第13話 ブービートラップ
夜が明け、再び馬を走らせる……
今いる雪原を抜け、あと半日進ませれば、ようやく帝都ワルシアスにたどり着く。そう思っていた矢先であった。街道沿いに走らせていた馬が何かに怯えるように唐突に雄叫び上げた。
それとほぼ同時に、先行していたキサラは手綱を一気に引いて停止させ、後列のアリッサたちをこちらに寄せないように誘導して止めた。不審に思ったアリッサはキサラに並ぶようにして馬を停止させ、街道から少し離れた位置で様子を伺いだす。
「キサラさん……何があったの?」
「いやな予感がします……というよりは、風に乗って嫌な臭いが漂ってきています……」
アリッサは即座に腰のマジックポーチから望遠鏡を取り出し周囲に何かがないかを確認する。事前に頭に叩き込んだ地図によれば、この辺りに鉱業を主体とした村がある。
「地図通りの村が見える……けど、それ以外はなにも……」
「住人の姿は?」
キサラの言葉に我に返るようにアリッサは焦りを覚え、再び望遠鏡に目を通す。しかしながら、キサラの言葉通り、どこを探しても村には人影が見られなかった。それどころか、冬にも関わらず、暖を取っている灯りすら見受けられない……。
「風に乗って僅かな死臭がしました……。嫌な予感がします」
「燃えたような形跡はない……けど……たぶん、争ったような形跡はある」
「山賊の襲撃でしょうか……」
キサラは村の隣にある切り立った崖に目をくべる。その上は森林地帯になっており、いくらでも潜伏が可能であるように見えた。さらに言えば、あの崖上からならば、こちらの様子を監視することもできる。
「迂回する?」
「いえ……街道にこちらがいる時点で無駄でしょう……。山賊が既に移動したと仮定して、駆け抜けた方が、比較的安全なように思えます……」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ、生き残りがいるかもしれないんですよ?」
「リリアナさん……あなたの気持ちは重々わかるけど、彼らに構っている余裕はない……」
「どのみち、死体が見えない時点で、数日前の積雪の下に埋もれています。手遅れであることなど明白です」
「だとしても—————せめて彼らを……」
リリアナが『弔ってもいいのではないか』と言いかけとその時だった……。まるで、こちらの動きに呼応したかのように、村の方で何かが動いたような影がアリッサには見えた。
「今、何かいた……たぶん、10歳前後の人間」
「ほ、ほら、生存者が……」
「アリッサ……どうしますか?」
「どうするもこうするも……依頼主がそう言っている関係上、スルーするわけにはいかないでしょ……」
「はぁ……大幅な予定変更が必要かもしれませんね……」
そう言いながら、キサラはため息交じりに、嫌がる馬を制しながら、一度馬を降りて、街道沿いにある大木に手綱を結んで待機させた。そして、自らが偵察に出るため、アリッサたちよりも一足先に、村の方へと駆け出して行った。
「ごめんなさい……」
「あぁ、あれ? キサラさんは別に怒ってないと思うよ。不愛想だからそう見えるだけで」
「そう……なのですか?」
「そうだよ……。それは私が保証する」
そう言いながらアリッサも、キサラと同じように木に手綱を括りつけ、リリアナを鞍から降ろすと、キサラの後を追いかけるように、村の方へと歩いていく。
しかし、村に近づくほど、その異様なまでの静けさが強調され、同時に、土の匂いに混じって、僅かながらの腐臭が鼻を突いた。
冬であるが故に、悪臭とまではいかないが、あまり良い状態の空気とは言えず、アリッサは思わず顔をしかめてしまった。
それでも、依頼主の命令であるが故に、リリアナの手を引きながらキサラを追いかけ、村の中へと足を踏み入れる。
「ギャァアアアアアアアアアアアア」
その瞬間、くぐもった奇声にも似た声が村の入り口を走り抜け、通ってきた雪原へと消えていった。キサラの叫び声ではない……けれども、人間の声にも似たモノであり、アリッサの背中に嫌な汗をにじませるには十分すぎる出来事であった。
アリッサは背中のリリアナに気を配りつつ、腰に下げていたコートの下の短剣に手を伸ばした。そして、先ほどよりもゆっくりとした歩調で、奇声の聞こえた方へと少しずつ歩み寄る。
断続的に聞こえる物音に気を配りつつ、キサラが消えていった物陰の方へとゆっくりと歩み寄り、そして、警戒しながら様子を伺った。
しかしその警戒は無意味であるかのように、キサラは怪我をすることなく、普通に薄く積もった雪の上に立っており、手には、アリッサと同じように戦闘のためにショートソードが握られていただけだった……。
それを見て、アリッサは安堵の息を漏らしつつ、警戒を怠らないまま、リリアナの手を掴んでキサラの方へと歩み寄る。
「キサラさん?」
アリッサの呼びかけに対し、キサラは静かに振り向きつつ、何も言わず、足元に転がっているモノに目を向けろと言わんばかりに顎でアリッサに指示をした。
アリッサがその合図に反応して、そちらの方を見ると、そこには小さな男の子の死体……アリッサが遠目で見た人影に間違いないことは明白であった。ただ一点……
肉体のあちこちが腐り落ち、明らかに今さっき死んだとは思えないような形状となっていた———————
「————————うっ……」
リリアナがそれを見て、込み上げてきた吐き気を堪えるように口を塞ぐ。見慣れているアリッサたちであるが故に、動じていないだけであり、普通の人間からすれば当然の反応であった。
「これは……キサラさんが?」
「襲い掛かってきたため迎撃してみれば、この様子でした……。おそらく、アリッサが見たであろう人影はこれのことですね」
「グール……ということは村の結界は機能していないってことか……。キサラさんはどっちが先だと思う?」
「卵が先か……鶏が先か……。どちらかと言えば、村人の全滅が先であるように思えます」
「私も同意……なんせ、この子……明らかに痩せすぎてる」
「お二方ともどうして平気なのですか……」
「どうしてってそりゃあ————————」
アリッサが何かを言いかけたその時だった。周辺の家屋から、明らかな物音がした。それだけではなく、足元の雪や土が唐突に盛り上がり、何かが這い出ようと腕や頭を覗かせ始めた。
アリッサたちはそれを見た瞬間、即座に己の武器を握り締め、リリアナを庇うように警戒態勢を取った。その直後、予見したように、かつての村の住民だったであろう腐り落ちた人間たちが、かすれた声で何かを叫びながら動き出し始めた。
◆◆
「キサラさん……燃やしながら退路を作れる?」
「誰にものを言っているんですか?」
アリッサとキサラはリリアナを庇うようにして立ち、武器を構えながらグールたちと相対する。こちらにゆっくりとにじり寄ってくる彼らは、服装や体の損傷具合からしても、ここの村の住人だったとしか考えられず、さらに言えば、この村に生存者がいないことを如実に示しているように思えた。
キサラは短身のリボルバー型魔術杖を取り出し、数回引き金を引く。すると、乾いたような轟音はなく、シリンダーが回る意外にも静かな音だけが響き、朱色の魔方陣が大きく展開した。
そこから僅かなタイムラグを経て、退路を開く形で直線状に炎の壁が出来上がる。それを合図にアリッサはリリアナの手を引いて村の外へと走り出そうとした。
刹那、アリッサの背中に嫌な汗が伝った———————
それは、アリッサの天性の魔術でもある“虫の知らせ”の予兆。自らの命の危機に対して起こる未来予知にも似た警鐘だった。アリッサはスローモーションのようにゆっくりと流れる視界の最中、息を吸い込みながら周囲を見る。
踏み出した足は既に止められないが、ある程度の対処ならばまだ間に合う段階である。
だからこそ、重要なのは、今から何が起こるかを把握することである。周囲には、燃える炎の壁を厭わずにこちらに飛び込んでくるグールの群れ……その最初の一体……それが、炎に触れ、全身に火が回ったその時だった。
その怪物の腹部が急激に熱を帯び、そして眩く発光する……
アリッサは、即座に足で体のブレーキをかけ、同時に、リリアナを庇うように胸元で抱き留め、そして、周囲にできうる限りの魔術障壁を展開する。
全ての音と光が一瞬のうちに消え失せた————————
炎を起爆剤にして、グールの体内にあった何らかの火薬が誘爆し、無数にいた村人のグールたちは連鎖的に、かつ一斉に起爆する。それは、まるでここを訪れた人物を確実に殺すための罠であり、巻き込まれたものは否応なく死に至るようなものでもあった。
しかしながら、事前にそれを察知したアリッサは発動させた障壁が功を制し、熱風と衝撃波から、自身とリリアナを守って見せる。だが、それとその場に踏みとどまれたことは別問題であり、爆発で荒れ狂う空気の流れにより、黒煙をかき分けるように二人は村の外へと弾き飛ばされ、隣接する崖に体を叩きつけられた。
幸いにしてアリッサの背中から叩きつけられたため、リリアナが死に至ることはなかったが、衝撃と閃光により、意識を失い、アリッサの呼びかけにも応じなくなってしまった。
「リリアナさん!」
体を揺すりつつ、心音を確認する。すると、呼吸はあり、鼓動もしっかりしていることがわかる。対するアリッサはというと、レベルによる肉体強度の上昇により、ほぼ無傷で、目立った怪我は見られなかった。
ただ、魔術障壁を貫通した衝撃などで、衣服や肌には所々に煤や裂傷が目立っていた。
アリッサはリリアナの無事に安堵しつつ、村に取り残されたであろうキサラの方に意識を向ける。跡形もなく吹き飛ばされた木造家屋の破片などが至る所に散乱している様子から爆発の規模は、村丸ごと一つを焦土に変える程のもの……。村が丸ごと黒煙に包まれているため状況は確認できないが、キサラが無傷ではないことなど想像に難くない。
しかし、アリッサにはリリアナを護衛するという目的があるが故に、安易に彼女の元を離れて救出に行くことはできない。仕方なく、アリッサは不安を喉の奥に押し込めて、リリアナの安否へと再び意識を向け直した。
すると、一時的に意識を失っていたリリアナがうめき声と共にゆっくりとまぶたを開け始める。アリッサは慌てて彼女の元に駆け寄って戻り、再度、声をかけ直した。
「リリアナさん……大丈夫ですか? 私の声は聞こえますか?」
「うぅ……アリッサさん……?」
「良かった……意識が————————」
再び、感じる嫌な汗……。アリッサを害するレベルの攻撃が来るとなれば、当然ながら今の状態のリリアナは無事では済まない。
アリッサは口の中の砂利や血液を飲み込みつつ、右手首の“賢者の腕輪”に魔力を込め始める。それとほぼ同時であっただろうか……爆炎から逃れるように、人型の影が黒煙から姿を現す。
それら人影は、皮膚は焼けただれ、顔や体は見る影もないが、ふらつきながらもしっかりとした足取りでこちらに向かっているように思えた。
「だ……ず……けで……」
複数の人型のナニカがこちらに向けてうめき声を上げる。もしも、普通の心優しい人間ならば、この場面では、生存者がいたのだと思い、助けに寄っていたのかもしれない。しかし、アリッサはそうではない……というよりはむしろ、体の至る所で警鐘を鳴らし続けている感覚があるが故に、目の前でこちらに歩み寄ってくる複数の人影を助けられないことを既に知っていた。
“ブービートラップ”
油断した兵士に対して牙を剥く、罠の類……。稀に、生きた人間や、物資などに仕掛けられ多くの死傷者を作り出すゲリラ戦術。
アリッサが放った“ショット”の魔術を受けた瞬間に、腹部から連鎖的な爆発を起こすその姿は、こちらを殺すために用意された爆弾そのものだった。誰が、どのようにして、このようなことを仕組んだかなど重要な事ではない。それよりも、この場を切り抜けることこそが、アリッサが一番に考えるべきことである。
だからこそ、容赦はしなかった———————
グールもしくは生きた人間に埋め込まれた爆弾が、こちらに到達するよりも先に、相手を吹き飛ばして、被害を最小限に抑えることにアリッサは専念した。
奥歯を噛みしめ、前を見据える……すると、自然と罪悪感や怒りなどは胸の奥底に沈んでいく……。そうして、瞬く間に向かってくる“動く爆弾”を殲滅し、一息ついた頃合いだっただろうか……。
業火の炎により一瞬で泥に変わった土を踏みしめる音が聞こえてくる。
アリッサはその音に反応し、更なる敵を警戒し、魔術杖の“賢者の腕輪”をはめた右手を向ける。しかし、収束させた魔力はすぐに霧散し、発動することはない。
何らかの攻撃を受けたわけではない……。単純にアリッサが動揺して、集中力を欠いてしまったが故の現象である。アリッサは唇を震わせ、瞳孔の収縮を繰り返す瞳で、放心する。
なぜなら、そこにいたのは……死んだはずの自らの親友であったから————————
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