第20話 フローラの歩んで来た足跡

 帰還後、休憩する間もなく、冒険者組合に報告を済ませる。その後は、討伐品や略奪品の一時返却を済ませる。略奪品に関しては、持ち主やその親族の進言がない場合、1か月ほどで所有権がこちらに移る。そういった略奪品のうち、返済期日までに応答した割合は4割ほど……このうち、返戻金としてもらった合計が、1万エルドほどであった。残ったのは壊れかけのガラクタと持ち主がわからないものばかりであったが、予想ではすべて返戻金にした場合は追加で1万エルドになる見込みではあるが、間に合わないのでこちらは次の資金に回される。

 次いで、緊急クエスト達成報酬として5千エルド。ダベルズ村からの謝礼金として5千エルド。現在のダベルズ鉱山の地形マップと生体情報が2万エルドで、遅れて到着のリリアルガルド正規軍に現地買取となった。地図に関してはフローラが売り叩いていたのだが、あのまま上層部でゲノミルピードと遭遇した場合、被害額は2万エルドすまなくなるため、フローラ的には抑えた価格らしい。なお、冒険者組合にも地図の更新を申請したが、こちらは更新謝礼として3千エルドとなった。ちなみに、こういった現地地図情報は冒険者や商人にとっては命にも等しい価値があるため、最新のものであるほど値段が高くなる。

 次は、モンスターからの素材であるが、素材のほとんどがゴブリンであるため、大量に討伐した割には意外にも安く、すべて合わせて2千エルドにしかならなかった。だが、ここにゴブリンが採取していたゲノミルピードの体液を売り払うと、それだけで2万エルドでの買取となった。すぐに気化してしまう素材の上、本体が狩りにくいため、いつもかなりの高額で取引されるらしい。なお、どんな分野で使われているのかはアリッサの知るところではない。

 ここまでの合計として、6万エルドの資金が集まった。シルバーランクと目されておきながら、レベル50を超えるゴブリンロードがいたことを考えると、実質的にゴールドランク並のクエストであったため、これだけの合計金額になった。

 ちなみにシルバーランクの1回のクエスト報酬は、素材を全て換金した場合、500~3000エルドと言われている。これはあくまでソロで達成した場合のため、実際には参加人数で分配されるため、取り分としてはもっと低くなり、さらにここにイニシャルコストやランニングコスト……つまりは、衣服や武具の修繕費や新規購入費、そして消耗品費が引かれるため、実質的な取り分はさらに低くなる。補足として、こういった武器や消耗品をケチるとロクなことにならないのが冒険者の間では常識であったりもする。


 最後に、鉱山で採取した鉱石たちだが、市場に流通しているため、その他の鉱石は大した値段にはならず、全部合わせても1千エルドに満たなかった。オークションにかければ、少量入手したい需要もあるため、もう少し値段が上がるらしいが、今回はそんな時間がないため、記念や趣味など個人的に取っておく分を残して売却。アルデミラン鉱石に関してはララドス武器商店に換金を依頼、これには工房長の『おやっさん』と呼ばれているララドスも困惑。精錬費用なども合わせた買取費用が出せなかったため、見積もり査定額のみとなった。その見積お値段は、もろもろの費用を合わせて8万エルドとなった。

 査定額も合わせると合計14万エルド。なんとか目標の10万エルドに届いた結果となった。なお、このすべての合計金額計算が完了したのは、返済期限当日の朝であった。


 そのころになると、アリッサの体の不調も多少は和らいでおり、一人で出歩ける程度には回復していた。しかし、手足の痺れや虚弱さは和らいだものの、未だに治らず、あと数日の時間がかかりそうなことが何となくだが実感できた。

 


 そんなこんなで、金貸しの商人をアリッサは、フローラの両親が営む宿屋の店内で待つこととなる。1階部分は酒場になっているため、昼前の現在も営業していて、お昼時にはまだ早いはずだが、お店の客はそれなりに入っている。ちなみに、キサラは自主休講をしているアリッサとは違い、今現在、学院で授業を受けているため、ここにはいない。フローラはじっとしているのが落ち着かないらしく、ウエイターとしてお店で仕事をしているため、話し相手のいないアリッサは、ため息を吐きながらしばらく待ち続けることとなった。

 だが、そんな時間は平穏な時間は長くは続かない。


 先ほどまで、にぎやかにしていた庶民の食堂が、一斉に静まり返る。理由は、観音開きの扉を開けて、豪奢なタキシードを着た青年が入ってきたからである。後ろには従者のような獣人族の若いメイドの女性。周囲には、護衛のような屈強な男たちが、入店のマナーも守らずに、入り口を完全にふさいでいる。

 タキシードを着た青年は片腕にきらびやかなドレスを身に纏っている燃えるような赤い髪をもつ美しい女性がいた。歳は、アリッサよりも干支一回りほど上であろうか……。


 アリッサは、あれがフローラの言っていた商人の男であることがすぐに分かったが、アリッサの予想では、もう少し小太りで、髭をいじるような男だと思っていたため、予想以上に顔立ちが整っていて驚いていた。だが、それとこれとは話が別であり、フローラが洞窟でゴブリンを殴りつけたときのような冷徹な瞳になっているのを見て、柑橘系のジュースを静かに飲みながら事態を静観するアリッサが、どちらの味方をするかなど明白であった。

 男性がフローラの元に歩み寄り、革靴を鳴らして綺麗なステップを踏みながら美しく礼をしてから、後ずさるフローラの腰に手を回し、自分のものであると主張するように自身の唇を近づける。

 フローラはそれに対し、カウンターに置かれた果実を男の口に押し付け、肩を軽く押して後ろに跳ね除けた。そして、にこやかに笑いながら、自身もスカートの裾をつまんで丁寧な礼を返した。


 「いらっしゃいませ、スタティリア・ノークラウ様。本日はどのようなご用件でしょうか」

 「用件? 決まっているだろう? キミという荒野に咲く美しく可憐な花を愛でに来たに決まっているじゃないか!」

 「当店は宿屋です。そのようなお店ではありません」

 「失敬、まだそうだったな。だが、それも今日までだ。キミには苦労を掛けたね、こんな汚らしい店で、手が荒れる程こき使われていたなんて……。それに、冒険者などという危険で野蛮極まりない活動もさせられているらしいじゃないか。なんと嘆かわしい」


 笑い顔を作り続けるフローラに対し、スタティリアと名乗った男は流暢に口説き文句を話し続ける。だが、後ろのきらびやかなドレスを纏った女性は、退屈そうに髪の毛をいじっていた。


 「仰る意味が分かりません。なにぶん、あなたの言葉は全て薄っぺらで貴族の身分の教育は受けておりませんので気持ち悪いんですよ、このナルシスト野郎もう少し簡単な言葉でお話しいただけませんか?

 「そうかそうか。キミにはまだ早かったね。大丈夫、安心してくれたまえ! キミにはボクにふさわしい女性となれるよう、ボクが手取り足取り教えてあげよう!」

 「誰もそんなことを望んでいないのにそんなお上品な振る舞い私を物みたいに扱うな庶民の私に身につけられるものではございません聞いただけで吐き気がするから心の中でだけとどめていただけるだけでこれ以上しゃべるな私は幸せでございます

 「そんなことはない。キミはボクが見込んだ聡明なお人だ。この程度のこと造作もない」

 「そうでしょうか。お前のファッションセンスいかれてる私にはあなた様のような独創的な衣装を着こなすこともできませんし、お前と話したくないし、とっとと帰れあなた様が身に着けていらっしゃる黄金に輝く時計などには不釣りあいです言葉が通じないのかな、このナルシストはこのようなところでお時間を潰されることなど、あってはなりません金輪際私に関わることなく本日はお飲み物しかお出しすることができませんが目の前から消え失せろって旅の中で過ぎ行く思い出の中の露店として、言ってるんだよ、ナルシスト野郎次の旅路へと足をお進みください


 アリッサは揉め事になったら面倒だ、と思いつつ、カウンター席に座りながらピッケル型の魔術杖を取り出して、メンテナンスしているふりをし始める。顔に出やすいと注意されたので、男とフローラには背中を向けているためバレることはないが、皮肉が通じていないスタティリアという男に対し、あきれ果てたような表情を、アリッサがしていたことは確かであろう。


 「旅の中で見つけた荒野に咲く花であるからこそ、ボクはキミを守り続けたいんだ。こんなお店や酷い両親など捨てて、さぁ! ボクの手を取り給え!」

 「お断りいたします—————」


 ノータイムでにこやかに返事したであろうフローラに対し、アリッサは飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。


 「逃げられないのだろう。だからこそボクがキミをそこから救い出す!」

 「結構です—————」


 フローラの珊瑚色の髪を触ろうとするスタティリアの手を、フローラは平手で払いのける。初めてのことだったのか。スタティリアは非常に驚いたように目を見開いていた。


 「私は、両親も、この店も、冒険者としての活動も、そのすべてに敬意と好意の元で動いております。それ以上は侮辱として受け取ります。それと—————。あなたの告白はこれで38回目です。いい加減対応するのにも面倒なので、そちらも続けるのならば、営業妨害として衛兵を呼ばせていただきます」

 「な———————っ……。いや、だからこそ手折り甲斐があるというものだ……」

 「もういいんじゃないですか。お互い、腹の探り合いはやめて、商売人どうし、商売の話をしましょう。スタティリアさん……。おっと失礼いたしました、折角、名前を買い取られたのですから、貴族様と同じように家名も続けるべきでした」

 「ほぉ……。そこまで強情な態度をとるというのであれば、返済の用意はできているのであろうな?」


 鼻を鳴らすようなスタティリアの言葉に対し、フローラは先ほどまでの笑顔とは打って変わって、ローズレッドの瞳で男を睨みつけている。そして、顔を一切そらさないまま、アリッサの方に手のひらを向ける。

 アリッサはそれを見て、小切手証明とアルデミラン鉱石の鑑定証明書を手渡す。


 「こちらにあります。これでご満足いただけますか?」

 「んー……。偽物でも用意したのかな? どれ、確かめるから渡して見せてくれ」

 「構いませんが、その証明書はまだ受け渡しとはなりません。もしこの場で破損又は窃盗をされた場合、相応の措置を取らせていただきます」

 「しませんよぉ、そんな野蛮なこと!」


 わざとらしく叫ぶスタティリアは、しようとしていたことに釘を刺されて少し不満げに見えた。


 「ふむふむ……。確かに、これらを合わせれば10万エルドになりますなぁ……」


 わざとらしく眺めたスタティリアは小切手を破るために手をかけるが、釘を刺されたこともあり、フローラに渡し返した。そして、そのまま後ろの従者からにとある紙を受け取った。フローラにそれを見せつけ、勝ち誇ったような顔を浮かべ始める。


 「————ですが、それでは足りませんなァ、全く……」

 「え——————?」

 「見てください! ここ! この下の分! 遅延した際に注意事項! 利息の引き上げについてかかれていますよね? これを元に計算すると、必要な返済額はァ……ざっと、計算して120万エルドですかねぇ……。それもこれも、返済期限を守れないあなたの両親が悪いんですよ!」

 「120万エルド!? そんなぼったくり……」

 「ぼったくりぃ? こっちはちゃんとあなたの両親と契約してお金を貸しているんですよぉ? こっちが信用して貸したのに、裏切ったのはそっちじゃないですか。いいですよぉ、出るところに出ても!」

 「——————ッ!!」

 「おぉ怖い怖い。ですがまぁ、こんな契約書なんて紙切れです。あなたがきちんとボクの愛を受け取り、その身も心も捧げるというのであれば、こんなはした金、なかったことに致しましょう」


 薄気味悪い笑みを浮かべながら、押し黙ってしまうフローラの顔を愛でるように触りだすスタティリアに対し、フローラは先ほどのように払いのけることをせずに歯を食いしばっているように見える。アリッサは武器を構えようかと考えるが、ここで手を出してしまえば、全ての手が打てない決定的な敗北となるため、拳を強く握りしめるしかなかった。

 フローラが押し黙っていると、奥の方から見かねた両親が飛び出し、フローラを庇うように頭を下げる。だがそれを見て、スタティリアはゴミでも見るかのように、あしらい、父親の顔に蹴りを入れ、母親の頭を殴りつける。それだけでは飽き足らず、何度も執拗に暴行を続けた。床に倒れ伏す両親を、何度も、何度も、革靴の先やスーツに返り血が付くほど何度も執拗に殴り続けた。

 フローラは口を何度も開けてしゃべろうとしながらも、押し黙り、やがて血でまみれたスタティリアの手をそっとつかんで止めた。


 「やめてください……。これ以上は……」

 「ほう……いい判断をした。キミも今までの怨みがあるだろう、娘を痛めつけてきたそこのゴミどもに、存分に復讐するがいい」

 「——————ッ!」


 目を見開いて、何かを訴えようとするフローラだが、やがてその意思を止め、目に涙を浮かべながら、床に倒れ伏す両親に向けて脚を振り上げる。スタティリアは見てられずに、笑い出し、後ろの女性も同様に笑っていた。そんな光景にアリッサの堪忍袋の緒がついに切れ、魔術杖を強く握りしめて、魔力を込める用意をしだした。

 だがそれをフローラが無言のまま手で制した。


 「どうした? やらないのか? キミがやらなければ、キミは救われず、この契約書をなかったことにもできないぞ?」


 アリッサはそれ以上の光景を見てられずに、強く目をつぶった。


 刹那———————


 腹を抱えて笑いながら契約書をちらつかせるスタティリアの腕を誰かが掴んだ。


 「それは困るな、この契約書は重要な証拠だ。処分されては困る—————」


 淡々とした口調で契約書を瞬く間に奪い去った人物に誰もが目を見開く。だが、一番驚いたのはアリッサであろう。なぜならそれは、アリッサの見知った男性であり、『先輩』と呼んでいる人物だったからである。

 お世辞にも整っているとは言えない体型……いい意味で言えばふくよか、悪い意味で言えば肥満であるといったところ。胸元よりも大きく前に出たウエストに、内側の骨が見えないほどの覆われている頬の輪郭。癖のあるこげ茶色の短髪に、相手を睨むような鋭い鸚緑の瞳。間違いなく、それは、『先輩』であり、パラドインと名乗った人物であった。


 「貴様何者だ! それを返せ!」

 「そいつは無理だ。こいつはたった今、俺が押収した証拠品なんだからな」

 「なにを言っている、おいお前ら! そいつを取り押さえろ!」

 「やめておけ……公務執行妨害に暴行罪も追加されてぇのか? おっと、暴行罪はすでに立証されているな」


 パラドは全員に敵意を向けられたながら、涼し気な態度を取り、堂々と契約書を自分のマジックバックの中に収める。そして、フローラとアリッサの間に割って入り、肩を一度だけ叩いて、他の人物に聞こえないように耳打ちした。


 「よく耐えた—————。遅くなってすまない、チェックメイトを打つのに、思いのほか手間取った」


 アリッサはその意味が良くわからなかったため、フローラの方を見てアイコンタクトをかわす。だが、フローラも何も知らないという風に首を横に振った。


 「おい、なにをコソコソと……。返してもらうぞ、泥棒が!」

 「あぁん!? こっちが泥棒ならテメェは詐欺師だろ。つーかよぉ、借りたお前たちも住んでいる国の法律ぐらい学んでおけってんだ……」


 悪態をつけながら、小太りのパラドは堂々とした態度で、スタティリアの正面に立つ。


 「詐欺師ぃ!? 名誉棄損で訴えるぞ、平民が!」

 「それはテメェの方だろ。大体、この契約書は法律違反も甚だしい。お前、わかっててやってるよな? 利息上限が決まってること、遅延利息の上限も含めて、全部! それに、話を聞く限りじゃぁ、先に契約内容を了承なしに変更したのはどっちだったか? まさかとは思うが、お前の商会……同じような手口を他の顧客に対してやってないよなぁ?」

 「ふん、貴様がそれを知ってどうする?」

 「どうするもこうするも……。決まってんだろ……。まぁ、お前が答えないんだったら、一つだけ忠告しといてやるよ。お前は喧嘩を売る相手を間違えたな。そして、もう一つは……とっとと家に帰ってママのおっぱいでも啜りながら関所をどう超えるか考えるんだな!」


 アリッサとフローラはパラドの言葉に少し幻滅したが、スタティリアは逆に怒り狂いながらパラドの服の胸倉をつかむ。


 「調子に乗るなよ。このクソデブが……」

 「ほい、正当防衛立証」


 胸倉をつかんだはずのスタティリアはその手首を何かに掴まれていた。それは、パラドの影から伸びた獣のように黒い手であった。それをアリッサが認識した瞬間には、スタティリアはいつの間にか観音開きの扉に叩きつけられていた。


 「いろいろ余罪がついたなぁ、スタティリアさん。そうだ、家に帰る前に教えといてやるよ。お前が誰に喧嘩を売ったのか……」


 唖然とする護衛たちを無視して、腰を抜かすスタティリアを見下ろすように、両ポケットに手を突っ込んだまま、パラドは嘲笑った。

 それらの光景を見て、獣人の従者は震えた口調で声に出した……。


 「『お昼寝伯爵』……。なんであなたが—————」


 それを聞いて、周りの屈強な男たちはざわつきだし、中には戦意を喪失して、窓から逃げ出したものもいた。それを見て、パラドは面倒そうに頭を掻く。


 「あぁ……折角かっこよく名乗ろうと思ったのに、台無しじゃねぇか……」

 「お昼寝伯爵……まさか、あのオータム家のごくつぶしか! どうして所に!」

 「おうおう、言ってくれるじゃん。否定はしないけどさぁ! どうして? 決まってんだろ! 俺はなァ、ここの酒場で出されているハニートーストが大好物なんだよ。それをテメェらが潰そうとしたんじゃねぇか。覚悟しとけよ……」

 「ふん。だが、お前に何ができるって言うんだ。お前にできるのなんて、精々、この場の暴行を証言することだけだ。その程度、いくらでも金でもみ消せる」

 「あぁ、それね。もう終わってるから、安心して家に帰れよ」

 「何を言っているんだ! だから、お前は———————」

 「まだわかんねぇのか? だから皮肉も通じねぇんだよ、このアホが……。テメェのようなお花畑のお頭にもわかりやすいように説明してやるとだな—————」


 そう言いながら、パラドはスタティリアに小さく耳打ちをする。その瞬間に、スタティリアの顔が青ざめていくのが誰にでもわかった。


 「おい、お前ら! すぐに撤収するぞ。行く場所がある!」


 その言葉を皮切りに、スタティリアを含む全員が逃げるように慌ただしく店を飛び出していく。それを見ながらパラドは満足げに鼻を鳴らした。


 「あの……『先輩』一体何を……」

 「だから言っただろう。チェックメイト打つのに時間がかかったって……いろんなところに手を回してたんだよ。税務署やら衛兵詰所やら商業ギルド、銀行、裁判所、ついでに国境警備隊にまでな……。今頃、あいつの家は踏み込まれているだろうし、隠れ家も全部抑えた。まぁ、この契約に関しちゃ、1年ほど前に返済額に到達してたみたいだし、むしろ戻ってくるんじゃねぇの?」


 さも平然と様々なところへと手を伸ばし、相手の力を根こそぎ刈り取ったパラドを見て、アリッサは絶対に喧嘩は売らないようにしようと心に誓った。だが、それと同時に、やはり、こんなことができるパラドの言動がわからなくなっていった。


 「どうして先輩は、私たちの為に……ハニートーストの件、ウソですよね」

 「いや、それは本当だ。最初から最後まで店にいたのに、気づかないのはどうかしているぞ」

 「変装や認識阻害の魔術の類つかってませんでしたか?」

 「否定はしない。まぁ、本当のことを言えば、ハニートーストのついでに妹からの頼まれごとをしただけだ……」

 「妹……いも……うと?」


 チラリとフローラの方を見るが、フローラは首を大きく横に振った。


 「気づかないならいい。それより、俺が今回できるのはここまでだ。めんどくせぇ問題を起こすんじゃねーぞ!」


 そう言いながら、パラドは顔を顰めながら、背中を向け、出口に向けて歩き出す。それに対して、フローラとその両親は、大きな声で頭を下げながら礼を告げる。それに反応し、パラドは軽く手を振るだけで済まし、ポケットに手を入れながら店を出ていった。

 それを皮切りに、客が一斉に立ち上がり、代金をテーブルの上に置き、無言のまま退店していく。まるで、この光景を見守っていたかのような姿に、アリッサとフローラはようやく気付く。

 いつも、挨拶をかわし、たまに依頼に対してアドバイスを貰ったり、モンスターの素材を交換したり、情報を共有していた人たち……そう、冒険者組合のギルドホールで数回しか顔を会わせたことがないような人たちだったからである。どこから噂が漏れたのかはわからない。誰の人望で集まったのかもわからない。

 でも、その光景を見て、アリッサも自然と頭を下げていた。



 そうして、フローラの両親が営む宿屋は本格的に営業を再開した。そして、アリッサもまた、体調が回復すると同時に冒険者としての活動を再開する。だが今度はソロでシルバーランクに挑むのではなく仲間と共に冒険に旅立つ。


 美しく咲き乱れるいくつもの花のように艶やかな同盟の名の元に———————


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