第7話 帰還
夢を見た————————
何もない真っ白な空間……。そこにいるのは誰でもない、幼い頃の自分だとフローラは認識した。
幼い頃の自分は、無邪気に微笑んでこそいるが、その実、心の奥底では、辛いことや悲しいことを押し込めていた。誰に打ち明けることもできず、我慢ばかりの日々が続く……。
学校で陰湿ないじめにあったときも、魔術で躓いたときも……いつもいつも、心の奥底にしまい込んで嫌なこと全部に見ないふりをしていた。
フローラはそんな過去の自分が嫌で、一度は顔を覆い隠し、まぶたを閉じてみる。すると、今度はフラッシュバックするかのように、子供の頃の嫌な記憶が波のように押し寄せる。それに耐えられず、フローラは悪夢から覚めるように、冷や汗と共にすぐに目を開けてしまった。
いつから、自分が嫌いになったのだろうか……と、ふと振り返ってみる。
昔は、髪も瞳も目立つと思い、できるだけ態度では目立たないように誰に対しても距離を置いていた。それでも、容姿を見て言い寄ってくる人間は確かにいて、それらを全て嫌悪し、同時に憧れてもいた。
どうしてそんなに他人を好きになれるのだろうか……と
今ならわかる……
大事な友達ができて、苦楽を共にして、背中を預け合ったからこそ、理解できた。好きにもいろいろな種類がある。その中で自分の『好き』という言葉は恋愛感情に近いけれども、どちらかと言えば慕情に近いような気さえした。
いつでも目の前を、自分の手を引いて走ってくれている友達が、転んで大怪我をしてしまわないかが心配———————
そんな些細なものだったのかもしれない。でも、それは、失ってようやく理解した事実だった。
アリッサが精神に異常をきたし、会えないようになってから、自分がどれだけ支えられてきたのかがわかった。
何をすればいいのか、何をしたらいいのかが、わからなくなり、夢だった両親の店を継ぐことすらも疑い始めた。でも、それと同時に、このままではいけないと自覚もした。
「あなたは、自分のことが好き?」
ふと、目の前に立つ幼い頃の自分が声を上げた。
フローラは自分自身が好きではない。それは容姿や性格と言ったことではない。
ありとあらゆる時に、誰かがいないと決められないような……いざ決めたとなると、視野狭窄に陥り、誰にも頼らず、抱え込んでしまう自分が大嫌いだった。
だから、幼い自分の問いに対し、フローラは首を大きく横に振った。
「自己矛盾だなんて辛いね……。人一倍さみしがり屋なのに、いざというときに、いつも頭が真っ白で周りが見えなくなる」
「わかってる……自分のことだから……」
「そんな自分を変えたくて、今回は頑張ったの?」
フローラは寂しそうにしながら目線を逸らす。
「わからない……でも……ちょっとだけ……前に進めた気がする……」
「相変わらず、ダメダメだね……」
「知っているよ……。今回だって、あと少しのところで力尽きた……」
フローラは昔を思い出すように、この半年間の出来事を振り返る。
「やっぱり、平凡な私ではこの程度が限界なんだなって自覚した……」
「なら、あなたはこの結果に本当にいいの?」
「うん……たぶん……これが限界だから……」
「そっか……それならあなたはやっぱり、未だに自分を肯定できないんだね」
フローラは奥歯を一度噛みしめ、もう一度前を向き直し、「それでも」と反論した。
「前よりは随分、マシになったと思うんだ……」
フローラは自分の存在意義がわからなくなることが多々あった。それは、急成長していく仲間たちに自分が置いていかれたこともあるが、何より幼い頃より、自分を押し殺してきたが故の悪い癖だった。
だが、それは少し前までのこと……
「きっと、私を変えてくれたのは、出会った人たちだと思う」
「どんな人たち?」
フローラは哀愁を漂わせるように、少しだけ顔を赤らめながら言葉を紡ぐ。
「キサラさんは……少し頑固だけど、根はやさしい人で……。パラドインさんやユリアさんは互いに警戒しているけど、その分、お互いに信頼し合っている……。シュテファーニエ様も、ユーリさんも……いろいろな悩みを抱えているけれど、堂々としていて、すごくかっこいい人……」
そしてフローラは、最後に『アリッサは』と言いかけたところで一度口を閉じ、自分の頬に温かい雫が垂れていることを自覚した。それでも、言いかけたが故に止めることなく、少しだけ過呼吸で声を途切れさせながらも続けた。
「アリッサは……大事な人で……いつも私を陽だまりの中に居させてくれる……。それに……私を……ここに連れて来てくれた人……」
「そっか……じゃあ、それらの人たちは、あなたのことを嫌っている?」
フローラは少しだけ悩んだが、溢れてくる涙を両手でぬぐいながら首を自信なく横に振った。
「そうだよね……。あなたが自分を好きになれなくても、あなたを好きで、大切に思ってくれる人たちはたくさんいるよね……」
「そう……だね……」
「その人たちを泣かせちゃダメだよね。それは、あなたが一番よくわかってるでしょう?」
「うん……」
フローラは溢れてくる涙をこらえながら強く頷いた。
「—————だったら、こんな無茶、もう二度としちゃだめだからね」
もう一度、涙をぬぐう。そうして、もう一度目を開けた瞬間、小さな自分はそこに居なかった。代わりに、小さな丘を埋めつくほどの数々の花が足元に咲き乱れていた。濡れた顔を上げてみれば、そこにはいつも変わらない眩い太陽があった————————
◆◆
フローラは朦朧とする意識の最中で目を開ける。
不思議と浮遊感はなく、誰かに抱きかかえられていることがわかった。ぼやける視界でその人物を見れば、そこにはいつもの太陽があった。
何事にも動じないような薄桃色のぱっちりとした瞳と、茶色で癖の少ないセミロングの髪の毛は何も飾り付けがないまま肩の少し下まで伸びているようなどこにでもいる少女。胸元は乏しいが、やや筋肉質の肉体は、自分を抱きかかえても動じることはなく、顔立ちに関しては依然見たときよりも凛々しくなったように思える。
そこには、紛れもなく、アリッサがいた————————
アリッサはフローラを見て心配そうに微笑むと、落ちてくる金属杭を片手で受け止め、そのまま無属性魔術を行使して、金属杭をゆっくりと地上に落としていく。落下スピードがパラシュートを取り付けたかのようにゆっくりとなった金属杭は、落下したところで、大きな被害にならないであろうことがすぐにでもわかった。
こんなことができるのは、フローラの知る限り、本物のアリッサしかいなかった。
「アリ…ッサ……?」
「待たせてごめんね、フローラ……」
「また無茶して……ダメですよ……」
「それはこっちのセリフだよ……。見ないうちに、大胆になったんじゃない?」
フローラは頭に血が回っておらず、思考が定まっていない。それをアリッサはわかっているのか、空中でフローラを抱えたまま、ベクトル操作を利用して徐々に降下していく。
「そうかなぁ……。でも、そうしたら、幼い頃の自分に怒られちゃった……」
「そりゃあ、私でも怒るよ。もちろん、キサラさんでもね……」
「そうです……よね……ごめんなさい……」
「いいよ。私もたくさん迷惑かけたから……」
地上が近くなってくると、騒ぎを聞きつけた衛兵や街の住民たちがこちらの方を見ていた。だが、アリッサはそれらを気にすることなく、フローラにこれ以上の負担をかけないようにできるだけ降下速度を抑えていた。
「アリッサ……おかえりなさい……」
「うん……ただいま……フローラ」
そういいながら、アリッサは微笑み、フローラの額に手をかざしてもう一度眠らせた。地上の喧騒はいましばらく続いたが、ほどなくして、駆け付けたシュテファーニエやキサラにより収められることとなる。
そして、翌日となって、調査結果が導き出した答えは、ポスナーゼン公爵の兵器が無意味に終わったという結果だった。
この日、小さな少女の勇気の冒険は、死傷者ゼロという快挙を成し遂げたった————————
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