第4話 シュテファーニエの依頼


 キサラが案内されたのは、おそらく組合の職員が使うためのものであろう応接室であり、会議室とは程遠い荘厳な装飾が施されていた。しかしながら、キサラも、キサラを勧誘した少女も、それに臆することなく室内へと足を運び、護衛の人物たちは扉の外で待機してくれている。

 二人は、向かい合うように、クッションがしっかりとした革製のソファへと腰かけ、慌てている職員が飲み物を置いて部屋を去ったのを境にして、ようやく交渉が始まった。

 はじめに口火を切ったのは、灰色の髪をした少女の方……


 「さて、キサラ……。改めて名乗らせてもらおう。私の名前はシュテファーニエ・ブリューナスだ。王位継承権は既に放棄しているがこれでも王女としての地位はある。ちなみに、婚約者はいない。既に心に決めた御方がいるのでね」


 キサラはシュテファーニエの名前を聞いた瞬間に、僅かに眉が上がる。たしかに、平民であり、舞踏会などには縁がないキサラではあるが、名前だけは知っている。『若き天才』『王国の奇人』『舞踏会の台風の目』などと、様々なあだ名がある人物であり、国民によく知られた人物ではある。ただし、このように城下に顔を出すことがほとんどないため、顔は肖像画でしか知られていない。もしかしたら、変装などをして溶け込んでいたのかもしれないが、少なくとも、キサラは初めて顔を拝見した。

 名前を聞いたキサラは、一瞬だけ慌てるが、即座に冷静さを取り戻し、一度立ち上がって深々と頭を下げる。


 「失礼いたしました。シュテファーニエ殿下—————。殿下とは知らず、ご無礼の数々をしてしまったわたしをどうかお許しください」

 「構わないさ。それよりも、堅苦しいのは苦手なのでね。キサラには気軽に『ステフ』と呼んでもらいたい」

 「それはできません」

 「ならば、命令だ——————」

 「それは……」

 「なーに、公式な場で、呼ばなければいいだけのこと……二人だけの時にそう呼ぶ、これならば構わないだろう?」

 「畏まりました。ではそのように……」


 キサラは戸惑いつつも、足を組んで堂々と背もたれに腰かけるシュテファーニエの指示の元、もう一度ソファに腰かける。


 「さて、そろそろ本題に入ろう。ちなみに、私が王女だからと言って無理に受ける必要はない」

 「元よりそのつもりです。そこまでの義務や権利があなたにあるとは思えませんから」

 「全くもってその通りだ。いいねぇ、益々気に入ったよ」

 「お話の続きを——————」

 「これは失礼……。単刀直入に行くが、今回依頼したいのは『我が兄の暗殺の阻止』だ」


 キサラはたった一言聞いた瞬間に、少しだけ考えるような素振りを見せつつ、即座に応答する。


 「もう少し詳しくお話を願えませんか?」

 「ふむ、具体的には?」

 「殿下がおっしゃっている『兄』とはどちらのことですか?」

 「殿下ではなくステフと呼んでくれ。兄についてだが、どちらが狙われているのかわからないため、どちらも対象だ」

 「そうですか。ならば、暗殺を阻止するための護衛期間はどの程度ですか? こちらは学生の身ゆえ、長期滞在は不可能です」

 「滞在についてはこちらが手をまわす。あと、間違ってもらっては困るが、護衛期間ではなく、暗殺の阻止が依頼内容だ」

 「成る程……つまり、『手がかりを探すところ』を含めて全て、というわけですね」

 「理解が早くて助かるよ」


 シュテファーニエは、全く動じることなく入れてもらったお茶を飲む前に、大量の砂糖を入れる。


 「依頼内容はおおよそ理解いたしました。ここからは報酬の話を致しましょう」

 「あぁ、それなら希望金額を言ってくれたまえ」

 「でしたら、正確な勤労時間がわからないため、時給換算で致しましょう。わたしのランクがゴールドであるため、その平均時給を基本給として、達成時に追加報酬を頂きます」

 「それで構わない……と言いたいところだが……。ふむ、今回は失敗できない案件でね……。キサラが望むのであればその1.5倍は出そう」

 「必要ありません。そこまでの働きを期待しているのであれば別を当たってください」

 「———————だからこそ、だよ。そういう人材を私は欲している」


 シュテファーニエは砂糖が解け切った紅茶を一気に飲み干しつつ、不敵な笑みを浮かべた。


 「では、達成時に時給換算を1.5倍にすることで手をうちましょう」

 「あぁ、それで構わないさ。少しばかり多く入っているかもしれないがね」


 キサラはシュテファーニエの冗談を無視して、表情一つ変えないまま会話を続ける。


 「では、これにて契約は成立です……。シュテファーニエ殿下、最後に一つだけよろしいですか?」

 「ステフだ、キサラ。そう呼んでくれ……」

 「善処します」

 「善処してくれ、全く……。—————で、聞きたいことは?」

 「なぜ、わたしなのですか? あの場には、もっと強い冒険者がいたはずです。それ以前に、ブリューナス王国の騎士団の方が信頼できるのではないですか?」

 「ふむ……もっともな質問だ……。そうだなぁ……簡単に言うならば……キサラの“色”が虹色だったからだよ」


 キサラはシュテファーニエの言葉に対し、はぐらかされたと考え、少しだけ眉間にしわが寄る。だが、それも束の間で、すぐに元の表情に戻っていた。


 「護衛の向き不向きでしょうか?」

 「それもあるね。あとはまぁ……『可愛かったから』ではダメかな」

 「もうそれで構いません。聞いたわたしがバカでした。煩わしい真似をして申し訳ありません」

 「キサラって、言葉に気を付けろって言われない?」

 「はて、そのようなことは一度も言われことはありませんが……」

 「まぁいいさ……。じゃあ、無事に引き受けてくれることを了承したことだし、今回の依頼を一緒に受けるメンバーを紹介しよう」

 「他にもいるのですか?」

 「聞かれなかったからね。心配しなくてもいい、彼らの腕は確かだ」


 その言葉の後に、シュテファーニエはわざとらしく手を鳴らして、外にいる護衛に合図を飛ばす。すると、閉め切っていたドアを開けて、ここまでシュテファーニエを案内してくれた護衛の二人が室内に入ってきた。


 一人は短めのツンツンとしてはねている金髪のがたいの良い青年。歳はおそらく、キサラと同じぐらいだろうか……。整った顔立ちともいえないが、別段悪いとも言い難い。少々丸みを帯びた深紅の瞳と合わさるように赤と白を基調とした軽装備。装備は同じような色の幅広のロングソードと言ったところだろう……


 もう一人はニット帽を被り、薄緑色の癖の少ない髪をした青年。体格は恵まれているわけではないが、鍛えられている筋肉は服の上からでもわかった。最初の青年よりも顔立ちは整っており、これで口が上手ければ騙される人は数多くいるのだろう。細い目じりの中にある淡い黄色の瞳はミステリアスさを醸し出している。装備の類は、キサラと同様に、わざと出していないため確認することはできない。


 「さて、紹介しよう。こっちのツンツン金髪の男が、わが国の近衛のエースでもあるユーリだ。この若さにして数々の実績を持ち、王から聖剣デュランダルを託され、剣からも主として認められている」

 「はじめまして。ユーリと言います。なにかわからないことがありましたら、気軽にお声がけください」


 キサラに対して丁寧に礼をするユーリを見ながら、キサラは彼の実力をそれなりに見抜いていた。聞き及んだことは多少なりともあり、詳しいことは知らないが、近隣のモンスターが減ったのは彼の功績の一つとも言われているらしい。

 それよりも、意思を持って持ち主を選ぶと言われているアーティファクトの類に認められているということにキサラは僅かに眉が動いた。


 「その隣にいる緑髪の彼はルルド。キサラと同じように元々冒険者として働いていたところをこちらがスカウトした形になる」

 「どーもっす。諜報、偵察、侵入、強奪。なんでもござれなんで、そこんとこヨロシク!」


 こちらはどうも礼儀にかけるが、シュテファーニエが選んでいる以上、キサラに拒否権はない。ビジネスとして付き合うことに徹するのみである。しかし、性格は置いておいても、冒険者上がりということは、キサラと同じように個人プレーにも精通しているという点では大変ありがたいのかもしれない。


 「以上、三人が今回の依頼を受けるメンバーだ。仲良くしてくれたまえよ」

 「シュテファー……ステフ様。わたしの紹介がまだ済んでおりません」


 キサラがシュテファーニエの呼び方に少し苦労しつつも声をかけ、ソファから立ち上がり、2人の青年の方へと向き直る。


 「はじめまして。キサラと言います。メインは前衛での遊撃ですが、魔術での後方支援も行うことができます。どうか、よろしくお願いいたします」

 「へぇー、キサラちゃんかぁ……よろしくー」

 「キサラさん。よろしくお願いします。皆で悪の野望を打ち砕きましょう」


 キサラはルルドに手を差し出されたが、軽く目線を移すのみで触れようとはしない。そして、ユーリの丁寧なあいさつに対しても、特に反応を示すことはなかった。

 それを見て、シュテファーニエはわざとらしく、お腹を抱えて笑い出し、険悪なムードを全てぶち壊していく。


 「アハハハハハハハハハハ!! これは面白い。やっぱりキサラを選んでよかったよ」

 「それは……どういう意味でしょうか……」

 「そのままの意味さ……」

 「はぁ……まぁいいです。勤務は明日からでかまいませんか?」

 「いいやダメだ。今日は、少しばかり顔合わせが必要だと感じたのでね」

 「姫さんの言う通りだな。このままじゃ、背中を預けるなんてまっぴらごめん被るぜ」


 シュテファーニエに同意するかのようにルルドが面倒そうに口笛を吹き始めた。キサラが周りを見渡してみれば、確かにあまりいい雰囲気とは言い難い状況であった。


 「しかし、シュテファーニエ様。一体、何をなさるおつもりですか? 我々に見合うクエストは王都よりも離れた位置にしかございません。往復すれば、調査の期間が削られてしまいます」

 「ユーリ君。バカかね、キミは……。別段、親交を深めるのにクエストである必要もないだろう。食事やダンスなど、いくらでもやりようはある……が、しかし、ここは冒険者の流儀に乗っ取るのが単純明快だな」

 「シュテファーニエ様……冒険者の流儀とは?」

 「そんなのも知らねぇのか、勇者さんは……」

 「なんだと!?」

 「たしかに、姫様の言う通り手合わせを行うのは有効でしょう。ですが、そこの緑髪は戦闘向きではないように思えます。そこはどうなさるおつもりですか?」


 冒険者なりの互いの確認方法。一番一般的なのは、自分の実力を示すことである。簡単に言うならば、演武や手合わせなどの勝負がそれにあたる。昔に、新人いびりをしている名残らしいが、今はもっぱら、相手に自分の実力などを証明する目的であることが多い。


 「ふむ……ルルドにはやはり、諜報活動……そうだな情報収集をさせよう。刻限は今から3時間後。それまでに、キサラの情報をできうる限り集めて来てくれ」

 「あいよ……毛穴の先まで調べ上げてやるよ」

 「さて、残りの二人に関してだが……ユーリのことを考えれば、やはりキサラの言う通り自分の武器で指し示すのが一番だろうな。少し待っていたまえ」


 そう言いながら、シュテファーニエは通信端末でどこかで連絡を取り始める。陽気な態度で連絡を取っており、音声通信を受けている相手に関してもそれを焦っているようには思えない。おそらくは、かなりの部下を従えてもいるのだろう。


 「よし、場所の手配は取れた。ルルドは私たちの場所を探るとこまでが仕事だ」

 「楽勝だね。早速行ってくるぜ、お姫さん」


 それを最後の言葉として、ルルドは口笛を吹きながら焦ることなく、部屋をゆっくりとした足取りで後にした。それを確認した後、シュテファーニエはもう一度手を叩いて、キサラとユーリの視線を自分に集める。


 「さて、お二人さん。もう一度言おう。キミたちにはこれから真剣勝負をしてもらう」


 そう言い放ったシュテファーニエの顔はまるで悪魔でも憑りついているかのように笑っており、そのコバルトグリーンの瞳はいつも以上に輝いた。


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