第17話 戦闘狂アガネリウス


「だってよぉ……お前……普通の人間じゃァねぇじゃぁねぇか……」


 アガネリウスは鮫の牙のような歯を露わにし、アリッサが受け止めた拳を見て満足そうに笑っていた。対し、アリッサは非常に醒めた目つきで相手のことを睨み、静かに受け止めた手を放す。


 「どういうつもり? いきなり殴りかかってくるなんて、デリカシーが足りないんじゃないの?」

 「あぁん? 別にいいじゃねぇか、きちんと受け止められたんだしよぉ……」

 「というか、私を殴る理由は何です? 犯罪をした覚えはありませんけど?」

 「そんなもん、決まってんじゃねぇか……ただ、テメェの強さを確かめたかっただけだ」

 「————————はぁ?」

 「オレ様はなぁ……どんな奴だろうと一度は挑んでみたくなるんだ」

 「もしかして、白髪の少女を探していたのはそういう理由?」

 「アァその通りだとも! だが、それよりも、もっと面白いものを見つけちまった見てぇだなァ!!」

 「こんなところで争えば、周囲への被害が免れないと思うんですけど?」

 「あぁん? うぅうん? あぁ……たしかに?」


 アリッサの見立てでは、このアガネリウスという男は、粗雑な言動こそあるが、己の中の信念だけは曲げないタイプであった。だからこそ、喧嘩っ早いとしても、こんな街中では、非常時でない限り手を出すことはない。

 その予想が的中し、アガネリウスは自分の顎髭をさするように悩み、静かに振り下ろそうとしていた腕を降ろしていた。アリッサはそれを見て安堵の息を漏らしつつ、目の前の建物を指さしながらため相手を睨みつけた。


 「————————で、落ち着いたところでアレですけど、あなたの探していた場所、ここです」

 「お、本当だ。なんだかんだで案内してくれたのかよ。お前良いやつじゃん」

 「いや、あなたがしつこいからでしょ……というか、情報があるだけで、あなたの探し人がここにいるわけ————————」

 「おい、どうした、小娘……」


 唐突に止まったアリッサの言葉に疑念を投げかけるようにアガネリウスが体全体を使って存在をアピールする。しかし、そんなことよりも、アガネリウスの真後ろ……つまりはアリッサの目の前を何事もなかったかのように、白髪赤目の小さな少女が横切ったことに対して、口を閉じられずにいた。


 「いやいやいやいや……そこ!」

 「あぁん? オレ様の胸筋がなんだって?」

 「いや違うから、後ろを振り向けって言ってんだよ!!」

 「後ろぉ? そんなもんなにも……」

 「「あ————————」」


 白髪の少女とアガネリウスの瞳が重なる。それは、互いに予期せぬ遭遇であり、重なるはずのない偶然が起こった結果でもあった。そのため、互いに数秒間、顔を見合わせたあと、ほぼ同時に互いに武器を取り出そうとした。


 「ストーップ!!!」


 しかし、その二人の戦闘をアリッサが割って入るように制し、二人はアリッサの声に驚きながら互いに距離を取り直した。


 「みぃぃつけたぁ!!!」

 「ななななななな、なんデスか! いきなり殺意を向けてきて!!」

 「ちょいちょい、落ち着いてよ!! 何事かと嘆きたいのはこっちの方なんですけど?」

 「コイツは喰らいてえ!! 手合わせ願おうか!!」

 「なんデスかお前は!!」

 「帝国軍特殊部隊アガネリウス少佐だ。いくぜぇおい!!」

 「名乗れと言っているんじゃないデス!!」

 「さっきここで暴れたらだめだって言ったの聞かなかった!?」

 「な、頼むぜぇ! 一戦だけだから! 一戦だけでいいからさぁ!! 殺し合いしようぜ!!」

 「コイツ頭おかしいデス! 殺し合いはどのみち一戦しかできマセんが!?」

 「二人とも落ち着け————————」

 「「落ち着いていられるかぁ!?」


 互いに困惑しながらも警戒を解かないまま、言い争いが過熱し、住民たちが奇異の眼差しをこちらに向け始めた。もはや誰の手にも止めることは叶わず、中にはストリートファイトを楽しみにしているような目線を向ける野次馬すらも出始めた。


 そのため、アリッサは仕方なく、アガネリウスの襟首をつかみ上げ、そのまま堅いレンガタイルの上に叩きつけた。その瞬間、まるで地鳴りのような衝撃がわずかに響き、アガネリウスの頭は地面にめり込んでいた。

 だが、頭が潰れたような感触はなく、むしろ、レンガが砕け散ったような音しかしなかった。


 「……やっぱりこれが手っ取り早いな」

 「えぇ!? 死んでないデスよね?」

 「死んで……はないとも思う」

 「というか、お前はこんな街中で何をしているんデスか!」

 「そんなの、こっちが聞きたいよ! だってこいつが!!」

 「いてぇじゃねぇか!!」


 アリッサと白髪の少女が口論になっている最中に、レンガに頭がめり込んだアガネリウスは、自分でそれを引っこ抜き、血だらけの頭のまま狂喜乱舞というように笑って見せる。


 「本当に、何なのかわかんないんだよね……急に付きまとわれて……」

 「付きまとってねぇし、オレ様はお前に用があっただけだ、白髪!!」

 「なんデスか、気持ちわるい……」

 「勝負しやがれ————————」

 「いやデス」

 「しょ————————」

 「お断りデス————————」

 「だーかーらー、こんな街中で暴れたら大変なことになると何度も何度も……」


 アリッサは右こぶしを握り締めながらアガネリウスを睨みつける。すると、アガネリウスは何のことだか既にわかっていないようで、血だらけの頭のまま小首をかしげてしまう。しかし、それを最後に、頭を強く打ちすぎたせいなのか、そのまま倒れ込むように地面に転倒して仰向けのまま動かなくなってしまった。

 しかし、どういう身体構造をしているのか、重症でも息はあるようであり、譫言のように「勝負しやがれ」と口にしながらも寝息を立てていた。


 「殺し……」

 「してないしてない!! 私は殺してないよ?」

 「でも、あなたがやりマシたよね……。軍の人間を攻撃するということは、つまり反逆罪に……」

 「不可抗力。だいたい、護ってあげたんだから感謝してもらいたいぐらいなんですけど?」

 「開き直りマスか……。流石は、キサラのお仲間というわけデスか……」

 「開き直ってないですー。いつも通りですー……ってキサラさん? 知ってるの?」

 「知っているも何も……まぁ、その話はいいデス」


 唐突に出てきた親友の名前に驚きつつ、アリッサは今までの騒動で落ち着いて見れていなかった白髪の少女の容姿をもう一度凝視する。

 幼い容姿で、透き通るような純白の癖のないショートボブに、血のように真っ赤な瞳、そして色白の肌……とても健康的とは言い難いが、体調が悪そうには見えない。しかし、アリッサにとって一番目を引かれるのは少女の衣服である……。まるで白無垢のようなその衣装は、何らかの防具の類であることはわかるのだが、あまりにも周囲からういているように思えた。


 「あなた……どこかで……」

 「初対面デスよ……。レムナントは、お前となんて会ったことはありマセん」

 「へぇ、レムナントっていうんだぁ。よろしく」

 「名乗ってないはずデスが?」

 「一人称で言ってるじゃん」


 レムナントと名乗った少女は少々イントネーションがおかしい共通エルドラ語であるのだが、コミュニケーションに齟齬が生まれる程ではなかった。それよりも、目の前で伸びている男の方が、もっとコミュニケーションを取れなかったが故に、少女の方は知性がある分、アリッサにとっては助かっていた。


 「レムナントとしたことが……うっかりデス……」

 「それで……レムナントちゃんはどうしてここに?」


 そう言いながら、アリッサはレムナントが出てきた場所の看板を指さす。アリッサが指し示した看板には読みやすい大きさの文字で『冒険者組合ワルシアス支部』と書かれていた。


 「どうしてって……冒険者としての依頼を受ける以外になにかあるのデスか?」

 「ワルシアスって冒険者の地位とか、報酬とかあんまりよくなくて、やりたがらないって前に聞いたことあるけど……」

 「どこ情報デスかそれ……」

 「別の支部だけど?」

 「じゃあ、それは嘘デスね。支部の羽振りがいいのか、シルバーランクでも3000エルド貰えるクエストがありマシたから」


 現在の物価は戦時経済のため多少なりとも上昇しているが、1エルドでパンと牛乳ぐらいは変える。共通貨幣3000エルドと言えば、少し儲かっている職業が一月働いて手に入る程度の金額である。

 それをシルバーランクのクエスト一回で手に入るようなことは、まず存在しない……。あったとしたら、それは、緊急性が高く、大人数で行わなければならないような特殊なものだけである。それ以外には……


 「ストップ! それ、本当に大丈夫?」

 「大丈夫とはなんデスか……ケチをつけるのデスか?」

 「いやそうじゃなくて……こういうのはあれだけど……前金や報酬が異様に高いクエストっていうのは……酷いモノしかないっていうジンクスがあってね……」

 「なんデスかそれは……。でも、それはこれには当てはまりマセんよ」


 得意げに鼻を鳴らすレムナントを心配するようにアリッサはさらに過保護になっていく。なぜなら、過去にアリッサもそんなクエストを受けて、酷い目にあった経験があるからである。


 「マナー違反かもしれないけど、一応、内容を教えてもらえないかな……」

 「何でですか、いやデスよ……」

 「そこを何とか! 報酬とかいらないから! なんだったら手伝うから!!」

 「そ、そこまで言うのなら……」


 アリッサの熱意に負けるようにして、レムナントはため息交じりに受注したクエストの用紙を取り出し、もう一度内容を確認する。

 その動作にアリッサはこれが、件の酷いクエストだと確信した。なぜなら、すぐに依頼内容を言えないということはつまり、レムナントが報酬だけを見て決めた可能性が高いからである。


 「えぇとなになに……。『緊急クエスト。本日12時までに、アガネリウス少佐をエルドライヒ城まで連行すること。ただし、怪我無く納品しなければ、受注者は冒険者資格はく奪の元、極刑に処すものとする』……って……はぁ? なんデスか、これ……」

 「ほら見たことか……」

 「ワタシ!! 単なる人探しの簡単な依頼だって受けたんデスけど!?」

 「少し落ち着いて考えよう。逆にこれはチャンスではなかろうか……」


 アリッサは頭を捻りつつ、冷や汗を垂れ流しながら苦笑いを浮かべてみせた。


 「いやいやいや!! さっき、この戦闘狂は、アガネリウスって名乗ってマシたよね!? もう、怪我しているんデスけど!?」

 「逆に考えるんだ。少佐は転んでけがをしただけと……」

 「成程……ってならないデス!! 何てことしてくれるんデスか!!」

 「ちょっと待ってよ!! 私のせいじゃなくない? それにー、コイツを怪我無く連れて来るとか無理でしょ!! 事あるごとに勝負を挑むんだから、絶対戦闘になるじゃん。ほーら無罪でーす!!」

 「子供デスか!! あなたのせいでしょ」

 「ちーがーいーまーすー! だいたいコイツが……もう唾つけときゃ治るんじゃね?」

 「治らないデスよ!! あぁもう!! 連行……というか、発注者も途中から『納品』とか書いちゃってますけど、時間がないんデスが……」

 「証拠隠滅するか……」

 「だめデス!!」


 アリッサはここでようやく周囲の視線に気づく。そして週刊誌がスクープでもあるかのようにこちらの写真を一枚取ってしまった。これでは、言い逃れができないような証拠ができてしまい、アリッサの言うような証拠隠滅などできないことは明白であった。


 「じゃ、じゃあどうするのさ!!」

 「あ、あれデスよ……そう、アレを使うんデス!!」

 「そうか、あれか……ってあれってなんだああぁぁぁぁぁ!!」


 アリッサの焦りにも似た悲鳴が帝都の平民区画でこだまする。そんな長閑な風景の裏で、アリッサとレムナントの命の危機が迫っていることなど、住民たちは露とも知らないまま……



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