第11話 誇りを貫くために


 同時刻——————— セイディ



 つい数時間前まで後夜祭でにぎわっていたリリアルガルドの首都ベネルクの姿はもうどこにもない。今は、謎の鎧の天使が引き起こした、怒号と悲鳴の地獄のみが目の前で広がっている。そんな光景を見て、奥歯を噛みしめながら、セイディは継続的な戦闘音が鳴り響く一番近くの場所へと急行する。

 ツタを自在に操り、建物から建物へと飛び移り、時には瓦礫を飛び越えてたどり着いたその場所には、三体の鎧の天使がいた。そして、空に浮かぶ彼らとは対照的に、地面にはベネルクに住んでいるまたは観光に来ていたであろう無垢の民が息絶えて倒れていた。皆一様に、魔族や亜人族ではあるが、おそらくはこの事態に見覚えのない人たちなのであろう。

 セイディが状況を確認していると、セイディの足元に何かの液体と固体が入り混じったものが転がってくる。それは、ここで奮闘したであろう。黒い獣の毛がびっしりと覆われたその大きな体に似つかわしくない大きな樫の木の杖……おそらくは倒れた誰かが冒険者であることを示している。だが、そんな誰かの頭は綺麗に切断され、こちらの足元に転がってきている胴体の方も、所々に風穴があき、そこから先ほどまで生きていた証である赤い血液があふれ出し、地面へとしみ込んでいた。


 「ふーむ……熊の脳ミソは美味しいと聞いていたのですがねぇ……。やはり魔族の肉は食えたものではありません」


 セイディが声のした方に顔を上げると、そこには、先ほどまで戦っていたであろう誰かの頭を鷲掴みにして、喰らい、口の周りを真っ赤に染めている鎧の天使がいた。色白で金色の髪を持つその人物は、フルプレートの鎧が似つかわしくないほど、顔が骨ばっている。

 その人物は、口の周りをハンカチで拭うと、持っていた頭部を地面へと放り投げ、最後に踏みつけ、足で執拗に何度も地面と血肉を擦り付けていく。


 「お前は……いったい何をしている……」

 「おやおやこれは……まだ見たことのない未知の蛮族ですか……」

 「ボクの名前はセイディ・ライスター。アストラル王国ライスター領の次期領主にして、第二王子エニュマエル様の騎士を務めるものだ。貴公の名を明かせ」

 「おやおや……あの悪魔の住まう場所の悪魔そのものでしたか……。これは失礼、私はピエトロ・ルメールと申します。ルメール家当主にして、リーゼルフォンド第三騎士団隊長、そしてこのメッセンジャー大隊の大隊長を務めさせていただいております」

 「リーゼルフォンド……だと……。貴公らが今、何をしているのかわかっているのか?」

 「何って……あぁ、通り道の害虫駆除……と言ったところですかねぇ」

 「これは国際問題だぞ……。今回のことは、黙っているわけにもいかない」

 「はて……あなたはアストラル王国のお方ですよね? ここはリーゼルフォンドの領地です。内政干渉では?」

 「ここはリリアルガルド国だ。貴公は、ずいぶんと塗り絵が得意なようだな」

 「いえいえ、もうじきここもリーゼルフォンドの一部ですから、私の表現は正しいですよ」

 「世迷言を……貴公らがこれ以上の狼藉を働くのであれば、ボクも見過ごすわけにはいかない。覚悟はできているな?」

 「おぉ怖い怖い。聞きましたか、皆さん。我らの公務に、アストラル王国が武力介入なんて、これは由々しき事態ですねぇ」

 「黙れ——————」


 セイディは倒れていた冒険者の杖を手に取り、土属性と風属性の魔術を複合させた、土塊の弾丸を作り出す。それは、セイディがピエトロの言葉を怒号で打ち消したと同時に発動し、浮いていた周辺の鎧の騎士の一人に頭に命中し、その兜を粉々に砕く。だが、貫通までは至らず、無精ひげを生やし瞳に生気のない鎧の天使が地面へと叩き落されるだけとなる。

 しかし、すかさず連続発動した土属性の魔術により、着地と同時に、その鎧の天使は頭を貫かれて絶命し、先ほどと同じように、噴き出した血液もろともに光の泡となり大気に消えていった。


 「おやおや、レノーが死んでしまいましたか。神の祝福を受けていますから、彼の地にて再び目を覚ますでしょうが、これは流石に非道ですねぇ」

 「黙れと言っているのが聞こえないのか。そちらが政治的な武力介入だというのであればそれでも構わない。だがしかし、貴公らがこの地で行った狼藉は、いささか過ぎたことだ。兵士ではなく市民を狙うなど言語道断と言わざるを得ない」

 「市民んん?? こやつら魔族はゴミで人類にとっての害悪でしょう。それを踏みにじって何が悪い?」

 「ほぉ……それはボクに対する侮辱でもあるな」

 「仰る通り、あなたもゴミです。いずれ我らの祝福のもと、人として生まれ変わるのならば、共に手を取り合いましょう」

 「言いたいことは大体わかった。やはり、お前らは生きては返さない」


 それが、最後の合図だった—————

 セイディは、言葉と同時に素足で地面を大きく蹴り上げる。拾い物の杖と剣をそれぞれ片手に持ち、大地を疾駆する。だが、それと同時に相手も動いた。残る鎧の天使は、ピエトロを合わせて二人……初めに動いたのはピエトロだった。


 ピエトロは軽く腕を振るうと、十字架になぞらえた光の剣が現出する。それはセイディの振るった右手のショートソードとぶつかり、金属音ではなく小規模な爆発に似た破裂音が鳴り響く。セイディの攻撃を余裕の表情で受け止めたピエトロの後方では、鎧の天使が、フルプレートに似つかわしくない金属の十字架の杖を構え、何かを詠唱し始める。


 セイディはピエトロと鍔迫り合いをしながら、自らの体にまとわりつくツタを伸ばしして、地面から宙へ浮かぶ、後方の鎧の天使の足をからめとる。そして、そのまま地面に向けて急降下させ、何度も執拗に叩きつけ続ける。

 その最中で、空中に現出した光の剣が、ツタを断ち切るが、勢いに乗せられたまま、鎧の天使は宙を舞い、金属音と肉が潰れる音と共に地面へと叩きつけられた。血肉が燃える炎に溶けていくが、それも束の間ですぐに光の泡と消えていく。


 「酷いですね。マリエーラは非常に良い子でしたのに……」

 「殺している以上、殺される覚悟をするのは当然のことだ。それに、一般市民を虐殺しているお前らに言われる筋合いはない」

 「そうですか……ではこちらも、あなたを殺しても文句はないですね」


 セイディは飛来物の気配を察知して、肉薄していたピエトロから大きく後方に飛びのく。それと同時に、先ほどまでセイディが立っていた位置に、無数の光の剣が突き刺さり、土煙を上げた。

 驚いている暇などない。続いて、後ろに飛んだセイディを追いかけるように、ピエトロが飛び込んでくる。彼の両手には光の剣が握られている。

 セイディは振り下ろされる光の剣を自身のショートソードで叩き落そうとしたが、土煙の中から飛び出した瞬間に彼の周囲を高速回転する無数の光の剣を目視したため、強引に行動を変えた。

 自分の体の一部であるツタを伸ばし、そちらに体を引き寄せるようにして、再度飛びのく。もしあのままぶつかっていたら、セイディの体は簡単に引き裂かれていただろう。


 だがしかし、ピエトロの追撃は続き、今度は、体の周囲を高速回転させていた光の剣を全てこちらに射出してくる。対し、セイディは、目の前に即座に防護魔術を展開させ、それらを全て受け止める。だが、レベル差があるためなのか、防護魔術は即座にひび割れはじめ、砕け散る。

 セイディは、奥歯を噛みしめながら右手の剣で残っている光の剣を残らず叩き落していった。破裂音と爆風が起こり、土煙を上げると同時に、銀色の何かが宙を舞い、遠くの建物へと突き刺さる。

 どうやら、セイディの持っているショートソードが耐えかねて折れてしまったらしい。それでも、最後の役目を果たしたのか、セイディは多少の火傷こそしているが、大きな負傷をしてはいなかった。


 土煙を払うように、セイディは左手の樫の木の杖を振るい、煤が付いてしまった純白のワンピースを風に揺らす。


 「おやおや。これでもまだ生きていますか。ずいぶんとしぶといですね」

 「王子に嫌というほど鍛えられたからね。この程度、ボクには効かない」

 「その割には、ずいぶんと余裕がなさそうですねぇ。あなた程の強さを持つならわかっているのでしょう? 圧倒的な実力差があることを—————」

 「そうだな。どう考えても、こちらの方が弱い。でも、その程度で諦めるほど、ボクは人ができてない」

 「何故です? あなたは無関係な上に、命を張るほどここに価値なんてないはずです。それなのになぜ、戦うのです?」


 ピエトロの言葉を受けて、セイディの声が止まる。セイディにしてみても、本当に何故、自分がここで戦っているのかを分からなくなっていた。はじめはデートを不意にされた腹いせだったのかもしれない。虐殺される市民を見て咄嗟に動いてしまっただけなのかもしれない。

 だが、今は違う。いつでも退却を行えるし、いつでも謝罪してその場を収めることもできたはずである。それなのに何故、自身の空虚な心は武器を振るい続けているのかがわからなかった。


 だから、少しだけ目をつぶった——————


 目をつぶって、はじめに思い浮かんだのは、アリッサという謎の少女の姿。あの女性は、現実をわかっているのにも関わらず、非合理的なことを平然と行った。セイディにはそれが理解しがたかった。

 次に思い浮かんだのは、自身の仕える第二王子の元魔王の姿。幼いころから共にあったその顔は成長過程を含めてすべて記憶している。だからこそ、セイディは気づいてしまった。


 あのバカ王子なら、絶対に逃げない—————


 セイディは確信していた。目の前で、彼に好意的に接してくれている市民がいるのならば、彼は間違いなくその手を差し伸べるだろう。たとえそれが他国であろうとも……。そんな彼の言動が移ってしまったのかもしれないと、セイディは自らを嘲笑しつつ、結論が出し、赤と黄色の揺らめくような瞳をゆっくりと開ける。


 そして、堂々と、挑みかかるように笑いながらこう宣言した。


 「そんなことは決まっている。自らの行いを未来で恥じないためだ—————。アイツの言葉を借りるならば、『かっこ悪いから』というところだな」

 「ふむ……植物系種族は追い詰められると、知性が落ちるのですか……」

 「さぁね……。案外、知性が落ちているのはお前たち人間なのかもね」

 「ふぅむ……。やはり惜しいな……。どうかね? キミさえよければ、私が可愛がってあげよう。今よりも多くの幸福をキミに与えようじゃないか」

 「残念ながら、お前らの扱いは嫌というほど知っている。丁重にお断りする」

 「それは残念だ。キミに生きる道を作ってあげたというのに—————」


 セイディは言葉を遮るように、光の槍を魔術で作り出し、頭を打ちぬくように射出する。しかし、これは、ピエトロの周りを高速回転する光の剣で防がれてしまう。まるで盾のように回り続けるその光の剣たちは、一筋縄では貫けない。


 だからこそ、セイディは樫の木の杖を振るいながら、体を動かし続ける。煤で汚れた素足を動かし、ボロボロのワンピースを自らの深緑の髪と共に風になびかせ、走り続ける。その最中で詠唱を行い、風属性の魔術を無数に発動させて、ありとあらゆる角度から、風の刃を射出させる。


 しかし、これも、決定打にはならず、ピエトロの周囲を踊るように高速で回り続ける光の剣が全ての風の刃を叩き落とし、相殺させていく。だが、その隙をつくように発動された土属性魔術は、視界に映らない地面という死角から瓦礫の槍でピエトロを刺し穿つ。

 ピエトロは驚愕しつつも、体を強引に捻って回避を試みる。だが、それよりも早く瓦礫の槍はピエトロの背中から右肩にかけてを刺し貫き、右肩の天使の翼と鎧を打ち砕く。


 地面に不時着したピエトロの右肩からは赤黒い血液があふれ出し、筋繊維を切断された右腕は力なく、だらりとぶら下がっていた。それでもなお、ピエトロは不敵な笑みを浮かべていた。


 「お見事です。ですが、これであなたも終わりです」


 直後、ピエトロの周囲にあったはずの光の剣が消える。セイディが驚愕しつつ、嫌な気配を感じて、防護魔術を前方に展開させるが、それをあざ笑うかのように、セイディに腹部に後方から光の剣が突き刺さった。


 後ろは警戒していたセイディが気づいてなお、避け切れなかったのは、背中の数ミリという後ろに突然光の剣が出現したからである。セイディは焼き切れるような腹部の痛みに堪えつつ、さらに自分を刺し穿つために全方位に出現した光の剣を睨みつける。


 ピエトロは勝ち誇ったように笑い、こちらを見ていた。実際、セイディは溢れ出る腹部の痛みに堪えながら、周囲を見渡したが、回避も防御も、迎撃も、今からでは間に合わない。ピエトロは、セイディの攻撃を受けながら光の剣をこちらの停止地点に設置していたのだろう。

 まさに、セイディは王手をかけられている状態であった。あとコンマ数秒もしないうちに、自身の体は無数の光の剣に貫かれることを誰にでも理解できた。しかし、それでも、口から溢れ出る血液を拭いながら、セイディも笑っていた。



 直後、世界が全て停止した——————



 

 ピエトロが笑いを堪えきれずに、頭に手を当てて表情を隠している状態で、そして、降り注ぐ光の剣が空中で残像のように、燃え盛る炎すらも、全てが止まっていた。




 時間停止魔術—————


 セイディが元魔王から教わった奥の手の中の最終奥義。セイディには魔力消費が激しく、長い間止めることはできないが、この逆境をひっくり返すには十分すぎる程の魔術であった。レベル差を覆す研鑽の日々は決してセイディを裏切ることはなかったのである。



 セイディは、空中で止まっている光の剣を避けながら、無防備なピエトロに近づいていく。そして、光属性の魔術で樫の木の杖を柄の長い白く輝く光の槍へと変貌させる。ランスのように円錐状のその槍は、空気を渦のように巻きこみ、セイディがそれをピエトロに向けて射出した瞬間に、世界は再び“時間”を取り戻した。




 先ほどまでセイディがいた位置に、無数の光の剣が突き刺さり、土煙を上げたが、既にそこには誰もいない。その代わり、だれも認識しないうちに出現した光の槍が、夜空を穿つように、下からピエトロの胸を刺し貫いた。

 肉が焦げ付くような臭いと音が断続的になり、フルプレートアーマーを易々と貫いた光の槍を伝うようにピエトロの血液があふれ出し始める。


 「終わりだ——————。リーゼルフォンドの騎士よ」

 「ゴフッ……。えぇ、こちらの勝ちです……」


 血反吐を吐きながらも笑い続けるピエトロを見て、セイディは眉を細める。


 その瞬間、セイディの視界が急に霞んだ—————


 手足に力が入らなくなり、握っていた樫の木の杖を手放し、数歩分、後ろによろめいてしまう。何が起きたのかと、状況を確認してみると、自身のワンピースの胸元が赤黒く染まっていることに気づく。腹部からの血液もあったが、ここまで酷くはなかったはずである。それ以前に、胸元を切り裂かれた後すらない。

 だが、現に、自身の胸元には大きな風穴があき、そこから血液があふれ出し、心臓が停止しかけていた。


 「まさか……お前……」

 「えぇ、そのまさかです。いやぁ、あなたの方が低レベルで助かりました。おかげで私は『反転魔術』も使えましたしねぇ……」


 反転魔術—————。それは光または闇属性の魔術で可能となるような超高等魔術である。相手から受けた攻撃をそのまま相手に現象として返すため、相手が強ければ魔術的抵抗力で『レジスト』されて防がれてしまう。それでも、今この状況に置いては、セイディにチェックメイトを叩きつけるだけの効果がある。


 セイディが睨みつけたと同時に、光の剣が一本背中に突き刺さるのを皮切りに、四方八方から無数の光の剣がセイディの体を刺し貫いた。それでも、よろめきながら魔術を発動させようとするセイディを見て、ピエトロは最後に、セイディの首を光の剣で跳ね飛ばした。


 宙を舞い、薄れゆく意識の中で、セイディは自らが愛した魔王アストラルのことを思い浮かべた。そして、天に祈るように、静かに目を瞑った。その祈りは虚しく、燃え行く草木のように、何もない瓦礫の泥の中へと沈んでいった。


(アストラル様。どうか、あなたの行く道に幸福がありますように——————)



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