第16話 地底に眠る黄金を求めてⅣ

 下層へと降りる前に、女性に回復魔術をかけ、水と書置き、そして毛布などを渡し、フローラの体が落ち着くのを待った。

 あまり長い時間は費やしていないが、下層から中層へと来られては困るため、できるだけ急いで下へと降りていく。斜坑を下り、一本道となった坑道を時折曲がりながら、手早く戦闘を済ませて進んでいく。だが、探索を進めていく最中で三人はとあるものを目にしたため、再び立ち止まることとなる。

 

 埋もれた瓦礫の先、僅かな隙間の先に自分たちのものではない灯りが見えたのである。アリッサは即座に自分たちの消灯を指示し、隙間からわずか顔を出して下をのぞき込む。

 結論から言うのであれば、そこは廃坑には似つかわしくない大空洞であった。奥に見えるのは青銅のように輝く地底湖。手前の広いスペースでは、100匹はいるであろうゴブリンたちが宴会を繰り広げている。夜目が効くはずのゴブリンたちが、自ら松明に火を灯し、派手な装いをした大柄なゴブリンに食べ物などを献上しているように見える。

 そのほかには、通常のゴブリンよりも遥かに大きく、アリッサたちの二倍の身長はあろうかというゴブリンも数体確認できた。そして、その出入口、それを確認して、アリッサたちは地図と照らし合わせる。

 見た限り、火攻めでも水攻めでも有効そうに見えるが、風の流れを読むと、他にも出口があるように吹き抜けているように思えた。そのため、それらの作戦が出来ないことを一堂に促す。ちなみに、アリッサたちに毒の持ち合わせはなかった。


 「ここらへんだね。作戦はある?」

 「基本は引き打ちでしょうか……あれだけの数を広い坑道内で戦うのは危険です。それに、狭い坑道内であれば巨体のゴブリンは戦いにくい」

 「わかった。それでいこう。キサラさんを信じるよ」


 そういいながらアリッサは立ち上がり、2人を後ろに引き連れて、目標ポイントまで足を急がせる。途中の食糧庫などを目にはしたが、ゴブリンの気配がなかったため、現状は後回しにする。そうして、進んでいくと何か同じような名前を叫ぶゴブリンの声。そして、武器を地面にわざと叩きつけるような音が聞こえてくる。アリッサは戴冠式でもやっているのかと疑問に思いつつ、戦いやすそうな空洞の少し手前の、前方に曲がり角のある坑道で立ち止まった。


 「行くよ—————」


 それを皮切りに、一同は一斉に各々の武器を、人が二人ほど通るのがやっとの狭い坑道内で取り出し、アリッサは、ゴブリンの仕掛けたトラップから拝借した鳴子を勢いよく鳴らす。

すると、先ほどまで騒いでいたゴブリンたちが話している内容が急激に変わる。

 フローラは『トーチ』の魔術を壁に固定するようにして発動し、アリッサのすぐ後ろで灯りを確保する。後衛には最初のフォーメーションの通りにキサラが魔術杖を構えている。



 初めに坑道内に飛び込んで来たのはショートソードを持ったゴブリン。アリッサはそれを蹴り飛ばして壁に叩きつけ、怯んだところを首にナイフを当てて絶命させる。それを合図に、怒涛のようにゴブリンたちが押し寄せてくる。アリッサは、左手のピッケルを振り回しながら、飛び掛かるゴブリンたちを撃退していくが、如何せん数が多い。攻撃を弾いてしまうと、後ろの方に逃してしまう。


 そうした場合は、キサラが対処に当たり、撃ち漏らしたゴブリンにショートソードで叩き切っていく。フローラは、アリッサの動きに合わせて、時折『ファイヤアロー』を放ち続ける。大空洞の入口よりわずかに後ろの位置で陣取り、瓦礫が邪魔しているせいもあり、戦っている位置に大空洞からの遠距離攻撃は届かない。


 だが、ゴブリンたちの知能は低いが阿保ではないということが徐々に現実を帯び始める。それは、術を発動しようとしていた、キサラの後頭部に強い衝撃が走ったからである。————後ろに潜んでいたゴブリンによる奇襲。レベル差があり、『シールド』の魔術を使用しているため、傷にはなっていない、とアリッサは最初に判断したが、どうやらそれは間違いであったことを認識させられる。


 『シールド』の使用忘れ、もしくは後衛だからと慢心して、キサラが使用していなかったのかもしれない。レベル差により、大きなダメージになっていないことは確かだが、地面に転倒させられたことは確かである。同時に、アリッサが対処していた正面の敵が減少し始めたことで、アリッサは一つの嫌な予想を立て始める。


 違う出入口—————


 もしも、のぞき込んだ角度から見えない別の入り口があったのならば、自分たちは今、挟み撃ちにされている、という嫌な予感が、動かし続ける体とは正反対に頭の中で反芻し続ける。

 地面にうつぶせに転倒したキサラは自分の魔術杖を転倒の衝撃で落としてしまう。同時に、アリッサの予想を的中させるかのように、正面と同程度の大量のゴブリンがキサラの上にのしかかる。焦ったキサラは杖なしでの魔術発動で追い払うことを頭から抜けてしまう。それ以前に、この状況で落ち着いて魔術を発動させられるのかもわからない。加えて、幾らレベル差があるとはいえ、『フィジカルアップ』などを発動していない状態で、十数匹のゴブリンに背中から乗られた場合、身動きが取れなくなる。故に、キサラはさらなる焦りを覚え、抜け出せない悪循環に陥りだす。


 その好機を見逃さず、ゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべ、腐臭のするよだれを垂らしながら、キサラの服をはぎ取ろうと破ろうと力を入れ始める。

 アリッサはそれを戦闘の最中で見ると同時に、叫ぶようにフローラに指示を飛ばす。


 「フローラ! キサラさんごと焼いて!」

 「で、でも……」

 「いいから————ッ!!」


 フローラは半分目をつぶりながら詠唱をはじめ、暴れるキサラごと、中級魔術の『イグニッション』で、十数体のゴブリンを焼き焦がしていく。そんな爆炎の中、炎を振り払うように上着を振り回し、泥で汚れたノースリーブのシャツの炎を風圧で消し飛ばすキサラがいた。

 サラマンダーの皮で作られたコートはそう簡単に燃えないらしい。だが、露出している他の部位には火傷が見られるため、やはりアリッサの策は完全とは言い難い。

 フローラはキサラの生存を確認し、怪我をしているキサラに対し『ヒール』をかけようと詠唱を開始する。だがそれは、キサラのいる後方方面から飛んできた矢が、フローラの脚に命中したことで中断させられる。


 「——————ッ!!」

 「キサラさん!」

 「わかっています!!」


 キサラが自分の杖を拾いながらフローラに駆け寄り何か指示を耳打ちでする。基本的に、ゴブリンの使う矢には毒が塗られていることが多い。それが命中した場合、即座に対処しなければ、死に至る危険もある。

 フローラはここまでの戦闘でかなりの魔力を消耗していたため、『シールド』系の魔術を発動できていなかったのだろう。それが、今になって怒涛のように牙をむき始める。一度、何か歯車が狂いだすと、得てしてそれは連鎖を開始する。

 それを理解して、アリッサはそれでも限界のギリギリで踏みとどまるために動き続ける。回復魔術発動中のフローラを庇うように牽制をして思った通りに魔術を発動できていないキサラをカバーするように、正面の敵はナイフで対処しつつ、後ろの敵を魔術で迎撃し続ける。

 それが十数秒間続く。その間に、ゴブリンの死体の山は積み重なっていく。このままいけば戦線を維持し続けられる、とアリッサが思ったその瞬間であった。


 破裂するような爆音と共に衝撃波がアリッサの正面から駆け抜ける。それは戦闘中のゴブリンもろとも空気の爆弾を破裂させるように瓦礫を巻き込みながら狭い坑道内を突き抜ける。アリッサはその爆音を聞いた瞬間に、大空洞の入り口側を破壊したものだと察知したため、正面に突き抜ける爆風から逃げるように、治療が終わりかけたフローラとキサラを巻き込んで強引にうつぶせにさせる。


 そのコンマ数秒もない間に衝撃波が坑道内を突き抜けていき、キサラ側にいたゴブリンたちも吹き飛んできた瓦礫と衝撃でわずかに怯むこととなる。アリッサはそれを確認して、いの一番に立ち上がり、相手が完全に体勢を整える前に飛び掛かり、魔術と肉弾戦で頭や心臓を潰し、とどめを刺して確実に一匹ずつ絶命させていく。



 だが、キサラが戦っていた後方から何やら瓶のようなものが投げつけられたことで状況が一変する。その瓶の中身は紫色の見たことがあるような液体であり、割れると同時に音を立てて気化し始めたことで、アリッサは引き返さざる負えなくなった。

 ゲノミルピードの体液には神経に作用してマヒを引き起こす毒性がある。それを身をもって理解しているからこそ、アリッサはキサラたちがいる方へと駆け寄っていく。

 キサラもその光景を見ていたため、杖を使い、詠唱を開始する。


 「風よ————。我らに、健やかなる成長の加護をお与えください……『ウインドブレッシング』—————ッ!!」


 キサラが魔術の発動を終えると同時に、固まったアリッサたちの周りだけ、空気が渦巻くように周りはじめ、毒を含んだ空気は座っている三人を避けるように流れていく。


 「最悪ですね—————」

 「上着がゲノミルピードの毒気にまみれたこと?」

 「それは買い直せば何とかなります」

 「あの……お二人は随分と余裕ですね……」


 フローラが、笑いながら冗談を言っているアリッサとキサラを心配するように尋ねるが、アリッサは少しだけ口角を上げて笑いながら、ナイフを強く握りしめた。


 「余裕そうに見える?」

 「いいえ、まったく……これっぽっちも—————。アリッサ、あなたといるといつもこうです。命がいくつあっても足りません」

 「私もキサラさんがいなかったら死んでたことがいっぱいあると思う……」

 「そうではなくてですね—————」


 難しそうに頭を抱えるキサラに対し、会話を聞いていたフローラは手足の震えがいつの間にか止まっていることに気づいた。それに加えて、危機的状況にも関わらず、いつも通りに会話をし続ける二人を見て、少しだけ自分も笑みがこぼれてしまう。


 「キサラさん、今、ヒールをかけますね……」

 「ありがとう、フローラ……。で、アリッサ……この状況はどうするんです?」

 「ここは完全な密閉空間じゃないからね。空気の流れ的に、あと数分もすれば毒気が収まる。そしたら、また怒涛のように敵が押し寄せてくる」

 「でしょうね。なら、あなたはどうします、フローラ……」

 「え? 私!? えっと、その……来る前に先手を打って場所を移動するでしょうか……」

 「オーケー。それで行こうか。キサラさん、風属性の魔術お願い」

 「わかりました。どのように発動させますか?」

 「瓶が投げこまれた位置辺りに今現在、漂っている空気をまとめて押し付ける感じで」

 「ずいぶんと曖昧な指示ですね……」

 「できない?」

 「誰にものを言っているのですか——————ッ!」


 キサラはアリッサに威勢よく反論すると同時に立ち上がり、詠唱を開始する。緑色の魔方陣がキサラの持つ小さな魔術ステッキの先に展開され、それと共に淀み、溜まっていた空気が再び動き出す。しかし今度は、キサラの持つ魔術杖の動きに合わせ、演奏を奏でるように動いていく。

 キサラが小さな杖先を動かすと、風が巻き起こり、それは小さな渦となってやがて回転し、やがて先ほどまで周囲で淀んでいた空気と同じように紫色に変色し始める。


 「先ほど殴られたお返しです」


 無表情のまま、最後に一振りすると、紫色の渦は、人間が通れないような横穴に吸い込まれるように消えていく。キサラはそれを確認すると、今度は土属性の魔術で、その入り口を完全に塞ぎ、逆流を防止する。


 それを見終えると同時に、アリッサはフローラの手を引いて立ち上がり、走り出す。遅れて、作業を終えたキサラが走り出すが、足の遅いフローラに合わせたアリッサの走りには、すぐに追いつく。


 二人は無言で互いの目を見て頷くと、先ほどまで辿ってきた道を戻り始め、少し前に大空洞を覗けた位置まで戻ってくる。そして、状況の再確認を行う。

 100匹はいたであろうゴブリンたちは、1割しか影がない。だが、巨大なゴブリン……通称ゴブリンチャンプと、ゴブリンたちに指示を飛ばしていたゴブリンロードは健在である。また、先ほどは位置関係的に見えなかったゴブリンシャーマンの姿が一体確認できた。

 それを確認して、アリッサはフローラをキサラに任せて、階下へと大きく跳躍する。


 フィジカルアップにより肉体を強化している彼女の体は右往左往しているゴブリンチャンプの真上に落下し、ゴブリンチャンプのうなじに、下向きに構えていたナイフが、落下の衝撃と共に突き刺さる。アリッサは突き刺さってよろめいたのを確認して、傷口を抉るようにしてナイフを捻りまわし、ゴブリンから大量の出血を促す。そして、ゴブリンチャンプの体を蹴り飛ばして宙を舞い、再度の地面着地と同時に状況を確認する。


 角度的に見えていなかった点では、小さな穴があり、そこからはい出るようにしてゴブリンたちが詰まりながら息絶えていた。恐らくは毒気の逆流で死に至ったのだろう。それを確認すると同時に、風魔術でフローラをお姫様のように抱えながら優雅に降りてくるキサラが見えた。

 キサラの腕の中にいるフローラは、降りてくると同時に火属性の魔術を詠唱開始、そして、先ほどキサラごとゴブリンたちを焼き払ったものと同じ『イグニッション』を、アリッサに注意を引かれているゴブリンシャーマンに向けて放ち、瞬く間に炎に包ませ、もだえ苦しみながら絶命させていく。

 キサラは自分の着地と同時に燃え尽きたゴブリンシャーマン付近へと飛びのき、再び魔術杖を構えだす。


 「フローラ! アリッサ! 30秒だけ時間を稼いでください!」


 キサラは叫ぶと同時に、魔術杖を構えて詠唱を開始、自身の足元に黒い魔方陣が現れ始め、やがてそれはキサラの体を覆い隠す衣のように球体上に伸びていく。

 フローラはキサラの指示を受けてキサラと自身を護るように『プロテクション』を発動させる。アリッサは大空洞の中を駆け抜け、残り2体となったゴブリンチャンプの注意を引くようにピッケルを改造した魔術杖で『ショット』を放ちながら牽制する。同時に、こちらに向かってくるゴブリンロードに対し、逃げるように距離を取っていく。

 ゴブリンチャンプの平均レベルは40程度だが、ゴブリンロードとなるとレベル55以上であるとわかっている。アリッサの現在のレベルは出発前の時点では34、つまりは、ゴブリンチャンプ1体に対してなら正面戦闘で対応が可能。しかし、2体となると戦況は不利。ここにゴブリンロードが加われば、もはや絶望的と言わざる負えない。

 そもそも、ゴブリンロードの場合は一対一で勝負したら、作戦がない限りはアリッサの敗北が当然の結果となる。今現在は、特にこれといった対策も打てていないため、倒すならば、周囲を殲滅してから全員で行う必要性があるのだ。


 だからこそ、ゴブリンチャンプの大きな棍棒が振り下ろされたのに対し、アリッサは大きくステップを繰り返しながら回避する。まるで、2体のゴブリンチャンプで互いの動きをけん制するように股下を潜り抜け、お互いのフレンドリーファイアを誘発する。それを察知したより知性の高いゴブリンロードはアリッサの動きを観察するように立ち止まる。

 そうして、自分よりも体が大きい敵に対して、下手に打って出ずに時間を稼いでいく。


 その間に、キサラは2節、3節と詠唱を続けていった。


 「闇よ—————。そなたが欲すのは何ぞや。罪か、絶望か、それとも絶望か! 地獄の淵で蠢き、大地を塗りつぶし、その手を真っ赤に染めようと欲したものは何ぞや。我にはそなたの渇きを潤す血肉がありはしない。だがしかし、我に仇名す悪鬼の血肉をそなたに捧げよう。我の呼びかけに答えるならば、鋼すらも貫き、数多の罪を打ち砕いたそなたの槍を我に貸し与えたまえ。さすれば、再び大地が赤く染め上げられよう——————『カズィクル・ベイ』——————ッ!!」


 キサラが自身の周囲に衣のようにまとわりつき黒い輝きを放ち続ける魔方陣を起動させると同時に、大空洞の白と茶色が入り混じった地面の岩盤に蜘蛛の巣のように網目状の赤い線が走り出す。

 それは、飛び込むようにフローラの元へヘッドスライディングをするアリッサを無視して、大地に赤い閃光を走らせた。

 フローラの展開したプロテクションに攻撃を加え続けるゴブリンたちも、既に毒気で息絶えたゴブリンたちも、アリッサにつられてこちらに走り出すゴブリンチャンプたちも、魔石が取り付けられた盾を発動させるゴブリンロードも、皆もろともに刹那の時を認識した。


 赤く閃光を放つ地面から無数の赤黒い針が飛び出し、一匹たりとも逃さずに鎧や体格関係なく、刺し貫いていく。それらは華を咲かせるように刺し貫いた部分からさらに無数の針を枝状に伸ばしていき、赤黒い針の樹木を形成する。

 形成した樹木は突き刺したゴブリンたちの体の血肉を喰らい尽くし、瞬く間に干からびさせ、やがて黒い灰に変えていく。そして、大地を赤黒く染め上げたかと思うと、満開の花が砕け散るように樹木ごとボロボロと崩れ落ちていき、地面に溶けて消えていく。そして流れ出る血液のように1か所に集まり、闇の中へと消えていった。

 闇属性高位魔術『カズィクル・ベイ』————。広範囲に中級魔術のシャドウランスよりも威力の高い同質のものを放つ魔術である。中級魔術とは違い、安定した発動のためには、長文の詠唱を必要とする。扱えるのは、概ね闇属性に精通したゴールドランクの冒険者や宮廷魔術師と言われている。つまりはレベル50以上の魔術の発動。

 切り札であろう、その魔術を発動し終えたキサラは、魔力が付きかけているのか、肩で息をしながらゆっくりと魔術杖を降ろした。そして、未だに生存している敵に向けて腰のショートソードを威風堂々とした態度で抜き放つ。


 残っているのはゴブリンチャンプ1体と、ゴブリンロード1体。アリッサが見えたのは、キサラの魔術発動中に、盾を地面へと押し付け、周囲に防護魔術を展開したゴブリンロードであった。つまり、ゴブリンロードが、ゴブリンチャンプ1体を庇った形となる。

 その動作に疑問を覚えたが、アリッサたちとは全く違う方向に走り出すゴブリンロードを見て、ゴブリンチャンプを庇った理由がすぐに分かった。アリッサはその動作を見て、ゴブリンチャンプを囮に使うものだと予測し、ゴブリンロードを追いかけるように走り出す。


 キサラも残されてなお、こちらに敵意を向け続けるゴブリンチャンプと正面から武器をぶつけだす。フローラはそんなキサラの支援の為に魔術を発動させているため、アリッサの方を見てはいない。

 アリッサはわずかにキサラの方を確認するが、心配はしていなかった。魔力が付きかけているからと言って、キサラが戦えないわけではない。何故なら、キサラという人物は全属性の魔力を持ちながら、それを巧みに使い分ける魔術のスペシャリストであると同時に、刀剣類を主力として槍術や弓術にも精通しており、あらゆるものを使って白兵戦も遠距離戦もこなすことができるオールラウンダーであることをアリッサは知っているからである。

 故に、キサラを信じ、目の前にいるゴブリンロードに集中して、逃げようとする背中に『ショット』の魔術を放つが、僅かに体勢を崩すだけであまり効果はない。だが、追いつかれることを理解したのか、ゴブリンロードは振り返り、こちらに武器を構えだす。魔石の4つ取り付けられたラウンドシールドに儀礼用と思われる細身の剣。

 ゴブリンロードの体格は2メートルほどであり、ゴブリンチャンプよりも小さい。だが、戦闘力や知恵に関しては比べるまでもない。


 初めに動いたのはアリッサ。揺らめくように動きながら距離を詰めていき、順手に構えたナイフで切りかかる。だがこれはゴブリンロードの左手のラウンドシールドで阻まれてしまう。だが、想像以上の手ごたえの軽さにアリッサは驚く。まるで柔らかいものを攻撃しているかのように攻撃が吸収されたのである。恐らくは盾に施された魔石に込められた魔術であろう。


 次に動いたのは、ゴブリンロード。右手に持った細身の剣を振りかざし、縦に大振りする。これをアリッサはサイドステップで右に避け、続く蹴りをバックステップで回避する。また、回避すると同時に、左手のピッケル魔術杖で『ショット』を発動して、相手の行動を抑制する。

 当然のことながらこれは再びシールドに阻まれてしまう。だが、その瞬間、ラウンドシールドに取り付けられた魔石が輝きだす。その瞬間にアリッサが放った『ショット』が掻き消える。

 アリッサが警戒をして、宙返りながら飛びのくと、先ほどまでアリッサがいた位置に無数の光弾が叩きつけられる。アリッサはそのまま2回3回とバックステップをしながら、距離を開けて武器を構え直す。

 それとほぼ同時に、シールドを構え直したゴブリンロードの体が肥大化し、服を突き破るように筋肉が露出していく。まるで、魔術を発動しているかのような素振りだが、魔方陣の展開は確認できない。だが、盾の魔石が輝いていることから、ゴブリンロードの持つラウンドシールドから発動していることは間違いない。


 (1つ目の魔石に込められたのは守護、2つ目は吸収、3つ目は反射、4つ目は肉体強化ってところかな……。面倒なものを面倒なやつに手渡した奴はいったい誰だ……)

 

 心の中で悪態をつけつつ、額を伝う汗をぬぐいながら、アリッサは冷静に分析を行う。それを許さないかというように、今度はゴブリンロードが地面を蹴ってこちらに接敵する。

 1回目の横に振るわれた剣をしゃがんで回避、次いで向かってくる膝蹴りをナイフで受け流す。そして縦に振り下ろされた剣は体を捻ってギリギリで掠る程度に避ける。それと同時に、アリッサは逆手に構えたナイフを下から袈裟に切り上げたが、これは相手の剣の腹で受け止められる。だが、地面を強く踏み込んで、そのまま弾くようにして大きく弧を描くようにしてナイフを上へと振り回すことで、ゴブリンロードの体をのけぞらせ、相手の胴体に隙を作っていく。その隙を見逃さず、今度は、攻撃を回避している最中で貯めていた『ショット』を放つ。


 否————


 これはもう、『ショット』とは言えない。ゲノミルピードに向けて放ったような『ショット』を爆発させるような凝縮弾丸……。それは中級魔術を通り越し、威力だけならば上級魔術にも匹敵する。故に、アリッサはこれを『ブラスト』と名付けていた。

 相手のがら空きになった胴体に打ち込まれたブラストはゴブリンロードの素早い動きにより、ラウンドシールドに阻まれてしまうが、それと同時に反射を行おうとした魔石が怒涛のように押し寄せる魔力を吸収し損ねた上に、耐え叶えて砕け散る。結果、軽減された衝撃が盾越しにゴブリンロードを叩きつけ、数メートル後方へとよろめかせる。


 「やっぱり、それ、防げない魔術もあるんだね————ッ!」


 軽口を叩きつつ、アリッサは追撃の為に前へと飛びのきながら、順手に構えた右手のナイフを振り下ろす。当然これは、剣で防がれる。だが、追撃は行える。ぶつかった刀身を滑らせ、転がるようにして背後に回り込み、ナイフを振り上げる。だがこれも、ゴブリンロードはこれを盾で受け止める。そんな、両者一歩も譲らない戦闘が何度も繰り返される。


 数回の攻防の後、アリッサは魔術杖を腰へと戻し、ナイフを逆手に構え直す。そして幾度目かの接敵をして、相手の大振りな剣の振り回しの回避と同時に、回転を利用して、左太ももの防具の隙間にナイフをねじ込む。ナイフはスルリと肉を引き裂くが、傷口を広げるために捻りまわす前に、もがいたゴブリンロードが剣を振り上げたため、アリッサはナイフを引き抜いて再び距離を取る。

 怒り狂ったゴブリンロードが突進してくるのに合わせて、今度は見え見えなほどわかりやすい横一線に振られた剣をナイフで受け流し——————


 その瞬間、嫌な汗がアリッサの背中を伝う。何度も経験したことがある『死に対する予告』。だが、すでに逆手に構えて受け流す体勢を取っているため、それを今から覆すことはできない。

 結果、ナイフとゴブリンロードの剣は、まるで惹かれ合うように激突する。刹那、アリッサの持つ短剣が根元から折れた————


 瞳孔が開き、驚いている暇などない。気づいたときには剣が腹部に当たっている。だが、『シールド』が機能している限り衝撃だけで済む……はずだった。

『シールド』に剣が衝突した瞬間、剣の柄につけられた魔石が輝き、まるで『シールド』をすり抜けるようにアリッサの腹部に突き刺さっていく。それでも、僅かな希望をかけて、後ろに飛びのくが、もう遅い。

 唯一の救いは、アリッサのレベルが上がっていたため、完全切断に至らなかったことだろう。それでも、十数メートル先の壁に叩きつけられ、腹部からは大量の血液が流れだす。もしかしたらではなく、完全に内臓まで到達しており、引き裂かれた腹部から、臓器の一部が露出していた。

 

 口から血があふれ、呼吸が苦しくなり、自分の体温が下がっていく感触を覚える。その瞬間、強烈な眠気を覚え、アリッサの意識が途切れそうになる。死へと近づいているせいか、根性だけではその眠気に抗えそうもない。



 アリッサは薄れゆく意識の中、こちらに近づいてくるゴブリンロードをぼやけた視界で凝視した。だが、抗うことのできない眠気はその唯一の抵抗であるまぶたすらも閉じさせていった……

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