第8話 集う少女たち
翌日、フローラは車椅子に乗せられ、王城を訪れていた。骨折した頸椎や両腕などは治療魔術で回復しているが、完全とは言えない。それは、脳や内臓に負荷をかけたせいでもあり、失われた血液や体力が戻っていないせいでもある。
特に重症だったフローラの傷は、癒えているが、先の理由により数日のリハビリが必要なレベルまでの傷を負っていたらしい。フローラが乗る車椅子を押しているアリッサに関しても、過去に心臓を打ち抜かれた際に半日ほどまともに動けなくなったため、現在のフローラの状況を何となくだが理解していた。
二人の隣を歩いているキサラに関してはどことなく不満げであり、同時にフローラに対して申し訳なさそうな苦心の表情を浮かべていた。
「すみません……わたしが寝ていたばっかりに……」
「別に気にしていませんよ。夜通しでマーカーを破壊していたのはキサラさんじゃないですか……」
「それでも、一つだけ、破壊し損ねました……」
「あれは……まぁ、不意打ちみたいなものでしたし、目を瞑るべきものです」
「まさか、スパイが持っているナイフがマーカーの役割を持っていたなんてねー。金属杭に押しつぶされたナイフを見たときはお腹を抱えちゃっちゃよ」
「笑い事ではないのですよ。それに、アリッサ! 戻ってきているのならそうと、早く行ったらどうなのですか!」
「そんなこと言われても、戻ってきたのは本当に昨日だし……目を開けたら、フローラが血まみれで落下してたんだもん。どうしろと?」
「あぁ……あの時に……」
フローラは朧気ながら、自分が最後にアリッサのことを強く思ったという事実に、羞恥のあまり顔を伏せた。ユリア・オータムからの事前説明では、アリッサが戻ってくるタイミングが、『誰かがアリッサの帰還を強く望んだ時』と言われていたため、自分がそれに該当してしまった事実に気づいてしまったのである。
「どうしたの、フローラ?」
「いえ……なんでも……ありません」
フローラはひびが入ったメガネを直す素振りで誤魔化しながら、咳払いをして誤魔化した。
「それより、今後についてです。アリッサの帰還は喜ばしい点としても、今回のフローラの行動で、王宮側がこちらを招致したのです。どのような要求をされるか、警戒をしなければなりません」
「姫様の命令とはいえ、王都上空でド派手に暴れたもんねー。姫様が血糊のついたボロボロ防具を見て絶句してたし……」
「防具に関してはあちらの落ち度なので気にすることではありません。むしろ、フローラに関しての風当たりの方が重要です。いまや、救国の少女としてマスコミに騒ぎ立てられているのですよ」
「やめて……恥ずかしいから……」
「まぁ、王国側は無理やりにでも引き込もうとするだろうね。支持を得られるし……」
「だからこそ、困っているのでしょう……。アリッサ、謁見の間に着く前に、何か妙案はないのですか……」
「うーん、妙案かぁ……」
アリッサは顔をしかめながら思考を巡らせる。このままでは、少なからずギルド『月のゆりかご』を利用しようとする組織が出てくる。それはブリューナス王国のみならず、エルドライヒ帝国も、金を積んでくる可能性は大いにある。
そう言ったゴタゴタに巻き込まれることは三人の総意ではなく、高度に政治的な事情に顔を突っ込むのは、荷が重い。そのため、それを防ぐためには、自分たちの評判を地に落とすか、もしくは……
「いっそのこと、姫様の私兵ってことにしてもらう?」
「それはダメ……私たちは自由であるべき……」
フローラの強い否定に、アリッサは苦笑いしつつ、言葉を変える。
「そうじゃなくて、姫様お抱えのギルドってことにして、私的な依頼以外……つまり、国からの依頼とかは姫様を通してもらえばいいんじゃないかなって……」
「そんなこと、できるのでしょうか。王族とはいえ、姫様は第三王女という立場があります。公爵家などのトップではないのですよ?」
「だって、どこに所属しているか浮ついているから、面倒になるじゃん。だったら、今回の一件の責任を取ってもらう形で、依頼主に押し付ける方が早いじゃん」
「おい、それは聞き捨てならないな。一同諸君————————」
幼い声がして三人が前を振り向くと、そこには護衛を引きつれているシュテファーニエが、眉間にしわを寄せながら立っていた。
「まったく、支給した防具を半損させたかと思えば、こちらに子守を依頼するなど……何なんだキミたちは……」
「学生ですね、姫様————————」
「はいそこ! 正論言わない。大体、キサラ……こんな大事な話をギルドマスターなしで決めていいのかね」
「わたしがギルドマスターですがなにか?」
「そ、そうだったな……」
シュテファーニエは顔を引きつらせながら、同意する。シュテファーニエにしてみれば、スナック感覚で、人生の主導権をこちらに丸投げされたと同義であるため、動揺せざる負えないのである。だれでも、友人の命綱を握りたくはないモノである。
「まぁいい……政治的な面倒事を嫌うというのであれば、引き受けてやる……。だがしかし、今回はそうもいかないぞ……。なんせ、悪目立ちし過ぎたからな……王国側も、何らかの褒美を与えなければおさまりが付かない。式典などはこちらで手を回して無視できるが、こればっかりはどうしようもない。なんせ、国民が納得しないからな」
「プロパガンダ恐ろしや……」
「高度に洗練された情報による民意の誘導と言ってくれたまえ……。これでも、情報規制をかけた方だ」
「感謝いたします。シュテファーニエ様」
三人の前に躍り出たシュテファーニエに対して、フローラは車椅子の上から頭を下げる。シュテファーニエはため息を吐きながらも嫌がっているようには見えなかった。
「それで、褒美の件なんだが、事前に聞いておこうと思ってな……。キミたちのことだから、成果に見合わないものを要求しかねない」
「それは謙遜している、という意味ですか? それとも逆ですかね」
「アリッサ……それは、もちろん、少なすぎる……という意味合いではないでしょうか?」
「二人とも……たぶん、叶えられない望みを言われても困るからって意味だと思うよ?」
「今回に関してはフローラちゃんの言う通りだ。でも逆に、あまり過小評価をされると、今後面倒を見ていく私が大変になる……」
「あぁ、それなら、大丈夫ですね。望むのは、そのスパイの『ルルド』って人の身柄ですから」
「ふむふむなるほど……」
シュテファーニエはアリッサの言葉を受けて、褒美に関してのメモを取る。だが、何かに気が付いてそのメモ帳を即座に床に叩きつけた。
「——————っておい! なにが大丈夫だ。これっぽっちもまともな報酬じゃないか!」
「だって、金銭とかトラブルの元ですし……」
「キミたちはいいのか! 二人とも彼とは命のやり取りをしたんじゃないのか?」
「だって、一番の被害者のアリッサが提案したことですし……」
「情報収集できる人材は、いるに越したことはありません」
「彼は軽薄な男だぞ……」
「それはどうだろうね。まぁ、蓋を開けてみないとわからないことだし」
「私の瞳はやつの色を————————」
「知ってるよ、もちろん。でもね……その瞬間の感情たけじゃ見えない事実ってものも私はあると思うからね」
「時限爆弾を抱えて何が嬉しいんだ」
「姫様……アリッサはこういう人間です。考えるだけ無駄ですよ」
「そうですねー。アリッサはやっぱりこうでなくっちゃ……」
「えー、酷くない、二人とも……」
シュテファーニエは一度苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、眉間のしわを手で無理やり直し、ため息を吐きながらも心を落ち着かせた。
「わかった、その件はこちらで何とかする。その代わり、依頼の追加発注だ」
「いいですよ。でも、その前に、王様に謁見しなきゃですね」
「いいか、お前ら! 絶対、変な事しゃべるなよ! 絶対だからな!」
「もー、シュテファーニエ様ったら、流石の私たちでもそんなことしませんよ」
「それが信用ならないから言っているんだが……。はぁ、唯一まともだと思ったフローラちゃんまでこれだとは……」
「何か言いました?」
「何でもない。ほら、いくぞ!」
シュテファーニエは不貞腐れる態度を、背中を見せることで隠しながら三人を先導するように前に進む。その後、平民代表の三人の不適切発言があったことは言うまでもない……
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