第2部 ブリューナス王国動乱編

第1章 二つの星は輝いていた

第1話 アリッサの告白

 

 「みんなに話があるんだ……」


 静かな夜の一室で、少女は俯きながら、そう口火を切った。




 学術国家リリアルガルド。アリッサの前世の知識で言う西洋の建築様式で作られた街並みがあり、小国ながら様々な研究機関が乱立し、それに伴う魔術の学校も数多く存在する。周辺諸国で唯一、君主制ではなく間接議会制を行っており、建国者『ノイマン・リリアルガルド』の名前に恥じない識字率や治安の良さを誇っている。

 また、永世中立国として様々な国々と国交を持っているため、商人たちからは流通の拠点としても知られている。西方の宗教皇国リーゼルフォンド、東方の軍事王国ブリューナス、海を隔てて北西にある魔族王国アストラル、同様に海を隔てた北東には商業連邦ノルド、ブリューナス領土の山脈を超えた南方には魔導共和国フィオレンツィア、等と様々な大国の中間地点にあるが故、この地点の重要度は計り知れない。


 そんなリリアルガルドの首都ベネルクの一角、飲み屋街からほど近い場所にギルド『華の同盟』の本拠地は存在する。先日のリーゼルフォンドとの抗争により、街並みは未だ復興途中ではあるが、投入された莫大な資金により、瞬く間に元に戻りつつあった。その例に漏れず、『華の同盟』の手狭なオンボロ牙城も立て直されて、完成間近に迫っていた。

 拠点を失ったからと言ってギルドメンバーである彼女たちは止まるはずもなく、今現在は、偶然無事であったギルドメンバーの一人の親元の宿屋の一室を借り受けていた。


 そんな宿屋の三人では狭い一室で、アリッサという少女は口を開く。闇夜の窓に反射した彼女の姿は、何事にも動じないような薄桃色のぱっちりとした瞳は少しだけ曇り、茶色で癖の少ないセミロングの髪の毛は何も飾り付けがないまま肩の少し下まで伸びている。肌色は多少の日焼けがあるぐらいで血色がよく、顔の輪郭もわずかに幼さが残る程度で、健康状態は良好であると言える。身長は165センチメートル前後であり、体型は実家での畜産業や狩りで鍛えられたせいか、やや筋肉質であり、柔軟性などがうかがえるような細身ではあるのだが、それに伴って胸囲に関してはあまり豊かではない。


 アリッサの目の前には、二つのベッドの縁に腰かけたフローラとキサラ。二人とも、この3人しかいない『華の同盟』の残りのメンバーである。だが、それ故に、彼女たちと潜り抜けた死線は数知れず、絆も固い。

 だからこそ、アリッサの神妙な面持ちに対し、キサラは凛とした表情のまま、あまり顔色を変えてはいなかった。


 「それで……改まって言う話とは何ですか、アリッサ」

 「それは……その……私についてのことなんだけど……」

 「なにか隠しごとですか? わたしたちは家族でもないですし、それが普通ではないでしょうか……」

 「それは……そう……だけど……これは……言わなきゃいけないことかなって……」


 歯切れが悪そうに、何度も言葉を詰まらせているアリッサに対し、フローラは優しく微笑みながら、アリッサが続けることを無言で促してくれる。そんなフローラに勇気づけられ、アリッサは大きく息を一度だけ吸い込み、自分のことを語りだした。


 「私ね……前世の記憶があるんだ……」

 「前世……ですか? それは昔生きていた人としての記憶ですか?」

 「ううん……。ここじゃない世界。ここじゃない文明。ここじゃない時代に生きた記憶……。気味悪いって思われるかもしれないけど、私が有しているのはあくまで記憶だけで……あくまで、私は私というか……その……」

 「いつからですか?」

 「入学試験の時ぐらいから……かな……」


 キサラは両腕を組んで、少しだけ考えるような素振りを見せた後、隣に座っているフローラに目配せをする。フローラもキサラの方を見て微笑み、同意したように見えた。


 「アリッサ……たとえ、あなたがどんな記憶を持っていようと、わたしたちが知っているのは今ここにいるアリッサです。その事実は変わりません。その程度であなたを嫌うのなら、既にここにはいないとも思いますが?」

 「だって……でも、私は……」

 「くどい—————ッ! だいたい、あなたが変な人であることは既知の事実です。それを今更、理由がこうでした、と言われたところであなたとの関係は変わりません。まったく、見くびられたものですね。むしろ、突き放されると思われていたことの方が心外です」

 「キサラさん……。フローラ……」


 アリッサが顔を上げ直すと、そこには鼻を高くして起こっているキサラと、苦笑いを浮かべているフローラがいた。どうやら、アリッサが思っていた程、この二人との友情は強かったようである。それ故に、アリッサは次なる言葉を探し出す。これまでの事実を打ち明けることは最初の一歩でしかない。

 アリッサはパラドイン・オータムという男と手を結んだ約束を果たすためにこの場を設けたのだから—————


 「それで、続きは何なのですか? あなたがそれだけのために、こんな時間に呼んだわけないのでしょう?」

 「なんでわかるの!?」

 「アリッサ。それは、あなたが顔に出やすいからですよ。『実はまだ話したいことがある』って顔に書いてありました」

 「フローラ? 私ってそんなにわかりやすい??」


 二人が同時に頷いたのに対し、アリッサが落ち込んだように肩を落とす。深いため息を吐きながら、『トーチ』の魔術による自分の影を揺らしているアリッサに対し、キサラとフローラは口角を少しだけあげる。


 「別に怒りませんから、とりあえず言ってみてください」

 「キサラさん……本当に怒らない?」

 「怒りません。だから、言ってみてください」


 自信満々にいうキサラに安堵し、アリッサは少しだけ言いづらそうにしながらも、いつもと同じ声量で事実を告げた。


 「私、『華の同盟』を解散したいの……」



 刹那、部屋の空気が全て凍り付いた——————




 自信満々のはずのキサラの顔や、微笑んでいたフローラの顔が固まる。まるで急速冷凍された食材か何かのように強張ったまま動いていない。


 「あの……なんか……ごめんなさい……」

 「アリッサ……。とりあえず怒らないと言った手前、強くは否定しませんが、経緯や理由を聞かせてもらえませんか?」

 「やっぱり、怒ってる?」

 「怒ってません。なぜ、突然の『解散』になるのかを聞きたいのです」

 「えっと……その……私が前世の記憶を持っていること……。私の知識では『転生者』って呼ぶんだけど、今回のリーゼルフォンドとの衝突の影にその存在があって……。だから、これからはそういう人が間違えないようにしたいと思って、先輩……パラドインさんと約束したんだ」

 「ストップです。説明が下手くそ過ぎて、まともに内容が入ってきません。順を追って説明を願えますか?」


 呆れるようなキサラに対し、アリッサは無言でうなずいて、少しずつではあるが、事の顛末や、そこに至たるまでの経緯を語りだす。『転生者』とは何なのか、転生者が持つ能力が何であるのか、どうしてリーゼルフォンドが力を付けたのか、そして、アリッサがリーゼルフォンドでなにをしたのか。

 それらすべてを包み隠さずにアリッサは口にしていく。そして、全てを話し終えたアリッサに対し、キサラとフローラは少しだけ考え込む。そして二人で同時に頷き、フローラの分までキサラが口を開いた。


 「アリッサの事情はわかりました。その提案を受けて、『解散』を受け入れましょう」

 「ごめんね……勝手な判断をして……」

 「—————その代わり条件があります」

 「条件??」

 「1か月……。つまりは8月10日までにわたしたちを含めて最低5人集めてきてください。そして、新しいギルドを立ち上げましょう」

 「いいの……」

 「構いません。『華の同盟』の使命は既に終わっていました。故に、新しい目標も必要でしたから……。それが少しだけ大きくなっただけのことです」

 「5人ってことは、私を含めてあと一人ってこと?」

 「アリッサが信用に足ると考える人物で構いません。けど、それは数合わせではだめです。本当の意味であなたを支えてくれる人に限ります」

 「心配してくれているの?」

 「心配していません」


 アリッサの問いに即答するキサラは少しだけ恥ずかしそうにしていることが見て取れたためアリッサは少しだけ微笑んでしまう。だが、同時に、キサラたちの課題の難しさを理解できた。つまるところ、アリッサの先ほどまでの話を全て受け入れてなお、世界すべてを敵に回してもアリッサを信じてくれるような人物でなければならないということである。そんな善人のような人物は早々に現れるはずもない。

 しかしながら、アリッサはその難題を平然と飲み込み、神妙な面持ちのまま、薄桃色の瞳を輝かせる。

 そして、2人の前で堂々と、そして挑みかかるように宣言した。


 「わかった。連れてくるよ……あと一人……」


 

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