第12話 それでも彼女は立ち止まらなかった


 アリッサはシュテファーニエに招かれ、城下町の喫茶店の個室にて、ここ数日でキサラの身に起こったことを聞いた。逆に、アリッサはシュテファーニエの質問に対して、個人の隠したいことを伏せつつ、できうる限りの共有を行った。

 それもこれも、不自然なまでにシュテファーニエがアリッサを信用し、腹の内を全て打ち明けてくれたからである。

 アリッサは、飲み慣れていないが故に味のよくわからない紅茶を飲み、シュテファーニエの様子を伺いつつ、会話を続ける。


 「じゃあ、キサラさんが遭遇したのは、やっぱり、キサラさんの師匠で間違いはないんですね」

 「本人も言っていた通り、そうなのだろうな……。話し合いでなんとか平和的に解決できそうであれば仲裁もはいるが……。なんというか、アレは割り込める余地などなかったように思える」

 「うーん……たしかにキサラさんは武士の血というか……義を重んじる傾向がつよいですからね……。恐らく相手も……」

 「そこが理解できないのだよ。二人とも、憎しみといった怨嗟はこれっぽっちも感じられなかった。だが、実際の二人は、さも平然とお互いの喉元に武器を突きつけて、『立場が違うから』という理由のみでぶつかり合う……まったく、異次元の種族を見ているようだ」

 「それが、キサラさんのいいところであり、悪いところでもあるんですけどね……。キサラさんは……相手がどうあれ、自分の信じる正義に対して、ものすごく実直で……それでいて、繊細なんです。きっと彼女は、正義のためならば、師匠すらも手にかけます……。このことが正しいのか、正しくないのかはわかりませんが、いつかはきっと……」

 「そんなことはわかっている。だから、重要なことは、この問題をどう解決するのか……ということに他ならない」


 シュテファーニエの問いに対し、アリッサは少しだけキサラの思考をトレースする。彼女ならば何を考え、何を成そうとするのかを……。そうして、一つの答えを導き出す。


 「たしかに、姫様から見れば、キサラさんが師匠と対立することは不自然に思えるのかもしれません。ですが……キサラさんにとって、彼はきっと、『過去の人』なんじゃないでしょうか……」

 「いっている意味がよくわからんな……」

 「つまり、キサラさんは今の居場所を大切にしているということです。それは師匠に傾倒するよりも強く……。だからこそ、それを犯そうとしている師匠に武器を向けられる……。その先で、手にかけるか否かは彼女次第ではあるのでしょうけど、キサラさんはなんだかんだで優しいですからね……」

 「まぁ、それには同意だな……」

 「ちなみにこれはキサラさんの師匠にも当てはまると思いますよ。彼も自分の忠義にしたがってキサラさんに牙を剥く……。これは避けられません」

 「ならば、互いの立場を平和的にできたのならどうなる?」

 「手を握ると思いますよ。可能ならば、の話になりますが……」

 「手痛いな……。どうあれ、両国の民意は対立に近づきつつある。できるだけ少ない犠牲で終わらせられることが好ましい限りではある」

 「戦争にならずとも、二次被害で飢餓や貧困が起こる可能性は否めない、というわけですね」

 「あぁ、全くもってその通りだ……」


 その時のアリッサの視界に映ったのは、ティーカップの水面に映る自分を眺めた第三王女の姿……。それは、初めて会った時のような気軽な印象とは裏腹に、自分の立場を理解しているようにも見えた。


 「姫様は、キサラさんを闘わせるべきだと思いますか?」

 「何故それを私に聞く……。それはキミが一番理解しているだろうに……」

 「そう……ですね。後々面倒になるのはごめんですから……」

 「わかっているじゃないか……アレの色はまず間違いなく、戦闘民族だ」

 「……色?」


 あまりの唐突なワードにアリッサは理解できずに首をかしげる。それを察してくれたのか、それと、アリッサの表情がわかりやすかったのかは定かではないが、シュテファーニエはすぐに言葉を続けた。


 「あぁ、すまない。それについては言ってなかったな……。私の眼は特別製でね……。他人の色が見えるんだ……。主な役割は、自分に害を為すか否かの判断だが、慣れればわずかな違いで行動理念も判別できる、というわけだ……」

 「なるほど……。あぁ、だから、私をキサラさんと同じだと判断したんですね」

 「まぁ、その通りなのだが……」


 シュテファーニエは思わず言いよどんでしまう。何故ならば、彼女の視界に映るアリッサという少女は、一片の混ざり気のないほどに真っ赤であったのだから……。しかも、それでいて透き通るようであり、向こう側まで覗けるほどに綺麗であった。

 ふと、魔眼を閉じて普通の視界に戻してみれば、そこには不思議そうな顔でこちらを見つめるセミロングの茶髪に薄桃色の瞳をしたわずかに幼さが残るアリッサがいる。地味な外見からは似ても似つかないほどの深淵に満ちた内面であったことは間違いない。


 「なーに、キミが私に害を為す存在ではないから、こちらに引き入れた、ということだ」

 「なるほどなるほど……。たしかに、一国の姫様に喧嘩を売る気はないですね」

 「売られても、この通りに貧弱だから困るのだがな……」


 冗談交じりに、笑いかけるシュテファーニエに対し、アリッサは表情こそ変えているが、終始どこか心がここにはなかった。それは、先ほどまでのキサラの話が頭の中で逡巡して離れなかったからである。だからこそ、無礼だとは理解しつつも、ティーカップの中の紅茶を一気に飲み干して、真剣にシュテファーニエを見つめ返す。


 「姫様……キサラさんがどこにいるかはわかりますか?」

 「なぜそれを今私に聞く?」

 「いえ……わからなければいいんです。どうしても今夜中に話しておきたいことがあっただけですので……」

 「あぁ、なんだそのことか……。キミも大概にお人好しだと思うのだがね……」

 「そうでしょうか……。嫌いな人はとことん嫌いですよ、私は—————」

 「そう思うのなら、それで構わないさ……。彼女の住所でいいなら伝えるが、どうする?」

 「ありがとうございます」


 その言葉を聞いて、シュテファーニエは適当な紙にキサラの居候先である住所を書きつつ、アリッサに投げて渡した。アリッサはそれを空中で掴みつつ、自分の服のポケットの中にしまい込んだ。


 「さて、そろそろキミも時間があるだろうからここでお開きにするが、最後に尋ねたいことがる」

 「尋ねたいこと……というのは?」

 「なーに、簡単なことだよ。キミは昨今の世界情勢をどう見るのか、ということだ」


 アリッサはシュテファーニエの言っていることを頭の中に一度落とし込んでから噛み砕くように理解する。おそらく、彼女が聞きたいのは、この先どうなるのか、というところであろう。もちろん、未来視ができるわけでもないアリッサにとって、それは単なる予測でしかないことではあるのだが、前世の知識がある故に、この歯車が少しずつ狂いだしている世界情勢の崩壊をわずかながらに理解していることは確かであった。


 「アストラル王国の好戦的な態度。リーゼルフォンド皇国の宗教的な立ち位置の違い。ブリューナス王国の軍事的優位度。そして、エルドライヒ帝国の統一思想……。どの国も様々な思想こそあれ、先の大戦で統廃合された悔恨が拭えていません。だから……遠からず、武力衝突は起こりうると思います」

 「市民の熱狂は冷めやらぬ、というところか……。いっそのこと、小説みたいに悪の国家や国家元首が滅びれば、それで終わり、となればよかったのだがな……」

 「それは無理でしょう……。戦争とはあくまで集団と集団の摩擦で、最終的に生じるモノ……。潤滑油があれば多少なりともマシになるかもしれませんが、どちらにしてもそれは、『犠牲をどの程度少なくするのか』という等価交換を元にした抑止にすぎませんから」

 「それもそうか……。まぁ、いいさ……。どのみち誰かがやらなければならないこと……」

 「どういう意味です?」

 「なーに、近い将来、キミたちのギルド……つまりは『月のゆりかご』とやらに依頼を出すということだ」

 「それは……そうですね。その時はよろしくお願いします」

 「ふむ……。キミたちの組織はそういうものなのだな……理解したとも……。おっと、引き留めて悪かったな。急いで彼女の元に向かってくれたまえ」


 そう言いながらシュテファーニエは出口の方を目線のみで指し示し、アリッサに退出を促した。アリッサはそれに応じ、少しだけ急ぎ足をしながらも最後に一礼して出ていくのであった。


 そうして、誰もいなくなった喫茶店の個室にて、シュテファーニエは少しだけ感慨にふけることになる。彼女も彼女で目的がある。

 それは国の為、という大々的なものもあれば、彼女自身が叶えたい願い、というモノもある。結局のところ、彼女もまた、この未来に陰りが落ちた暗雲の中、手探りで何かを探し求めて歩いているヒトに過ぎないのであった……





 ◆◆◆



 「ここか……」


 夕暮れ時により、昼間の多かった人混みはまばらとなり、伸びていく影だけが異様に感じられた頃、アリッサはようやくキサラの居候先へと辿り着く。後々で見返してみたら、渡された紙には住所しか書いておらず、初めての場所で迷いに迷い、たどり着いたのはこの時間になってしまった。

 それでも目の前のドアにぶら下げられている看板には『営業中』という意味の言葉があるため、時間的にはまだセーフな部類なのであろう。アリッサは、キサラの過去や居候先についてそれなりに本人から聞いたため、ここが一般市民に対する診療所であることを知っている。

 ちなみに、回復魔術が使えるからといって決して医学が不必要となるわけではない。それは、原因がわからなければ回復魔術も膨大な魔力を消費してしまうため、非効率的であり、効果が薄くなってしまうからである。加えて、魔力属性から扱えるものも多くはないため、疫病や、継続的な治療の場合はやはり回復魔術よりも医術の方に軍配が上がる。

 だからこそ、こういった街には少なからず診療所があり、それを国が支援する形で医療体制が整っていたりもする。もちろん、一世紀も遡ると、そうではない地域があったことも事実ではあるのだが……



 アリッサはあまり病気になることがない上に、故郷の村に診療所そのものがないため、こういった場所が物珍しく感じつつ、どう入るべきかを逡巡していた。営業妨害なことはしたくない、という彼女の考えが手を止めてしまったのである。

 そんな時、後ろからまた聞きなれたようなアリッサを呼ぶ声がした。


 「アリッサ? そこで何をしているのですか?」


 アリッサが慌ててドアにかけた手をひっこめて振り向くと、そこには買い物した後であろう紙袋を胸元に抱えたキサラが立っていた。


 「あ、キサラさん。ちょうどよかった……」

 「どうしたのですか? 宿がどこにあるのか、わからなかったのですか?」

 「あ、宿……はとりあえず後でいいや……」

 「失念していたんですね」

 「来たときは覚えてた。でも、さっきまで忘れてた」

 「はぁ……。ちょっと待っててください。これを置いたら、おススメのところに案内しますから」


 ため息というよりは、いつもの表情といつも通りの会話の中で出る彼女の気苦労の声をアリッサは聞き取りつつ、キサラが一度診療所の裏手に消えていく姿を見る。一瞬、どこか遠くに行って戻ってこないのではないかと不安にこそなったが、五分足らずで、彼女は荷物を置いてアリッサの元に戻ってくる。

 アリッサはそっと胸を撫でおろしつつも、誘導するように先行しようとするキサラと並んで歩くように横に立つ。

 そうして歩幅合わせながらも、二人の呼吸がいつもと同じように重なる。それが少しだけ続いた後、口火を切ったのは、何故か、アリッサではなくキサラの方だった。


 「それで、何か聞きたいことがあったのではないですか?」

 「——————え? あぁ、まぁそうなんだけどね……」

 「随分と歯切れが悪いですね……。第三王女殿下から事情は聞いたのでしょう?」

 「それなりにはね……。だからこそ、聞きたいことが一つだけできた」


 ふと、一緒に歩いていたはずのキサラの足が止まった。アリッサはそれに気づいたのち、数歩だけ歩いて、振り向き、キサラの方へ顔を向けた。


 「言っておきますが、心配はいりません……」

 「うん、まぁ……キサラさんが戦うというのなら私も止める気はないから……。だから、聞きたいのはそっちじゃなくて……」

 「アリッサは一体何が聞きたいのですか?」


 顔をしかめるキサラに対してアリッサは少しだけ考えるような素振りを見せながら、頭の中に浮かぶ言葉の数々をまとめ始める。


 「私が聞きたいのはね……キサラさん……。『ちゃんと帰ってくるのか』っていうことだよ」


 アリッサの言葉を聞いた瞬間、キサラの濡羽色の瞳がわずかに見開くが、キサラはすぐにそれを隠すように俯き、自嘲気味に笑いつつ、アリッサを追い越すようにして歩き出す。つられて、アリッサも彼女の背中を追いかけつつ言葉を待った。


 「そうですね……。可能であるのならば、その選択肢を取りたいです」

 「————————できない理由は何?」

 「一つ……彼はわたしの手で越えなければならない存在であること……。一つ、その彼がどうしようもなく強いこと……。この二点が問題です」

 「どうしても勝てないの?」

 「無理ですね……。過去、一度も彼に勝ったことはありません。それは今のわたしでも……」


 坂を上り切り、キサラが立ち止まった先、それはこの城下町を一望できるような展望台の場所だった。彼女は道のないことを承知で沈みゆく夕陽をアリッサと共に眺める。アリッサはそれが美しくそして、同時に儚くも感じてしまう。


 「みんなで挑めば勝てると思うけど、違う?」

 「違わないですね。確かにギルド全員で挑めば勝つことはできるでしょう。もしかしたら、被害を出さずに済ませられるのかもしれません……」

 「そっか……。そうなんだね、キサラさん————————」

 「はい、申し訳ありません……これでは、リーダー失格ですね……」


 少しだけ寂しそうに語るキサラの気持ちをアリッサは読み取る。みんなで挑めば勝てるはずの闘いに挑まないのは理由がある。アリッサはそれを彼女なりに理解した。


 「まぁ、確かに……これはキサラさんの我儘なんだろうね……。護るべき立場があって、護るべき場所があって、護るべき人がいて、護るべき自分の意思がある……。それらを全て捨てないのだとしたら、やっぱり、キサラさんはその師匠に真正面から一騎打ちを挑む」

 「どうしますか? 力ずくで止めますか?」

 「うーん……今回はいいかな……」


 しばしの沈黙が2人の間に流れる。アリッサは何かをキサラに伝えようとして一度口を閉じ、少しだけ悩んだのち、もう一度口火を切る。


 「——————でも、やっぱり……『帰ってこない』のはダメだと思う」

 「またそれですか……。いいですか、アリッサ……。これから行うのは命の奪い合い……それも、相手がどうしようもなく強敵……決死の覚悟で挑まねば……いや、挑んだとしても、勝てるかどうかはわかりませんが、そのような気持ちで挑まねば勝負にすらならない」

 「————————うん、やっぱりそこはわからない」

 「だから————————ッ!!」

 「————————だからだよ」


 声を荒げるようにしてアリッサを怒鳴りつけようとしたキサラの瞳に、冷ややかな眼差しを向けるアリッサの顔が映る。


 「たしかに、殺し合いにおいて、どちらかは必ず帰ってこない……。だからこそ、私は、キサラさんに『負けるつもり』でやってほしくない」

 「それ……は……」

 「ヤマト魂とか、そういうのはいらない。キサラさんはキサラさんのまま、勝つために挑んで、きちんと倒して、きちんと別れを告げてきてほしい。それが例え、殺し合いだとしても……」

 「不可能です……。言いましたよね……彼に、一度も勝ったことがないと……」


 申し訳なさそうに顔を逸らすキサラに対して、アリッサは久しく見ていなかった彼女の弱音だと驚きつつも、それを打ち消すようにわざとらしく微笑み、そっと左手を取って自分の両手で包み込む。


 「私は、一度、独りよがりになって後悔した……。だからね、同じ過ちをキサラさんにはしてほしくない」

 「ダメです……彼とは一人で決着を付けなければなりません」

 「じゃあ、せめて、応援ぐらいはさせてよ……」

 「あなたに何ができるって言うんですか!!」


 キサラがアリッサの手を振り払うように腕を大きく振るう。アリッサは少しだけよろめくがすぐに地に足を付けて、我に返って申し訳なさそうにするキサラを見つめた。逆にキサラはそれを鬱陶しいそうに奥歯を噛みしめて、堪えているようにも見えた。


 「剣術も、装備も、レベルも……全部……彼には及ばない……。このうち、あなたに何ができるというのですか。言葉だけ応援されたところで、鬱陶しいだけです」

 「そうだね……正直に言えば、キサラさんが何を欲しているのか、何が私にできるのか、そんなもの、私にだってわかんないよ……。でもさ、言葉にしなきゃ、もっとわかんない」

 「言葉にしたところで出来ることもない。それはあなたもわかっているはずです」

 「やって見なくちゃ、結果も見えてこない」

 「それはあなたの考えであり、机上の空論です。レベルが足りないのはどう頑張ったって望むべくもない」

 「できるよ……。だって、私……もう少しで100ってところまで来たから……」


 目を逸らしていたキサラの瞳孔がわずかに見開く。それは、いつの間にか抜かされていたアリッサに対する恐怖と共に、理解できないという疑念の眼差し。


 「それは、あなたが異常だからできたことです。それに、レベルを上げたところで装備が整わなければ、それは意味をなさない。自分のレベルに合う装備を使わないと、簡単に壊れてしまう……」


 アリッサはキサラが物寂しそうに自分の腰をさすったのを見て、シュテファーニエから聞いた話を思い出す。話によると、キサラは急速なレベルアップの為に、武器が調達できず、杖に関してはシュテファーニエの慈悲から新しいものを仮で受け取り、剣に関しては昨晩の戦闘時に大破させて予備のナイフ程度しか残っていないらしい。

 新調しようにも、お金と時間が圧倒的に足りない。このレベル帯になってくると、武器のグレードから言って、ワンオフ品以外はほぼ手に入らず、流通すらしていない。それを理解してなお、アリッサは余裕の笑みを崩さない。


 「じゃあ、私が用意するよ」

 「できるはずがありません」

 「できる。私がそう言うんだから、必ずキサラさんを唸らせる装備を作って見せる」

 「無理だと言ってるじゃないですか……」

 「不可能じゃない。1%でもあればそれでいい……。あぁ、ついでに言えば、剣術に関しては、キサラさんは別に劣ってないと思うよ」

 「————————は? 流石にアリッサでもそれ以上変なことを言ったら怒りますよ」


 睨みつけるようにアリッサを見つめ返すキサラであったが、アリッサがそれに対して微笑みかけたのを見て再び表情が困惑に変わった。


 「キサラさんが悩んでいること、当ててあげよっか?」

 「————————当てられるわけがありません」

 「そうでもないよ。たとえばそう……全魔力属性を持っていて、どれも卒なくこなしているけど、どれも中途半端で究極の一に至れない……とか?」

 「————————だから何だというのですか……」

 「図星なんだね……。まぁ、他人の芝は青く見えるだけなんだろうけどさ……。そこが、キサラさんが勘違いしているとこなんじゃないかと思うんだよね」


 アリッサは少しだけ不気味に笑いつつ、鼻を得意げに鳴らしながら、ゆっくりと展望台の崖に近い方へと数歩だけ足を進ませて止まる。


 「ヒントはここまで、かな……。キサラさんが本気で挑んで、その上で『帰ってくる』というのなら、もう少し教えるけど……」

 「何度も言いますが、わたしはあなたと違います。できることと、できないことがあることを知ってください」

 「そっか……じゃあ、さ……」


 アリッサは言いかけた言葉を止めて、キサラの方へと振り返り、白亜の城とキサラを正面に捉えながら、笑みの一切ない表情で、堂々とした態度で大地を踏みしめた。


 「私が不可能を可能にするところを見せてあげるよ」

 「なにをどうするというのですか。何も持ってないあなたが……」

 「確かに持ってないよ……。才能も、魔術に関する知識も、天才には遠く及ばない。だからこそ、キサラさんに言える」


 キサラの視界には、沈みゆく太陽と同じぐらいの輝きと見間違うほど、アリッサの薄桃色の瞳がまぶしく見えた。そんなアリッサは、凛とした表情を崩さないまま、キサラに対し挑みかかるように宣言した。


 「勝つよ———————。明日の試合———————」


 あまりにも唐突で、あまりにも突拍子もなく、そして、あまりにも無謀に見え、キサラは理解できない人物を見るかのように、思わず一歩だけ足を引き、首をわずかに横に振ってしまう。


 「なにを言っているのかわかっているのですか?」

 「そんなの、私が一番よくわかってるよ……。相手はレベル100を超えている化け物の中の化け物であり、魔術の天才。おまけに白兵戦に関しても悪魔のように強い……だからどうしたの? その程度、私は自分の積み重ねてきたもので越えていく」

 「不可能です。事実として、あなたは何度も彼に負けているじゃないですか」

 「だから次は勝つ。あのふざけた表情を、それこそ観客席でふんぞり返っている王様にまで吹き飛ばして叩きつけてやる」

 「理解できません……あなたの考えが……」

 「理解できなくてもいい……でも、これだけは見ていて……」


 アリッサは困惑するキサラに対して、表情を一切崩さないまま、一歩ずつ近づいていき、すれ違いざまに言葉を続けた。


 「可能性があることを、不可能とは言わない———————」


 その言葉を最後にして、困惑して立ち尽くしているキサラを置き去りにして、アリッサは振り向かずにまっすぐ前に向かって歩き出す。

 キサラはアリッサの気配が完全に消えるまで我に返ることができず、完全に太陽が沈んだ水平線をただただ、眺めることしかできなかった。

 それほどまでに、今まで接してきたはずのアリッサが理解できず、人間のようにすら見えなかった……



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