第13話 一夜明けて


 鎧の天使の襲撃から一夜が明けた。

 燃え盛る街の炎は雨が洗い流し、僅かな燻りを残すのみで、全て消え去っていた。瓦礫などの撤去や救助、修繕作業は残された魔術師などが行っていた。

 夜明けの太陽はそんなリリアルガルドの首都ベネルクに明かりを灯していた。だが、同時に、暗い影を作り出し、悲しみや怒りに伏せる市民を映している。未だに行方が分からない子供などがボロボロの服で何かを探している様子や、瓦礫の下を無暗に掘ろうと手を土で汚している大人もいた。


 そんな街の中でアリッサは、死体安置所として臨時に設置されたテントの外で、立ち尽くしていた。自らの友人の亡骸を運び込み、同時に中のむせ返るような死臭とすすり泣くような声に耳と鼻がおかしくなり、動けずにいたのである。

 テントを背中にして空を見上げれば皮肉なほど晴れ晴れとした朝日が見える。深呼吸して酸素を肺に取り込めば、血液が全身に巡り、自分が生きているという実感をより強くする。

 寝不足であるためなのか、まぶたは意外にも重く、顔色も良いとは言えないが、足や手はまだ動く。


 そうやって、体の感覚のズレを少しずつ戻していると、誰かがこちらに向けて走ってきた。息を切らしながら、泥水が跳ねることを厭わずに、他のゆっくりとした市民とは対照的なその動きをする人物に、アリッサの閉じかけた瞳は再び見開くこととなる。それは、アリッサに護衛を任せ、行方をくらませていた自称魔王のアストラルであった。

 アストラルは、アリッサに駆け寄ると、開口一番にいつも通りの不敵な表情を浮かべてみせた。


 「おい、どうした? まさかこの程度で死ぬ貴様ではないだろう。悪魔にでも足首を掴まれた表情をしているぞ」

 「うるさい黙れ……」

 「サリーの無事は確認できた。まさか、リーゼルフォンドの兵器がこれほどとは思わなかったが、無事にお前の依頼は達成だ。誇るがいい」

 「黙れ——————」

 「ほれ、報酬の金一封だ。お前の貧相な装備の足しにでもするがいい」

 「黙れって言ってんだよ—————ッ!!」


 アリッサは布袋に入った金貨を手渡そうとしたアストラルの手を払いのけた。幸いにして袋の中身が地面に転がることはなかったが、その怒号に周囲の視線がアリッサに集まった。だが、それが視界に入らないほど、アリッサは眉間にしわを寄せ、奥歯を噛みしめていた。


 「今まで何してたんだ! 連絡もなく、いつ帰ってくるのかも、こっちからの連絡も全部無視! 挙句の果てに、この惨状を見て何もないのか! どうして私がここにいるのかすらも考えないで! あぁ、そりぁあ私は生きてますとも! でも……でも……そうじゃない人だって……」

 「何をそんなに怒っている。何かあったのか」

 「『何かあったか?』じゃない————! あなたがいればなんて言わないけど、それでも! 護らなきゃいけない大切な人の存在ぐらいは視界に入れろ!」

 「お前は……まさか……」

 「蘇生魔術の有効時間ぐらいは私も知っている。遅すぎた帰還に文句はつけない。でも、あの子のことぐらいはちゃんと—————」


 アリッサの言葉を最後まで聞かないまま、アストラルはアリッサを押しのけてテントの中へと入っていく。そこから、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。テントの中にいるアストラルは一言もしゃべっていなかった。


 蘇生魔術には有効時間がある。死亡してから時間が経てば経つほど、体への負荷が大きくなり、数時間も経てば、体をいくら修繕しようとも息を吹き返すことはないと言われている。たとえ間に合ったとしても、心を無くして人形のようになったり、誰かに補助してもらわなければ呼吸すらできない状態になることもある。

 俗説や通説では『魂が拡散してしまう』『体内のマナが失われる』『細胞が死亡する』なとというものがあるが、この蘇生できる時間との関係は未だに解き明かされていない。


 故に、夜明けと同時に帰還したアストラルには、テントの中でその他大勢と共に眠りについている壊れたセイディはどうすることもできない。肉体は魔術で修繕することはできるかもしれないが、それは、次第に腐り落ちるただの人形である。


 アリッサはその事実を知っているからこそ、アストラルを責めはしなかった。それでも、もう少し早くリリアルガルドへと戻ってきて、一緒に後夜祭を見て回り、一緒に闘っていれば、などという夢を見ないわけでない。


 でも、それは叶わないことと、アリッサは夢と同時に理解が及び、声に出すことはない。感情を胸の奥にしまい込み、噛みしめた奥歯を緩めて、眠気を振り払って前を向く以外の選択肢など、今のアリッサには取ることができなかった。



◆◆◆



 遺体安置所を後にして、アリッサはとある場所に訪れていた。大打撃を受けたリリアルガルドの首都ベネルクから、少し離れた郊外にある場所……。学院にほど近く、それ故に、被害がほとんどなかった場所……庶民寮や貴族寮などが置かれたその一角。

 一軒家のように見えるが、貴族用の貸し出し寮であるため、個々人で住所もある。今回訪れていたのは、その一つのオータム家の場所である。


 ペルートスからサリーとエステルが無事である連絡は受けていて、2人がここから元のアストラルの家に戻っている連絡は受けているため、アリッサがここに来た目的は、パラドイン・オータムという男に会いに来た、という以外にないことは確かである。


 恋愛感情などはないため、アリッサは、昨晩の戦闘で泥だらけのまま、家のドアをノックする。その音に反応して、ほどなくして目的の相手であるパラドイン・オータムが玄関に顔を出した。

 お世辞にも整っているとは言えない体型……いい意味で言えばふくよか、悪い意味で言えば肥満であるといったところ。胸元よりも大きく前に出たウエストに、内側の骨が見えないほどの覆われている頬の輪郭。癖のあるこげ茶色の短髪に、相手を睨むような鋭い鸚緑の瞳。おまけに性格は最悪と、どこをとっても、恋愛感情を抱く要素はない。


 それなのに、アリッサはその男のことを気づかないうちに信頼して止まない節があった。今現在も、こちらを睨んでいるパラドインに、不器用に作った泥だらけの笑顔を返せるぐらいには嫌っていない。


 「遅かったな……。俺の想定より6時間は遅い到着だ」

 「やっぱり……そうなんですね……。こうなるリスクをわかってて……」

 「さぁな……。俺が言えることは、今回の件と、あの天使の小娘とは、直接的な関係がないってことだけだ」

 「先輩……私……」

 「まずは中に入れ。ここで泣きだされてもかなわん」


 パラドラインは顎でアリッサを指示し、中に入ることを促す。アリッサも俯いたまま、それに従って家の中へと入っていく。そうして、客間へと案内され、泥だらけのまま座ることが躊躇われるほど、綺麗なソファへと座らせられる。反対側にパラドインも堂々と座り込み、レポートのように分厚い紙の束に目を通し始めた。


 「先輩……アスティにサリーの生い立ちをこっそりと探らせたのはあなたですよね……。いや、それだけじゃない……サリーの存在を、このベネルク中にアピールさせたのも……私を一時的に外すように進言したのも……」

 「だとしたらなんだ? 何か恨み辛みを言われるようなことはないが?」

 「わかってます。だからこそ、先輩に聞きたいんです……。あの鎧の天使はなんですか? どうして街の人まで巻き込まれなければならなかったのですか……」

 「なにか勘違いしているようだが、あいつらは、お前があの子を守っていたから来たわけじゃねぇ。あの子がここにいてもいなくても、お前が暴れようと暴れまいと、ここに来ていた……。お前ごときの言動1つであんな風になったと考えているなら、お前は自分の存在を驕り過ぎだ」

 「じゃあ、どうして! なんでセイディは死ななきゃならなかったんですか—————ッ!!」


 アリッサが訴えかけるように立ち上がったのを見て、パラドは無表情のまま、見ていた資料を間にあるテーブルに投げつけた。まるで、それに目を通せと、言わんばかりの態度であったため、アリッサは黙って資料を手に取って文字を読みだす。


 「ついさっき、リーゼルフォンドがブリューナス王国に宣戦布告をした。リリアルガルドに対しては、リリアルガルド政府が機密情報を漏洩させた責任を取り、あの天使の小娘を引き渡せという、最後通牒が今さっき届いた」

 「待ってください。じゃあ、鎧の天使はリーゼルフォンドの軍体で、それが昨晩のあれなら、最後通牒も宣戦布告も全部無視してるじゃないですか!」

 「昨晩の件は、リーゼルフォンド政府からすれば、観光のためのお散歩だったそうだ。それなのに、武力でリリアルガルドに殺されたと主張してる。まぁ、国際社会がどうとるかとか、歴史がどうとるかなど、勝った者が決めるのだからこの程度はよくあることだ」

 「それが、サリーと直接的に関係してない理由だというんですか……。それに、この資料に書いてあることは……」


 会話をしながら軽く目を通し終えたアリッサは、驚きで震えながらテーブルの上に資料を戻した。


 「あいつらは死なない。魔術ではない何かによって生み出された天使のようなナニカの小娘から作り出した神殿のようなもので蘇る。それが、リーゼルフォンドが開発した兵器……。永遠に死なずに、戦うたびに強くなる、そして指示通りに動いてくれる兵士を作れたのだから、そりゃあ、侵略を仕掛けるだろうさ。だから、お前は関係ない。これは起こるべくして起こった事象だ」

 「でも、リーゼルフォンドの狙いがブリューナス王国なら、ここを狙う理由にはならないはずです。無関係じゃないですか……。何もかも……」


 アリッサの疑問に対し、パラドは腕と足を組んで鼻で嘲笑してみせる。その瞬間に、アリッサは、この男がそうではない何らかの理由を知っているということが分かった。


 「地理的問題だな。リーゼルフォンドとブリューナスの国境はダベルズ山脈になる。おまけにそれを超えたら、カッツァ平野という見渡しやすい場所……。責めるにはちと面倒なんだよ。だから、リリアルガルドを狙った……。ただの通り道として潰すために————」

 「通り道って……。確かに物流の為に道は整備されていますし、ダベルズ山脈よりは通りやすいですけど、ここは中立な国なんですよ。そこを攻め落とせば、他国からどういわれるか……」

 「そんなもの、永遠に蘇り続ける兵士で黙らせればいい。武力とはそういうもんだ。お前だって、兵器を持たなければ争わない、っていうお花畑みたいな頭じゃないんだから、それぐらいわかるだろ。ここを落とす正当性なんてそれこそ、適当でいいんだよ。何か言われるよりも早く、落としちまえば文句も言いにくい」

 「だからですか……。自分たちの力をデモンストレーションするために、ベネルクを襲撃したんですか? 次はもっと鎧の兵士を連れて空挺襲撃をするぞって警告を受け入れさせるために……」

 「わかってるじゃねぇか……。まぁ、リリアルガルドはそれこそ高レベルの冒険者や学生なんかはいるが、軍隊そのものの規模や国土が大きいわけじゃねぇ。動かせるものが少ないリリアルガルドが、第一次世界大戦を生き残れたのは軍事技術が強かったからだ。でも、その優位は覆された……」

 「すみません。そのあたりの歴史の授業はさわり程度しか知らなくて……」

 「まぁ、そのあたりの裏事情は与太話だが、お前にもわかるように簡単に説明すると……」

 「この世界で過去に起こった世界大戦は2回でしたよね。40年ほど前の第一次大戦と、20年ほど前の第二次大戦……」

 「その程度はわかるか……。第一次の頃から通信を使えたリリアルガルドは元々侵略国家でも何でもないし、防衛だけなら強かった。他の国が侵略で統廃合している中、その領土を保ち続けた。第二次世界大戦のときも都市結界や、魔導兵器、立地に助けられて、隣国が滅びゆく中、その権威を保ち続けた。まぁ、ブリューナス王国に拡充の意思がなかったことも幸いだったな。だが、この二つが俺たちの元の世界と大きく違う点がある。わかるか?」

 「日本……えっと、ヤマト国が内乱をしてて参戦してないことですか?」

 「それもそうだが、主な相違点は『早過ぎた』ことだ。現在は聖魔歴1956年。第二次の終戦が21年前……。対規模破壊兵器なんていうものは魔術師だけであり、戦域も俺たちの元の世界の歴史よりも拡大しなかった……。だから、そろそろだと思わないか?」

 「まさか……三回目が起きるって言うんですか……先輩は……」

 「あくまで予測の話だ。だが、それを予兆するかのように、リーゼルフォンドが新兵器を出してきた。無限に蘇る魔術師なんていうチート級のものを振りかざして……な。さて、この話をお前にした理由、わかるか?」


 唐突な尋ねるようなパラドに対し、アリッサは怒り狂っていた矛をいつの間にか抑え込んで、ソファに座って考えていた。どうして、唐突に一国が大きな力を持てたのか……。それらを最近体験した様々な出来事を振り返りながら思考を巡らせていく。

 数秒後、様々な答えを導いたアリッサは、最後にこちらの回答を待つパラドを見て一つだけに絞り込む。そして、うかがうように、ゆっくりと口を開いた。


 「リーゼルフォンドに転生者がいる……っていうことですか?」

 「正解だ。さらに言えば、国に影響を及ぼせるほどの能力を有した奴が出てきたっていうところだな」

 「どうして……何のために……」

 「知らねぇよ。そんなこと……。ただ一つ言えるのは、そいつが天使の小娘を作り出したっていうことだけだな。そして、そこから無機物に魔術師の意思を与える技術が生まれた。コアとなる部分はサリーの体の一部でなければならないようだが、それでも、培養したとなりゃあ、必然的にあいつは不要になる。それが、倒しても消える鎧の天使の正体だ」

 「どうやったら止められるんですか……」

 「どちらに対してだ?」

 「戦争の方です。転生者の方なら、話せば多少なりともわかってくれるはずですから……」

 「……まぁ、お前がそう思うならやってみればいいさ。戦争の方については、簡単だ。その神殿のような装置を研究データごと全部ぶっ壊せばいい。お前が執着する天使の小娘も含めて全部な」


 あざ笑うかのようなパラドの不敵な笑みを、アリッサは眉間にしわを寄せて睨みつける。それ以上は何も言わないが、流石のパラドもアリッサが何を言いたいかを察してため息を吐く。


 「冗談だよ。あの小娘を殺さない方法はいくらでもある。だが、ちと面倒になることは確かだな」

 「なら……私にできることはただ一つです。きっと私は、先輩の作戦を聞けばそれに反対するでしょうし、私経由で漏洩する可能性が大いにあります……。だから、これ以上は聞きませんし、詮索はしません」

 「お前はそういうやつだよな……。自分のことを他人以上にわかっている……。で、何が望みだ?」

 「—————先輩、私が何も反対しないことを条件に、一つだけ約束してください。サリーを殺さないこと、そして、最小限の犠牲でこの事態を収束させること……この二点だけ」

 「それに、お前の生死が含まれても……か?」

 「当然です。それを込みで反対をするつもりはありません。だから—————」


 アリッサは俯いていた顔を上げ、拳を強く握りしめて、唇をかみしめながら、薄桃色の瞳を見開いて、パラドに視線を合わせて、動かさない。そして、静かに、挑みかかるように、凛とした面持ちのまま、ゆっくりと言葉を続けた。


 「先輩——————。私は何をすればいいですか?」


 そのあまりの意外な反応に、パラドイン・オータムという人間は戦慄する。それはわずかに上がった口角に現れていたが、アリッサには気取られていないように見えた。パラドは小さく呼吸してすぐに顔を整えて、アリッサに不敵な笑みを浮かべて、彼女の問いの答えを指示した。


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