第6話 きっと誰もが主人公Ⅲ
『主人として命令する。“ここで死ね”』
「なん……で……。なんでなんだよ!」
ルルドは思わず、握り締めていたスティレットを見る。そして、同時に自分の腹部に刻まれた奴隷としての魔術焼き印が輝きだしていることに動揺を隠せずにいた。泣き叫ぼうとも、助けを求めようとも声が出ない。
それは奴隷としての強制力であり、ここで死ぬことを命令されたからでもあった。
「いやだ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!」
手にもっているスティレットが輝きだす。御守り代わりと持たされたそれは、ただの武器ではない。武器に偽装した長距離兵装“グングニル”の着弾地点を誘導するマーカーであった。最初から、トピヤはこのつもりでルルドを送り込んでいたのである。
おそらく、他のマーカーはダミーであり、破壊されなければ御の字程度のものであったのだろう。だからこそ、ルルドがこのスティレットを壊せば、着弾を免れる。しかし、それは奴隷としての強制魔術により、行えない。また、それについて助けを求めることすらできない。
「死にたくない死にたくない!! 俺はまだ……」
そんなルルドの豹変ぶりを見て、フローラは一瞬だけ警戒する。だが、腹部の奴隷紋が輝いているのを見て、ルルドが何らかの口封じをされているのだと予測できた。
「助けてくれよ……誰か……」
「この期に及んで貴方は……」
「いやだ……死にたくない……」
「突然泣き喚かないでください。一体何が……」
「ははは! もう終わりだ! もう全部終わりなんだ! “神の槍”が全てを破壊する!!」
まるで狂ったように自暴自棄になりながら、地面で暴れているルルドをフローラは睨みつける。
「神の槍? それは……」
フローラは転生者であるアリッサやパラドイン・オータムと比べて知性が劣っているわけではない。むしろアリッサよりも、後衛役を引き受ける程に周囲の状況判断に優れ、冷静かつ迅速に指示を飛ばせる。
だからこそ、今までの状況を精査し、ルルドの身に何が起きているのかを理解した。
「“グングニル”が使用されたのですか? 着弾点はどこです! 答えなさい!」
だが、フローラの呼びかけに対しても、ルルドは暴れて譫言を叫んでいるだけで答えない。そうしている間に、空を見上げればわずかに雲の合間が瞬いたように見えた。
ここでどこにマーカーがあるのかというのを特定することができれば早いのだが、フローラにその術はない。対魔術戦において、長距離兵器が使用されて問題となるのは一発目である。二発目以降は、感づいた魔術師に迎撃される可能性が高い。
だからこそ、一射目を防げば、何とかなるのだが、今この状況に感づいているのはフローラを置いて他にいない。もし、この場で逃げ出せば、この首都リンデルは、半年前のリリアルガルドと同じような被害を受けることになる。
「そんなこと……させない!」
フローラは歯噛みをしながら、防具にもう一度魔力を通し直し、全システムを起動させる。フローラのレベルは確かに60を超えているのだが、それでも、長距離兵器を防げるかどうかはわからない。
それでも、今やらなければ、大勢の人が巻き込まれてしまう。フローラは聖人ではないにしても善人である。だからこそ、ヒーローのように気が付いたときに体がすぐに動かないにしても、冒険者としての経験や覚悟から、恐怖を飲み込み、動き出すことができた。
ブーツの効果を脚力強化から飛行デバイスに切り替える。その瞬間、ブーツにつけられた魔石が輝き、足元から僅かに宙に浮く。そのまま地面を蹴り飛ばすような感覚で踏み込めば、体全体が加速し、一気に上空へと打ち上げられる。
シュテファーニエから教えてもらった“神の槍”の原理はいわゆる、長距離弾道弾というモノである。楕円軌道を描く魔術砲弾を破壊するために最適なのは、落下体勢に入る前に打ち落とすことである。だが、遅れて飛び出したフローラがそれに間に合うはずもないため、今回は落下してくる超高速物体を打ち落とす必要が出てくる。
フローラは自分の体が空気を切り裂く感覚の中、その事実を理解し、歯噛みしながらも魔術杖を前に向けて進み続ける。チャンスはすれ違う一度切りしかない。
フローラは僅かに瞬いたと感じた瞬間には詠唱していた魔術を発動させ、空気を爆ぜさせる。
それは何もない上空で黒煙と爆炎を伴いながら爆ぜ散り、寸分の狂いもなく降り注いでくる金属の杭に命中し、真横に弾き飛ばす。杭は縦方向に回転しながら飛んでいき、まともな軌道を描くことはないように見えた。だがしかし、その表面に傷はなく、僅かに焼き色がつく程度で、元から空力加熱で赤熱していたものと同様に見える。
さらに不幸なことに、一度回転して軌道がずれたと認識した杭は即座に体勢を整えたかと思うと、まるで何かにめがけて飛んでいくかのように、再び直線軌道で落下を開始したのである。
一度の停止で威力は落ちたのかもしれないが、それでも落下すれば被害は免れないだろう……。
フローラは一度安堵して撫でおろした胸を振りほどき、急速に方向転換しながら地上に向けて再加速する。そして、即座に巨大な金属杭の側面に張り付き、杖先から光属性の魔術を行使する。
「止まってください————————ッ!」
そして、光属性魔術で強化した杖を振りぬくようにして金属杭に叩きつける。先ほどの爆熱で壊れなかったところから、熱による切断が有効であはないことは明白である。だから今度は、物的衝撃により、打ち壊すことを考えたのである。
そのフローラの予想が的中したのか、衝撃を加えると即座に、金属杭に縦に走るようなクラックが入り、空力により空中分解が始まる。その最中、金属杭の中心部に魔石のようなものが見えたため、フローラは即座に光属性魔術をもう一度行使し、今度はレーザー光で魔石を打ち砕いた。
地上に落下した金属杭の欠片は街全体を覆っている障壁に阻まれ、市街地に落ちることはない。これで、こんどこそ、初撃を防ぎきった……。
————————そう思った
安堵と共に突き抜けて雲が除かれた空の先に、光の瞬きを見るまでは……
発射された金属杭は一つではない。
一定の感覚で断続的に放たれているそれらを見るに、装填され次第、打ち込んでいるように見える。その数にしておおよそ5つ。
一発だけでもあれだけ苦労したというのに、他を破壊できる可能性など皆無に等しい。それでも、打ち落とさなければならない。
魔力残量は乏しいが、自分がやらなければ防げる人間など限られている。
だからもう一度、地面を踏みしめるようにて、フローラは体を空へと打ち上げる。
そしてフローラは、白い法衣としての魔術防具の安全装置を全て解除した—————
ブーツによる飛行デバイスだけでなく、火属性魔術を使用し、反作用で自分の体を前へと押し出していく。杖先を前に出し、加速し続ければ、即座に杖先に発動した光の剣から空気を切り裂く音共に、体全体に燃えるような熱さを感じる。
無事でいられているのは、防具の防護膜のおかげであるのだが、それも自分の魔力が続く限りという制約がある。
だからこそ、短期決戦で、且つ正確に破壊しなければならない。
フローラは杖先の光の剣を構えたまま、落下軌道に入っている金属杭と正面衝突するようにぶつかっていき、二発目を打ち砕く。金属杭は先ほどと同様に、衝撃を与えれば、光の剣の熱で切り裂くというよりは、その魔力密度による武器との衝突でひび割れ、瓦解している。
突き抜けたフローラはそのまま中心部の魔石を剣先で破壊し、方向転換するかのように三射目に向かう。
だがその瞬間、視界が真っ赤に染まりだし、鼻と口、そして耳から血液が噴き出し、空気に溶けるように蒸発していく。
フローラの防具にこのような空中での高速戦闘は想定されていない。だからこそ、想定以上のアクロバットな飛行や、加速を行えば、レッドアウトやグレイアウトといった人体影響が出ることは必然である。
それでも止まることは許されない——————
「アリッサなら————————ッ!!」
フローラは奥歯を噛みしめ、次なる目標に向けて再加速し、落下軌道に入っていた三射目の金属杭の横腹を打ち砕く。そして、体を折り曲げながら方向転換し、光属性魔術で露出した魔石を破壊した。しかしながらその影響で背骨や頸椎に嫌な音が鳴り、吐き気やめまいも誘発した。
それでも、嫌な唸りを上げるブーツの魔石を再点火して、慣性で弾き飛ばされたような姿勢から元のリスタート姿勢に戻す。そして、だが、その瞬間に4射目の金属杭が目の前を通り過ぎたため、フローラは慌ててスタート切り直し、高速で落下している金属杭に向けて近づいていく。
しかし、それよりも早く、金属杭は街を覆う障壁に激突し、即座にそれを砕き散らす。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————————ッ!!」
フローラは咆哮しながら縦方向に螺旋回転しながらさらに加速する。その瞬間、防具の保護魔術が魔力切れで消失し、空力熱が一気に体全体を襲う。肌が焼け焦げ、視界を移すメガネにひびが入る。それでも、フローラは止まることなく、残った魔力を絞り出すようにして杖に強化魔術を施し、金属杭が地面に落下するよりも早く、空中で衝突する。
横に振りぬいた杖は衝突と同時に折れ砕け散る。不幸なことにそれだけでなく、無謀な衝突は両腕の骨が嫌な音を立てて砕き、両腕から血と肉と共に噴出させた。
だが、先ほどまでの攻撃でおおよその魔石の位置はわかっているため、それでも、殴打した衝撃だけで金属杭を破片ごと吹き飛ばすと同時に、魔石にヒビが入れ、破壊に成功する。
だが、これが限界————————
フローラの魔力は既に底をついており、飛行する力すらも残っていない。それどころか、真っ赤に染まった視界が意識を朦朧とさせ、巨大な金属杭を弾き飛ばした反作用で体は大きく弾き飛ばされ、弧を描くように地上に落下していく。
フローラが薄れゆく意識の中で見たのは、打ち落とし損ねた最後の一本の金属杭が地表に向けて降り注いでくる光だった。
「ごめんね……みんな……」
そう、最後に言い残し、フローラの意識は真っ白に染まっていった—————
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