第14話 鈍る感覚と記憶



 コーラルレッドゆるいウェーブヘアーに、顔立ちが不気味なほどに整った女性。髪の間から見え隠れする少しだけ長い妖精のような耳。目を合わせたその瞳は、薔薇のように赤いローズレッドであり、冷徹さと優しさを内包した宝石に似ている。

 見間違えるはずなどない……。例え、防寒着に身を包んでいようとも、その顔立ちと、その体系だけはアリッサが見間違えるはずがない……


 「フロー……ラ……?」


 震えた唇でアリッサはどうにか言葉を紡ぐ……

 名前を呼んだその女性は……おおよそ一月ほど前、戦闘で行方不明となり、命を落としたと思われていたアリッサの友人であるフローラであった。たしかにあの時、死体は見つからなかった……だからといって、助けるような状況ではなく、希望など在りはしなかった。

 にもかかわらず、奇跡にも似たその現実がそこにあった。


 —————刹那、フローラの姿を取った女性は静かに腰に下げていたショットガンを構えた。


 銃口をこちらに向け、構え続けているアリッサと向き合うように……ピリピリとした殺気を向け続ける……。その殺気に当てられ、アリッサは即座に我に返った。

 直後に見えてくる、フローラとの相違点————————


 アリッサの記憶にあるフローラは、ショットガンの中に魔術杖を内蔵しているようなガンロッドなどは使わない。ましてや、拳銃の類など使ったことすらない。だからこそ、しっかりと構えている目の前の女性が本当にフローラであるのかという疑義が生まれてくる。


 思えば、先ほどから、こちらの問いかけに応じる様子もなく、敵意のみを向け続けている。本当のフローラならばアリッサに武器を向けることはない。しかし、目の前の女性はそうではなく、明確な敵意を持ってこちらの様子を伺っている。


 頭の中で絡みつくように繋がり始めるのは先ほどのブービートラップ……。もしも、アリッサたちを狙っているのならば、死人の姿を使って攻撃を仕掛けて来てもおかしくはない……


 「今……何をしていた————————」


 女性は憤怒の入り混じる吐息で、アリッサとリリアナに口火を切る。その様子は……アリッサの認識を歪めるには十分すぎる理由になった。


 「なにって……」

 「彼らに何をした……あたしたちが……帰還するまでの間に……何をした—————」


 怒りに身を任せて引かれた引き金により、銃口から散弾がばら撒かれる。アリッサは咄嗟に魔術障壁を展開し、それらを防ぎきるが、ばら撒かれた魔力の乗った弾丸は岩肌や地面を大きく抉り、一時的な土煙を生み出す。


 「殺したのか……。罪のない人たちを……」

 「ま、待って————————」


 こちらの言葉を聞かず、女性は再び引き金を引く。魔術障壁とぶつかり合う火花が散り、逸れた弾丸が崖を大きく削る。その最中で、アリッサはフローラに似た女性を完全な敵と認識し、呼応するかのように怒り狂う。


 「あなたこそ! こっちの事情も知らずに!! よくもその姿を————————ッ!!」

 「事情!? 第一皇女を庇っておいてどの口が————————」

 「彼女は————————」

 「そいつのせいで……そいつが……この村から搾取しなければッ!!」


 再び、弾丸と障壁がぶつかる甲高い音が鳴り響く。アリッサは歯噛みしながらも、動けない背中のリリアナにわずかに視線を移す。

 するとリリアナは、フローラの姿を取った女性に負い目を感じているように、目線を逸らし、無責任に自らを守れと言わんばかりに、アリッサの服の裾を引っ張った。


 「————戦線維持のために……しかたなかったん……です……」

 「それは……どういう……」

 「言葉の通りだ略奪者!! そいつが村の冬支度を奪わなければ、この村は飢餓に苦しむことはなかった……。それなのに今更ここに来て、今度は恥の隠滅にでも来たのか!」


 弾丸の一部が、魔術障壁を食い破り、動揺したアリッサの左肩を撃ち抜く。アリッサは僅かにのけ反り、体勢を崩すが、それは僅かな間だけであり、即座に奥歯を噛みしめてもう一度、リリアナを護るために障壁を展開し直した。


 「だとしても……」

 「この為政者が————————ッ!! お前なんかよりもレムちゃんの方が!!」

 「————————黙れ!!」


 アリッサが相手の声を遮るように怒りを露わにする。自らの信念を攻撃されたからではない。自らの信念をこれ以上曲げないためにでもない……。

 自らの親友に浴びせられた非難の言葉から逃げるためだけに————————


 「その顔で……その声で……何も知らないくせに……ちっぽけな視野で囀るな……」

 「————————ッ!!」


 アリッサの表情は酷く壊れ、悲しみにも似た哀れみで歪んでいた。それでなお、荒れ来るような膨大な魔力は、フローラの姿をした女性を威圧し、生唾を飲み込ませるほどに恐怖させた。


 「その姿で私の前に現れたということは、殺される覚悟ができてるんだろうな……」

 「殺される覚悟? バカ言わないで欲しいかな……。追い詰められているのは——————」


 フローラの姿をした女性の言葉が止まる。遅れて、切り取られた空間の空気や生み出された熱量により、荒れ狂うような突風が吹き荒れた。女性は思わず顔の前を腕で覆い隠し、難を逃れるが、それらが収まって目を開けたその時、信じられないような光景が目の前に広がっていた。


 そこには直線状に大きく広がるような轍……。わざと衝突しない軌道で放たれてこそいるが、直撃していれば塵も残さず消滅したであろうことがわかるほどに、大地が大きく抉れ、木々がなぎ倒されていた。

 加えて、魔術発動までの時間……詠唱や、魔術構築までの隙が全くと言っていいほど見られず、むしろ認識できなかったという方が正しかった。


 だからこそ、目の前にいる女性には、アリッサが何らかの悪魔か、それに類する怪物に見えたことは間違いない。


 「けほ————————ッ!! アリッサ……さん……」


 そんなアリッサであったが、後ろで咳き込むように苦しんでいるリリアナを見て再び理性を取り戻す。アリッサが魔力を放出し過ぎたが故に、その威圧に当てられ、護るべきリリアナすらも苦しめていた事実が、アリッサを引き戻した。


 「わ……たし……は————————」

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 「————————ッ!!」


 アリッサは唇を震わせ、事実の遅さに気づく。そうこうしている間にも、小動物を追い詰めてしまったが故に、更なる悲劇が生み出される。生存本能に従うかのように、フローラの姿をした女性は恐怖交じりの咆哮を轟かせて、自らの命を懸けて全力全開の魔術を発動させた。


 追い詰め過ぎたが故に、相手が絶対的な死に抗うために、暴れ始めてしまったのである。それは、相手が戦闘の素人故の精神性だったのか、それとも、逃げるための最善の一手だったのかは定かではない。

 事実として起こった現象は、ショットガンの銃口から、アリッサに向けて自らの生死をかけた灼熱の光線が放たれたということである。それらは乾き始めた大地を一瞬で干上がらせ、瞬く間に視界を真っ白に染め上げる。

 アリッサは背中の冷や汗混じりに、それに反応し、即座にその魔術を逸らすために、ベクトル操作の魔術を発動させた。


 もしも、キサラが生きていたら巻き込まれてしまうと余計な思考が介入する。

 フローラの姿をした彼女は何者なのかという思考が術式を狂わせる。

 この村を救おうとしたリリアナはまるでマッチポンプのようだという嫌悪が、アリッサの判断を鈍らせる。


 結果、アリッサは光線を捻じ曲げることには成功した。しかし、それは村とは正反対の方向……つまりは一度背中を叩きつけられた見上げるように高い崖の方に吹き飛ばしてしまう。

 当然、方向を捻じ曲げられた光線は崖の一部を大きく切断するように貫通し、空の彼方へと消えていく。さらに不幸なことに、荒れ来るように放出してしまったアリッサの魔力が、採掘資源として採掘される前の路傍の破片のような魔石に悪影響を及ぼし、それらがまるで粉塵爆発のように連鎖的に切り取られた瓦礫の中で爆ぜた—————



 既に消えていたはずの音と光を喰らい尽くすように赤褐色の怪物が世界全てを覆う—————



 膨張するようなその爆発は、アリッサの展開した魔術障壁など容易に食い破り、隣にいたリリアナを巻き込みながら、任務も、記憶も、感情も、何もかもを一瞬のうちに奪い去っていった————————



 あとに残されたのは、遅れるように轟いた爆風と突き抜けるような轟音、そして、全てを津波のように飲み込んだ瓦礫の山だけであった————————



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