断章 記録映像


 サリーの護衛任務をアリッサに任せ、アストラルことエマニュエル・アーストライアは単身で隣国のリーゼルフォンドへと飛んでいた。魔術で容姿を変え、身分を偽ることなどアストラルにとってみれば、容易な事だった。アストラルは、昔の愛称であるアスティと名乗り、時に旅商人、時に研究者など様々な職業に姿を変えていく。


 そうして、はじめに降り立ったのはかつて外交で一度訪れたことのある港町。そこを起点にして、サリーについての情報を集めていく。『リーゼルフォンドにサリーについての情報があるのではないか』というのは完全な決め打ちではあるが、一番可能性が高いため、そこから潰していく定石を取っている。

当然のことながら、『サリー』という名前は出せない上に、白紙の状態からしらみつぶしのように研究施設に潜り込むため、それなりに時間がかかる。もしも騒ぎを大きくすれば、外交問題になるだけでなく、本命の施設がサリーについての情報を隠蔽しかねない。

 故に、忍び込みながら可能性が高い順に潰していくしかない。


 そうして、50件近くにも上る国営や民間企業を渡り歩き、アスティはようやく正解にたどり着く。おおよそ5日間という想定以上の時間がかかっていた。また、その間、情報傍受の可能性を考えて、通信系端末は一切見ていない。


 当たりを引いた5日目の夜。潜入した民間企業の施設内をアスティは堂々と歩いていた。警備員に扮して、清潔感の溢れる固いゴム製の床を歩きながら、夜勤で働いている人間に挨拶を返す。


 事務所にある研究記録などの書類を確認して、一つずつに目を通していく。時には、映像記録などを確認し、また書類に目を通していく。それらすべてが、アスティには信じられないことばかりであった。


 それぞれの机に置かれた記録を読み漁り、最後に、事務所の端にある机に手を伸ばす。そこでアスティは机だけ、しばらく使われていないことに気づいた。埃が他よりも少しだけ多く、そして奇妙に感じる程に整理されている。

 アスティは疑問に思いつつも、書類を確認していく。だが、そこにあったのは、他の机のものよりも少しだけ古い記録ばかりであった。古いとはいっても、3週間ほど前までの記録は残っている。

 ここを退職した社員であるのだろうかと、机の引き出しを開けると、小さな宝石が付いた首飾りが入っていた。燃えるような赤い光を放つその宝石は、ここに座っていた誰かのものなのだろう。


 アスティはそれを手に取って見つめ、何も異常なことがないことを確認して、また元の位置に戻す。そして、机の引き出しを元に戻して、次の場所に移動しようと体を出口の方へと向けた。



 刹那—————



 後ろから声がした。



 「まぁ、待ちたまえよ。自称魔王アストラルさん」


 アスティがその声に反応して振り返ると、そこには一人の女性がいた。先ほどまで自分が調べていた机の上に座って足を組み、白衣を着たままコーヒーを飲んでいた。オレンジ色で眉上とうなじで切りそろえられた髪の毛、そして不健康そうな目じりと茶色の小さく丸い瞳を覆い隠すように、丸ブチのメガネをかけている。だが、その体は、僅かに光を透過しているためか、机の向こう側まで見えていた。

 アスティには、これが魔石を使った記録映像であるということがすぐに分かった。また、それを証明するかのように、アスティの返答を待っていたはずの女性は勝手にしゃべりだし始める。


 「やぁ、初めまして。私の名前はティアナだ。一応は、ここの研究員の一人かな……今のところは—————」


 アスティは、少し長くなりそうだと思い、人避けの結界と隠蔽魔術を発動させ、ここに立ち入る人を排除した。


 「キミがここに来たということは、無事にあの子はキミの元に届いたようだね。少しだけ賭けではあったが、これで私の勝利だ……。おっと、話がそれてしまった。まぁ、話せる時間も限られているし、手短に話そう。まずはキミの目当てのものだが、私の机の一番下にある。開けてみたまえ」


 そう言って、映像のティアナは机から立ち上がり、部屋の隅に体を預けて、自分の机の一番下の引き出しを指し示した。

 アスティが引き出しを確認すると、そこには木箱があり、中には鉄製の箱に入れられたチョコレートが入っていた。


 「それは、見た目上チョコレートに見えるけど、中身は別物だ。キミも資料を読んでわかる通り、いわゆる魔力丸薬と言ったところだ。主成分は鉱石と同じだから生物には害にしかならないが、あの子は違う——————」


 そう言いながら映像の中のティアナはもう一口だけコーヒーを口に入れた。


 「知っての通りあの子は生物ではなく無機物に近い。精巧に作られたシリコン入りプラスチック人形に魔石を入れて、勇者とやらに“奇跡”をかけてもらえばあら不思議。一人の女の子の出来上がりだ。まったくもって不可解なことだが、これは事実だ。だからこそ、あの子は、自身の体内の魔力が尽きれば瓦解する。だが、安心したまえ、それを一粒飲ませれば、日常生活を1週間は送れるはずだ。問題は—————」


 ティアナは、立ち尽くすアスティの体をすり抜けて、元の机の位置に戻り、自分の椅子に腰かけた。


 「あの子にかけられた安全装置……。アレに関しては勇者お手製のものらしくてね。私にはさっぱりだ。だが、必ず糸口があるはずだ。それさえ、見つければキミに救えるはずだ……。まぁ、それまでは、そのチョコレートと、丸薬の製法で命を繋いでくれたまえ……。さて、ここからが本題だ……と、言いたいが話は以上だ。どうせ他の研究員の机に答えはある。いまさら私が話しても、古い情報しか出てこない」


 ティアナは手に持ったコーヒーを一気に飲み干して、アスティに苦笑いを浮かべた。


 「キミにも予測できるだろう? 機密情報を外部に漏らしたバカな女の末路—————。それでも、私は、あの子に幸せになってほしかった。たとえ作り物だったとしても、この研究施設で細胞を取り出すだけの道具にさせるだけの人生なんて、あの子には歩んでほしくはなかった。ワガママだろう? 自分でもそう思うよ、全く—————」


 ティアナは空のコーヒーカップを机の上に置いて、机の方を見て、静かに俯く。


 「ねぇ、自称魔王さん……頼みがあるんだ。払えるものなんて、もう、この宝石ぐらいしかないけどさ……。それでも、これだけは聞いてほしい……。どうか、ここにいる人たちを恨まないでほしい。このリーゼルフォンドに住む、善良な人たちまで巻き込まないでほしい。彼らの中には魔族に理解のある者もいる。すべての人間が魔族を嫌っているわけじゃない。だから、そんな何も知らない人たちだけは、殺さないでほしい。それが私のお願いだ。聞いてはくれないかな?」


 その言葉を最後に、映像のティアナは消え、元の無人の机に戻る。机を開けて再度魔石のペンダントを確認しても、映像は出てこなかった。

 アスティはそのペンダントを手に取り、握り締めて不敵に笑って見せた。


 「誰にものを言っている。その程度、この魔王には造作もない。ついでに貴様のワガママとやらも聞き入れて、サリーを幸せにしてやろうではないか」


 アスティは、託されたチョコレートとその製法、そして形見のペンダントをマジックバックにしまい込み、この施設を後にする。リリアルガルドにいる自分の仲間とサリーの元へ……

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