第19話 懺悔と代償そして希望


 動かないはずの瞼を動かすように、全身に痺れと熱が残る体を自覚しながら、アリッサはゆっくりと眼を開ける。ポケットの懐中時計を確認すると、時間が3つほど進んでいる。どうやら、長い間眠ったままでいたらしい。

 体を起こそうとすると、気怠さが拭えず、全身の神経がマヒしているように、震えが止まらず、痺れている。腹部は回復呪文をかけてくれたのか、痛みがなく、斬られた傷も残ってはいない。

 額に手を当てて、倒れる前のことを思い出すと、朧気ながらその光景と感覚が思い起こされる。夢のような浮遊感と高揚感。その反面、自分自身が焼き切れて行くような感覚があった。そんな恐怖に対し、目覚めた今でも冷や汗が出てくる。


 アリッサが浅い呼吸を繰り返し、周囲を見渡すと、倒れたときと同じ大空洞の中であることがわかった。ゴブリンたちの死体から距離を開け、壁際で暖を取りながら休憩しているのは、アリッサだけではなく、キサラとフローラもまた同じであった。キサラは眠っているのか、壁にもたれかかったまま微動だにしていない。


 不思議に思っていると、こちらに気づいたフローラが、沸かしたお湯で飲んでいたコップを置いて、アリッサの様子をのぞき込む。


 「目が覚めたんですね」

 「あ、うん……。魔力を使い果たして寝てたみたい……。ごめんね、迷惑かけて————」

 「憶えていないんですか?」

 「憶えてるよ……。死にかけたことも……」

 「わかっているならなぜ—————」


 言いかけたところでフローラは口を閉じ、怒りを内面に押し込みながら、諭すような口調でアリッサに語り掛けた。


 「いつも……あんな感じ、何ですよね。キサラさんが言っていました……。あなたは、いつも突っ走って、死にかける。でも、いつもギリギリで死んでいないって……」

 「うん、そうだね……。いっつもギリギリ……頭まわして、サイコロ振って、出た目に一喜一憂暇なく体を動かしてきた。そうでもしなきゃ、絶対に勝てない……。まぁ、今回みたいなことは流石に初めてだけどね、あはは……」


 わざとらしく笑うアリッサに対し、フローラは苦虫を嚙み潰したような表情を見せ、アリッサを睨む。


 「そんなことを続けていれば、いつか、あなたは……」

 「だろうね……。いつまで続くかもわからない。それでも続けているのはきっと、私が冒険者だからなんだと思う。挑んで、試して、失敗して、それもまた挑んで、今度は成功して……。そういうのが楽しくて仕方ないんだと思う……。そうやって、いろんなことに挑戦していれば、いつかきっと……なんて思えるからさ」

 「それは……命を賭けてまでやることなんですか……」

 「わからない。でも、少なくとも私は……私の命がある限りは知りたいことだと思う」


 その言葉の後に、アリッサは自分の知りたいことをフローラに伝えた。自らの出生、自らの本当の親、何故自分が捨てられたのか、様々な疑念を、淡々と、まるで他人のことのように話す。それを聞いたフローラの表情は次第に曇っていくばかりであった。


 「あなたが大切だというのなら、それが無意味だとか、不可能だとか……そんな下らない理由で拒むことはしません……。ですが、命は易々と天秤に乗せていいものではないです」

 「ごめん……」

 「謝って済むことではありません……。たしかに私はあなたを癒すことができます。でもそれは万能でもないですし、限界もあります……。あなたは、もう少し、周囲に気を配るべきです……。あなたが死んだら、悲しむ人がいることを忘れないでください……」


 どこかの誰かにアリッサが言ったような注意……。それが突きつけられて、アリッサは顔に手を当てて、自分の行動を顧みる。いつだって、キサラやフローラはアリッサのことを信じてくれた……。だがその反面、無茶な行動をとったときはいつも、顔を顰めていた。それを今更になって自覚し始める。自分の性格故、中々変えられはしないだろうと、アリッサは思いつつも、少しずつでも彼女たちに心配をかけないように変わっていこうと、手で覆い隠し、俯いた顔を歪めながら、アリッサは反省をした。



 ◆◆◆◆



 やがて、キサラが目を覚まし、一同は移動を開始する。まずは、ゴブリンロードが逃げようとした先にある風の通り道……。奥に進んでいくと、道が二手に分かれていた。一つはきつい上り坂の先に水滴に反射した微かな灯りが見えた。だが、それを確認した辺りでアリッサは自分の体の不調に気づく。

 体の魔力は動ける程度に戻っているはずなのに、気怠さと全身の痺れが抜けていないからである。それでも動く分に支障はないと感じていたが、少し動くたびに、息が切れる。肺が大量の酸素を必要としてくる。そうなってくると、脚が異常に重く感じられた。

 それに気づいた先頭を行くキサラがアリッサの方に引き返してくる。


 「アリッサ……。大丈夫ですか——————」

 「大丈夫、大丈夫……これぐらいへっちゃらだよ……」


 そうやって空元気で苦笑いを浮かべると、キサラの眉間にしわが寄っていくのがわかったため、アリッサは小さく「ごめん」と謝罪の言葉を口にする。


 「いつからですか?」

 「ゴブリンとの最後の戦闘の後、目覚めてから……。熱とかはないんだけど、体が思うように動かなくて……。なんか、こう……ずっと寝たきりの状態から動こうとしたとき、みたいな感じ……」

 「その表現はよくわかりませんが、なんとなく原因はわかりました」


 そう言いながら、キサラはフローラを呼び戻し、アリッサの出していた装備一式を自らの手でマジックバックに収納していく。アリッサが手を出して、キサラを止めようとしたところ、頭の先から指先まで電流が走るような鋭い痛みが走った。そのため、何もできずに歯を食いしばって耐えることとなる。それを理解しているのか、キサラは無言のままアリッサの装備を全て、マジックバックに収納し終える。


 「気休め程度にしかなりませんが、現状はこれで何とかしましょう」


 そう言いながら、キサラは、自身の背中をアリッサに向け、しゃがみ込む。アリッサはその意味が理解できたが、同時に、この先戦闘が行えないことを考えて躊躇してしまう。そうやって悩んでいると、業を煮やしたキサラが、背負い投げをするように腕を引っ張りながらアリッサを担ぎ上げる。

 背負われてようやく気付くのは、想像以上に息が荒れていることである。当の本人であるアリッサはもちろんのこと、それを背負いあげたキサラもまた、この異常事態に気づいた。

 故に、奥へと足を進めながら、フローラにも聞こえるような声量で背中にいるアリッサに語り掛ける。


 「アリッサ……。あなたが、ゴブリンとの戦闘中に使用したあの力を口外するつもりはありません……ですが、今後は使用を絶対に避けるべきかと思います……」

 「使いたくても、わかんない……」

 「そうですね。それならばよかった……。あなたのそれは、いつか必ず、あなたの命を蝕みます……。体の不調で済んでいるうちに、気づくことができたのは幸運なことです」

 「心配しているの?」

 「当たり前です……」


 少しだけ吐息に力がこもったキサラの返答を聞き、アリッサは微笑みながら、体を完全にキサラに預け直す。それを感じ取り、キサラはわずかにずれた位置を揺らして調節しながら、脚だけで下へ下へと続く天然の洞窟の下り坂を下っていく。

 やがて辿り着いたのは行き止まりの岩壁であった——————。

 そこには何もなく、ただただ、無秩序は空洞だけが後ろに続いている。


 「どうやら、ここで終わりみたいですね……。フローラ……引き返しますよ……」


 キサラがフローラに引き返すことを促し、踵を返すが、フローラはその行き止まりの壁の一部をに触れたまま、見上げて動いていない。それを見て、キサラは聞こえてないのかと思い、近くによってフローラに声をかけた。


 「フローラ……悔しがるのはいいですが、もう戻りますよ……。そこには何もありません……」

 「あるよ……。いや、あったよ……」

 「あるって何がですか? そこには壁しか……」

 「ううん……。これ……ここから全部……鉱床だよ……」


 その言葉を聞いて、キサラの背中からアリッサが顔を出し、灯りに照らされた岩壁を目視する。するとそこには、くっきりと色が分かれている縞模様の岩が存在した。それを見てアリッサの瞳は大きく見開かれる。


 「キサラさん、私をいったん降ろして……。あと、その縞模様のところ、私のマジックバックにあるツルハシで削り取って!」

 「何を……—————って、二人がそういうのなら当たりなのでしょうね」


 そう言いながらアリッサのバックを漁りだすキサラだが、明らかに不快な表情を見せ、顔を顰めながらピッケルを取り出すと、アリッサに対し目を細めながら言い放った。


 「アリッサ……バッグの中身を触らせるのなら、ちゃんと整理してください……」

 「え? 整理してあるよ?」

 「どこがですか……」


 ため息を吐きつつ、キサラは、アリッサとフローラの指示通り、ツルハシを振るい、岩壁を削り始める。削り取っていくと、確かに様々な石たちが落ちていく。そして、その中に、アリッサも見たことがない黄色と紫の入り混じったような岩石が露出する。見る角度や光を当ててみると、他の色に変わることを、フローラが確認しつつ、再度キサラがツルハシを振るうと、砕け散りながら一つの大きな岩石となって地面に落ちる。


 「アリッサ……これ、アルデミラン鉱石だよ……。ここの鉱山で取っていたもの……」

 「アルデミラン鉱石?」

 「うん、魔石の原料の一つ……。鉱石の中にマナが入り込んで、生きているように細かい脈が張り巡らされているの。まるで生物を閉じ込めるようなんだけど……。ごめんね、簡単に言えば、精錬して、目的に応じた添加物を付与していくと、様々な特性がでる原石のこと」

 「精錬って……。そのマナは壊れないの?」

 「詳しいことはわからないけれど、大丈夫。たまに無駄に細長い魔石が埋め込まれた剣を使っている貴族がいるでしょ? あれも同じような製法で作ってるの。でね、このアルデミラン鉱石は別名『龍脈石』って言って、その魔力伝導率の良さから古代エルドライヒ帝国では——————」

 「フローラ……興奮するのはわかったから、今は採掘と回収をしようか。詳しい話はあとで聞くからさ」


 アリッサが興奮気味に鼻を鳴らすフローラを制すると、フローラは上機嫌のまま、無言でツルハシを動かしつつづけるキサラに指示を飛ばし続けた。しばらく掘っていたが、結局、アルデミラン鉱石はほどほどにしか見つけることができなかった。きっと、魔石が高価であるのはこの辺りが原因なのだろうと思いつつ、その他の鉱石もついでに回収していく。そうして、ある程度掘ったところで、キサラの体力が消耗してきたのを見計らって、一同は再び、移動を開始する。



 次に向かったのは、分かれ道の先の出口。上り坂をキサラの背中で揺られながら上り詰めたアリッサの視界は出口に出る直前でまぶしさにより潰れそうになる。それでも少しずつ慣らしてゆっくりと眼を開けると、そこには木々が生い茂るような山の中であった。周囲に人のいたような痕跡はなく、現在時刻と太陽の位置から、座標を割り出すと、丁度山の反対側であることがわかった。どうやら、山向こうに繋がっていたらしい。だが、それを理解すると同時にキサラがわずかに顔を顰めた。


 「そういうことですね……ここの閉山理由……そして人が住んでいたにしてはモンスターのレベルも、マナの濃度も高かった理由—————」

 「どういうこと? キサラさん……」

 「引き返しながらお話します。あまり長居すべき場所ではありませんから……」


 そう言いながら、キサラはフローラを呼び戻して、鉱山の方へと戻っていく。戻る最中で話してくれたのは、たどり着いてしまった場所について—————


 キサラが言うには、山向こうはダベルズ山脈というところであり、その名の通りダベルズの山々の総称を指すらしい。ここの山々は昔から悪いものが溜まりやすく、山で囲まれている間などを通って山越えを敢行しようとするものが帰路につくことがないことから、冒険者の間では『帰らずの山脈』として知られている。

 ダベルズ山脈の平均レベルは広大なため場所によるが、おおよそ50~100と呼ばれており、旅商人もこういった危険な道は迂回して通るほどの場所であるらしい。だが、未知のモンスターや酸性の沼の中で咲くような花もあり、近年では調査に行くために高額な料金を冒険者に払う学者もいるらしい。

 山脈の平原に面している方は、汚染マナが溜まりづらいことが幸いして、生物が住める環境らしいが、山脈が連なる中間地点となるとそうともいかないらしく、それが今回のダベルズ鉱山の閉山理由ではないかとキサラは説明していた。


 つまり、『帰らずの山脈』と意図せずにつながってしまい、そこから汚染マナが逆流。坑道内にモンスターが出現するようになった。塞ごうとしても、どこからともなく入ってきてしまい、仕事にならない上に警備費が増大。結果的に経営できなくなり、閉山になったという筋書きがキサラの予測であるのだが、実際のところは、リリアルガルド政府と当時を生きていた人達にしかわからない。



 こうしてアリッサたちは、帰りに立ち寄ったダベルズ村で政府の軍と遭遇しつつ、事情と結果を説明して、先に保護していた女性を任せて、一同は帰路についた。あの後、上層のゲノミルピードがどうなったのかは、アリッサは興味がなかったため調べることはなかった。ただ、冒険者組合の掲示板でそれっぽいものを見つけたため、もしかしたらなどという予想が頭をよぎる程度で、関わろうとはしなかった……。

 それよりも別に、アリッサたち、『華の同盟』の目的があったからである。

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