幕間Ⅵ

 アリッサはパラドに毎日のように嘆きの森に送り迎えをしてもらいながら、レベル上げのメニューをこなし続けていた。多少の無茶をしようとも、死ななければユリアが治療してくれるため、全力で取り組める環境下が整っていると言ってもいい……武具の損耗率を考えなければ……


 もしもを見越して、量産性の高い物品を武器に魔改良して使っていたアリッサではあったが、毎日当然の如く壊れる武器を見て、嘆かずにはいられなかった。それらを回収修理してくれているララドスには保証という名のサービスをフル活用しているのだが、それでも散財と言われて仕方ない。

 そのため、三日目を過ぎたあたりから財産的に怪しい状況にまで陥りだしていたアリッサであった。そんな彼女の状況を救ったのは、ララドスのとある一言であった。


 「お前なー、毎日壊されちゃ商売が上がるってもんだよ。どんな使い方したらこうなるんだ……」

 「うーんと……殴ったり殴ったり、魔術を使ったりしてたらこうなるんだよね。勝手に壊れたというか……」

 「武器は勝手に壊れねぇよ……。たく、お前さんのあのバットとやらなら多少はもつかもしれねぇのに……」

 「それはダメなんだよねぇ……。今回は禁止」

 「あぁ、くそ。大切にされているとわかってはいるんだが、歯がゆい……」

 「ははは、ごめん、おやっさん……」

 「謝るぐらいなら、ちょっとは手伝いやがれ!!」

 「手伝って……なにを……手伝えることある?」


 アリッサはララドス並みの加工技術を持っているわけではないため、当然、バイト感覚で出来ることなど高が知れている。第一、あと少ししたら、今日も修行の為に出掛けなければならないため、そんな時間はない。


 「そりゃおめぇ……お前の知恵を借りる以外に何があるって言うんだよ……」

 「デスヨネー」


 アリッサは苦笑いをしながら、鼻息荒くハンマーを振り回すララドスを凝視する。


 「おやっさん。知恵って何を開発するの? 次は荷電粒子砲とか?」

 「そんなわけのわからねぇもんは作らねぇよ……。オレが作るのはコイツだ」


 そう言いながら、ララドスは打ちたての武器をテーブルの上に置き、アリッサへと見せびらかす。それは鍔より下がつけられていない、刀身のみ日本刀……サイズからして脇差といったところだろうか……。以前はキサラに酷評されていたものだが、今度は上手くいったのだろうか……


 「これってあれ? 前に壊したやつ?」

 「それを言われた通りに打ち直したやつだ……」

 「フーン……。でも、キサラさんが批判した点は直ってるじゃん。もう売れるんじゃない?」

 「フン。そこら辺の目が腐りきった冒険者には売れるだろうよ。だが、オレが負かしたいのはあの嬢ちゃんなんだ」


 ララドスは言わずもがなで負けず嫌いである。一度失敗したモノに関しては一切の妥協を許さずに完璧に仕上げようとする。故にこの程度で満足していないのだろう。


 「おやっさんに、女神さまの加護で、打つだけで何でも斬れる刀が作れたら苦労なかったろうね」

 「そんな鍛冶師は儲かるだろうが酷くつまらねぇだろうな。技術は勝手に身について楽だろうが、それだけだ……。一度足りとて自分の満足するものが作れるわけもないだろうな」

 「酷いいいようだね」

 「昔に、ちょっくらあったんだよ……。神に愛された鍛冶師ってやつがよ……。たしかに努力家でいいやつではあったんだが……。やっぱり、見ていてつまらない作品ばかりがそろっていって、それから……」

 「はーい。しんみりした話はここで終わりだよ、おやっさん。その続きは誰も求めてないから……。で、今回は何が聞きたいのさ」

 「あぁ、すまねぇ……。まずは現状の確認だ。自慢じゃないが、こちとら鍛冶師として長い経歴がある。だから、玉鋼に関して、焼き入れ、焼き戻し、焼きなおし、焼きなまし、の熱処理は心得ている。マルテンサイト変態による反りも知識としてあって実際に作れた……それがコイツで、確かに形にはなって、それなりの品にはなっている……が、満足がいかなぇんだ」

 「——————ごめん。言っていることは理解できているけど、おやっさんからめっちゃ科学的な用語が出てきたからビビったし、それ以前に、どうして満足できてないのかこれがわからない」

 「その……なんていうか……。作ったものが、以前、調度品で見た品に比べてなんか違うというか……靭性や組成は間違っていないはずなんだ。折り返し鍛錬も行っている……。それなのに、調度品に比べてわずかに脆く、越えられない」


 脇差を両手に持って震えているララドスを見て、アリッサは呆れていた。だが、そんなアリッサにも良心はあるため、面倒でも、彼の弟子たちによる武器修理が完了するまで会話を続けることにした。


 「超える必要あるの?」

 「あるに決まってる!」

 「はぁ……とりあえず、整理してみれば? 製法は変わらないんでしょ?」

 「変わらないものの試したし、より良い方法も試した。だが、だめだ。こいつは何なんだ……」

 「あっそ……」

 「おい、修理費をまけてやらないぞ」

 「あっはい。答えますよ。答えればいいんでしょ……」


 アリッサはため息を吐きながらも、頬杖をつきながら面倒そうに言葉を続けた。


 「そういうものって基本的に、大本から手繰ってみるもんなんだよね」

 「製法は変わらねぇとさっき説明しただろうが」

 「製法以前の問題でしょ。玉鋼を作る段階のこと」

 「それも変わってない」

 「じゃあ、材料は?」

 「ちゃんと鉄鉱石から製錬している。精錬方法も変えていない……」

 「あーなるほど、そうことね。大体わかった」

 「あぁぁん? どういうことだ」

 「そのまんまの意味だよ、おやっさん……。まぁ、土地柄の違いなのかなー」

 「益々意味が分からない。説明しやがれ」


 喰いつくようにアリッサに詰め寄るララドスだが、アリッサは逆にそこから逃げるように立ち上がった。


 「材質の違い……。こっちで取れる石の材質と向こうの石の材質で、精錬後に残る不純物が若干違うから、そうなるってこと。もういっそ、鉄にこだわらなければ楽なのに……。おやっさんなら、第一級素材の加工技術を持っているでしょ……」

 「不純物の違いぃ? そいつの何が影響あるって言うんだ」

 「あるよ。純金なんて柔らかすぎて使えたもんじゃないから、僅かに銀を混ぜる。そうやって、僅かな不純物で様々な特性が付与されることもある。ステンレスとかわかるなら、理解できるでしょ、おやっさん」

 「そりゃあ、まぁ……な」

 「今回はそれが色濃くでたってこと……おやっさんは、模倣をし過ぎて、尊敬という考えから抜け出せていないんじゃない?」

 「なんだと!?」

 「だってそうでしょ、わざわざ片刃にこだわらなくてもいいのに、そのどこかしらで見た調度品を目指して……。おやっさんが今手に持っているのは、おやっさんの作品であって、おやっさんの作品じゃないと思うけど?」


 アリッサはララドスが両手で大事そうに抱えている脇差を指さしながら冷ややかに笑って見せる。対し、ララドスは鬼のような形相でアリッサを睨みつけた。


 「なんだぁテメェ……」

 「おやっさんの腕ならば、そんなのにこだわらなくても剣なら余裕で越えられるのに」

 「たりめぇよぉ。なんだと思ってやがる」

 「じゃあ、その形から見直してみなよ。あ、ちなみにこんな形の刀もあるんだけどおやっさんは知ってる?」


 そう言いながらアリッサは適当なボードに、落書きをしながらララドスに見せつける。ララドスはそれを見て、無精っ髭を弄りながらなめるように顔をしかめた。


 「おい……これって、普通のショートソードとほとんど同じじゃねーか。これは刀なのか?」

 「れっきとした刀だよ。反りも腰元にはきちんとあるし……ね。これは、鋒両刃造きっさきもろはづくりっていって、刺突と切断を目的とした作りになっている。これなら、西洋剣とも似通っている部分があるし、おやっさんにも作りやすいんじゃないの?」

 「両刃の刀なんて見たことすらなかったぞ……こんなものどこで見たんだ?」

 「企業秘密……。まぁ、ともかく、これを教えたからには、明日以降の修理も一週間程度は無料でやってもらわなきゃ……」

 「おい、それとコイツは別だ……」

 「えぇ……ひどい……」

 「———————ただし、コイツについてもう少し詳しく話してくれるならば、考えてやらなくもない」

 「ぐぬぬ……。言っとくけど、私も詳しくはないからね……」

 「構わないさ。ソイツでブレイクスルーができるのならな!」


 そう言いながら大笑いするララドスであったが、逆にアリッサの方は、またもや仕事が増えてしまったと、修行時間が削れることに対してため息を吐いていた。

そうして、いつの間にか、ララドスとアリッサの第二の武器づくりが始まろうとしていた……



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