第9話 第三王女の本性
時間を襲撃の少し前まで巻き戻す―――
シュテファーニエはルルドからの情報を受け、林の中を歩いていた。その情報というのが、林の中に狙撃手がいるため、排除するのを手伝ってほしい、というものであった。
そのため、シュテファーニエは最低限の護衛を連れて、ルルドの先導の元、月明りと手元の魔道具の灯りしかない暗がりの木々の中を突き進むことになる。
パーティドレスに身を包んでいるシュテファーニエには荷が重いと思いきや、意外にもしっかしとした足取りで護衛騎士たちに護られながら歩いているようにも思える。
そんなルルドであったが、ある程度進んだところで、立ち止まり、静かにするように周囲へと促す。
「静かに……この奥に誰かいるぜ。気づかれないように行くから、そこで待っててくれ」
「そうか……ところで、ルルドくん。ここにいるのは狙撃手で間違いはないのかね?」
「あぁ……そうさ。情報によると、凄腕の暗殺者らしい」
「そうかそうか……。ならば良かった……」
直後、断続的な発砲音と木々をかき分けるような移動音、そして、魔術を使用した際の光が暗がり故にこちらまで届いてくる。それを見聞きしていたシュテファーニエはあざ笑うかのようにわずかに口角を上げているように見えたが、逆にルルドに関しては、何が起きたのかを理解できずに、隠してこそいるが動揺しているようにも思える。
「この音……何ですかね……」
「はぁ……ルルド君。下手な小芝居はもうやめにしないかい。そろそろ、この件の幕引きを図っても良い頃合いじゃないか?」
「はぁ? 何を……言って……」
「しらを切るのは構わないが、その左手に持っている毒が塗られたナイフをしまいたまえ。理解できない状況に陥ったときに、反射的に逃げる準備をするのは暗殺者としてのキミの悪い癖だ」
「なーに言ってんですか。俺は姫様一筋ですよ」
さも当然のように笑顔で答えるルルドに対し、シュテファーニエは冷ややかな目で見つめ返し、ポケットから手帳を取り出した。
「ポスナーゼン公爵領のザナック出身の亜人種。親は病死とされているが、実際は他殺。冒険者としての活動を評価され公爵の密偵としての任を預かるが、今現在は、エルドライヒ帝国との
シュテファーニエがわざとらしく手帳を閉じると、ルルドは左手に隠し持っていたナイフを隠すことなく、月明りの元に晒す。それと同時に、シュテファーニエの護衛たちは立ちふさがるかのように間に割って入った。
「あれれ、おっかしいなー。きちんと仲間として受け入れられていると思ったのになぁ……」
「何を根拠にそんなことを言っているのかわからない……といいたいが、まぁ、わからなくもない」
「へぇ……聞かせてよ。姫さんの推理ってやつを……」
「推理も何も、キミと私は同系統の能力を有しているようだからな……。もっとも、キミに関しては、生まれついての才能……起源魔術というところだろうね。どこの誰の記憶を継承しているのかは知らないが、見えるんだろう? 人の色というものが——————」
まるで見透かしているかのように無邪気に笑って見せるシュテファーニエに驚きつつも、ルルドは冷や汗をわずかに出す程度で大きな動揺は見られない。ただ、シュテファーニエの言葉に対し、眉がわずかに動いていたことは確かだろう。
「起源魔術? なんですかそれ、聞いたこともないっすね」
「人が生まれながらにたった一つだけ持っている“起源”を行使する魔術のことだ。他にもあれやこれやと誓約こそあるが、キミのような転生者がよく行使する“魔法”のようなもの、と懇切丁寧に説明した方がいいかね?」
「それと俺に何の関係が? 人の色が見える? 意味が分からないんですけど」
能力に関して、未だにしらを切り続けるルルドに対し、シュテファーニエは落胆のため息をつきつつ、言葉を続けた。
「キミ……言動に現れすぎなんだよ。例えばそう、キミは街なかを歩くとき自然にしているつもりなのだろうが、キミのことを奇異に見る人物に対し、進路や視線を逸らすクセがある」
「なんすかそれ……人間観察っすか? 根拠のない憶測じゃないっすか」
「憶測ねぇ……。まだわからないのかい? 先ほども言ったと思うが、二度も説明するのは億劫というものだ」
「なんのことやら……ほんとうに……」
「キミがそう思うのならその演技を続ければいいさ……。だが、まぁ……こっちは初めてキミに接触したその日から、キミが裏切り者であることは見えていた。だからこそ、キミがどうしてここに私を呼び出したのかもわかる」
「ウソですね」
「本当さ……。キミが狙撃手に居場所を伝えたのも、伏兵が他にもいるのも、会場内に暗殺者を数人忍び込ませたのも……全部を知っているとも」
「根拠がないんですよ。アンタの推理には……三流以下だ」
「当然だ。私は探偵でも何でもない。ただただ、事実を言っているだけだとも……。例えばそう……キミの私に対する敵意が最大値になっていること。少し前まではまだかまだかと待っていたようだが、今はこちらを屠りたくてウズウズしているようにも見えるね」
「まさか……さっきのことは……」
「あぁ、本当だとも……性質は僅かに違えど、私もキミのように、人の色というものが見える……。だからこそ、最初からキミの行動は筒抜けだったというわけだ」
爪を弄りながら淡々と話すシュテファーニエに対し、ルルドは未だに信じられないというように、相手を睨みつけている。
「理解できない……。それを知っててなお、どうして俺に接触し続けた。どうして、俺に見透かされるのが怖くない……いや、何故、姫さんの色は……」
「なぁ、ルルドくん。今の私は何色に見えるかい?」
「それは……」
「大方、キミに対しての悪意は一切なく、無邪気に事件を追い求めている、正義感に溢れた明るい色に見えているのではないのかね?」
「やめろ……」
「それが最初から最後まで続いているのだから、キミは気になっている。違うかい?」
「————————ッ!! あぁ、そうだよ! 今の今まで、そんな奴はいなかった。だから、お前のように無効化してくるやつだとは思わなかったさ。これは俺の情報不足だ。認めるとも!!」
「情報不足? 何を言っているんだい? 良く見給えよ。その黄色い瞳の奥底で私のことを——————」
相手を見透かすかのようにしたから覗き込んでくるシュテファーニエにルルドは身じろぎしつつ、彼女のコバルトグリーンの瞳から目が離せなかった。まるで自分を見透かされているかのような気色悪い感触を拭えないまま……
「わけが……わからねぇ……。いや、まさか……そんな……」
「お、ようやく気付いたかい?」
「そんなわけあるか!! ありえない!! それが、ありえるとしたら、アンタはとんだイカレ野郎だ!!」
「酷い言い草だなぁ、まったく……」
「事実だろ!! このイカレ野郎!! お前は俺が殺しに来ていることをわかっておいて……いや、最初から狙いが自分であることをわかっておいて、自分の命すらテーブルにベットしてたってことじゃないか。しかも、その状況を、一番楽しんでやってる……」
「エクセレント! そうさ、私は最初から最後までこの狂気を楽しんでいたとも……だからこそ、キミに対して悪意を抱くこともなかった。なんせ、キミも私と同じ盤上の駒だ。悪意なんてこれっぽっちも抱くことはなかった。むしろ、この状況を作ってくれたことに対して感謝しているぐらいさ!!」
ルルドは自分の右眼を隠しながら、僅かに後退する。まるでそれは、見てはいけない深淵を覗かないように、必死で抗う子羊のように……
「クソ! クソ! なんだって!」
「キミは頼り過ぎなんだ、その能力に……」
「ハハハハ……。とんだ茶番だ、畜生……」
「それで、次は何を見せてくれるんだい、ルルド君」
「そんなの決まっているじゃないすか……」
刹那———————
黒い影のような残滓が舞ったかと思うと、シュテファーニエを護衛していたはずの人物たちの首から赤い鮮血が舞い散り、地面やシュテファーニエ自身、そしてルルドに降り注いだ。当然、首を落とされた護衛たちは力なく、地面に倒れ伏していく。
シュテファーニエが気付くと、ルルドの横には、小柄な体格に似つかわしくないほどの月明りを全て吸収するかのような漆黒の大鎌を持つ白装束の少女。透き通るように癖のない白髪に、真っ赤に染まった瞳。色白の肌はもはや何らかの遺伝なのだろう。
「遅いっすよ。レムナントさん」
「あなたが仕損じるからでショウ。責任はそちらにあるはずデス。それよりも、警戒すべきは彼女かと……。護衛は斬った感触がなかったデスから……」
レムナントと呼ばれた白髪の少女が独特な口調でしゃべりながらもう一度武器を握り直した瞬間。先ほどまで地面に倒れていたはずの護衛の死体が解けるように影となって消えていく。シュテファーニエはそれをため息交じりに手に持った魔道具で回収していった。
「これで、状況はこちらが不利か……。もとよりこちらには一人しかいないのだが……」
「なるほど、影法師で誤魔化していマシたか……」
「いいや違うぞ。レムナントとやらさん。これは遠隔での映像を見せる役割も持たせている。だからもうすぐ、本当の護衛が駆け付けるとも」
「おいおい、姫さん。それまで何分かかると思ってるんだ? インスタント食品が出来上がっちまうまでには、アンタを料理し終えているはずだぜ」
「たしかにそうだな。ルルド君ならまだしも、そこのお嬢さんを相手するのはこちらには荷が重い……」
「そうかい。なら、これ以上の言葉は不要だな。やっちまってください、レムナントさん」
「あなたに指図される謂れはないデス」
表情一つ変えず静かに相手を見据えているシュテファーニエに対し、レムナントと呼ばれた少女は彼女を睨みつけるかのように大鎌を構えてジリジリと距離を詰めていく。普通に考えるのならば、レベルの低いシュテファーニエが戦えるはずもなく、一撃で首が胴体から離れることが必須であるように見える。
だが、それでも……そんな状況下ですら、シュテファーニエは笑っていた————
まるで、この状況下を楽しんでいるかのように……。それを見たレムナントとルルドは恐怖を覚えたが、状況の有利がそれを打ち消し、前へと進む勇気をくれる。そして、夏の生暖かい風が両者の間に流れたその瞬間、レムナントは標的の首を刈り取るべく、大地を蹴り上げるのだった……
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