第2章 華の同盟
第1話 アリッサの冒険者活動
アリッサは泥のように重たい頭を上げ、目を覚ます。
冒険者組合への登録以後、特にこれといった事件もなく、一週間が経過していた。だが、その冒険者としての活動が、アリッサの想定以上にハードであり、講義のギリギリまで寝ていたいと思うほどの疲労を生み出していた。
ブロンズランクの主な仕事は『猫探し』『ビラ配り』という簡単な仕事から始まり、『下水道のビックラット駆除』『下水道内のビッグコクローチの駆除』『ホーンラビットの捕獲』などと言ったモンスター討伐のクエストもある。報酬としては、危険が伴わないクエストの方が若干高いが、時間効率を考えると、猫探しなどの方が圧倒的に早く終わることが多い。
だが、アリッサは自身のレベル上げも兼ねているので、後者の討伐クエストを取ることが多く、深夜ギリギリまでかかってクエストをやることが多い。ビックラット駆除の際は、数日もかけてようやく終わるという具合に、とにかくソロでは時間がかかりすぎた。
支給品として殺鼠剤を貰うのだが、体重が重いビッグラットには普通のネズミ用の毒物は聞きにくく、おまけに同じ場所に生息しているコクローチに食べられたりもする。「だから、こんな依頼は誰も受けないんだ」などと、悪態をつけながら冒険者組合に直談判して、報酬額のつり上げを行い、大容量のマジックバックと最終的にはリリアルガルドの南方の離れた位置にあるフィオレンツィアという国からとある黄色の鉱石を取り寄せてもらい、『ビラ配り』などの時に知り合った街の薬師に相談、撒き餌を作り直してもらったりもしていた。
それでも、体重が多い駆除対象のビッグラットとビックコクローチを殺すまでに至らず、結局、アリッサは棍棒を持ち出して、毒餌で弱ったモンスターを煙とバリケードを駆使して、一匹ずつ叩き潰しまわり、巣を見つけたならば、切除して地上で燃やす。死体も集めて地上で燃やす。という工程をただひたすらに繰り返し、数日間の死闘を繰り広げる。モンスターが見えなくなった段階で、クエストクリアとして受理された。
アリッサはその上で、今回かかった費用を全て冒険者組合側へ請求。先日の組合支部長の吐瀉の件もあり、これも無事に受理され、事なきを得る。
最終的に、アリッサの報酬も含めて、シルバーランクの冒険者を雇ったときの値段までかかっていたらしいが、市政からのクエストであったため、問題はないらしい。それを聞いて、アリッサはついでに下水道の清掃を打診しておいたのだが、どうなったのかは、これ以上のかかわりがないのでわからない。
ちなみに、今回使った物品や作業着は、ネズミとゴキブリの死体を放り込んでいた大容量のマジックバックに押し込み、冒険者ギルドへ笑顔で返却をしたので、アリッサの手元にはエルド硬貨しか残ってはいなかった。
そんなこんなに、怒涛の1週間を潜り抜けたために、生活習慣が狂いに狂い、今現在、アリッサは眠気眼で鏡の前に立っているというわけである。ルームメイトのキサラは、既に学院の方に向かったのか、部屋にはいなかった。
顔を洗い、髪を整えなおすと、多少は元に戻るが、下水道でゴタゴタやっていたせいか、
毛先が荒れている。目の下の隈は今のところなく、薄桃色のぱっちりとした瞳は、顔を洗ったおかげで元に戻った様であった。髪の毛が荒れたことにアリッサはため息を吐きながら、仕方なく、先日、街で買った白いリボンを使い、茶色で癖のないセミロングの髪を後ろでまとめる。鏡を見ると、肌は多少の日焼けがあるぐらいで血色はよく、やせたというわけでも、太ったというわけでもなく、僅かに幼さが残る輪郭が映っているため、健康状態などは問題ないようである。
洗面台から部屋に戻り、軽くストレッチをこなすと、狭い場所で作業していたせいもあり、多少なり体がこわばっている。それを、体操しながらほぐしていき、野山や畑仕事で鍛えた健康的な筋肉を温めていく。身長などは15歳という年相応しかなく、胸にいたっては控えめな部類であるアリッサだが、存外に柔軟性は高く、腰や肩が良く動く。
ストレッチを終えると、今度は防刃魔術が施されたセントラル魔術学院の制服に体を通し始める。セントラルの制服は、アリッサの前世の知識で言うブレザーに近く、耐久性も優れている。白いYシャツを着て、上着よりも少し薄い紺色のプリッツスカートを履き、金色の刺繍が入った紺色の上着を羽織り、一年生用の赤いリボンネクタイをつけると、まさに女子学生にしか見えない。
靴下などの足元は、種族間の違いがあるため、特に指定はないが、アリッサは黒色のひざ下ハイソックスを履いている。靴は紐タイプの厚手のくるぶし上まで来るハイカットブーツ。山岳地帯で愛用していたせいもあり、踏み抜き防止用の鉄板が底に入っているので、どちらかと言えばトレッキングシューズの部類に入るのかもしれない。
しばらくして、アリッサは準備を整え終えて、部屋を後にする。朝食は、残念ながら寮として出される時間が終了しているため食べられない。それ以前に、遅刻ギリギリのため、食べる時間がない。なお、購買で買って食べるだけのお金の余裕もない。
結果的に、アリッサは初夏の風に髪をなびかせながら、空き腹に鞭を打ち、小走りで一限目の講義室に向かうことになるのであった。
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