蓋を開けてみれば、レムナントは未だに生きていて、こちらに追いすがってくる。
一つ打ち合うたびに、刃はより鋭く、動きがより洗練されていき、何より、身体能力が向上していた。それはまるで、戦いの中に進化を続け、こちらに追いつこうと迫ってくる死神そのものだった。
「理から外れたお前が“レール”を語るか……」
「お前がレムナントをこんなことにした癖にッ!!」
「理解できない……。何をそんなに必死になるというのか……。こちらに身を任せていればすべてうまく言うというのに……」
「どうして必死になるのか……デスか————」
猛攻を続けていたレムナントが急に立ち止まり、入り口の方で放心している兵士たちに言い聞かせるように、そして目の前にいるテオドラムに喰いかかるよう、不敵な笑みを浮かべる。その背中はとても大きく、そして何よりも凛々しく思えた。
「『意思を貫く』ために決まっているじゃないデスか……」
「『意思を貫く』……とは————————」
「あの日……お前に殺された母をお前は憶えていマスか?」
「殺した人間をいちいち憶えているとでも?」
「そうデス……。お前は憶えていないでショウね……。なんせ、善意で救ったその後に、不幸の象徴として切り捨てた……いや、そもそも、救うことだけ考えてその先に関心すらなかった、という方が正しいデスね」
「だからなんだ?」
「そうだ————————。その無関心で一体、何人を貶めてきた。その自己中心な感情で、一体、何人もの民を不幸にしてきた」
「ふん……で、それの何が問題だ?」
テオドラムは表情一つ崩さない。まるで、レムナントの怒りや憎しみを他人ごとにように右から左へと聞き流し聞こうともしない。
「言ったはずデス。『意思を貫く』ためだと……。お前を討ち取り、国を変える」
「何を言い出すかと思えば、私情挟んでいることに対する言い訳か……。正義を語り、ありもしない希望を振りかざし、民を不幸にしていく死神そのものだ」
「————————ッ!!」
「もう、興味がなくなった……。既に、“即死”が効かなかったカラクリも解けたことだ。そろそろ死んでもらおうか」
テオドラムが軽く剣を振るう。その瞬間、音もなく、後ろで何もできずに手をこまねいていた兵士たちの動きが突如として止まった。そして、それらの兵士たちは一人の例外もなく、皆、一瞬のうちに、動かない躯と化した。
しかし、レムナントに即死は効果がない……はずだった。
レムナントも、兵士と同じように、苦しそうに胸を押さえ、そして、片膝をつき、口元から喀血する。それは、レムナント自身が限界を迎えているということもあるが、それ以上に、先ほどテオドラムが放った“即死”の起源魔術が体を蝕んでいた。
そんな弱々しいレムナントを見て、テオドラムは勝ち誇ったように嘲笑する。
「やはり、効果がない、というわけではなく、単純に効きにくいだけのものか。おそらくは、起源魔術そのものが効きにくい体……。厄介極まりないが、所詮は雑兵か———————」
「残念ながら、その考えは外れ……デス……かは————————ッ」
「その体でどれだけ嘘を振りまこうとも無駄な事……。もはや、聞く耳もたん」
テオドラムが床を蹴り飛ばし、全てを終わらせに掛かる。レムナントは最後まであきらめることなく、瞳を見開き、遅れて床を蹴り上げた。そして、相手の振り下ろすロングソードに合わせるように、両手の脇差を交差して振り下ろす。
魔力同士が激しく明滅し、断続的な破裂音が鳴り響く。そこから漏れ出たエネルギーは暴れるように壁や床を食い破り、破壊の限りを尽くしていく。
「うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
レムナントの咆哮するような声が部屋全体にこだまし、そして断続的な破裂音の中に消えていく。
その一瞬のようで永遠に続く衝突は、長くは続かない。魔力や実力の乏しいレムナントの方が徐々に押され始めやがて、ガラスが砕け散る音と共に、レムナントの両手の脇差が爆ぜて砕け散った。そして、同時に、レムナントの胸元から、純白の白無垢を染め上げる様な鮮血が飛び散った。
遅れてやってくる轟音と旋風。それらは、切り裂かれたレムナントを弾き飛ばし、もはや動かない人形となった小さな体をさらに痛めつける。割れた壁には、血液がべっとりとこびり付き、床のシミを広げていく。
レムナントが薄れゆく意識の中で最後に聞いたのは、ロングソードに残る血糊が振り払われた音と、自らの額から滴り落ちた水滴の音だけだった。
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