第8話 運命の交差点A1


 アリッサがフローラと楽しく談笑をしながら帰路についていた。誰もいなくなった大理石の床を歩き、十時にきられた曲がり角を直進で抜けて出口の方を歩いていく。


 「おい……そこのお前——————」


 そんな時、フローラとの他愛もない会話を打ち切るように背中から声がした。その男性の声にアリッサはフローラと共に声のした方へと振り向いた。

 そこには深緑の長髪の中世的な姿の人物と、頭に天使の輪っかを浮かべている金髪の小さな子供、そして、漆黒のような髪の毛を持つ高身長の男がいた。

 アリッサはこの三人を知っている。深緑の髪を持つ中世的な生徒はセイディ・ライスターという植物系種族ドリアードの魔族国家アストラルの貴族である。小さな天使の子供はサリーという2週間前まで迷子であり、今では首都ベネルク中でアイドルのようになっている訳ありの子供。そして、最後に黒髪の男性は自称魔王のアストラル……もとい、側近のセイディが言うには、本名、エマニュエル・アーストライアという魔族国家の第二王子である。

 アリッサは隣にいるフローラの方を見たが、彼女は一切知らないといったような困惑の表情を見せていたため、用件が自分であることがすぐにわかった。


 「なに? 約束は果たすつもりだけど?」

 「こちらもその件でお前を引き留めた。セイディ……サリーを頼めるか?」

 「どういうこと?」

 「どうもこうもない。お前と二人で話がしたい—————」


 アリッサはアストラルが何を言っているのかわからずに少し困惑したが、大会での戦闘前に約束をした手前、とりあえず指示に従うことにした。フローラに先に帰ることを促して、顎でこちらに指示を飛ばそうとするアストラルを睨みながら彼の後についていった。



 そうして、アストラルに空き教室へと案内され、誰もいない灯りすら乏しい小さな講義室に閉じ込められる。アストラルが隠蔽のための魔術を発動させた段階で、普通の話ではないことをアリッサは覚悟した。

 ただ、自分もそういった事情を持ち込んだことがあるため、責め立てることもできず、アリッサは空いている椅子に腰かけて、彼が話し始めるのを待った。

 アストラルは、最後に部屋に備え付けられている灯りの魔術道具を起動させると、自身もアリッサから少しだけ離れた位置の椅子の向きを入れ替えてから腰かけた。それを見計らい、第一声はアリッサが切る。


 「—————で? 用件は? 私は約束通りサリーに二度と近づく気はないのだけれど?」

 「むしろ、その件だ。貴様にあの子についての護衛依頼があってここへ呼んだ」

 「ちょっとストップ——————。あのさぁ……順序立てて話をしてくれないかな……。私は二週間もこの件に関わってない。それをいきなり戻れと言われても、理由がわからないし、きちんと動けない。だから、まずは時系列で並べてわかりやすくお願いできる?」

 「ふむ……なるほど……。では、貴様がサリーに殺されかけたところからだな……」

 「そこは知ってる……と、言いたいところだけど、私は、どうしてああなったのかは聞かされてないんだよね。その原因からお願いできる?」

 「ならば、それよりもあの子の成り立ちを述べなければなるまい」

 「成り立ち? あの子が人体実験を受けていた……とか?」


 アリッサの冗談交じりの質問に対し、アストラルの表情が少しだけ曇る。深紅の瞳をまぶたでわずかに細め、アリッサの方をきちんと見ていなかった。


 「いや……それよりももっと酷い……」

 「どういうこと?」

 「あの子はそもそも……生物ではない——————」

 「……それは、ゴーレムの類であるっていうこと? それともアンドロイド?」

 「あんど……なんだそれは?」

 「人間を模した自立的もしくは機械的に動く人形のこと。—————で、それの何が問題になっているわけ? 人権? それとも技術?」

 「やけに冷静だな……。取り乱したりするかと思ったのだが——————」

 「まぁ、一戦交えたときに、魔術ではない何かだとは思ったからね………予想はしてた。—————で、質問の答えは?」


 アストラルが少しだけ息を飲み、それを見ながら、アリッサは足と腕を組んで、堂々と話を聞き始める。


 「問題になっているのは主に2点。一つ目は、あの子の寿命についてだ——————」


 アリッサが暗黒の中、少しだけ目を細めて、アストラルの話に注力する。


 「あの子の体には、自ら魔力を生み出す機関が存在しない。故に、魔力が枯渇すれば体が保てなくなり自壊する。再生は不可能であろうな。そもそもとしてアレは魔術で出来ていない。完全なる再現はまず無理だ」

 「魔力枯渇に対する対策は?」

 「まだ、ない—————。食事により多少なりとも回復するようだが、微々たるものだ。消費の方が大きい」

 「どれぐらい持つの?」

 「もってあと一週間……それがリミットだ」

 「崩壊前に止められないの? 魔術が得意なんでしょう?」

 「それもできない。言っただろう? あれは魔術で出来てはいない……と。あの子は魔術以外の何らかの能力で作られている。しかも、丁寧なことに、魔術による干渉を受ければ自衛機能が発動する仕組みになっている」

 「それが、あの時の暴走……ではないか。正常な反応として、ああいう風になったわけね」

 「あぁ、最悪なことにあのモードになればさらに寿命が縮む。こちらの考えを嘲笑っているかのようだ……」


 頭を掻きむしって俯くアストラルに対し、アリッサはむしろ鼻で笑ってしまった。アリッサにとってみればむしろ魔術という概念の方が理解しがたいものであるが故なのかもしれない。

 アリッサは軽く指でテーブルを数回叩き、アストラルが次にいう言葉を自分で続ける。


 「問題になっている二つ目は……あの子の処遇ってところかな? あの子を作り出した何者かが、あの子を取り戻そうと躍起になっている」

 「あぁ、その通りだ……」

 「なるほどねぇ……だから、わざとらしく街を連れ歩いて宣伝していたのね」


 アリッサの中で点と点が線で繋がりだす。

 通常の場合、何らかの意図でサリーが狙われているのならば、その存在を隠蔽するはずである。だが、あえてそうしていなかったのには、何らかの理由があるとアリッサは見抜いていた。

 木を隠すのなら森の中という言葉の通り、人を隠すのなら街の中の方が良い。それも、相手の狙いが『殺害』ではなく、『誘拐』が目的ならばなおさらである。街の人間が彼女を認識していればいるほど、周囲の監視下に置かれるため、彼女に手を出しづらくなる。アリッサにはここまで読み取ることはできた。だが、それを指示した人物や、その先の意図などは現時点ではわからなかった。


 「概ね、貴様の言う通りだ。人気のないところでの小競り合いが多少あったが、雑兵の尻尾切用員でしかなった」

 「けど、『相手が何者であるのか』ぐらいはわかった……っていうところ?」

 「あぁ……。サリーを作り出したのは、リーゼルフォンドの国営研究機関だ。そこまでの情報は手に入った……が、それを利用して何をするのかはわかっていない」

 「————————国営機関なんでしょ。それなら、ある程度絞れる。考えられるのは、兵器、医療、生活技術、なんかの国益に直結するようななにか……なんじゃないの?」

 「………流石にそこまでは調べてみないとわからん」


 アストラルの中身のない返事に、アリッサはしゃべりかけた罵倒の言葉を呼吸と共に喉の奥に収めつつ、別の言葉を出す。


 「———————で、事情は分かったけど、何をしてほしいの? 話を聞く限りじゃ、私が介入してどうにかできる域を超えているように思えるのだけれど?」

 「そんなことはわかり切っている。だから、貴様にはそこまで期待していない」

 「あ゛ぁぁ?? 人に頼みごとをしておいてなんだそりゃ……。—————ってもういいや、具体的に何をすればいいのかお願い。私だって、あの子の為に何かしたい気持ちはあるからさ」

 「貴様ならそういう返答をすると思っていた。だから、貴様にしかできん」

 「あのさぁ……。あ、もういいや……あーもう、どうでもいいや。何を言っても無駄そうだし……」

 「何を怒っている。このオレが貴様を認めてやっているのだぞ? 喜ぶがいい……そして、歌いながら、このオレの依頼を受けるがいい」

 「具体的に話せ、このバカ王子」

 「ほぉ……口の利き方がなっていないようだな」

 「いいから、具体的に話せ。でなければ話が進まない」

 「よかろう。貴様には、このオレの代わりにサリーの護衛という任務を与えてやる。貴様の実力ならば十二分に活躍してくれるとこのオレは信じている」


 ここまできて、ついさきほどから眉間にしわが寄り、何度もまぶたがヒクついているアリッサの堪忍袋の緒が切れた。それでも、それを表には出さないように必死で作り笑いを浮かべて、取り繕う。もちろん、ウソが苦手なアリッサにそんな芸当ができるはずもなく、結果、アリッサは一度だけ壊れない程度の力で机を強く叩くような言動にでることとなった。


 「理由———————。教えてもらえるかな?」

 「理由など必要あるのか? お前にはそれ以上を知る必要はない」


 これを聞いて、アリッサの眉間のしわがさらにもう一つ増え、思わず椅子から立ち上がってしまう。


 「必要あるに決まってるでしょ。いい加減にしろ……。私はお前の部下でも奴隷でも何でもない。少しは状況把握の手間を減らせ。言われたことだけ動けというのならやってやるけどさ、それ以上を求めるのならきちんと、報告、連絡、相談を関係者にしろ、バカ王子」

 「再びの侮辱……。まぁいい、このオレは寛大だ。その程度の罵倒でお前のように心を乱されるようなちっぽけな存在ではない」

 「はいはい、すごいですね。で? 理由は何?」

 「ふむ……ならば答えてやろう——————」

 「いや、もういいや。大体わかった。どうせ、『オレが動いている間に護衛がいなくなるからそれを私にしてほしい』ってことでしょ」

 「ほぉ……よくわかってるじゃないか……」

 「じゃあ、他の人に頼めば? 私より強い人はいるでしょ?」

 「それは困る。お前以外に信頼できる人物をオレは知らん」


 ここまで来て、アリッサは怒りを通り越して呆れにまで到達したため、立ち上がってしまった体を再び椅子に戻し、勢いよく腰かける。


 「そりゃ光栄ですこと……。依頼は受けるとして、話は以上?」

 「あぁ、依頼については終わりだ。だが、今度は貴様についてだ。このオレは貴様に興味を持った。貴様のことを話すがいい」

 「………っ。—————————帰る」

 

 アリッサは全身に鳥肌が立っていることを実感しつつ、そそくさと立ち上がり、荷物をまとめて部屋を出ようとした。だが、それを引き留めるかのように防壁の魔術を扉に仕掛けられたため、アリッサは立ち止まることとなる。


 「まぁそう急くな。貴様もまだ、聞きたいことがあるだろう」

 「あるわけないでしょ。あなたのことなんてこれっぽっちも興味ない」

 「ほぉ、オレは聞きたいことと、言っただけなのに、このオレについてとは、貴様も中々酔狂だな」


 アリッサは再び眉間にしわを寄せたが、今回はそのはけ口があったため何とかなった。それは、アリッサの進路を妨害するように創り出された魔術の防壁——————

 アリッサは右の拳に、回復した自身の魔力をありったけ込めて、創り出された魔術防壁を殴りつけた。しかも丁寧に、ベクトル魔術を使用してこちらに反作用が来ないように調整をしながら……


 結果、空間が軋むような揺れと共に、ガラスのように魔術防壁は呆気なく崩れ去ることとなった。アリッサはそれを見て、満足げに息を漏らすと、挨拶をするためだけに、顔だけをアストラルの方に向ける。


 「それじゃあ、明日の朝にサリーのところに行きますので、今日はこれで帰るからね。変態バカ王子」

 「ほぅ……新たなる罵倒か……。そんな呼びにくい名前より、お前にはオレのかつての仇名であるアスティと呼んでほしい」


 これに対し、アリッサは無言で微笑んで、踵を返して小さな教室を後にする。そんなアリッサのゴミムシを見るかのような笑顔を見て、アストラルは鼻で笑いつつ、腕を組んで、廊下にいるアリッサに聞こえるような普通の声でつぶやいた。


 「喰えん女だな—————」


 アリッサはこれに対し、たった一言。廊下を歩きながら、アストラルには聞こえないような声で、小さく呟いた。


 「死ね——————」


 その言葉がアストラルに聞こえたかどうかは不明であるが、アストラルも、アリッサも、2人とも言葉以上に互いを嫌っているようには見えなかったことは確かである。



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