第3話 「月のゆりかご」結成後


 リリアルガルドのブラックポイント……それが“嘆きの森”という太古の結界で閉ざされた誰しもが通れないモンスターの巣窟。本来であれば、レベル50以上でなければ結界により入れないこの場所で、アリッサはかつて命を救われたことがある。

 しかしながらそれは、本当に偶然の産物であり、今はその救世主は悪魔のような笑みを浮かべている。平均レベル80~150と言われている“嘆きの森”では、アリッサのような人間こそが狩られる側なのである。

そんなリリアルガルドにおいて最も危険である場所でのアリッサの修行が始まった。



 アリッサが慕っているパラドイン・オータムは、はじめこそ乗り気ではなかったが、ユリアの説得に負け、アリッサの修行の監督を引き受けることとなる。だが、彼は“嘆きの森”に着くなり、彼女を放り出し、修行の条件だけを伝えて去っていった。


 条件1:アリッサの専用装備の使用禁止

 つまり、ララドス特注品の金属バッドと、ララドス特注品の軽装鎧防具の使用禁止である。理由としては、修行中の破損が起こった場合、修理が間に合わないからということであるが、これらがなければ、アリッサはリーゼルフォンド皇国の時のようなブースト状態での戦闘ができないため、大きなハンデとなる。

 条件2:道具の投棄の禁止

 つまり、破損した武器や道具はその場で投棄せず、きちんと持ち帰る、ということである。生態系などに悪影響を及ぼさないための措置らしい。だから、壊れそうになったら別の武器に切り替える必要が出てくるため、アリッサはある程度の武器の貯蔵を強いられることとなった。


 今回用意したのは、防具はいつもの冒険者装備のため、特にこれと言った身体機能上昇はない普通の衣服。素材的には多少の防御力はあるのだが、ここでは無意味なので割愛。

 武器としては、修理を終えた灼熱剣改、大型パイプレンチ型魔導鈍器、ピッケル型魔術杖、シャーレンチ魔術杖、非常用ダガーナイフ、非常用教鞭型魔術杖、とその大半が、ララドス武具商店にあった工具を戦闘用に加工したものであるため、アリッサの予算のなさが垣間見えた。



 それもこれも、アリッサが武器をすぐに壊す悪癖が原因である。それでも、アリッサが発案し、リリアルガルド随一の技術を持つララドスが手掛けているため、一般流通品の武器並には扱うことができる……らしい。



 だが、それらの武器をもってしても“嘆きの森”は地獄のような環境であった。死んだ生物を喰らう植物をはじめとして、致死性の猛毒を持つ獣、それらの牙や爪をはじき返す翼竜。それらはまるで、そこのみで生態系が保たれた陸の孤島であり、最果ての地獄そのもの……

 アリッサはその空間で1週間以上も過ごすことを強いられるのであった……。



◆◆



 そんな、アリッサの修行の最中————————


 同じギルド内のメンバーであるアリッサの親友……キサラは、リリアルガルドから離れ、第二の故郷へと帰省していた。そこは、リリアルガルド国に国境を接しているブリューナス王国の首都リンデル……。


 幼き頃に拾われ、この街で過ごしたため、キサラは汽車を降りて駅のホームに足を付けたとき、僅かな高揚感に見舞われる。

 雨上がりのためなのか、所々に水たまりがあり、見渡せば、人の往来と共に、発展した城下町とその中心に佇む白亜の城が目に入る。

 往来している人たちを見れば、尻尾があるものや鱗があるもの、口に牙があるもの、そして不定形のものなど、様々であり、多民族国家としてのブリューナス王国の様子がうかがえた。リリアルガルドより人間以外の種族差別が多いが、さらに隣のエルドライヒ帝国などに比べればほとんどない、と言っても過言ではない。

 その証拠に、今現在のキサラのような、鴉の翼のように艶のある濡羽色の癖が全くない水を帯びたような髪を、不吉な黒色だと差別する者はいない。

 キサラは、そんな艶やかな腰まで伸びた髪の一部を頭の少し後ろで淡紅色と唐紅色を基調としたモダンな柄のリボンで結んでいる。衣服は列車による長旅だとわからないほどに一切のシワがなく、彼女の几帳面な性格を表しているように見える。

 凛とした骨格に、黄色をわずかに帯びた健康的な肌、少しだけ釣り目である瞳は髪と同じように光を反射していないように見えるのに透き通っている。そんな彼女は、遥か彼方の島国の生まれであったが、とある事情でつい最近までこちらに住んでいた。


 そのとある事情のあとで彼女を引き取ったのは、この首都リンデルで開業医を営む夫婦であり、今回は学院での報告などを兼ねての帰省となっている。ただ、あまりに形式的な事しかしないため、身元引受人の親への挨拶は早々に、暇を持て余してキサラは外へと繰り出すこととなる。

 学院に入学する前も、お世話になっているのだから、という理由のみで、アルバイト感覚で冒険者組合に登録し、勉学の片手間にシルバーランクまで昇格。そして、リリアルガルド中央学院で、アリッサと共にゴールドランクにまで上り詰めることなった。


 そんなキサラという少女は当然ながら、自堕落な生活を好まない。

 故に、「ゆっくり休んでいって」という義親の言葉を跳ね除けて、すぐに外へと繰り出すことになる。夏休みの宿題は帰省前に片づけて来たため、今はわざわざ勉強に勤しむことはしない。

 ブリューナス王国の首都リンデルの図書館よりも、リリアルガルド国の首都ベネルクの図書館の方が蔵書数や勉学に必要な本が揃っているため、ここまで来てやることではない、というのが本音ではある。

 ゆえに、キサラは体を動かすために学院入学前から行っていた冒険者活動を久しぶりにソロで行う決意をして、リンデルにあるエルドラ地方冒険者組合本部施設へと足を延ばす。



 冒険者組合施設の入り口のドアを潜り抜けて会館の中に入れば、見慣れた風景が広がっているものであり、昼を過ぎた今現在では、依頼のほとんどが受注され、コストパフォーマンスがいい依頼は残っていない。ただ、自己鍛錬目的で来ているキサラにとってそれらは関係ない。

 故に、久しぶりのキサラの登場で声をかけてくるような男の冒険者たちの勧誘を無視しつつ、真っ直ぐに掲示板の前に立つ。


 ただ、やはりどれもパッとしないものばかりである。


 それもそのはずで、『安全な場所だから首都になった』のだから、当然、近郊の依頼はシルバーランクまでの簡単な依頼ばかり。逆に少し郊外に出なければいけない依頼がゴールドランクに指定されている。しかも、撤去されていないところをみるに、地方支部でも掲載されているが、誰も受けたがらない依頼と見て間違いない。

 ちなみに、ゴールドランクのさらに上であるミスリルランクに関しては推奨レベルが80以上となるため、そもそもここには掲載されない。達成困難な依頼が貼り出す……つまりは国が傾くような一大事を冒険者に丸投げする程、この国は冒険者に依存してはいないのである。だからこそ、キサラは希望がないことに落胆しつつ、それでも掲載されていないものぐらいはあるだろうと、最後の希望に縋りだす。


 「さて……あまりいい依頼はやはりないですか……。一応、受付にも確認してみた方がよさそうですが—————」





 そんな愚痴混じりの独り言をつぶやきながら踵を返そうとしたその時であった。キサラが通ってきた入り口の方でわずかながらのどよめきが起こった。

 何か起こったのかとそちらの方を見てみれば、どうやら珍しい人が来賓しているようであった。

 そこにいたのは、透き通るような灰色の癖のないセミロング髪を髪留めで上げて、吹き出物一つないおでこを輝かせている12歳程度の少女。コバルトグリーンの丸い宝石のような瞳は、生き生きとしていて、彼女の人生を映しているようにすら思える。

 この冒険者組合ホールには似つかわしくないほどの、舞踏会でみるようなドレス……。派手とは言えないが、冒険にでる服装ではない。明らかに場違いであるような少女は護衛の人に指示を飛ばして待機させつつ、物珍しさに周囲を取り囲んでいる冒険者たちを一瞥する。

 だが、すぐにため息を吐いて、悩みだしてしまう。傍から見ていても失望しているようにしか見えないのだが、キサラにとっては無関係であるため、この辺りで目線を外して受付の方へと歩き出す。


 その瞬間、目線を外していたはずの少女から叫ぶような声が聞こえてきた。


 「おい、そこの黒髪の女性の人。少し止まってはくれないか?」


 キサラは少しだけ疑問に思いながらもそちらの方を見た。その瞬間、キサラの濡羽色の瞳と少女のコバルトグリーンの瞳が重なったような気がした。その時間はまるで、雨が降っていた後の雫が落ちる時間ですら何千倍に引き伸ばされたような感覚に陥る。


 「キミのことだ。今さっきまで掲示板を見ていたキミだよ、キミ!」

 「わたし……ですか?」

 「そうさ、キミのことだ。お嬢さん!」


 そういいながら、灰色の髪をした少女は、誰に臆することもなく、堂々とした態度でこちらに歩み寄り、まるで嘗め回すようにキサラを凝視した。


 「何か御用でしょうか?」

 「うん! いいねぇ! その色はいい色だ」

 「よくわかりませんが、ここは冒険者組合のホールです。迷子なのでしたら依頼発注窓口まで案内いたします」

 「いいや不要さ。キミの名前は?」

 「キサラです」

 「ふむ、ではキサラ。ついてきてくれはしないかい?」

 「一体どこに、なにをしに?」

 「それはこれから説明するさ。キミたちの流儀で言うと、指名のクエスト依頼というところだ」

 「何故、わたしなのですか?」

 「それもあとから説明するとも……」


 そう言いながら少女は不敵な笑みを浮かべつつ、受付の方へ目配せをする。受付の職員は迷惑な客が来たという風に、露骨に嫌な顔をしていた。それを怪訝な顔で見た少女ではあるのだが、少しだけため息を吐きつつも、受付の方へと少しだけ足を運んで、何やらモノを見せていた。

 その瞬間、先ほどまで露骨に嫌な態度を取っていた女性職員の顔が青ざめていき、大慌てで奥へと引っ込んでいった。それを眺めていた少女は満足げな笑みを浮かべながら踵を返して、キサラの方へと戻っていく。


 「ふむ。ノーアポイントメントだったから、談話室が取れなかったようだ。仕方ない、少し移動するがかまわないかい?」

 「少々お待ちください。指名依頼を何故わたしが受ける前提なのでしょうか」

 「拒否権はない……と言いたいところだが、何も知らずというのは些かこちらも気が引ける。名乗ればキミの態度も変わるのだろうが、それでは華がない」

 「一体、何をおっしゃっているのですか」

 「なーに、簡単な事さ……。キミが何を望んでいるのか、それを知る必要があると思った、という単純な話ということだ」

 「意味を理解いたしかねます」

 「ふーむ……。では、こういうのはどうだろう。こちらの依頼内容をキミに話し、受けるかどうかはそちらが決める。もちろん、時間拘束をするからには聞くだけでも報酬を支払おう」

 「不要です——————」

 「そうか。だがその反応をみて、ますます気に入ったよ。キミは確定だ——————。おっと、そろそろかな……」


 喜んでいる態度をしていると思った矢先、少女はまるで時間を確認するかのような素振りを急に見せる。その瞬間、ギルドホールの奥にある職員用通路から、大慌てで中年の男性が顔を出し、こちらに頭を下げながらゴマをすりだし始める。


 「先ほどは当職員が大変失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。お詫びとして、最高級のお部屋をご用意いたしました。あぁ、もちろん、お代はいただきません。当組合からのサービスでございます」

 「そんなもの、気にしていない。早く案内してくれ……。どうにも、ここの連中の色は汚すぎる」

 「それはもう……」

 「さぁ、キサラ。キミもついてきたまえ」


 そう言いながら、少女はキサラの手を掴み、強引に連行する。キサラはそれについて特に表情を変えることもなく、自分の鍛錬となるような依頼であればいいなと、少しだけ期待に胸を膨らませているのであった。

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