第6話 シルバーランクへの挑戦Ⅱ

 旧ダベルズ市街の周辺駅で降りたのはアリッサとユリアの二人だけであった。一応、近くには昔ながらの林業地域であるダベルズ村があるのだが、人口も少ないせいか、ここで降りる人はいないらしい。そんな理由も相まってか、当然のことながら、ダベルズ駅はホームだけが存在する無人の駅である。

 駅を出て、周囲を警戒しながら見渡してみると、既に捨て置かれた馬小屋と、鉱山まで続く一本のトロッコ線路が確認できた。駅を背中にして、左手側の線路沿いの道を数キロ進めばダベルズ村。駅を背にして、トロッコ線路に向けて直進すれば、ゴーストタウンの旧ダベルズ市街へと辿り着く。

 ちなみに、トロッコ線路は、しばらく使っていないのか、錆が酷く、きちんとレールに乗って進むことができるのかがわからない。そして、それ以前に、トロッコ本体が、風化でボロボロのため、乗っているうちに足元から抜け落ちそうである。

 

 「さて……ユリアはどうする? 一度村に行って、馬でも借りる?」

 「必要ない。歩きでも行けるし、それに……」

 「それに?」


 そう言いかけた段階で、ユリアは馬小屋の中へと入っていく。アリッサもその後を追って急ぎ足で中へと入っていった。馬小屋の中は、当然のことながら馬は一頭もいない。その上、屋根がところどころ抜けているのか、先日降った雨の痕跡として、一部分の藁が濡れている。

 しかし、それよりも先に目が行くのは、馬小屋の中に鎮座する四輪の物体である。所謂、自動車であるのだが、燃料は魔石を使用したものであるため、アリッサの前世の知識の車とは若干、形状が異なる。一応は、貴族社会のみで普及しているが、庶民が手を出すには未だに遠い存在。形状は確かに自動車であるのだが、ルーフ(※車の屋根部分)などはついておらず、タイヤも細い。そして、運転席と、その後ろの席しかなく、レバーやボタンが多すぎて、どう動かせばいいのかもわからない。


 「これは……自動車? どうしてこんなものが……」

 「さぁ、知らないね……と、言いたいところだけど……アリッサが言うところの前任者のものかもしれない」

 「でも、前任者はブロンズランクだったって聞いたよ? ブロンズランクの冒険者がこんな高級品に乗ってここまで来る? それに、村まで行かずにここで乗り捨てなんて……」

 「さぁ、そこもわからない。でも……痕跡なら追える……」


 そう言って、ユリアは自動車に乗り込みながら観察をする。アリッサは、田舎の野山で鍛えられた動植物の知識こそあるが、こういったものに対する知識は薄い。それ故に、ユリアが何をしているのかがわからなかった。


 「どう? なにかわかった?」

 「まぁ、何となくね……。アリッサ、前任者が出発してから何日たった?」

 「さぁ……受付の人にはクエスト受注日は4日前って聞いたけど、それ以上はわからない。それよりも、それって動くの?」

 「動くかどうかで言えば、現状だと動かないかな。修理しなきゃ無理っぽい」

 「できるの?」

 「むー、どうだろう。道具とパーツがあれば可能性があるってレベルかなー。現状じゃムリ」

 「じゃあ、ユリアの目論見は外れたね。歩くしかない」

 「それもそうだね。帰りにダベルズ村にでも寄って、交渉でもしてみる」


 そう言いながら、早々に諦め、土埃のついたロングスカートを払いつつ、ユリアは自動車から降りる。そして、アリッサと肩を並べ、旧ダベルズ市街の方へ、視線を向ける。

 永遠と続きそうなトロッコ線路は、道筋をしっかりと示しているため、迷うことはなさそうである。線路沿いの街道は先日降った雨が未だにはけていないのか、ところどころに水たまりや泥があり、歩きにくい。しかしながら、錆びついた線路の上は例外であるため、映画のワンシーンのように、ゆっくりと線路の上を歩いていけば、予想以上に疲れることはない。

 そういった事情もあり、道幅が狭いため、一列になりながら二人は歩く。もちろん、先頭はアリッサが務めていた。


 「前任者の人……今の私たちと同じように線路の上を歩いて行ったんだと思う」

 「へぇー、わかるんだ。アリッサは—————」

 「まぁね……。村へ続いている道の方はしばらく使われていた痕跡がなかった。もしかしたら、村の人は少し遠いけど、1つ先の駅で下車してるのかも……」

 「だろうね。あれだけの悪路を進むには自動車だとしても骨が折れる。壊れてたのも足回りだったし……」

 「やっぱり、あれって、前任者の持ち物?」

 「さぁ……でも、どっかのボンボンがおいていったのは間違いない。そして、置いてからあまり時間が経ってない」

 「なるほど……つまり、降りる場所間違えたね」

 「それな……」


 二人でドロドロの地面に対して悪態をつけながら進んでいるが、旧ダベルズ市街につくのは昼過ぎぐらいになりそうなことはすぐにでもわかった。そこから逆算をすれば、今夜は、野宿か村での宿泊を考えなければならない。


 「もしかして、前任者も最初は村を目指してたのかな……」

 「さぁ……。でも、手前で壊れてたってことはその可能性が高い。村へと続く道を見て、迂回路で進もうとして、泥沼ダイブ。抜け出せたはいいけど、ドライブシャフトが折れて使い物にならなくなった。そんでもって、雨ざらしが嫌だから、あそこに置いた……とか?」

 「ユリアってさー、たまに想像力豊かだよねー」

 「まぁ、英才教育受けてるからね。芸術に関してはそこそこわかる」

 「あーうん、そっか……」

 「なんだ、その反応は—————」


 アリッサの信じられないという顔は、後ろを歩くユリアには見えない。それを知ってか知らないでか、今度はユリアの方が先に口を開く。


 「ねぇ、アリッサ。元の駅に往復した足跡ってある?」

 「んー、どうだろう……。向かったのはあるけど、戻ってるみたいなのはやっぱりないかなー。というか、私なら、この駅で降りたとしても、次は村の人たちが利用している駅で乗るだろうし、一概に、戻ってきてないとは言えないかなー。まぁ、車は放置だけど……」

 「ちなみに、他の動物とか、モンスターの足跡は?」

 「ユリア……私はレンジャーじゃないし、詳しいのはわからないよ? いつも狩りで見ているようなのはわかるけど、モンスターの足跡なんかは、区別できない」

 「こういう時にわかる、そういう職業の重要性か……」

 「ちなみに、ユリアが思うパーティ職業の重要性が高いのは?」

 「まー、一長一短かなー。戦闘でド派手に役立つのもあれば、レンジャーとかみたいに地味なのもある……。でもまぁ、一番はご飯が上手に作れるやつが強い」

 「ありがちだね……」

 「飯は本当に大事だよ。毒があるかどうかを見分けられて、きちんと処理できて、腹を満たす。できなきゃ、パーティが全滅まったなしっつって……」

 「ほうほう……。私は逆に、ユリアみたいな回復職も憧れるよ。だって、パーティの生命線を握ってるんだし……。傷薬で何とかなるっている人もいるけど、やっぱり、大切かなーって思うんだけど、どうかな?」

 「想像以上に照れる……。まぁ、そもそも、回復職の人が冒険者をやること自体が、今じゃ珍しいからね……引く手は数多かな……」


 『冒険者の収入は安定しない』というのが鉄則であるため、回復魔術の特技を生かせる人は、そのまま医者になることが多い。その方が安定もしているし、収入も多いからである。

 冒険者の人気がないわけではないが、資本主義社会のこの世界においては、あくまでもロマン職業の部類に入ってしまうのが冒険者なのである。



 ◆◆◆



 そういった、他愛もない雑談をして休憩をはさみながら進んでいるうちに、旧ダベルズ市街へとたどりつく。

 坂道を利用して建てられたいくつかの木造建築は未だに残っているが、誰かが住んでいる気配は、情報通りない。街の中の道も、土で出来たものが長年整備されていないためか、ところどころに雑草が生い茂り、もはや街と呼べるのかがわからない。

 だが、意外にもゴースト系のモンスターやアンデット系のモンスターの気配はしていない。道中でもそうだったが、遭遇するのは、動植物が変化したものばかりで、それも低レベルのモンスターだけであった。

 体の半分ほどの高さまで生い茂っている植物の葉を触りつつ、ユリアはゆっくりと腰にある魔導書に手をかける。


 「アリッサ……。ゴースト系は昼間には出てこないから大丈夫だろうけど、警戒は怠らないように……」

 「わかってる……。一応、依頼内容の再確認をするよ……。第一に、村からの依頼で、この旧市街でのモンスター生息域の急激な変化について……。そして、第二に、前任者の足取りの追跡。第三に、ダベルズ村の周辺での行方不明者についての原因調査」

 「オーケー。じゃあ、まずは移動しようか……。ここじゃあ視界が悪すぎる……」

 「移動するってどこに?」

 「木製の家々があるでしょ……。その屋根伝いに移動する」

 「正気? 風化して足場が抜ける可能性もあるよ?」

 「大丈夫。この感じだと、飛んだり跳ねたりして大きな衝撃を与えなければ、抜けることはあっても転倒するまで至らない。それに、線路に沿って家が建っているから、割と屋根から屋根に移りやすいと思わない?」

 「ユリアって、たまに奇想天外なこと言うよね……。上を移動するのは賛成かな……。レンジャーがいない以上、トラップの類に引っかかるのは避けたい」

 「オーケー。じゃあ打ち合わせ通りに、前衛がアリッサのままで維持。んでもって、ダベルズ市街を反時計回りに回る感じで、坑道入り口まで行って、同じく反時計回りで戻ってくる。これで行こうか……」


 二人は作戦に頷きつつ、自身に強化魔法を施していく。アリッサは『フィジカルアップ』と強襲を警戒して、事前に『シールド』を使用。ユリアに関しては同様に光属性魔術の『ライトシールド』を使用。二つとも、使用する属性が違うだけで、本質的な効果はあまり変わらない。


 屋根に上る際はアリッサが先行して、ユリアを引き上げる形で上る。木製の屋根は、ところどころ腐ってはいるが、ユリアの言う通り、強い衝撃を与えなければ抜けることはなさそうである。

 市街を上から見渡してみれば、多くの長屋が点在しているが、やはり人の気配はない。しかしながら、ところどころに魔術的戦闘の後が残っている。


 「ユリア……これって……」

 「んあぁ……なんか見えた? あたしには、前任者が草をかき分けながら一直線に坑道の方まで進んでいったことぐらいしかわからないけど……」

 「あ、うん……。中央付近の噴水後から19時方向に24ポイントほど手前……。たぶんあれは、狩猟用のトラバサミだと思う。血痕はついてないけど、解除された形跡がある」

 「よく見えるね……」

 「まぁね……。伊達に野山を駆け回っていたわけじゃない」


 アリッサの視力はかなりいい。それは天性の才能なのだろうが、本人はあまり自覚がないらしい。対し、ユリアは目をこすって見てみるが、育ってきた環境が違うため、当然見えない。

そうして、二人は警戒しながら予定通りに反時計回りに家の屋根伝いに進んでいく。そして、最初に見えた戦闘跡の近くにまでやってくる。戦闘痕は火炎系の魔術を使ったような焦げた跡のほかに、誰かの血液が壁一杯につけられていた。


 「これは血痕だね。流石にどんな武器とかはわからないけど、人間なら失血死してる量」

 「アリッサがそう見立ててるならそうなんだろうけどさ……。経過日数とかは?」

 「……うーん。ユリア、ここ最近の天気予報はわかる?」

 「三日前に大雨。そこからは降ってない……。ついでに言えば、今日は大雨……」

 「じゃあ、三日前の雨の後だね……。軒下の血痕がまだ流れて消えてない」

 「アリッサってやっぱりレンジャー?」

 「違うよ—————」


 二人はさらに屋根伝いで上に昇っていく。急こう配で屋根から屋根に移るためには次第に段差を超える必要が出てくるのだが、二人で力を合わせながら進んでいくことで何とか坑道の入り口まではたどり着く。

 急勾配となっている下の旧市街を見渡してみれば、ところどころに、動物系の低レベルモンスターが見える。屋根にいたときも見えていたのだが、無駄な戦闘を避けるようにしているため、基本的に無視して進んできた。

 だが、前任者はそうではなかったようであり、ところどころに蛇行しながら進んでいった痕跡があった。


 「ユリアはどう見る? この痕跡……」

 「予想だけ言うのなら、一直線にモンスターを倒しながら坑道に向けて進んで、ここで休憩して、一度中に入ってる。そして出てきた」

 「—————ん? 休憩してたの? そう言った後はないように見えるけど……」

 「スライム系のやつが中にいる。その証拠に、ここの入り口のゴミを食べた跡がある。スライムはそのまま、林の方へ抜けていったみたいだけどさ……。草木が飲まれた跡が残ってる」

 「なるほど……じゃあ、出てきたっていうのは?」

 「さっきの血痕の地点から草を踏み倒した後がない。ということはあそこで、少なくとも一人は止まってる」

 「じゃあ、ここから先は、ブロンズでは手に負えないモンスターがいるってこと?」

 「というか、元よりこのダベルズ鉱山跡の坑道内はシルバーランク以上のパーティじゃなきゃ立ち入り禁止。平均レベルは15~45だと思うけど?」

 「ごめん、その辺の地理感覚はわかんない」


 アリッサは申し訳なさそうにするが、ユリアは特に気にした様子はなかった。むしろ、責める気もないように思えた。ただ一つ、アリッサが気になったのが、ユリアの冒険者としてのモンスター習性に関する知識である。それは、ニードルベアーの特徴を把握していたキサラのソレ以上であり、ブロンズランクのソレとは思えないほどの知識量であった。まるで、冒険者そのもの経験が豊富にあるように思えてならなかった。

 そして、それを証明するように、ユリアは一つのモニュメントを指さす。


 「地理感覚はいいから、アリッサ……これを見て……」

 「これは……悪趣味だね」


 そこにあったのはボロボロの布切れなどがつけられた上に、装飾された骸骨が十字の木製の枝につけられたよくわからないものであった。アリッサが過ごしてきた地域では見たことがない。


 「まぁ、それもそうなんだけどさ……。これはゴブリンの巣ですよーっていうあいつらなりの縄張りの証」

 「ゴブリン……噂には聞いたことある……」

 「あいつらは—————。……いや、今回はその話はいいや。とりあえず、中は今のレベルじゃ危険だから、予定通り反時計回りに下山して、ダベルズ村への林道にはいろっか」

 「冒険しない方がいいってこと?」

 「あー、うん、まーそういうこと……。現状の装備じゃどうしようもない」

 「そっか……」


 アリッサは残念そうにしながらも、ユリアの判断に従い、予定通りの下山を開始する。下山中は特にアクシデントもなく、低レベルモンスターに遭遇するだけで、無事にダベルズ村へと辿りつくのであった。

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