第18話 過去との決別



 「あー、えーっと……どうしてあなたがここに?」


 アリッサは困惑しながらも、目の前にいるフローラの姿をした女性に挨拶をする。レムナントの指示を受け、拘束したまま箱に詰めたアガネリウスを担いで運び、貴族区画の入り口までやってきたのはいい。しかし、そこから、助っ人を呼んでくると言い、レムナントが連れて来た人物が、フローラの姿をした件の女性だったからである。

 はじめこそ、困惑しつつ、アリッサも武器を取り出しそうになるが、相手の方が敵意なく、こちらの様子を伺うように眺め出したため、アリッサもいつの間にか、武器を握ろうとする手をひっこめていた。


 「あぁ……彼女が、レムナントの旅仲間だからデスよ、アリッサ」

 「あぁ……なるほどねぇ……そっかぁ……」

 「あ、あの……」


 アリッサが煮え切らないような回答をしていると、フローラの用紙をした女性は、言葉を濁しながらもこちらの顔をのぞき込む。丸ブチのメガネの後ろにある綺麗な容姿や柔らかい唇は、間違いようもなく、アリッサのよく知るフローラであり、それ故に、アリッサの心を酷く締め付けていった。


 「この間は……すみませんでした!!」

 「え————————」


 しかし、意外にもその口から謝罪の言葉が飛び出したため、アリッサは胸の痛みを一時的に忘れる程、呆気にとられてしまう。


 「あたし……てっきり……あなたたちがあの村で、虐殺をしているのだと勘違いしてしまって……あのあと、レムちゃんに酷く怒られて……その……」

 「あ、あぁ……そういう……ことね」

 「それで……その……リリアナ殿下は————————」


 アリッサは『リリアナ』の名前が出た瞬間に目線を逸らす。これが答えになっているのかはわからないが、状況は嫌でも伝わったのだろう。


 「ごめんなさい……こちらのせいで……」


 少女は再び頭を下げる。もしも、目の前にいる少女がフローラの容姿をしていなければ、アリッサは『謝って済む問題ではない』と激昂していたかもしれない。何故ならば、彼女は勘違いだけで人間を殺そうとしたからである。そんなことは許されるべきではないし、アリッサが子供のように怒り出すのも必然と言える。

 けれども、そうできていないのはやはり、彼女を自分の仲間のように重ねてしまうが故であった……。そんなアリッサが出来たことと言えば、数回、言葉が出ない唇を震わせ、不器用ながらも笑顔を作ることだけである。


 「あ、あたし……イツキっていうんです。今は、レムちゃんと一緒に旅をしてて……このエルドライヒを良い国にしようって……」

 「そうなんだね。できたらお願いするよ。私も、できる限りは協力するからさ」

 「ありがとうございます!!」

 「イツキ……あんまりその人に迷惑をかけるものじゃないデスよ……」

 「もー、わかってるって……」


 遠い————————

 イツキと名乗った少女が、レムナントに向ける笑顔や、信頼しているような動作。それに対して、こちらに向けられるような余所余所しい態度……。二つの違いと、かつてのフローラのイメージが随分とかけ離れており、アリッサは、いつの間にか頬に一筋の涙を浮かべていた。

 だがそれは、誰にも気づかれない間に手で拭い去り、割って入ることすらできない二人を微笑ましく眺める様な笑みへと変わる。


 本当は、もう、どうしようもできないのだとわかっていた……

 だからこそ、ほんの少しだけ、気持ちを整理するだけの時間がかかっただけのことである。それが今、二人の姿を見て、ようやく終わっただけのこと……。アリッサの知るフローラという存在はもういない……。その事実をアリッサはようやく受け止めきれた。


 ユリア・オータムのように嫌悪はしない……。でもその代わり、おそらくこれ以上の干渉をすることもない。もしも、これ以上の干渉してしまったとき、アリッサの中の何か大切なものが崩れてしまうような気がしたから……


 「お嬢————————?」


 アリッサがそんな感傷に浸っていると、後ろから自分を呼ぶよく知った声がした。振り向いてみると、貴族のような立派なタキシードに身を包んだルルドがいて、貴族区画の入り口の方へと歩いているようにも見えた。


 「ルルド? どうしたの?」

 「予定がねじ込めそうだったんで、最後の調整に向かうところだったんすけど……。お嬢こそ、どうしてここに?」

 「あー、うん……ちょっと野暮用で……」


 アリッサが目線を、イツキとレムナントの方に向けると、ルルドはイツキの姿を見て、酷く驚愕し、同時に明らかな警戒態勢を取り始める。その様子にアリッサは慌てふためき、ルルドを急いで制することになる。


 「あいつ……どうして————————」

 「ストップ……。あれは、フローラじゃないよ……。私も出会ったばかりの普通の女の子」

 「いや、だって————————」

 「ルルド……それ以上は言わなくていい」

 「お嬢が……そういうのなら……」


 ルルドは何かを言いたげに声を張り上げそうになるが、それらは彼自身の自制心により、全て胸の奥底にしまい込まれ、表に出ることはない。


 「それで、謁見の用意はできそうなの?」

 「あーそれが、アガネリウスっていうすごい強い兵士が謁見の予定だったんですがね。そいつはいつも予定通りに来ないらしいので、代わりにねじ込めそうだったんですよ」

 「へー、そっかぁ……ならよかった……って、アガネリウス??」


 アリッサはルルドから聞いたことのある名前を聞き、地面に放り投げていた木製の箱を凝視する。その瞬間、箱の中がガタガタと動き、異常に揺れ始めた。


 「お嬢……一つだけ聞きます……。殺してないっっすよね?」

 「やってないやってない————————」

 「もし、コイツが城についたとなれば予定通りに謁見がされるんで、死んでた方が————————」

 「話は聞かせてもらったぜぇ!!!!」


 ルルドの言葉を遮るように木箱が唐突に内部から弾け飛び、革製のベルトで拘束された男が飛び出して来る。そのあまりに異常な光景を見て、隣で和気あいあいと話していたイツキとレムナントもこちらを見て短い悲鳴を上げてしまう。


 「ぎゃぁーーーー!! 変態だ!!」


 その中でも、イツキは、血まみれで体の至る所に木片が突き刺さっているアガネリウスを見て、近くにいた門番にすら異常事態が伝わるような大声を上げてしまう。当然のことながら、通行人のみならず、警備兵や区画の入り口にいる門番が駆け寄ってきたため、アリッサとレムナントは互いに頭を抱えたまま深いため息を吐くことになった。

 その間に、ルルドはいつの間にか雑踏に溶けるように消えており、残されたのは、血まみれのアガネリウスと、その惨状を作り出した加害者たちだけとなってしまった。


 「おい、小娘共!! お前、陛下に謁見したいのかァ!!」

 「暴れないでもらえますか、血が飛び散るので」

 「クハハハハッ!! オレ様は気にしないぞ!!」

 「こっちが気にするんデス!!」

 「なら、このうざったい紐をほどいてくれ!!」


 アガネリウスは言う前に力を入れ始め、革のベルトがミシミシという嫌な音を立て始めたため、アリッサは咄嗟にナイフでベルトを一太刀に切り裂き、最悪の事態を回避する。しかし、アガネリウスはそんなことお構いなしに飛び上がり、こちらに駆け寄ってきた門番の頭をアームロックし始めた。


 「ではいくぞ、小娘共!!」

 「ちょ、ちょっと……こっちの事情は聞かないんですか?」

 「聞いてどうする!! オレ様を送り届けた礼ぐらいはしてやらんとつり合いが取れんだろう!!」

 「レムちゃん!! この人、頭おかしい!!」

 「いうんじゃないデス。あれは関わってはいけない人種デス」

 「どうしたどうした!! ぼそぼそしゃべってたら聞こえないだろうがぁ!!」


 アガネリウスは相変わらず、頭に響くような大声を張り上げ、堂々とした態度で暴れ始める。貴族区画の方へと本人的には向かおうとしているようなのだが、その足取りは明らかに逆方向に向いていることに気づかないまま……


 「まだ、送り届けてないですし、それに、逆だから!! お城はこっちだから!! あとその人が死んじゃうから!!」

 「おう! そりゃあ悪いな!! 案内してくれ!!」

 「案内するって……でも、元々の謁見はあなたの時間ですよね。それを勝手に変えていいの?」

 「いいに決まってるだろうが!! 陛下は寛大だ!! 許すに決まってらあ!」

 「その根拠はどこに?」

 「そんなもん、パッションを込めれば通じるんだよ!!」

 「わけがわからない……」

 「だからテメェらは黙ってついてきやがれ!」

 「だから、方向が逆ですってば!!」


 アリッサは、再び逆方向に歩き出すアガネリウスを強引に掴んで止め、体ごと城の方へ向き直らせる。その指示に従うようにアガネリウスは大声で笑いながら、元気よく、鼻歌混じりに歩き出した。

 当然のことながら門の扉は彼の力で蹴破られ、門番は困惑することになるが、こちらを責め立てる様子はない。


 アリッサはため息を吐きながらも、彼の後ろを歩き、困惑しているイツキとレムナントの方に視線を向ける。


 「あなたたちはどうする?」

 「えっと……こちらは……」

 「元々、そういう依頼デス。それに、本来の目的は、我々も謁見することデシたから」

 「なら、とりあえず、ついていこうか……」

 「レムちゃん……あの人、頭おかしいよー」


 困惑しているイツキにアリッサは苦笑いを浮かべていると、再びアガネリウスが大声で叫んで、別な方向に歩き出したため、アリッサは慌ててそちらに駆け寄ることになる。レムナントはそれを見て、アリッサと同じようなため息を吐きながらも、イツキの手を握り、貴族区画の石畳を一歩前に踏み出すのであった……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る