第2話 故郷にて

 あの日の宣言から半月と少しが経過した。アリッサたちが通うリリアルガルド中央魔術学院、通称セントラルの講義も2クォーター目が終わりを迎えた。

 キサラやフローラは余裕の単位取得をしたが、アリッサは通常運転で、一部理科学系科目を除き、平均点ギリギリの成績をキープして何とか単位取得を成せた。2Q目が終わると、セントラルは1か月という長い夏季休暇に入る。その間は、冒険者などのバイトやインターンなどの職業体験に勤しむものや、実家にて余暇を満喫するものに分かれる。

 アリッサに関しても、その例に漏れず、夏季休暇の前半の一週間は実家へと帰省し、置き忘れた荷物の整理に赴くこととなった。



 アリッサは、入学試験と同じように徒歩での帰宅をするつもりであった……が、意外にもそうはならなかった。あれやこれやと言いくるめられるうちに、いつの間にか自動車の後部座席に押し込められ、今現在は整備された山道をひた走っていた。

 それを成した人物は隣国の伯爵令嬢であるユリア・オータムという同い年の女性であった。

妥協が一切ない透き通るようなスカイブルーの髪が腰まで伸び、太陽光の角度によっては銀にも見える。蝶のような髪留めにより露出した前頭部の肌や、頬の色つやは彼女が貴族であることを物語っている。行く先を見据えるユリアの瞳は、吸い込まれるようなコバルトブルーであり、目じりがきついのも相まってか、悪人顔に見える。夏物のジャケットを羽織って、サングラスをかけてながら運転している彼女は、どこからどう見ても貴族にはみえない。



 こうなった原因は、遡ること数時間前————

 早朝に出立しようとしたアリッサにとある連絡が入る。それは、所有者捜索の期限が切れたため、冒険者組合が発見した自動車の所有権をアリッサに移すために取りに来てくれ、という短文の文字通信であった。

 それを確認したアリッサは、肉体で持ち運ぶわけにもいかないため、運転できる友人であるユリアを呼んで、とりあえずの移動を行おうとした。

 結果、いつもと違い、冒険者の服装をしていないにも関わらず、マジックバックやら、旅の装備をしているアリッサを疑問視したユリアが問い詰め、今に至る。


 ユリアに道中で理由を聞いたところ、「丁度良く暇していた」と返されたが、実際のところがどうであるのかはわからない。ただ一つ言えることは、『隣国の次期王妃がやるようなことではない』ということだけであろう。



 そんなこんなで旅は徒然に、2人はユリアが運転する自動車に乗り、道を急ぐ。


 「ねぇ……実際のところ、なんでユリアはついてきたの?」

 「そらぁまぁ……なんていうか……成り行き的なものかな。ちょーどよく、面白い噂を耳にしたもんだから、それを確かめるためにも……ね」

 「————噂? 私の?」

 「そうそう。アリッサがリリアルガルドの武闘大会で繰り広げたあの戦いを見ていたお偉方がさー、色々知りたがってるんだよ。『あの子は誰なんだー』とか、『どこの出身なんだ』とかね。あたしとしても、アリッサのことあんまり知らないわけだし、どこまで言っていいのかもわかんないからさ。いい機会に知りたくなって」

 「私のことなんて面白いことはないよ?」

 「それはそれでいいんだよ。つまんないことこそ、あたしが求める答えなわけよ」

 「どうして?」

 「これで、超強い人物の娘でしたー、とか言われてみてよ。アリッサは否応にも面倒ごとに巻き込まれることになる。そういうのはよろしくないから」

 「ふーん。色々考えてくれてるんだね。ありがとう……で、実際のところは?」

 「貴族のパーティとかクソつまんないから、面白そうな方を選んだ」

 「デスヨネー」


 ユリアは貴族に似つかわしくないほどの大笑いを浮かべ、ハンドル操作が多少おろそかになる。慌ててアリッサが後ろからハンドルを支え、事なきを得たが、肝が冷える思いであった。




 ◆◆◆◆



 そんなこんなで自動車での旅路のため、予定よりもかなり早くの到着となった。本来の予定では翌日の明朝に到着予定だったものが昼過ぎの到着となり、大幅な短縮となったのは非常に大きい。

 アリッサの育ての故郷であるアルド村は畜産業が有名であるためか、敷地面積はそれなりに広い。時に畑や牧場が、交互に並んでおり、建物などはほとんどない。だが、道はきちんと整備されており、自動車はほとんどが揺れない。

 そうやって、満足げに自然を満喫して深呼吸をしているユリアをよそに、アリッサは行く方向などを指示しながら進んでいく。当然のことながら地図はいらず、迷うこともない。


 しばらく低速で村を進んでいると、目的の家までたどり着く。遠くからでもわかるほど、白いシーツが干されていた。小さな柵に囲われたその家は意外にも新しく築20年ほどであるようにも見えた。アリッサの指示の元、自動車を庭先に停車させ、石畳の玄関を進んでいくと、中庭で魔術を使っている光が見えた。おそらく、シーツの裏で遠くからはみえなかったのであろう。

 その女性は、オーケストラの指揮者のように、小さな杖を振るい、水属性の魔術で何もないところに水球を作り出しながら、洗濯をこなしていた。茶髪のアリッサとは違い、金色に輝く艶やかな髪を、頭の後ろで垂れ下がるように結んでいる。


 「ユリア。あそこにいるのが私の母親だよ」


 アリッサの言葉を受けてもう一度、目を凝らして見てみても、やはり顔立ちなどは全くと言い程似てはいなかった。

 そんなアリッサの母親は洗濯を一通り終えて、こちらの方を見て、一瞬だけ固まり、即座に指揮棒のような魔術杖を天高く掲げ、魔術を再発動させた。まばゆい閃光が青空を貫くように放たれ、音もなく弾け飛ぶ。そのまぶしさに一瞬目がくらむが、即座に遠くの野山から誰かが走ってくるような土煙が見え始めた。


 「義母さん……いくら何でも緊急用の狼煙は流石にやり過ぎじゃないのかな……」

 「あらあらあら……そうかしら? 大丈夫、あの人なら許してくれるから」

 「そういう問題じゃなくて……」

 「いいのいいの。それより隣の方は?」

 「はじめまして。ユリア・オータムと申します。父はブリューナス王国にて伯爵の地位を授かっておりました」


 体全体を使って丁寧に貴族流の挨拶をこなすユリアを見て、もう一度、アリッサの母親が固まり、今度も無言のまま、非常信号用の光魔術を発動させる。


 「お義母さん!! 村の人にも迷惑かかるから! ほら! 何が起きたのかと近所の人があつまってきてるじゃん!」

 「だってだって……アリッサが急に貴族様を連れてやってくるから、つい驚いてしまって……」

 「『つい』、——でやっていいことじゃない!!」

 「あはは、ごめんなさい。ご近所さんたちには私の方から説明しておきますから」


 そう言いながら集まってきてしまった村人の方にアリッサの母親は走って行ってしまう。ようやく嵐が去ったと思い、アリッサが安堵していると、今度は広い庭をものともせずに柵を乗り越えてこちらに走ってくる大男がいた。


 「この盗賊があぁぁぁ!!!」

 「いや、違うよ—————」


 大男が2メートルを超える牛刀を振りかざし、アリッサに振り下ろそうとしたが、対象がアリッサだとわかると、直前でブレーキをかけ、額ギリギリのところで停止させる。風圧で突風に似た風が駆け抜けたが、アリッサは瞬き一つしていなかった。


 「あ、アリッサあぁぁ?? これはどういうことだ?」

 「義母さんがびっくりして撃っただけだよ」

 「では、盗賊やモンスターに襲われたわけでは————」

 「ないよ。そんなの全然ないぐらいに平和」


 少しだけ驚いているユリアを前に出しながら、アリッサは筋骨隆々の大男に苦笑いを浮かべる。


 「こちら、学友のユリアだよ。お義父さん」

 「友達……だとぉ?」

 「あの……その反応だと、私に友達ができたことが意外みたいじゃん」

 「いや、そんなつもりは……その……」

 「ただいまご紹介に預かりました、ユリア・オータムと申します。アリッサさんとは日頃から良き友人として共に勉学を励ませていただいております」


 満面の営業スマイルを見せるユリアに対し、アリッサの父親はたじろぎ、そしてほんの少しだけ鼻の下を伸ばしたように見えた。それに釘をさすかのように、アリッサがため息を吐きながら口を開いた。


 「ちなみに、ユリアはブリューナス王国第二王子の婚約者だからね」


 この言葉を聞いた瞬間に、アリッサの父親の表情が即座に青くなりだすが、頭を下げるよりも早く、横から飛んできた水流により男の体が吹き飛んだため、その続きは見られなかった。家のドアを突き破るようにしてアリッサの父親は叩きつけられたが、死んではいないだろう。それを成したアリッサの母親は、未だに近所と井戸端会議をしているが、魔術用の杖先だけはこちらを向いていた。


 驚いて放心しているユリアの手を取りつつ、アリッサは気絶している父親の横を通りながら家の中へと入っていく。すると今度は、小さな男の子と女の子がアリッサの方へ駆け寄ってきて抱きつきはじめた。女の子の方は方向を間違えたのか間違えてユリアの方へと抱きついていたが、ユリアは驚きつつも拒否をしているようには見えなかった。


 「おねえちゃんかえってきたー」

 「きたー」

「ハイハイ。ただいまただいま。荷物置いたら遊んであげるから、ちょっとまっててねー」

 「わかったー。おねえさんだれー」

 「ユリア・オータムです。かわいい妹さんと弟さんですね」

 「ほめられたー」

 「られたー」

 「ほらほら、動けないから一回離れなさい」


 アリッサの指示を受けて、小さな弟の方は駆け足で離れていく。だが、妹の方は立ち止まり、顔をうずめたままでいた。ユリアが困っていると、数秒後に鼻をかむようなズズズとした音が鳴ったかと思うと、鼻ちょうちんを出しながら妹がユリアを見上げ出す。

 それを見た瞬間に、今度はアリッサが頭を抱えて空を見上げ出した。


 「ぐっぱい、我が家計よ……」


 その言葉を最後にアリッサは何か遠くのものを見て放心した。妹が汚してしまった洋服の価値がいかほどであるのかを知っているが故に——————



 ◆◆◆◆



 ある程度の荷物整理を終え、夕食を食べ終え、そして就寝する。アリッサは長く滞在するつもりがないため、明日には出立する旨の内容をユリアには伝えていたため、自分も早く就寝しようと一度、ベッドの中に入る。だが、どうにも寝付けないため、窓の外から広がる夜空と、誰もいない牧場の様子でも眺めて心を落ち着かせようと、体を起こし、窓枠の方へとアリッサは歩いていく。そして、窓を開けようとして、庭先に灯りが点いていることに気づいた。

 目を凝らして見ると、ユリアの姿であることが確認できたため、彼女も眠れないのだろうとアリッサは推察し、物音を立てないように部屋を後にする。

 階段を下りて、玄関まで来て、ドアを開けて、家をぐるりと裏手の方まで歩いていく。そうして、先ほどそこにいたであろうユリアの影に声をかけようとしてアリッサは一度立ち止まった。

 なぜなら、アリッサの他に先客がおり、ユリアと話しているのが目に映ったからである。


 アリッサは慌てて飛び出しかけた体をひっこめて、息を殺し始める。耳を澄ませば、アリッサの父親と思しき人物の声が聞こえてくる。アリッサは何か重要な話でもしているのだろうと思い、その場から立ち去ろうとした。


 「教えてくれませんか。アリッサとあなた方の関係を……」

 「ユリアさん。それはどういう意味だい?」


 この言葉を聞いた瞬間、アリッサは踵を返し始めた足を止め、物陰に隠れたまま動かないで、話している二人の様子に聞き耳を立てはじめた。アリッサは自分が少しだけ不安げな表情をしていたことも、2人がどんな表情で話していたのかも、街灯の灯りがないため、ほとんど見えなかった。

 ただ、風の音に乗って、会話だけは聞こえてくる。


 「あなた方の身体的特徴や、弟、妹までも彼女とはかけ離れているように見えました。ですから、私は今、あなたに尋ねています」


 『あぁ、そう言えばユリアにはまだ話していなかった』とアリッサは思いつつ、同時に育ててくれた両親の本音の言葉がどうであるのかに興味が移っていく。アリッサが聞いても『家族だ』としか言われないため、実際のところが気になってしまったのである。


 「あぁ、そのことですね。まず初めに言わせていただくのならば、アリッサは私の娘です。それは事実として変わりません」

 「その話しぶりから推察するに、彼女はやはり……」

 「そうですね。彼女を拾ったのは、雨風が窓に叩きつけるような嵐の夜でした。家庭を持つと決め、冒険者を辞して、ここに越してきてすぐのことでしたからよく憶えています。誰かの鳴き声がすると思って玄関を開けたら、綺麗な布に包まって、アリッサがいたのです」

 「失礼ですが、『アリッサ』という名前はあなた方が?」

 「えぇ……童話のような出会いでしたので、そこから少しだけ文字って名付けさせていただきました。ですが、その名前に恥じないほど、理性的な娘に成長したと思っております」

 「……そうですね。アリッサは、自分で考え、自分で決断し、そして時に驚くほど感情をコントロールしてみせます。そのようなところが、私と彼女が仲良くなれた理由なのかもしれません」

 「私としても、ユリアさんのような高貴なお方が、アリッサの友人でいていただけることはとても光栄です」


 ほんの少しだけ空白の時間が流れる。二人とも、次に何を話すべきかを探っているのだろう。虫と風で草木が揺れる音だけが十数秒続き、また静寂が破られる。




 「あなた方にとって、アリッサはどんな少女でしたか?」

 「そうですねぇ……一言で言えば、『変人』でしたね」


 父親の言葉にアリッサは思わず、飛び出して殴ってやろうかと拳を強く握り締めた。そんなアリッサをよそに、父親は言葉を続ける。


 「あの子は、色々なことに気づくほど感性が鋭いのに、異常なまでに諦めが悪いんですよ。本当はあの子自身が無理だと思っているのだろうと、こちらが顔を見てすぐにわかるのに——————」

 「表情に出やすいですからね、アリッサは……」

 「仰る通りです。ですが、その状態でも、あの子は笑いながら何度も何度も失敗するんです。魔術を使おうとして杖を爆発させたり、料理を使用してコンロを破壊したり、と魔術の才能はそれこそ、からっきしでしたね。それでも、何度も練習しているうちに人並みには制御できるようになっていって……。私も、教えていた私の妻も成功したときは泣いてしまいましたよ」

 「それ、日常生活は大丈夫なんですか……」

 「不思議なことに、勉強なども含めてそのあたりは卒なく平均程度にはこなすんですよ……」

 「彼女の魔力属性はご存じで?」

 「それが……教会の魔術水晶で測ってもいつもいつもアリッサが触れるとまともに機能しなくて、水晶の色が全く変化しないんですよ……」

 「なるほど……それで、無属性魔術だけを教えていたんですね。彼女が唯一、使用することができたから」

 「その通りです。ですが、魔術をある程度使えるようになったことで、それに満足しなくなったあの子は、今度は私に教えを請いに来たんです。剣の使い方を教えてくれって—————」

 「好奇心旺盛ですね」

 「もう、旺盛過ぎて、いつも大怪我をしていましたね……。親を探す旅に出ると言ってきかないあの子を納得させるために、厳しいことを教えていたのも事実なのですが……」

 「結果は見えていますが、一応尋ねてもよろしいですか?」

 「えぇ、頭を抱えたくなるほどに、何度も失敗しているうちに、覚えちゃったんですよね。剣術も、フィールドでの体の動かし方も……。そしたら、私もだんだん熱が入ってきちゃって……気が付いたら私の知りうる限り冒険者としての知識を教え込んでいました。まぁ、レベルはほとんど上がってなかったのですがね……」

 「このあたりはモンスターの気性も荒くなく、危険も少ないですからね……」

 「そうなんですよ。それでさらなる冒険に飛び出そうとするあの子を説得しようとするのはとても大変で……。妥協案として学院への入学を促したわけです」

 「それだけ聞けば、たしかに『変人』ですが……。あなた方は違和感を覚えたりはしなかったのですか?」

 「そりゃあもう、人とずれてますからね。違和感だらけでしたけど……それがなんだというんです? あの子は確かに不器用で何度も失敗したり、他人と上手くコミュニケーションをとれないことも少なくなかったですけれども、それで嫌うようなことはありませんでしたね。例え瞳の色や、顔立ちが似ていなかろうと、あの子は私たちの子供です」

 「幸せ者ですね。アリッサは……」

 「ユリアさん。アリッサは私たちをどう思っているのでしょうか。自分の両親を探そうとするぐらいですから、きっと私たちとあの子の間には————」

 「いいえ……。アリッサはきちんと、あなた方を大切な家族だとおっしゃっていましたよ。その上で自分が何者であるのかを知りたいんだと私はお聞きしました。だからきっと、あなた方が思うような感情をアリッサは抱いておりません」

 「ですが——————ッ!」

 「——————彼女はウソを付くのが下手です。顔を見ればすぐにわかるでしょう?」

 「それは——————。たしかにそうですね……。あの子は確かにすぐに顔に出てしまう……。思い返してみれば、あの子が私たちにそういう顔を向けたことは一度もありませんでした……」


 まだ話は続いている。だが、アリッサはここまで来て、いつの間にか足を玄関の方に向けていた。自分の胸が熱くなっていることに気づいたのは、逃げるように部屋に戻ってからのことだった。予想以上に心臓の音がうるさく、深呼吸をしても抑え込めているのかわからなかった。

 涙は出ていなかったが、瞳に映る空の色が嫌に青く感じられ、耳が焼けるように熱かった。


 それは、あの会話の続きで父親とユリアが何を話していたのかなど、もはや頭にすら入らず、先ほど聞いた内容でさえも消えて行ってしまうほどにアリッサの体に異常をきたしていた。




 ◆◆◆◆



 荷物をマジックバックへと押し込めて、両親との出立の挨拶を済ませ、実家を出立して数時間。ユリアとアリッサはリリアルガルドの首都、ベネルクへの帰路についていた。数時間たった現在でも、別れ際に自分がどんな顔をしていたか、などというの些細なことをアリッサは憶えていない。ただ、いつもよりもひどい顔をしていたことは確かなのだろう。

 また戻ってくることはあるのだろうが、その時はきちんとお土産や冒険譚を持ち帰ろうと心に決めるしか今はできない。きっと、そんなことでしか、彼らにお礼をすることはできないのだろう。



 アリッサは流れゆく景色の中、今までのアリッサとしての人生を少しだけ振り返り、大きく深呼吸をしたと、寝不足のはずのまぶたを大きく開けて、自分の瞳で進行方向を見据える。薄桃色の瞳に反射するように映る水平線の向こうには、長い道が続いていて、自分が小さくなっているように感じる。

 そんな広大な世界の一部である道路を走る自動車の上で、アリッサは運転手であるユリアの方を見ずに、前だけを見たまま口を開いた。


 「ユリア……聞いてほしいことがあるんだけど……」

 「なに? 趣味が何とかっていうのは興味ないから答えないよ」

 「ううん。そうじゃなくてね……。私、新しくギルドを作ろうと思ってるんだ。これから起こるかもしれない戦乱を止めるために、そして、私と同じような境遇な人が間違いないようにするためのギルド……」


 ユリアは運転をしながらミラー越しにこちらのことを見たように思えたが、アリッサはそちらの方を見てはいない。


 「ふーん。最近、お兄様と一緒にやろうとしていること?」

 「うん……。突拍子もなく、スケールが大きく感じちゃうけど……私たちはやるつもりだよ」

 「……ねぇ、アリッサ……それは、あなた自身が笑顔になれること?」

 「わかんない。でも、私のやりたいことではある。不可能だとか言う前に、限界のギリギリまで足掻いてみたい」

 「そっか……。だったら、答えは決まってる。いいよ—————。そのギルドに入って、一緒に闘ってあげる」

 「ありがとう—————」



 それ以上は何も語らった。それ以上を語る必要もなく、あっさりとその事実は決まった。なぜなら、アリッサにとってもユリア以上に信用できる人物はいなかったからだ。

 そんなユリアは逆に、アリッサがこの先どんな選択をしていくのかが少しだけ気になった。同時に、この人物は目を離したら自分の知らないところで死んでしまうのではないかという不安が彼女を動かしたというのもまた事実であった。そんないくつもの偶然が重なって、ユリアはアリッサの作ろうとしているギルドへの参加を果たす。


 「———————で、これはギルドの活動とは関係ないんだけどさ……」

 「どした?」

 「ユリアのお兄さんを一週間ぐらい貸してほしいんだけど……」

 「あたしの所有物ではないから返答はできないけど、理由だけ聞いてもいい?」

 「ブリューナス王国の御前試合に出る—————」

 「ぶほぉぉぉ!! 随分と大きく出たね。あれはリリアルガルドのお遊びのやつとは違うよ? 本当に猛者しか集まらないからね?」


 ユリアは驚きのあまり咳き込み、ハンドルが揺れたため、アリッサが慌てて横から制御を整えた。そして、落ち着いた頃に手を離し、理由を話すために静かに語りだす。


 「猛者しか集まらないことはわかってる。でも、アイツ……えっと、アスティに私はリベンジしたいの……。そのために、強くならなきゃいけないんだ。できるだけ、短い間に——————」

 「それでお兄様ねぇ……まぁいいけどさ……。口利きだけはしとく」

 「おぉ、流石——————」

 「これぐらいお安い御用。その代わり、貸し1つってことで」

 「抜け目ないね……」

 「当たり前————。ただで、あの面倒な兄は動かさないよ」

 「面倒なんだ……」


 口を滑らせたことに、ユリアは即座に黙り、無言で運転を継続する。アリッサがいくら話しかけても全てを無視するため、アリッサも疲れて、聞くことをやめてしまう。そうして、静かな旅路が数分間ほど続く。



 そんな静寂を破ったのは、ユリアの方であった。


 「——————アリッサってさ……前世の記憶とかあったりするの?」

 「———————えっ!?」

 「当たりか……。まぁ、数々の奇行はあったしそうじゃないかなーとは思ったけど、やっぱそうなるんだね」

 「まって、どうしてそれを??」

 「とりあえず、今はアリッサの前世についてね……。どんな人生だった?」

 「さぁ……憶えていることは、自由の利かない体で、足掻いてたことぐらいかなぁ……。というか、ほとんど私としての記憶が強すぎて、思い出そうとしても他人の手帳をのぞき込んでいるような感覚しかないんだよね……」

 「ふーん……まぁ、それなりの人生だったんだね」

 「—————ちょっと待ってね。ユリアにそれがわかるってことは、ユリアも転生者だったりするの?」

 「転生……なにそれ……。輪廻転生の俗語みたいなもの?」

 「違うの? じゃあなんでわかったの?」


 ユリアはブレなく運転操作をしながら、少しだけ考えるように押し黙り、そしてゆっくりと口を開いた。


 「生まれ変わりや前世の記憶を持っているという意味合いで“転生者”っていう言葉を使っているなら、あたしも当てはまる」

 「どういうこと?」

 「あたしの前世の名前……『ブロスティ・リーゼルフォンド』」


 アリッサは何かを聞き間違えたのではないかと思い少しだけ情報を整理する。確かに、自称魔王の生まれ変わりが近くに居たりはしていたが、まさか、まともな思考をしていると思っていた貴族令嬢のユリア・オータムが2000年前に聖女と呼ばれた人物だと思えるほど、アリッサはバカではなかった。


 「ちょっと待って……『ブロスティ・リーゼルフォンド』ってアレだよね? リーゼルフォンド皇国の建国者にして、ブロスタ教の象徴として崇められている聖女様だよね。それがその……え??」

 「あなた、絶対、あたしの口調やら言動から否定しようとしたでしょ」

 「いや、だって——————」

 「残念ながら事実なんだよねー、これが—————。ま、建国したのも、聖女として崇められたのも別人なんだけどさー」

 「どういうこと?」

 「知らなくていい。面白いことでもないし、テストだとバツを付けられるだけだから」

 「ちなみに聞いてもいい? ユリアの宗教は?」

 「前世からずっと神龍ラグナロク様を崇めるラグナロク教—————。何が面白くて、自分の名前の宗教に入ると思う。気持ちわる……」

 「あ………あぁ……うん。まって……頭の中を整理するから——————」


 アリッサは頭の中を整理しようとして空回りを繰り返し、結局、首都ベネルクに到着するまでひたすらに唸り続け、事実として受け入れるしかなかった。ちなみにこの事実は、ユリアとアリッサだけで共有されることとなり、他の人物には知られることがなかった。

 しゃべったとしてもジョークにとらえられてしまうのだが……




 そうして、5人が揃い、新しいギルドが誕生することとなった。

地上から遠い場所にあり、尚且つ地上に寄り添うように存在する物体の名を借りて、そのギルドはこう名付けられた。


『月のゆりかご』と——————




【月のゆりかご】初期メンバー

ギルドリーダー:キサラ LV84

サブリーダー兼作戦指揮:パラドイン・オータム LV134

会計・書記:フローラ LV60

一般:アリッサ LV70

   ユリア・オータム LV18

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る