第8話 シュテファーニエの依頼Ⅴ


 得られた手がかりを元に調査を進め、ある程度の計画を予測することはできたが、犯人たちを逮捕するまでの証拠をそろえるには至らなかった。末端となるものを処理できたところで、それは尻尾切りになると判断したシュテファーニエにより、あえて無視してあぶり出す作戦へと移行するのであった。


 それでも、念のために、国王両陛下に話は通したらしく、決行場所と思しきパーティ会場の警備はいつもよりも厳重となっていた。

 ルルドは会場スタッフに紛れて給仕をこなし、ユーリはそのまま近衛騎士団として警備にあたっていた。キサラはというと、事前の打ち合わせ通り、シュテファーニエの付き人に扮してドレスで身を飾ることになる。

 だが、当然のことながら最低限の装備はハンドバックや太腿のホルスターなどにしまい込み、外からは見えないながら準備は整えていた。


 はじめはキサラのような黒髪の女性は目立つと思いきや、会場である王城内の宴の間にいる人物たちと比べて、不思議とキサラは馴染んでいた。それもそのはずであり、この会場内には、建国パーティに招かれた各国の外交官や貴族たちが集まっていたからである。

 それは友好国である隣国リリアルガルドやフィオレンツァ共和国、ノルド協商連邦のみならず、戦時休戦中のリーゼルフォンド皇国、仮想敵国であるアストラル王国やエルドライヒ帝国の著名人が一堂に会していた。そのため、種族的に人間だけではなく、魔族や亜人が多数おり、むしろキサラの外見は目立たない方だと言っても過言ではなかった。

 ドレスやタキシードに身を包んだ貴族たちの間を闊歩すれば、キサラとて平民としては扱われない。だが、コネや人脈、そして友人がこの中にいるわけではないため、話し相手は当然のことながらいない。見かけた中で唯一、顔を知っている人物といえば、他の貴族たちと話をしているユリア・オータムぐらいであろう。


 しかし、彼女も彼女でなにやら忙しそうにしているためこちらから話しかける気には慣れない……。だが、誰からも話しかけられないということはキサラにとってはむしろ好都合であり、標的となっている第一王子と、第二王子に注視することができると言える。


 そんなこんなでキサラはシャンパンを片手に持ちながら、2人の王子を凝視する。まずは一人目……第二王子であるレオナルド・ブリューナス。

 少々癖のある黄金の髪と相手を魅了するようなきれいな金色の瞳。凛とした細い顔立ちと、日々の鍛錬で鍛えたであろう筋肉質な体は男らしく、同時に美しさも感じる。入学パーティの時もそうであったが、彼の身の回りには令嬢たちがひしめき合っている。


 (暗殺をするならば、毒殺が楽そうではありますが、アレでは近づくのが難しそうですね……。彼に飲み物を渡そうにも、その前に他の令嬢に取られてしまう。彼女たちを騙して利用しているならば話は別ですが……)


 キサラは思慮にふけっていた矢先、ユリアが席を外したのを機会に、レオナルドが同行して令嬢たちの列を離れていく。チャンスのように見えるのだが、彼らが他の貴族たちと何やら会談を始めたのを見て、他に目線を移すことにした。

 彼らには視線が集まり過ぎているため、狙うのは今ではないとわかっているからだ。


 だから、次に目を向けたのは、第一王子である、ロードアイア・ブリューナス。

 肩まで伸びている癖のない黄金の髪。そしてコバルトグリーンの瞳。第二王子が少々の野性を彷彿させるならば、こちらは白鳥のような流麗な美しさが感じられる。聞くところによれば、剣術よりも学術に優れているのが彼なのだという。

 彼に声をかけようとする令嬢たちもだいぶ異なり、先ほどは話しかけることが多かったが、こちらは何もせず見つめることが多い。


 (こちらは接近しやすいですが……そもそも、狙撃の方が有利に見えるこの状況ですね。幸いにして、ここはテラスのない屋内で外からの狙撃は不可能……)


 キサラは自分ならばどうするかを考えながら彼を見つめる令嬢たちに紛れるようにロードアイア目の前を横切り、人混みに消えようとする。

 今の自分ならば、白と青を基調としたドレスで着飾っているし、彼女たちに紛れても何も言われないと確信しながら……


 だが、それが逆に仇になる————————


 キサラは自分がこの国の貴族のマナーに疎いことを失念していた。だからこそ、平然と第一王子の進路を遮るように目の前を横切り、尚且つ礼をせずに通り過ぎようとしていることには気づかなかったのである。


 「そこのレディ……」


 一瞬、自分のことを呼ばれたのだとわからず、列に合流しようとしたキサラであったが、周囲を取り囲む令嬢たちの冷ややかな目を見て、初めて何か起きたのだと自覚した。


 「どこの礼儀知らずなのかしら」「ロードアイア殿下の目の前を平然と」「腐りきったような色の髪ね」「ロードアイア殿下の声を無視するなんて」

 「いや、そういうつもりで声を——————」


 ロードアイアの声と令嬢たちの罵詈雑言が重なり、良く聞こえないが、おそらく自分のことなのだろうと理解しつつ、キサラは何もしゃべらずに静かに頭を下げて作り笑いを浮かべた。なぜなら、状況がいまいち理解できていないのだから……


 「ロードアイア殿下が悲しんでいらっしゃるわ」「この田舎くさい娘のせいね」「ちょっと、そこのスタッフさん。場違いな人をつまみ出してくれない」「あらごめんなさい、手が—————」


令嬢たちが思い思いにキサラを非難し、挙句の果てにはこちらにグラスを傾けてわざとドレスを汚そうとしてくるものもいる。だが、キサラはドレスを汚そうとする行為に関しては経験があるため、さも当然の動きをするようにヒールでサイドステップを踏みながら、相手の手首をつかみ、腰に手を当てて、落ちないようにグラスと女性を支えて、すぐに元の姿勢に戻させる。


 「足元には気を付けてください。慣れない靴だと怪我をします」

 「え——————!?」


 一瞬の間だけ、ロードアイアから目を離したことを後悔しつつ、キサラは即座に体勢を整えなおして、ロードアイアとその周囲や彼の飲み物に対して、何かがないかと気を配る。だが、特に異常は見られない。


 「そこのレディたち、騒ぐのなら別の場所でやってくれ。騒々しいのは嫌いだ」

 「「「「キャー!!」」」」

 

 黄色い歓声が聞こえ始める。恐らく、自分に言われたのだろうと誰もが思い。キサラ以外の誰もが喜んでいるように見えた——————が、しかし、一人だけ……深青色の長髪の女性のみが違う笑いを浮かべていた。普通なら、喜んでいるように見えたのかもしれない。でも、この騒ぎの中で、キサラだけが、その笑みが「獲物を仕留めたことを確信した」ような勝利の笑みだったことに違和感を覚えた。

 だからこそ、即座にロードアイアの方に向き直り、彼がグラスを片手に飲み物を飲もうとしているのを見て、キサラは全身を強張らせた。



 その瞬間、キサラの中のありとあらゆるスイッチが臨戦態勢に移行する。五感が研ぎ澄まされたせいか、ホール内のありとあらゆる音や光、匂いが一つ一つの情報として頭の中に入り込んでくる。そんな状況の最中、キサラは靴のヒール部分が砕けることを厭わずに絨毯を蹴り上げて数歩足を進める。そして、平手打ちをするように手の甲で相手の手を弾いて、グラスを弾き飛ばす。

 立食形式であったが故、それは近くにいたバーテンの運んでいたシルバーのマルトレーに接触し、その上のグラスを連鎖的に叩き落していく。



 その瞬間を誰もが時が止まったかのように見ていた。それは、毒を盛ろうとした令嬢に扮した女性も含めて……。だからこそ先に動いたのは、またもやキサラの方であった。相手が驚きながらも平静さを装う前にその手首をつかみ上げ、後頭部に手をまわし、カーペットへと叩きつけた。

 だが、叩き伏せられてなお、その女性は笑っていた。それもそのはずで、突然の奇行をしているのは、捉えた女性ではなく、むしろ、キサラの方に見えるからである。彼女から証拠が見つかるのはもう少しの時間がかかることが明らかである。

 だからこそ、衛兵たちはキサラを捉えようとこちらに武器を構えて走り寄ってくる。さらに最悪なことを言えば、この場を収めるべき、シュテファーニエが見当たらないことであろう。


 衛兵はキサラを捕らえようと肩を掴もうと手を伸ばす。そのため、キサラは仕方なく押さえつけていた女性の手を離し、飛び掛かってくる衛兵の組み付きを回避した。女性はよろけるようにしてメイドの給仕の元に歩み寄り何やらこちらが暴れていると喚き散らしている。


 「面倒なことになりましたね……」


 キサラは悪態を付けつつ、迫りくる衛兵たちに注視する。中には武器を抜いて襲い掛かるもののいる。だがその狙いは、決してキサラではなかった……。

 武器を振り下ろそうとした相手は未だに放心を脱していないロードアイア……。誰もが、振り下ろされた武器によりロードアイアの鮮血が舞うことを確信したその時、ようやくキサラの味方が訪れる。


 人混みをかき分けるようにして現れ、振り下ろそうとしている衛兵に扮した敵をタックルで弾き飛ばしたのは、同じ任務を得ているユーリであった。キサラはそれを見て少々の安堵を浮かべつつ、先ほどの女性の方へと視線を戻す。

 すると、肩を貸すようにして逃げようとする給仕と女性が見えた。


 キサラは即座に太もものリボルバーの魔術杖を引き抜いて構え、ノータイムで魔術を発動させた。

 リボルバーのシリンダーが回転する静かな音とは相反して、轟かせるかのような雷鳴がホール内に反芻し、一瞬の閃光と共に、落雷が2人の女性に直撃する。ビリビリとした衝撃と通電現象により、近くにいた普通の令嬢や貴族すらも巻き込んだように見えたのだが、意外にも、持っている食器やグラスが振動するだけで、特に異常は見られなかった。この周囲に被害を及ばせない魔術操作は、キサラの精密性が頭一つ抜けていることを表していた。

 おそらく、アリッサならばそんな細かい芸当はできないことが明らかである。


 「やり過ぎだ、キサラ!」


 族を叩き切り伏せたユーリがキサラを咎めるように肩を掴んで止めようとしたその瞬間。キサラは更なる魔術を感知する。それはありとあらゆる情報を拾い集めていたキサラ故の行動だった。それはまるで壁がないかのように水面のような波紋を広げながら会場の壁をすり抜け、ロードアイアの頭を吹き飛ばす弾丸であった————————


 どこから飛んできたのか、はじめからそこに設置されていたのか、などという情報を思考している余裕はない。ましてや、武器を取り出す余裕も、魔術で迎撃する時間もない。コンマ何秒もしないうちにロードアイアの頭は潰れたトマトのように弾け飛ぶ。だからといって、避けさせれば、彼の後ろにいる無垢の令嬢たちにも巻き込まれてしまうことになりかねない。


 だから、キサラは歯噛みしながらも一瞬の間にロードアイアの前に立ちふさがるように立ち、飛来する魔術弾に右手を伸ばした。そして、魔力を手の平に込めて、弾丸を握りつぶすように受け止めた。


 しかしながら、魔術ではなく無造作に放出した魔力では当然のように容易く食い破り、キサラの腕に食い込むようにめり込んでいく。レベルが高いキサラの肉体を貫通しうるということは、ただの弾丸ではなく、魔術的な加速や貫通性の何かが込められたものなのであろう。


 「————————ッ!!」


 キサラは右腕に食い込んだ弾丸に対し、大きく瞳を見開くようにして両足を床へと踏みしめて、勢いよく腕を振り回す。その動作により、右手の平から食い込んでいったの弾丸は肘から抜けるように誰もいない遥か後方へと弾き飛ばされ、天井に飾られていた調度品が割り砕くことになる。



 キサラは力の入らない右腕をだらりと降ろし、出血を伴っている皮膚をどうにかすべく、真っ赤に染まりだしたグローブを残った左手で外して地面に叩きつけた。その瞬間、僅かに苦悶の顔を浮かべたキサラであったが、冷や汗と共に、思考の加速が元に戻りつつあったため、五感の増幅による痛みの増大は何とか避けられ、それ以上の顔の変化はなかった。


 ニードルベアーとの反省を生かし、ある程度の回復魔術を身に着けたキサラであったが、それでも、この怪我を治すまでにわずかながらの時間を要すことは必須であり、第二射に対しては間に合いそうにない。


 「お前は……一体……」


 ロードアイアが、息の乱れたキサラに声をかけるが、キサラはそちらに振り向くとなく、無視して、会場のどよめきの中で、残った左手のグローブを口で外して口と左手を使いながら器用に右腕を止血する。そして、未だに動揺冷めやらないユーリに対して顔色一つ変えないまま、すれ違いざまに指示を飛ばした。


 「シュテファーニエ様が見当たりません。あなたはロードアイア様の護衛をお願いします」

 「キサラ……その怪我でどうするつもりだ」

 「心配される余裕があるのならば、壁をすり抜けてくる弾丸から護衛対象を護ってください」


 それだけを言い残し、誰も彼もが己の対処すら判断ができずに真っ白な頭になっている中で、キサラは動きにくいハイヒールを脱ぎ捨てて、素足で器用に人混みを飛び越えて会場の外へと脱する。

 キサラが廊下に出て走り始めてようやく、時が動き出すように、会場内は起こった出来事を危機だと感じ始め、どよめきや騒乱が起き始めた。

 キサラはそれらを雑音として廃していたため、聞き取ることはしなかったが、全てを沈めるかのような誰かの一喝がホール内に響いたのは確かであろう。


 先の理由により、キサラはそれらに背中を向けたまま聞き取りもせず、シュテファーニエの姿を探して走り、同時に右腕を治癒魔術で修復させていくのであった。



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