第9話 天使護衛任務
あれから3日ほど経過した。はじめの頃は、セイディやサリーが困惑していたが、アリッサが事情を説明し、事なきを得て、護衛の任務に就くことなった。護衛と言っても交代制であり、常についていなければならないというわけではない。
天使のサリーの護衛任務に就いているのは、アリッサを合わせて主に3人。
一人目は、当然の如くアリッサ。主に、サリーが遊んでいるときなどや他の2人が護衛を担当できない時に就く。一日の就労時間は主に8時間ほどで、概ね昼間が多い。
二人目は、セイディ・ライスターという中性の植物系種族の生徒。主に夜間や、学院での時間など、プライベートに近い時間で彼女の身辺警護を預かっている。アストラルの側近でもあるため、家なども同じであるという理由からこの時間を務めている。
三人目は、白い毛並みを持つ、下半身と頭が山羊のペルートスという男子生徒。アストラルの友人であり、腕はそこそこに立つらしい。アリッサと同じく、昼間の時間や他の2人が護衛を務められない時間に来てくれる。セイディ曰く、『思考回路はアレだが、やることはきちんとやってくれる』らしい。
さらに言えばもう一人、後天的な失声症を患ってこそいるが、明るい性格のウサギの亜人種の少女のエステル。アストラルの侍女であり、サリーの世話を主に担当している。彼女が母親のようにサリーを世話してくれているおかげで、護衛を担当している人たちは、集中して業務を行えていると言ってもいい。
ちなみに今日はそんな4人が珍しく予定がない日であったため、心労会も兼ねて、サリーと共に、街はずれにある公園に来ていた。
草木が生い茂り、整備された道や遊具があるこの公園には、当然のことながらアリッサたちだけではなく、様々な子供連れの親子たちが訪れている。ちなみに、アリッサたちは学生であるが、現在は大会開催期間中のため、所属している学院の講義が全て休講しているだけである。
そんな爽やかな初夏の風が吹く自然の中で、日々の業務に疲れたエステルが、メイド姿のまま木陰で休んでいた。休んでいたいう表現は少し語弊があり、頑張りすぎているエステルに、セイディが魔術で眠らせているだけである。
ペルートスはというと、サリーを含む同年代の子供たちと共に戯れている。子供担ぎ上げたり、背中に乗せたりと、子供たちにも好かれているため、特に心配はいらなそうである。
アリッサとセイディはそんなペルートスとサリーを見ながら、寝ているエステルの隣で会話に花を咲かせていた。
「そういえばー、ずっと聞きたかったんだけど、セイディってアスティとどういう関係なの?」
「アスティ……って……まぁいい……。しかし、何故そんなこと気になる?」
「いやなんかさー。アイツって内外に敵を作りやすい性格してるじゃん。それなのに、よくアイツと一緒にずっといられるなぁって」
「まぁ、それには同意だな。正直、日々の火消しの仕事には苦労が絶えない。だがまぁ……それ以上に、あの方の魅力を知っているからだ」
「魅力?」
「あぁ……あのバカ王子は、ボクの魔術の師匠でもあるっていうのは前に話したかと思うけど、それよりも前は、一人で必死にリハビリを続けるような努力家でもある」
「リハビリ? そんな期間があったんだ」
「意外だろう? あれでも幼い頃は病弱で、出かけるたびに寝込んでいるほどだったんだ」
そう言いながら雲一つない青空を見上げるセイディは少しだけ過去を懐かしんでいるようにも見えた。
「バカみたいに必死になって体も鍛えているから、『病弱なら魔術だけ極めればいいだろー』って幼いながらに尋ねたことがあってな。そうしたらあの第二王子はなんて答えたと思う?」
「『オレは最強でなければならない』とか?」
「似てないな……。残念ながら不正解だ。正解は『オレには勇者と再戦する約束がある。待ち続けているアイツの期待を裏切るわけにはいかない』とか、大真面目な表情でこちらに訴えかけて来たんだ。思わず飲んでいた紅茶とスコーンを吹き出してしまったよ」
「セイディだって似てないじゃん……。へー、でも意外……あいつにそんな過去があったんて……」
「あの自己中の口からそんな言葉が出てくるとは思わなくてな。ボクも驚いた……。けど、同時に、あの人が紛れもなく本物の魔王だったなんだなぁって信じた。だからボクは魔術を習ったんだ」
そんな羨望の眼差しを虚空に向けているセイディを見て、アリッサは少しだけ不敵な笑みを浮かべた。
「アストラルのことが好きなの?」
「はぁ!? お、お前は……いったい何を言って……」
「だって、話を聞く限りじゃさぁ、セイディがアストラルに恋焦がれているようにしか聞こえないんだよねー」
「だからお前は何を言っているんだ。それにボクは!」
「——————知ってるよ。ドリアードには性別がないんでしょ。どちらにもなれるし、どちらにもなれない」
「知っているなら——————」
「————で、それの何が問題?」
あまりにも当然のように素っ頓狂な顔で笑って見せるアリッサを見て、セイディは周囲の時間が一時的に止まってしまったのではないかという疑問すら覚える程、驚愕していた。
「だって、セイディはそれでもアイツの隣にいたいって思うんでしょ。まぁ、私からしてみれば、それが友情なのか愛情なのかはわからないけどさ……。そこに種族とか性別とか関係なくない?」
「お前は……何を……」
「子孫繁栄とか、貴族社会の階級とかは、まぁ……そういう問題は置いておいてさ……。純粋にセイディの気持ちだけを残したときに、セイディはどうなのかなって思っただけ」
「そうだな……それは……とても素敵なことだと思うよ……。ボクも、お前のようにこの国に生まれていれば、そういう苦労はしなくても良かったんだけどな……」
「お、ということはビンゴ?」
「うるさい黙れ——————」
「へへへ、顔を赤くしてやんのー」
「お前も眠らせてやろうか?」
「ごめんごめん……」
アリッサは、顔を赤くして地面から植物をいくつもだしてこちらを威嚇するセイディに苦笑いを浮かべつつ、軽く謝罪をする。
「でもさ……今、この国にいる学生の間は、そういうのは考えなくてもいいんじゃない? 帰国したときはどうか知らないけどさ、この数年間だけは、違うでしょ? フィオレンツァでバカンスを楽しむならフィオレンツァの民のようにしなさいとも言うし、後悔はないようにした方がいいんじゃない?」
「お前ってやつは本当に常識というものに囚われないな……」
「それって褒めてるの?」
「そうだなぁ、この場合は褒めているつもりだ。お前の場合、常識を知っているくせに常識外れのことするからなおさら性質が悪いがな」
「それは褒めてないじゃん」
「当然だ……だが……まぁ……助言はありがたく受け取っておく……」
恥ずかしそうに耳を赤くしながらこちらか目線を逸らすセイディを笑いながら、アリッサは自分の生徒手帳の端末を弄る。
「助言ついでに、明後日の閉会式の後の後夜祭のシフトからセイディは外すからね」
「なんという実力行使……お前のやりたいことは大体わかったが、断っておくぞ。そんな手伝いは不要だ。ボクは今のままで十分だ……」
「ふーん……あっそ……。ついでに、アスティに『明後日の夕方までには帰ってこい』ってショートメッセージを飛ばしておいたから」
「お前ぇ! 馬鹿か! いや、そのメッセージじゃ、お前がアイツに好意を持っていると捉えられかねないぞ」
「あ、やっば……。まぁ、帰ってきたら説明すりゃあ十分でしょ。いつも説明不足なんだし、そのお返しということで—————」
「どうしてボクはあのバカ王子がいないのに、頭を抱えているんだ……」
「へへへ……面白くってつい———————」
アリッサが唐突に言葉を止めて、周囲を警戒する。特段何かあるわけではないが、物陰に何かいるのではないかという気配がしたからである。それに対し、セイディもアリッサと同じように、会話を止めて、アリッサに耳打ちするように声をかける。
「一人だな……おそらく斥候のようだが、どうする?」
「触手で見れるんだ……便利だね」
「触手言うな。根っこと言え—————」
冗談交じりの会話をしていたセイディの口が唐突に閉ざされる。それはさらなる警戒による臨戦態勢に移行した、というよりは、疑問により眉間にしわが寄っている、というものに近かった。
「どうしたの?」
「いや……こいつらはなんだ……使い魔か?」
「だから何がどうしたの?」
「いや、そんなこと……。アリッサ、信じてもらえないかもしれないが、気配が消えた」
「襲撃の可能性は?」
「野党のようには見えなかったしそれはない。どちらかと言えば……いや、そんなわけは—————」
「セイディ! まずは落ち着いて何が起こったのかを説明して!」
アリッサの声にセイディが我に返り、アリッサに状況を説明する。話を整理すると、セイディが自身の体の一部である草木を通して観たのは、頭まで覆い隠すフルプレートの鎧を着た兵士であったという。だが、その頭には目の前で遊んでいるサリーと同じように天使のような光る輪っかがあり、自由に空を飛べそうな翼も兼ね備えていたという。
しかし、それは襲撃するのではなく、こちらに察知されたことが分かった瞬間に、鎧の中に自ら剣を突き刺して自害を試みたそうである。
アリッサがその話を聞いて、現場に立ちよってみると、そこには何もなかった—————
鎧も、血液の後も……。だが、ただ一つ、草木を押しのけたような跡が残っていたため、セイディが嘘をついているようには考えられなかった。元の位置に戻ってセイディに報告をするが、セイディも同じように見えていたらしい。
結局、これ以上の追跡も、特定もできないため、調査は中断した。しばらく待って、本体が来るのかと警戒してみたが、それもなかったため、アリッサたちは、元気よく遊んでいるサリーに笑顔で手を振ることしかできなかった。
斥候にしては重装備でもあったため、夢でも見たのではないかと疑いはしたが、それ以後、何も起こらなかったため、結局、この件は迷宮入りすることとなった。
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