第13話 リベンジマッチ


 大歓声が聞こえてきた————————


 土が敷かれた地面を踏みしめて、大観衆がいるトンネルを抜けた光に向かえば、待ち望んだアスティへのリベンジが始まる。

 春先と、初夏……二回の激突はどちらもアリッサの敗北。そして、今回三回目に関してはアリッサに有利なルールなど存在しない。ルールは至ってシンプルに、相手の気絶か、死亡、そして降参のみに絞られる。だから、参加者には当然のことながら、死亡の責任を問わない誓約書が書かされ、アリッサも当然のことながらサインをした。

 つまり、今回の御前試合のルールは正々堂々の正面衝突の為、挑戦者の技量のみが優先される。


 そのことを理解していながら、アリッサは装備の最終確認をする。今回は、冒険者用の簡易的なものではなく、その上から取り付けられるララドスからかつて受け取ったネイビーブルーにカラーリングされた金属製の軽装鎧。防具の効果である程度のレベルはブーストしてくれているだろうが、それでも自称魔王のアスティにはまだ及ばない。

 だから、相手を倒すために、金属バットを主力武器ととしてマジックバックの取り出しやすい位置に収納し、前回の意趣返しの為に灼熱剣改とピッケル型魔術杖を腰の後ろに初期装備として取り付けた。レベル帯に合わせたアップデートを施したため、試合前に動作確認をして、問題なく動作することを確認している。


 アリッサは最後にそれらを指差呼称で間違いなく取り付けられていることを確認して、自分の両頬を叩いたのちに熱気の中心へ向けて歩き出す。だが、案の定、アリッサが出てきたときの歓声はそこまで大きくはなかった。どうやら、先ほどのアスティの登場時の歓声に全て吸われたらしい。加えて、早朝の試合ということもあり、客入りが少なく、そしてなにより、消化試合と思われているからであろう。

 そう、誰もが、この試合が今大会の事実上の決勝戦と言われるような激戦になることを知らない……



 アリッサがだだっ広い円状の中心にたどり着くと同時に、観客などを保護するための結界が展開されたことを感じ取る。学生同士の時のものよりも強力なため、並大抵の攻撃では揺らぐことすらない。

 これらの空気に慣れていないアリッサは当然のことながら緊張はしていた……が、しかし、肝心の対戦相手であるエニュマエル・アーストライアことアスティがこちらを向いていなかったため、その緊張は自然と腹の底から湧き上がるような怒りへと変わりつつあった。

 アスティはアリッサが目の前にいる気配を感じ取りつつも、一つの場所を見つめて視線を外さない。アリッサがそちらの方を見ると、そこはこの闘技場の特等席であり、遥か高い場所にいるVIP席であった。アリッサの視力で見えたのは老人とその左右にいる国王や各国の重鎮と思しき人物。要するに、ブリューナス国王だ。こちらを静かに見据えている老人に関しては、この国の建国者にして2000歳を超える人間とは思えない化け物……かつて、魔王を倒したという剣王クライム・ブリューナスだ。


 だからこそ、アスティはそこを指さして、まるで「ここまでたどり着いたぞ」と言わんばかりであった。アスティもまた、再戦をするために、この場にいるのかもしれない。優勝して、その報酬として剣王に挑むために……


 けれども、アリッサはそれを許せなかった。


 まるで自分が踏み台ぐらいにしか思われていない事実に対し、弱者ながらに怒りを覚えたのである。だからこそ、静かに灼熱剣を抜きつつ、地面に突きつけてわざとらしく音を鳴らした。


 「対戦相手はこっちにいるんだけど? いつまで届きもしない場所をみているのかな」

 「届かない? いいや、もう届いているさ……。2000年も待たせたのだ。奴との試合を悔いの残るような最低な喧嘩にはしない」

 「だからさ……その前に私がいるんだけど……」

 「あぁ……すまない。手早く終わらせるから、どこからでもかかってくるがいい。ハンデに遠距離魔術は使わないでやろう」

 「はぁ……。そういうとこ、ほんっと変わらないね……」


 それ以上、アリッサは何もしゃべらなかった。喋れば、しゃべるほど、イライラして集中できなくなりそうであったからだ。だから、未だにこちらを見ようとしない彼に一度背を向けて距離を取り直す。

 そして、審判の方を見つつ、開始の合図を待った。そうして、待つこと数十秒後、動こうとしないアスティに痺れを切らした審判役が笛を一度強く鳴らす。

 それを聞いてようやくアスティはこちらの方を向き直る。改めてよくみると、やはり、アストラルは相変わらずで、不調などは見られない。眉下や耳、襟足は首元まで伸びている漆黒のような黒い髪。他人を睨むように鋭い深紅の瞳は、見ているものを威圧し、服装は着崩しているのか、わざとらしく襟を立てている。体系は服の下からでもわかる程度には鍛え上げられており、身長もアリッサよりは、頭の半分程度は大きい。

 体格も実力も、何もかもが負けている相手……それがようやくこちらを向いた。



 そう思ったとき、二度目に笛が長く鳴り響いた。この警笛は試合開始の合図だ—————



 刹那————————


 アリッサの視界からアスティが唐突に消える。やはり、速攻で決めるという宣言通りに、短期決戦で終わらせるつもりらしい。アリッサはそれらを理解しながら、無詠唱で、『フィジカルアップ』『フィジカルハイアップ』『マインドエンハンス』『マインドハイエンハンス』を同時に瞬間発動させる。詠唱から発動までのラグは全くと言っていいほどなく、元聖女であるユリア・オータムからも「気持ち悪い速度」という酷い誉め言葉を貰った超高速魔術発動。


 その武器を活かし、アリッサはもっていた灼熱剣を軽く横薙ぎに振るい、何も見ずに相手に叩きつけた。甲高い音が鳴り響いたかと思うと、遅れて圧縮された爆風が駆け抜け、相手の姿が露わになった。

 アスティはアリッサが自分の剣に反応し、武器を叩きつけたことに驚いているというよりはむしろ、感心しているといった具合であり、相変わらずにアリッサの神経を逆なでして止まない。


 通常のレベル差であれば、アリッサの方が体格やパワーが劣るが故に、正面衝突でぶつかれば負ける……が、しかしそうなっていないのは、アリッサが幼いころから父親に受けた武術指導によるものである。たしかに、武器をぶつけるトップスピード同士なら負けるのだが、それがまだ加速途中であればどうだろうか……

 剣を振るうのも、槍を出すのも、初動は0から始まる。そこからの加速がモノを言うのであるが、それが途中であったり、減速中であったり、作用点がずれていたりすれば、100%は発揮されない。つまり、本来衝突する場所やタイミングがずれるだけで、全身で振るう武器の威力が減衰し、アリッサでも打ち合えるレベルにまで落ちこむ。まさに、恵まれない体格であるアリッサという弱者が身に着けた武術。



 それが、目の前の魔王には理解できない。

 天性の体幹で武器を振るえば、自ずと武器は性能を十二分に発揮する。しかし、目の前の少女と対峙した時だけそれが上手くいかない。まるで、意図的に体のバランスを崩されているような感覚。

 幾度となく武器同士をぶつけてようやく違和感に気づく。


 足捌きが、剣捌きが、重心の動きが……。全てこちら側が不利になるように動いているという事実に……。


 以前の打ち合いでは、向こうも短期決戦で挑んでいたが故に感じられなかった積み重なるような負担の数々……。無茶な動きを強いられるが故に、体の負担が増大し、アスティのスタミナは予想以上のペースで削られていく。

 まるで、彼の弱点が、かつての病弱を引きずっているスタミナであることを見透かされているかのように……



 加えて、赤熱したアリッサの武器を受けるたびに、武器の素材に関係なく、自分の剣が壊れていくような感覚……。長く打ち合えば打ち合うほど、刀身が喰われているかのように焼き付いていく。

 敵の武器を峰の凹凸に噛ませて折るのがソードブレーカーならば、こちらは、打ち合うたびに本来想定していない熱量を相手の武器へと伝導させ、内部応力たる歪みを生み出して壊す武器に他ならない。

 

 初撃から何度も何度も武器を重ねるたびに実感していく焦り———————



 それらは段々とアスティの動きをより単調にしていき、アリッサのペースへと引き込んでいく。


 アリッサはその事実に気づきながらも、武器を振るい続けた。派手に動き回りながら突進を繰り返しながら武器を振り回すアスティとは対照的に、初期位置からほとんど動かずに、最低限の足捌きのみでいなし続ける。

 たまに訪れるチャンスに関しては深く踏み込んでより長い時間、相手の武器に灼熱剣の熱量を伝導させる。そうして三十回を超えたあたりから、相手の武器にも不自然なまでの白煙が漂い始める。


 その事実に気づいたのか、アスティの方も、自分の武器をクールダウンさせるために、一度距離を取って、こちらを警戒するような体勢を取り始める。


 アリッサはそれを見てまるで落胆するかのようにため息を吐いた。そして、魔術で温度を上げていた灼熱剣を地面へと突き刺し、温度上昇の術式を解除した。それでもなお、しばらくは赤くなっているのだが、アリッサはそれを再び手に取ることなく、邪魔にならないように蹴り飛ばして会場の壁際に吹き飛ばしたのであった。


 その動作に一番驚いたのは、観客ではなく、アスティの方であった。目の前のアリッサはこのまま耐久戦に持ち込めば押しきれたかもしれない。しかし、それをまるで不要だというかのように投げ捨てたである。


 「何故だ……このままいけばお前が……」

 「ハンデをされたままで勝っても嬉しくはない」

 「ほぉ……何を言っているのかわかっているのか?」

 「もちろん……私はあなたに魔術勝負で……いいや、得意分野を総動員したあなたを真正面から叩き潰す」

 「そんなことができるとでも?」

 「できるさ……。だって、アスティ……弱いもん———————」


 まるで、相手を子バカにするように口元をわざとらしく手で隠しながら笑うアリッサをみて、アスティは眉をしかめた。

 レベルも、魔術知識も、何もかもが自分よりも劣り、護る対象であると考えていたアリッサから言われた言葉が、彼なりのプライドに突き刺さる。


 「貴様……言葉の意味を理解しているのか……」

 「もちろん……。だから、ここから先はこっちも手加減せずに戦ってあげる。そのお粗末な闘い方が剣王に通じるはずもないし、出直した方がいいことを教えてあげる」

 「いいだろう……。だが、後悔するな。力を解放したオレはお前が想像する遥か上を行く」

 「あっそ……—————で、だからなに?」


 アリッサは、静かに笑いながら、マジックバックから金属バットを取り出し腰の後ろの留め具にセットする。そして、ピッケル型の魔術杖を取り出して、自慢げに鼻を鳴らすアスティに杖先を突きつけた。


 「殺すつもりで来なよ。じゃなきゃつまらないから……」


 アリッサは強気な態度こそ取っているが、自分の不利は承知であった。それでも、真正面から戦って、文句がつけようがない勝利をしなければ意味がない……。あの高慢な顔に泥は濡れない。

 だからこそ、相手の提案したハンデを蹴飛ばしたのだ。



 だが、それは今まで有利に運んでいた形勢の逆転を意味する。


 現に、距離を離していたアスティが浮遊魔術で自らを浮かせ、中空からこちらを見下ろすと同時に放った魔術……。それは、赤色の巨大な魔方陣が展開したかと思うと、アリッサを包み込めるほどの無数の赤黒い火球が隕石の如く無数に降り注ぎ始めた。

 それを見た瞬間に、背中に汗が伝うような感覚……。自らの死を予言するかのようなアリッサの『虫の知らせ』という特異能力。

 目の前の魔王は間違いなくこちらを殺すつもりで来ていることがすぐに分かった。



 「でもそれぐらい……モンスター相手じゃ当たり前なんだよね……」


 アリッサはアスティに聞こえないぐらいの小声でつぶやきつつ、狭いフィールドを走り抜ける。地面を抉るような衝撃と、熱風が肌を焦がすが、それらを厭わずに、縦横無尽に、まるで戦場でスケートダンスをしているかのように、全てを回避していく。


 連弾を撃ち続けても無駄だと判断したのか、アスティは即座に次の行動に移る。瞬間転移をしてアリッサの移動ルート上へと先回りし、まるで脇腹を穿つかのような手刀を放ってくる。

 でもそれは、数秒前にアリッサは『虫の知らせ』により、予知している。相手がどんな攻撃をしてくるのかなどといった未来視ができるわけではない。しかし、相手の思考パターン、相手の初動などを、まるで幾千回も対戦したかのように条件分けし、最適解を掴み取る動作を繰り出す。


 だからこそ、相手の突き刺すような腕の攻撃を左腕の大振りによる、手の甲で弾き飛ばすことができた。そして、弾き飛ばされてがら空きになっているアスティの胸元に向けて、杖先を構えて、即座に魔術を発動。

 圧縮された魔術弾が発動したアリッサすらも巻き込む形で解き放たれ、相手が防ぐために瞬間展開した薄い魔術壁と衝突する。


 数か月前までならばこれで防げていたはずの弾道……だが、今はそうもいかない。むしろ、アリッサが自分の魔力で遅れて展開した魔術壁により、さらなる圧縮を加えられた逃げ場のなくなった爆発は、油断をしていたアスティの方の壁だけを容易に食い破り、純粋な爆発のみを届かせた。

 しかし、レベル100を優に超えているアスティの体にはかすり傷程度しか付けることができず、土煙を抜ければそれ以上は何もない……。


 ——————そのはずだった。


 アスティがバックステップをしながら、土煙を抜けるとほぼ同時に、薄桃色の瞳を見開きながら、左手で鈍器を振りかぶったアリッサが飛び出して来る。

 だが、まるであの爆風の中を平然と抜けてきたような彼女に驚きつつも、アスティは自身の右手で持っていた剣の腹で受け止める。


 アリッサは受け止められたことを理解した瞬間に、即座に魔術を発動し、『ベクトルを操作』した。それは自分の体に対してではなく、相手の受け止めた武器に対して……


 金属バットで振り下ろすように殴りつけたにもかかわらず、水面のような静かな音が鳴り響く。だが、それも一瞬のことであり、受け止めた剣はまるでアスティの右手から逃げるように意図せぬ方向へと飛んでいく。

 アリッサが施したのは叩いた衝撃を長手方向への回転前進運動への変換だった。元より受け止めるために強く握っていなかった剣は、生み出されたトルクと剣先へ動こうとする力に握力が負けたため、アスティが手放したかのように手からすり抜けたのである。


 あまりに意図せぬことが起こったため、アスティは僅かに動揺したが、即座に後方へ空間転移をしてアリッサと距離を取った。

 だが、転移した先で、着地と同時に、既にアリッサが目の前にいた—————



 それは、転移先を予測していたかのような現象————————


 アスティは歯噛みをしながらも、至近距離で肉体を使った白兵戦に移行する。だが、ここでもアスティの攻撃は届かない。まるで、動きを全て手に取るように読まれているかのように、動こうとする予備動作の段階で全て潰される。


 右腕を振り上げて拳を出そうとすれば、それよりも速く、避けらない姿勢になった瞬間に魔術弾が右肩で爆裂し、強引に体勢を変えられる。足で回し蹴りを放とうとすれば、足先がアリッサにあたるよりも早く、振り回した足の太ももに向けてバットをぶつけられ、骨が軋みを上げて砕けたような音が鳴り響く。


 決して、アリッサという少女が速いわけではない——————


 それなのに、自分の攻撃が届かない。強い衝撃を受け流すのではなく、全てが予備動作の段階で潰される。なにもできない。何も動かせない。それはアスティからの攻撃だけでなく、アリッサからの攻撃もまた同じである。

 肉体で受けようとすれば、動作による予測以上の衝撃が走り抜け、いともたやすく骨を砕かれる。幸いなことに、避けれない速度でもないため、回避に徹すればどうということはないが、それはアスティ側の攻撃手段を失うということに他ならない。

 そして、避け続けていると、いつの間にか回避できない体勢になっていて、防御をして腕を折られてしまう。彼女と闘っていると、全てが彼女のペースになっている。



 『アーツチェインリボルバー』———————


 アリッサの友人であるフローラが命名した『ブラストチェインリボルバー』の派生系であり、攻防をブロックごとに区切り、幾千万という選択肢から相手を崩す動作を誘発するアリッサならではの武術。術中にハマれば、相手はどんな動作をしようともアリッサに有利な動きをせざるを得ないような状況に陥っていく。

 アリッサが嘆きの森で生き抜くために進化させた武術は、人間においても有効であった。自分よりもパワーやスタミナ、スピードが上の相手の全開を封印し、自分はその少し上を行くだけで、相手を叩き潰す。幼いころから体に叩きこんだ体の使い方と、アリッサの高速思考能力が合わさってようやく成し得た彼女ならではの闘い方……。


 それらに不利を感じたアスティは、白兵戦を切り上げて一足飛びで届かない空中へと退避し、自身の砕かれた骨を闇属性の治癒魔術で修復する。

 そしてそれと同時に、ドーム状の結界内を埋め尽くすかのような水の濁流を生み出し、アリッサを飲み込ませた。


 空へと逃げる手段を持たないアリッサに避けられるわけもなく、迫りくる濁流に襲われることが必須であるように思えた。だからこそ、地面を蹴り上げて回避しようと考えたが、濁流と同時に降り注いでくる土の槍の流星群と、それらを消し飛ばすように散らしていく落雷を見た瞬間に、『上へ逃げる』という選択肢はなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る