第5話 シルバーランクへの挑戦Ⅰ

 週末—————


 アリッサの前世の知識で言うところの土曜日と日曜日であるのだが、今にして思えば、アリッサとして過ごしているこの世界の呼称も変わらずに、共通エルドラ語で『Sat.』『Sun.』と表記しているところを見るに、元の世界から知識を与えた人物が大昔にいたのでは、とアリッサは考えていた。なお、こう考えた根拠には、日付だけではなく、暦の振り方までもが『太陽暦』と酷似していたからである。

 あくまでも『似ている』というだけに過ぎないので、先駆者がなにかをしたのではないかと考える程度ものである。


 話を戻すに、本日は週末であり、リリアルガルド中央魔術学院の授業がない日である。そのため、本日はリリアルガルド中央魔術学院以外にも様々な学院がある学術都市ベネルクの方へアリッサは来ていた。服装はいつもの学院制服ではなく、私服である。ただし、私服と言っても、クエストなども行うために着ているため、動きやすい服装であることは間違いない。


 いつもは一人でクエストをこなしているのだが、本日は少し異なっている。というのも、つい先日のクエスト終了時にて、アリッサのレベルが32となっていたため、冒険者組合にランク昇格申請をした。その際に、シルバーランクへの昇格クエストとして依頼されたのが、『ダベルズ鉱山都市』の調査依頼だったからである。クエストのランク的にはブロンズに該当するのだが、前任者の冒険者が未帰還のため、中途半端にランク上げさせられたらしい。

 そして、このことを、学院の友人の一人であるユリア・オータムにうっかり話したところ、『ぜひ同行したい』と言われ、今に至る。

 もちろん、そんなところに貴族を連れていけないと断りもしたが、ブロンズランク冒険者証を見せられ、未だに遊ぶ約束を果たしていないことを棚に上げられ、断れなくなってしまったのが実情である。


 そして今現在いるのは、ダベルズ鉱山都市近くの村まで行く魔導列車の中である。ちなみに料金はクエスト中のため、一往復に限り冒険者組合持ちになっている。

 アリッサは窓の外で拘束に流れゆく風と景色から、正面の座席に座っているユリアへと視線を移す。

妥協が一切ない透き通るようなスカイブルーの髪が腰まで伸び、照明の角度によっては銀にも見える。蝶のような髪留めにより露出した前頭部の肌や、頬の色つやは彼女が貴族であることを物語っている。アリッサの視線に気づいて見つめ返してくるユリアの瞳は吸い込まれるようなコバルトブルーであり、目じりがきついのも相まってか、悪人顔に見える。とはいっても、学院で何度も話していてわかっている通り悪い人ではない。身長はアリッサと同じぐらいに見えるため、160前後といったところなのだが、胸はほぼ平らでわずかにふくらみがあるように見える程度である。おそらく、アリッサの方がわずかに上回っているが、フローラの大きさと比べれば五十歩百歩である。

 そんなユリアの服装だが、アリッサと同じような動きやすい服装ではなく、ほんの少しのフリルが付いたシャツにロングスカートといった、彼女なりの動きやすい服装らしい。一応、靴は気を使っているのか、ブーツを履いて来てはいる。なお、出発前に服装の理由を聞いたところ、『冒険者活動のために出かけることを誤魔化すため』らしい。


 「ダベルズ鉱山都市かぁ……。聞いた話によるとゴーストタウンらしいけど、ユリアは大丈夫なの?」

「大丈夫……とは?」

 「いやぁ……女子二人で行くところじゃないかなぁって……ましてや貴族と一緒に、なんて……」

 「ふーむ……。まぁ、世間的にはそうだけどさ。あたしからしてみれば、そういうほうが新鮮でいいわけよ。お茶会や舞踏会でキャッキャウフフと『誰がカッコいい』とか話すよりも、こっちみたいに体を動かす方が好きな性質だし」


 自分の普段を憐れむように、窓際に肘をついて外の景色を眺めるユリアだが、こうしていると貴族という認識が崩れてくる。というのも、アリッサが思う貴族と、このユリアの内面は酷くかけ離れているからである。ユリアの外面は、隣国の第二王子の婚約者としてそれに見合う優雅なふるまいを見せてはいるが、その反面、内面では前述の通りで、体を動かす方が好きなタイプなのである。

 だが、社会制度がそれを許してくれるはずもなく、ストレスがたまるため、たまにこうして出かけているらしい。


 「まぁ、ユリアのそういうんだったね……」

 「なんか失礼ね……まぁいいけど、なんでも……。それより、あなたの方こそ大丈夫なの? 今のダベルズは本当にゴーストタウンっていうけどさ」

 「————というと?閉鎖都市だから、物資の現地調達はできないってこと?」

 「それもそうだけど、そうじゃなくて……。簡単に言えば、非実態系のモンスターが出るってこと」

 「あぁ……。うん……たぶん大丈夫……。物理攻撃が聞かないだけで、『ショット』とかの魔術攻撃の手段はあるから……」

 「それもそうね……」


 実際のところ、アリッサは見えるものに関しては恐怖が薄い。逆に見えないものに関してはあまり強い方ではない。おそらく原因は前世の記憶—————。

 ちなみに、ゴースト系のモンスターは、大気中のマナを微量ながら吸い込み、生前のマナと合わせることで存在している。肉体がないため、攻撃手段が限られるが、逆に言えば、レベルによる肉体強度が存在しない。代わりに、再生力があるため、やるときには一気にやらなければならない。


 「そういえば、ダベルズ鉱山って、昔は何を取ってたかユリアは知ってる?」

 「えーっとたしか……魔鉱石だったはずですよ。魔石の原料の一つで、かなりの値が張るらしいね。ま、ゴーストタウンになったってことは、採掘量が激減したか、もしくはダンジョンを掘り当てちゃった、とかじゃないかな」

 「ダンジョンって、モンスターに変化しやすい場所だっけ? まぁ、ダベルズ山脈はモンスターの巣窟だし、そういうのにあたったって可能性もあるよね」


 モンスターとは、生物が汚染されたマナを過剰に吸収することで起きる変化のことである。汚染マナは魔術を使うと、微量ながら発生するものであり、昨今の国際環境問題でもある。汚染マナを短期間で大量に吸収した生物や無機物は、自我を失い、凶暴化する。そのためモンスターの食事は、肉というよりはマナである。だが、生物が吸収した汚染マナはモンスター化する際に全て消費されるため、現在の俗説では、『星の自浄作用』である、とされている。つまるところ、モンスターのレベルが高いというのは、この汚染マナをモンスター化する際にどの程度吸収していたかに依存する。逆説的に言えば、モンスターのレベルが高い場所は、汚染度が高い、ということになる。もちろん、全ての生物には、微量ながら汚染マナを代謝する能力を持ち合わせているため、多少の摂取ならば問題はない。

 

 「ま、いずれにしても、現在は文字通りのゴーストタウン。都市結界も消失してるだろうし、立ち寄る人なんて冒険者だけって話程度だよ、あたしが知ってるのは————」

 「今回の依頼、そのゴーストタウンの調査なんだけどね」

 「毎年行ってるのに、今回に限って昇格試験にする当たり、なーんかキナ臭い」

 「一応、前任者が未帰還らしいから、あんまり安心はできないかなぁ……」

 「あくまで調査なんでしょ? 無理することはないだろうし、ヤバいと感じたら逃げるのが吉ってことかもね」


 窓の景色をふと見てみると、削れた山肌にいくつもの線路が見えてくる。既に、どうやら、近くまで来ているらしい。その景色の変化を感じ取ったのか、目の前にいるユリアも立ち上がり、下車の用意を進める。ユリアの武器である魔導書は腰につけた革製のベルトに括りつけ、その他の腕輪などの装備も確認している。

 アリッサに関しては、学院支給の短剣と小さな杖を、脚や腰などの取り出しやすいポーチへと移し、糞マズいと評判のポーションや、光魔術が込められた魔石ランタンや、魔石ライターの魔力燃料を再確認する。


 そうしているうちに、アナウンスがなり、慌ただしく下車する二人であった。


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