第3話 転生するということの意味

 授業後、アリッサは大きなあくびをしながら大理石の廊下を歩いていた。授業中にうたた寝をしたが、未だに眠気が取れたわけではない。そのため、全身に重荷を乗せたようにまぶたが重く感じられた。唯一幸運なことは、次の時間に選択している授業がなく、昼休み明けの三時限目までの空き時間があることだろう。その間に、多少なりの仮眠をとってしまえば、この眠気も除去できる。


 アリッサはそんなことを思考しながら、ふと、透き通るようなガラスの先の景色を眺める。窓の先には、学院の私有地である演習場という名の芝生が広がっている。今は誰も使っていないのか、気持ちよさそうな春風が野原に立つ一本の樹木の葉を揺らしていることしか見えない。

 今にして思えば、アリッサの実家の景色も、あの芝生のように一面が緑に覆われた、などといった回想にふけりつつ。同時に、絶好の昼寝場所ではないかという考えもたけなわに、アリッサの足は自然と動いていた。


 アリッサの前世の記憶では、こういった自然の景色はむしろ珍しい方であった。しかしながら、アリッサは前世の記憶や知識を思い出しただけであり、今の記憶や感情が失われたわけではない。人格に関しては、前世とあまり変わっていないのか、違和感というものはない。いづれにしても、今のアリッサ自身にとってみれば、前世が何であったとしても、15年という年月を生きてきた今の体が自分であり、今の感情が自身なのであることは確かであった。


 ただし、前世を取り戻したことによって気づいた点も少なくない。

 —————その一つが文明の発達である。


 それは、集積回路からなる様々な電子製品や、それまでの歴史の科学者たちが生み出してきた発明品……それらすべてがないこの世界が劣っているのかとそうではないという点である。

 高度経済成長期に三種の神器と言われた冷蔵庫やテレビ、洗濯機などは別のものとして置き換わっている。それは、魔石という集積回路の代わりとなるものをコアとして生まれた同じようなものである。給湯器やドライヤーなども同じように魔術の知恵と工夫が施されて、同じようなものが存在している。果てには、通信機器までもがあるため、もはや、劣っているとは言えないのが現状であった。

 つまりは、この世界は、全く別の形で文明が発達した世界なのであった。


 もしかしたら、アリッサのような先駆者がいて、知識を使って発明を促したのかもしれない。そんな時代の先にいるのが今を生きているアリッサであり、この世界を生きている人たちなのである。ちなみにそういったものを搔い摘んだ基礎知識は、一学年時にサイエンスとして習うことができるため、アリッサも履修している。


 逆に違う点を上げるとすれば、若干の物性と物理現象の違いであろう。前世の世界にはオカルトと称されていた魔術があり、魔力がある。特に、魔石と呼ばれるものは、その材質からして元の世界には存在しないような特性がある。純粋な魔石は集積回路のように魔術式を組み込むことができ、混ぜ物をすれば鉄と同程度に加工がしやすくなり、加工法によって強度を高めることができる材料など、アリッサの前世の知識には存在していない。

 同様に、魔術という体系からして、物理式や化学式を介さずに、現象を引き起こすことができているため、アリッサの前世のそういった公式が正しく当てはまっているのかもわからない。大まかには同じであろうが、細かい差異は少なからず存在していることは間違いない。



 そうこうと、前世と現世を比較しながら歩いているうちに、たどり着きたかった裏山の芝生にたどり着く。今日は天気も良く、あたたかな太陽が出ているため、風邪を引く心配もない。逆に、頬を撫でる春風が心地よいほどに健康な草木を揺らしているほどである。

 アリッサはそんな場所で、実家の田舎の牧場を懐かしみながら、寝れそうな場所を探して、校舎から見た一本の樹木の元にたどり着く。その木陰は、特にこれといった問題もなく、昼寝をするにはもってこいの場所と言わざる負えない。

 ただ一つ、問題を挙げるとするならば、先客がいたことだけであろう。


 その人物の体型はお世辞にも整っているとは言えなかった。いい意味で言えばふくよか、悪い意味で言えば肥満であるといったことだろう。胸元よりも大きく前に出たウエストに、内側の骨が見えないほどの覆われている頬の輪郭。春風が吹くと男性は癖のあるこげ茶色の短髪がわずかに靡く。その男性は、昼寝をしていたにも関わらず、こちらの気配を感じ取ったのか、まぶたをわずかに鸚緑の瞳で仰向けの姿勢から見上げて、誰が来たのかと確認する。

 

 「俺に何か用か? 下級生」

 「いえ、これっぽっちもないです」

 「なら、こんなところに何の用だ。迷子になったのなら道ぐらいは教えてやる」


 アリッサは昼寝中に起こされて若干不機嫌になっているこの小太りの人物を知っている。といっても名前まで知っているわけではなく、入学前に入学書類を届けてもらうなどでお世話になった程度である。そのときに彼が使った転移魔術は、今でもアリッサの記憶に新しい。そういった過去があるからこそ、アリッサはここで彼を見つけたとき、多少なりの話と感謝を述べたいと思ってしまった。


 「いえ、迷子でもありませんし、校舎への戻り方もわかります。隣、いいですか?」

 「—————正気か?」

 「それは、もしかして挑発ですか……。私は別に気が狂ったわけでもありません。とりあえず、隣……失礼しますね」


 そう言いながらアリッサは、下着が地面につかないようにスカートを手で押さえつつ、男の隣の木陰に腰かける。そして、もたれかかるようにして木に自分の背中を預けた。


 「どういうつもりだ? 誘惑するなら他を当たれ」

 「その気はありません。ただ単純に、お礼を言いたかっただけです。あの日、あなたが書類を届けてくれたおかげで、私はここにいるんですから」

 「あぁ……あの件か……。あれは、押し付け—————頼まれてやったことだから、気にするな……」

 「それでも、お礼ぐらいは言わせてください。ありがとうございました—————」

 「お、おう……」


 照れくさそうに頬を書く小太りの男を見て、アリッサは少しだけ口角があがる。


 「そういえばお名前をお伺いしてもいいですか?」

 「パラドインだ—————。呼び方は好きに呼べばいい」

 「では、遠慮なく……。はじめまして、パラドイン先輩」

 「なんかこそばゆいな……。愛称のパラドで構わない。その方が楽だ」

 「じゃあ、先輩。私はアリッサっていいます」

 「おい、お前—————。流石に省略し過ぎだろ。省略し過ぎて、名前の部分が全カットされてるぞ……」

 「あぁ、すみません、先輩。なーんか、こっちの方が呼びやすくて……」


 パラドは小悪魔のようにわざとらしく笑うアリッサに対しため息をつきつつ、手を地面につき、腕の力を利用しながら上半身を起こした。その瞬間、春風が2人の間を駆け抜け、空気がガラリと変わるような気配がした。次の瞬間、パラドから、アリッサたちが住んでいるエルドラ地方の言語ではない別の国の何かが発せられる。


 「『なぁ、お前————。転生者だろ……』」


 アリッサはその言葉の意味を理解することができた。理解してなお、困惑の最中に突き落とされている。何故ならば、その言葉は紛れもなく『日本語』であり、アリッサの人生の中で学んだ言葉ではなかったからである。

 しかしながら、前世の記憶を持っているが故に、言葉の意味を自然と理解できる。周りには草木しかないためか、誰も聞いていないことは確実であるが、アリッサは思わず生唾を飲み込み、周囲を警戒してしまう。もし仮に、聞いていたとしても、その異国の言語を聞き取れるものがいるかどうかは定かではないが……

 アリッサは、唐突な出来事で覚めきってしまった瞼を大きく開き、数秒間開けていた口をゆっくりと閉じる。そして深呼吸を一回だけして、再び静かに口を開く。だが、今度はエルドラの周辺諸国で最も一般的である『共通エルドラ語』ではなく、アリッサではないかつての自分の知っている『日本語』で……


 「『なぜそれを……。というか、あなたは……』」


 アリッサの困惑したような表情を見てか、パラドは鋭い眼光をまぶたで塞ぎ、一度だけ大きなため息を吐く。そして、いつも通りの『共通エルドラ語』にて、会話を続けた。


 「その反応を見るに、特段、意味があって『先輩』と呼んだわけではないようだな。誰かの刺客でここに来たようにも見えない。だとすると、偶然か、それともうっかりか……」

 「あの……どういうことですか……」

 「あぁ?? 気付いてないのか……。この辺りに『先輩』なんて洒落た愛称で呼ぶやつなんざいないってことだ……」

 「あ——————っ……」

 「鳩が豆鉄砲くらったように呆けた面しやがって……。まぁ、いい……いつからだ?」


 パラドが面倒そうに頭を搔きむしると同時に、アリッサは我に返って、大慌てで取り繕いだす。


 「えっと、あの……。たぶん、入学試験の後から……です……」

 「あぁ、あの時か……。だとすると、生身のままこっちに来たわけじゃなくて、単純に記憶を取り戻しただけって感じだな……。人が変わったみたいに性格や言動が変わったとか言われるようになったことはあったか?」

 「え? 仰る意味が——————。今も昔も私は『私』ですけど……」

 「そうか……。塗りつぶしたわけでもないんだな……」

 「もしかして—————。あなたは……」

「それ以上の詮索はよしてくれ。今となっては、こっちの人格でいた時間の方が長い……」


 アリッサは自分の置かれた状況を再び認識する。もしかしたら、記憶によって15年という年月を生きてきた『アリッサ』という人物が消えて、前世の人物に精神だけ入れ替わってしまうような『塗りつぶし』が起きていたのかもしれないと考えると、自然に背筋がゾっとした。幸いにも、アリッサが継承したのは記憶や知識だけであり、人格に関しては全く変化していない。


 「あの……先輩は……」

 「気にするな。過去のことだ……。それより、以前と比べて何か特異的な能力に目覚めたことなどはあるか?」

 「えーっと……どういうことですか? 魔術以外の何かってことですか?」

 「あぁ、その何かだ……。どちらかと言えば、理を完全無視する魔法に近い。昔の文献にもあってな……。俺は『祝福ギフト』なんて呼んでいるが、いわゆる転生したことに気づいた特典みたいなもんだ」

 「え、なにそれズルい……。私もそれがあれば、こんな苦労は……」

 「何言ってんだ。気づいた時点で、例外なく取得されるものだぞ。手にしていないはずがない」


 アリッサは少しだけここ一カ月のことを振り返る。その中で、他人と違う点を挙げるとするならば、人並み以上の『魔力量』であろうか。このおかげで何度も命を救われたことはあった……がしかし、少しだけ喉の奥に引っかかる。

 パラドは確かに『転生したことに気づいた特典』と言ったのだ。だとするならば、入学試験前に練習で行っていた魔石の意図的な暴走は何だというのであろうか……。謎が解けないまま、アリッサの額に次第にしわが寄っていく。それを見かねたパラドが深いため息を再びついた。


 「待ってろ。今見る—————。ってやっぱり、見えづらいな……」

 「あの……何を見てるんですか?」


 アリッサはきょとんとした表情で、顔を顰めたパラドを見るが、特にこれといった魔術を発動させているようには見えない。もしかしたら、これがパラドの言う『ギフト』なのかもしれないと、アリッサの表情は次第に強張っていく。


 「さぁな……。それよりも、お前の『ギフト』だが……。まぁ、直感や第六感の類だな……それも極めて限定的な……」

 「どういったものなんですか?」

 「例えばそう……『虫の知らせ』だな。状況の把握云々に関わらず、命の危険があれば何となくわかる……みたいなやつだが、経験はあるか?」

 「あー、えーっと……。ありましたね、たしかに……」


 今にして思えば、ニードルベアーと対峙したときに何度も目の当たりにしていた。初めてな上に見えていないにも関わらず、嫌な予感が何度も何度も繰り返して警鐘を鳴らし続けた。そのおかげで最初の針の射出で命を落とすことはなかったし、最終的に勝利を手にすることができた。

 注意して考えなければ見落としてしまうぐらいに地味なもの……。『言霊を自在に操れる』『必ず的に当たる』『人並外れた腕力がある』『願っただけで相手が死ぬ』などといった、わかりやすく扱いやすいものでは決してないが、それでも特異的な『ギフト』であることには変わりはない。だが、アリッサの記憶上、『わかったところで避けられるかは行動次第』という欠点もすぐに見つかる。つまりは、命の危機を感じてから『確認』して『行動する』、という二つのプロセスは自分で行わなければならないということである。


 「あ、それよりも先輩のものは何なんですか?」

 「いうわけないだろ。バカかお前は……」

 「ひどい……。あぁ、でも先輩のは、きっとすっごい強くて『チート』みたいなこともできるんでしょうね。うん? そもそも『ギフト』の時点で『チート』の類なのかな?」

 「———————。そうだな、最初に気づいたときは俺もそうだったよ……」


 そう言いながら、パラドは気まずそうに顔を逸らした。アリッサにはその理由はわからなかったが、何か良くないことでも起きたのであろうことぐらいは理解できた。故に、この話題を続ける気はアリッサにはなく、場の空気を変えようと、明るい口調で再び口を開く。


 「そういえば、先輩……授業には出ないんですか?」

 「特に意味はない……。ただのサボタージュだ……」


 アリッサは一本の樹木に背中を預けたまま、上半身だけを起こし、顔を逸らしたまま背筋を曲げているパラドの背中を凝視する。運動不足のためなのか、それとも太り過ぎのせいなのか、ブレザーに似た制服の肩は、どうにもきつそうに見えた。


 (孤独……いや、諦めなのかな……。でも、この人の魔術はそれこそ、学院はおろか、リリアルガルドでトップレベルの技術と知識——————)

 

 何かに気づきいたことで、アリッサの口が開き、何かを言いかけて、一度閉じる。そして、唇を少しだけ噛んだのちに、ゆっくりと口を開いた。


 「つまらなくなったんですね、全部に——————」

 「————————ッ!!」


 少しだけパラドの背中が震えた。それを、少しだけ細めたアリッサの薄桃色の瞳は見逃さない。


 「その理由はきっと今の私にはわからない……でも、いずれ私も辿るであろう道筋————。この『ギフト』とやらがある限りは、絶対に終わることのない苦しみ……」

 「お前は……心理学者か何かだったのか……」

 「いいえ、違います。たぶん、人の憐れみに似た善意を受け続けながら、顔色をばかりを見てきたせい……ですかね」


 パラドは少しだけ笑いながら、憎いほどに晴れ渡る青空を見上げ、まぶしそうに手で影を作る。


 「本当に下らない理由……なのかもな……。頑張って努力しているやつらから見れば、袋叩きにあいそうな気がするぐらいだ……」

 「そうですね……。それはあまりにも贅沢な悩みとしか言いようがありません」

 「だろうな——————。だがなぁ……俺はそこまで承認欲求が強い方じゃないんだ……。そりゃあ、認められて褒められれば嬉しいし、期待されるのも悪くはない。でも—————」


 そこで言葉を止めて、パラドは頭を垂れるように見上げていた顔を降ろし、寂しそうに地面を凝視する。地面には、蟻に似た小さな生物が群れを成して行軍していた。

 それ以上の言葉を続けないパラドを凝視しながら、アリッサは彼に何があったかを自分なりに考察を始める。だが、結論は非常に単純であった。


 ——————楽しくない


 ただ、この一言に限ったものであった。どんなに強い力を手にしても、王になって全てを統治しようとも、その人のやる気がなければ、どうしようもない。

 彼が手にした力は決して彼自身を弱い人間にはしなかったのだろう。だがしかし、強くなり、皆から期待され続けるうちに、自分自身がわからなくなっていく。『期待』をされて、『感謝』もされて、『羨望』も受けて、強くなった先に行きついたのは、周りに誰もいない景色だった。

 きっと、彼を褒め称え、好意を向けるものはいたのだろう。だがしかし、肩を組み合ってバカみたいなことをしながら遊び、競い合い、時に喧嘩をするような者はいなかった。故に、彼がこうなってしまうのを誰も気づきはしなかった。

 誰もがおとぎ話の勇者のような正義感に溢れる人間ではない。そうあり続けられる人間はもっと少ない。

 故にパラドインという男は折れた—————


 言葉を止めたパラドに対し、アリッサは背中を預けていた樹木から体を起こし、パラドから一度視線を外す。


 「だからと言って、サボりすぎて留年したら先輩じゃなくなりますよ?」

 「———————っ??」


 唐突な言葉に、パラドは呆けた顔になり、鸚緑の瞳を丸くしながらアリッサの方を不審な顔で凝視する。


 「何言ってるんだお前は……。普通はこう……『それは辛かったですね』とか慰めたりするもんじゃないのか?」

 「は—————っ?? 何言ってるのかと言いたのはこっちの方ですよ。それを先輩に言って何になるというのですか。同情して先輩を慰めたところで現状が変わるわけでもなし。それに、今の私に何ができるというんですか—————。何もできませんし、それ以上に、私は無条件に先輩を救うほどの善人でもないです」


 アリッサの捲し立てるような言葉の羅列を聞いて、パラドは呆けた面を止め、頭を掻きむしりながら笑いを堪えだす。


 「くく……そりゃそうか……。そりゃそうだよなぁ……。なぁ、アリッサ……。お前に一つだけ言っといてやるよ……。俺は優秀なんでな。サボってても取るべき単位はきちんとA評価以上で取ってる。つまり、お前の心配される筋合いはないってことだ」

 「———————すごいですね……」

 「————たりめぇだろ。これでも、この世界の知識に関しちゃ、お前よりは『先輩』なんだからな」


 自信があるように鼻を高くするパラドに対し、アリッサは自分の知識のなさに少しだけ自信を無くす。確かに、前世の知識を生かしてできるものはあるが、歴史やら魔術知識に関してはお世辞にも良いとは言えない。

 ほんの数秒だけ、アリッサは考えるように顎下に右手を当てた後、勢いよくパラドの方に食い下がるように顔を向ける。


 「じゃあ先輩……。私に勉強を教えてくれませんか……」

 「あぁん? 教えるわけねぇだろ。俺はテメェの言うところの『善人』じゃねぇからな……。金を払えば報酬分程度には教えてやるがな」

 「ひっど……。そんなんだから、ボッチになるんですよ」

 「うっさいわ————ッ!!」

 「ちょこっとだけ……ヒントだけでいいですから……。魔術とか、先輩の専門分野みたいじゃないですか……。けち臭いこと言わずに教えてくれたっていいじゃないですかー」


 駄々をこねる子供の用に、手入れを怠ったことにより多少傷んでしまったために後ろで束ねた茶色の髪を春風でなびかせながら、アリッサはぱっちりとした薄桃色の瞳でパラドを凝視する。

 その視線に負けたのか、パラドはあからさまに嫌そうにしながら顔を逸らした。


 「めんどくせぇ……」

 「そこをなんとか!」

 「…………。宗教勧誘かよ……」

 「なんでもいいので! ヒントでもいいですから—————」

 「———————だ」


 あまりにも小さな声でしゃべるパラドに対し、アリッサは食い下がるように顔を近づける。


 「え? なんて言いました?」

 「『前世の法則を当てにするな』って言ったんだ」

 「うーん、どういうことですか?」

 「知るか! 自分で考えろ!」

 「えー……流石にヒントが難しすぎませんかね……」

 「あーもう! めんどくせぇなァ! いいか! 魔術ってのは物理法則を捻じ曲げるもんだ。だが、物理法則を無視しているわけじゃねぇ。物理法則に囚われているが捻じ曲げているという矛盾を孕んだ代物だってことだ! わかったか!」

 

 パラドの言った言葉を理解できずに、アリッサはきょとんとしたように目を丸くする。理解しようとしても、まるで頓智のような言葉であるためか、言葉の真意が読み取れない。本当は真意などなく事実であるのかもしれないが、それを整理するだけの情報もない。とどのつまりは手詰まりであった。


 「えーっと……。もう少しわかりやすく……」

 「知るか! 俺はもう帰る!」


 そう言いながら、パラドは立ち上がると、学生用の支給品と同タイプの小さな魔術杖を振るい、掻き消える。アリッサが何かを言いかけたときには、転移をしたのか、それとも迷彩をかけて体を隠しているのか、目の前からはいなくなっていた。

 しばらく立ち上がって消えた彼を探して周囲を見渡していたアリッサだったが、どこにもいない相手を探しても仕方ないと大きくため息を吐き、本来の目的である仮眠をとることに方針転換をする。

 先ほどと同じように樹木に腰かけ、目を閉じると、意外にも早く、意識は微睡の中へと落ちていった。

 



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